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2013年8月15日 (木)

ネット出現で「マス」がなくなるという神話の嘘、消費者ニーズの多様化の嘘ー実質的には二極化

先日も拙ブログで論じました記事「コスメデコルテ AQMW レプウリション」(コーセー化粧品)のお手入れ用音楽ですが、8月21日よりコスメデコルテのサイトよりフリーダウンロードされますので興味のある方は是非聴いてみてください。

http://www.cosmedecorte.com/aq_mw/music_dl/

その記事で化粧品メーカーのマーケテイングについて書きましたが今日はその続き、といいますか補足になります。

化粧品メーカーはマスに対して大量に売る、というビジネスモデルを会社の主軸にしていないマスマーケット以外ニッチな市場の中で付加価値の高いブランド化商品を固定層に販売して利益をあげているという点を述べました。

しかしこのことを持ってネットの論調でいまだ根強いネットが現れたことで「マス」はなくなった、必要はなくなったということにはなりません。

結論から申し上げて「マス」というのは決してなくなりません。それどころかマーケットは市場が多様化しているためにニッチな市場だけしかなくなる、ということにもなりません。

次の記事はマーケットというものを非常に的確に分析していると思います。

■「消費者ニーズは高度化・多様化している」のウソ
http://bizgate.nikkei.co.jp/article/4104216.html

「もうテレビの時代は終わった」「これから全てのマーケティングはデジタルシフトする」「消費者ニーズは高度化・多様化を極めている」「ソーシャル メディア時代には従来のマーケティング手法は通用しなくなる」――。雑誌やWebメディアの見出しは、こんなあおり文句であふれている。

 確かに、ソーシャルメディアの出現と爆発的普及によって、いままでのマーケティングは大きな変革を迫られている。どんなにお化粧をしてきれいに着 飾っても、ソーシャルメディアの中では「ありのままの自分(すっぴん姿の商品や企業)」がさらされてしまう。TwitterFacebookmixi LINEなどのコミュニケーションツールによって消費者は横につながり、企業のマーケティングに(過度に)踊らされない術を手に入れた。これは、人がメ ディアを持ったのではない。人がメディアになったのだ。1億人総メディア時代の幕開けである。

 しかし、である。私たち消費者は、そんなに大きく変わったのだろうか。利用するデバイスや、1日に消費する情報量は飛躍的に増えたが、相変わらず 私たちの脳みそは1つだし、1日は24時間だ。コンビニに並んでいる商品の数も、「ダイエット」や「恋愛」など雑誌で特集されるテーマも10年前とほとん ど変わっていない。

<中略>

 

ここでは、消費者ニーズにまつわる"常識"を疑ってみたい。

 マーケティングの教科書を開くと、必ずと言っていいほど、「現代の消費者ニーズは高度化・多様化を極めている」というフレーズが出てくる。そし て、「ニーズが高度化・多様化した消費者を動かすためには、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングが大切である」と続く。

確かに、消費者ニーズは高度化・多様化している。そんじょそこらの商品では買ってくれないし、10年、20年前に比べれば興味関心や価値観も多種多様になった。

 しかし、全ての消費者の、全てのニーズが、常に高度化・多様化を極めているわけではない。街に出れば、流行りの髪型や流行りのファッションに身を 包む女性たちが歩いているし、パンケーキが注目を集めると原宿や表参道の専門店には待ち時間30分~1時間の行列ができる。テレビ朝日の「お願い!ランキ ング」で紹介された商品は放送直後から飛ぶように売れるし、昨年開業した東京スカイツリーには入場制限をするほどの客が押し寄せた。

 本当に消費者ニーズが高度化・多様化を極めているのであれば、これらの現象を説明することができない。多様化しているなら、街から行列が消えるだろうし、特定の商品が飛ぶように売れるなんてことにもならないはずだ。

世の中には、オンライン、オフラインを問わず、共通の興味関心を持ったコミュニティーがたくさんある。<中略>

以前は時間的・距離的な制約のため、同じ興味関心を持った人たち同士でつながることは難しかったが、いまではTwitterFacebookmixi の普及、オンラインコミュニティーなどによってトライブが形成されやすくなった。

 しかし、実は大きなマスボリュームを形成しているのはトライブではない。私は、街に行列をつくったり、テレビで紹介された商品を急いで買いに行っ たりする消費者のことを、意思なきマス「浮動層」と呼んでいる。話題のパンケーキを食べるために、30分の行列に並んでいる人たちの多くは、もともとパン ケーキのトライブに入っていた、もしくはあるキッカケでパンケーキのトライブに入った人たちではなく、何かの刺激によって「一時的に」パンケーキに関心を 持ったに過ぎない。少し時間が経てば、パンケーキのことは忘れて、また次の何かを食べるために違うお店に並んでいることだろう

意思なきマス「浮動層」は、もともとその商品やサービスに強い興味関心を持っていたわけではない。しかし、ある刺激によって一気に消費者として顕在化し、マスボリュームのマーケットを形成する。ただし、それは「ファッド」と呼ばれる極めて短期的なものだ。

<中略>

ここで注意したいのは、「浮動層」は「人のカタマリ」ではなく「関心のカタマリ」であるということだ。あなたにも、「興味があること」と「興味がないこ と」があるはずだ。また、現在は興味がなかったことでも、もしかしたら明日興味を持つかもしれない。そのため、「浮動層」を動かしたいと思った場合、そのペル ソナ(想定する顧客像)を詳細に描きすぎると裏目に出てしまう場合がある。

 「人」ではなく「社会や時代の空気」を読み、「どうすれば浮動層が動くか」という大きなソーシャルインサイト(世の中の空気やその時代の消費者の行動や思考)を読み解くことが重要だ。<中略>

特定の興味関心を持った人たち(トライブ)はTwitterFacebookmixi LINE、その他のテーマ特化型オンラインコミュニ ティー(クチコミサイト)などで横につながり、どんどん結束を強めていくだろう。そこは特定の興味関心を持った人たちだけが集まる閉じられた空間だ。この 中では非常に濃度の高いコミュニケーションが行われ、局所的なムーブメントがつくられていく。2013年4月に開催された「ニコニコ超会議2」などはその 典型だろう。ニコニコ動画のファンが集うこのイベントには、前年の9万2000人を上回る10万人超が来場、会場からの公式生放送を視聴したネット総来場 者数は509万人と、大盛況となった。

 しかし、人の体は1つしかない。同様に、処理できる情報量や、こだわれる興味関心のテーマにも限りがある。アテンション(注意)やインタレスト (興味)は無限ではなく有限なのだ。だから、必然的に消費者の中には「強い興味関心を持ついくつかのトライブに属する自分」と、その他の「あまりこだわり が無い浮動層としての自分」の2つの顔を持つことになる。

 こだわりが無い浮動層は、その商品やサービスそのものを買いたいわけではなく、脊椎反射的に、あるいは「話題になっているからとりあえず」という 「ネタ消費」(友人や知人の間で話題になりそうなネタをTwitterFacebookに意識的に投稿して面白がること)を楽しむ傾向がある。みんなが 買っている(行っている/食べている/体験している)という「安心感」や、「乗り遅れたくない」という心理がさらにその流れを後押しし、いつしか日経MJ ヒット商品番付に選ばれるような社会的メガヒットが生まれる。

<後略>

議論をわかりやすくするために引用が長くなってしまいました。ご了承ください

つまりここで申し上げたいのは

「マスの消費層はなくなったのではなく変質した」 という点です。そして上記の文章の中の「浮動層」というのが実質的なマスの消費層にあたります。

先日の記事で一般コンシューマーマーケットは「手頃(安い)」値段の商品(限りなく100均に近い)数は少ないものの付加価値とブランドがあり多少高価でも買う商品二極化と書きましたがいささか乱暴な分け方だったかもしれません。勿論「浮動層」がいくら話題になっているとはいっても高級な商品に多額の金額はそうは払わないと思いますが..

元々日本人はその本質において、「乗り遅れたくない」という心理が恐怖観念に近い形で広まりやすい面はあります。人間には誰にも「こだわりの強い」ものとそうでないものもあります。ネットが現れてマスメデイアは無用の長物であるかのようにいう頭でっかちな議論になるのではなく、先日のコーセーのコスメデコルテの例を見るまでもなく、究極の「ニッチ」とただ「流行っている、話題になっている」というだけで消費に走る「浮動層」」の両極化というのが本質だと思います。

前者はブームになろうがなるまいが、固定層が存在し一定の売り上げと利益を長期にわたりあげますが、後者は打ち上げ花火みたいなもので一時的にブームになりますが長続きしません。しばらくしたら大半の人が存在すら忘れてしまうものです。(友人のマーケットの専門家の話ですとこれを>バンドワゴン効果というそうです)

経営者的にみたらやはり前者の方を選んだ方が賢明だと思います。後者はやはりある意味バクチに近い、と思います。ある商品が「浮動層」を動かすようなものかどうかなど予想できるはずもありません。朝の連ドラの「あまちゃん」だって今大変なブームですがここまでのブームになるとはNHKとて予想はできなかったはずです。

さて、拙ブログは音楽関係のブログなので、音楽業界の話に戻しますが、その後者の「浮動層」」のみを相手にしたいわばバクチに近いビジネスの形にこだわっているのがメジャーの音楽業界でということができます。

本来はニッチな市場対象だったものが何かのきっかけで「浮動層」を動かすようなものになるケースは今後も十分にありえます。しかし柳の下にどじょうが見つかることを期待するように「浮動層」が動かないかと期待しながら柳の木の下に待つだけ、というのは愚かな行為ではないでしょうか? 音楽業界は業界人全員が柳の下にどじょうをつかまえることを期待している、というのが実態です。

両極化するマーケット、まさにいつどのように動くか予想できない「浮動層」。これを見つめながら新たなコンテンツの開発について考える必要があると思います。

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