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2013年7月29日 (月)

音楽評論家が「日本の音楽評論家は信用できない」とレコ大の実情を暴露

先日の拙ブログ記事 ついに業界内で名指しの批判ー「J-POPを殺したのはソニー」 で音楽業界の体質を名指しで批判した麻生香太郎氏がまた吠えた

まあ正直いって音楽ファンの多くは既にこの実情に気づいているし我々音楽業界の人間からすればすでにわかりきっている事実である。
しかしここまで大っぴらに云えるようになったとは、もはや音楽業界もこういう声を黙らすことができなくなったのであろう。

「大手マスコミと芸能界を結ぶ「太い利権」が、ジャーナリズムを殺した」
http://realsound.jp/2013/07/post-19.html

(注;この文章ではA本氏をわざと「あまちゃん」演じた太巻の「古田氏」としている)

『スター誕生!』の時だって、審査委員長の阿久悠さんは、楽曲制作を、自分以外にも振り分けていたものです。だが、誰も番組の中心人物には逆らえない。ス ポーツ新聞もマスコミも、「おニャン子クラブの取材をさせてもらえなくなる」という理由で一切、批判できなかった。批評眼さえなかった。今だと「GMTに 取材ができなくなるから......」ですよね。唯一『週刊文春』はスキャンダル記事を載せて、喧嘩を売っているような(逆・擦り寄りのような)微妙なス タンスをとっていますが、本質的なところを指摘するメディアは今のところありません。こうしたマスコミの利権に縛られている状態が、まとも音楽ジャーナリ ズムが成立しない要因のひとつになっていると思います。

そして次の記事

『レコ大』審査員は利権まみれ! 日本の音楽評論家が信用できないワケ
http://realsound.jp/2013/07/post-22.html

こちらの文章はもっと生々しい。音楽業界人はわかっていても公には口をだせなかったことばかりだ。(あ、俺は口にしていたかな?)

音楽評論家も、利権に絡めとられているケースがありますからね。ボクは最近になって、「特に歌謡曲畑の音楽評論家は信じちゃだめだ」ということに気がつき ました。なぜかと言うと、信頼を寄せていた評論家が、よーく調べるとレコード大賞(以下、レコ大)の審査員だったりするからです。

『誰がJ-POPを救えるか? マスコミが語れない業界盛衰期』では、70年代後半のテレビは接待漬けだったという主旨のことを書きましたが、あの 頃はまだやり方が"ベタ"で分かりやすかった。今は巧妙で、外からは分からなくなっている。尊敬していた音楽評論家さんが、実は何年から何年までレコ大の 審査員をやっていた――なんて記録を見ると、唖然としますね。

 ボク自身も週刊誌時代の『日経エンタテインメント』の編集をしていた頃、月1でレコード会社に呼ばれている時期がありました。仲を深めたいのだろ うと思い、誠意を持って対応していたら、あるとき「レコ大の審査員に興味はない?」と誘われて。そのときは単純に関心がなかったので「けっこうです」と答 えたんですけど、苦虫を噛み潰したような顔をしていましたね(笑)。

 そのとき、分かったんです。「ああ、こうやって一人ひとり抱えていくんだな」と。お金に惹かれてしまう気持ちは分かるけど、信頼している人が引っかかっていると悲しいものです。音楽業界に楯突けなくなってしまうでしょう。そんな状態で、音楽評論が成り立つわけがない。

自分が実際に審査員になったわけではないから、具体的な金額は分からない。けれど、はした金であるわけがないですよね。また、先ほども申し上げたよ うに、各レコード会社、プロダクションからの接待は、70年代から続いている。車をもらったり、お中元の箱を開けると、品物の下にお金があっ て......なんてパターンがあるかもしれないですね(笑)。

 これら情報があまり知られていないのは、スポーツ紙や週刊誌の芸能関係のデスククラスが、レコ大の審査員を経験している――つまり、"報じない、報じられない"からなんです。そうした意味で、マスコミにも大きな問題があると言えます。

 現状、まとも音楽ジャーナリズムは日本にはないですね。ボクは『日経エンタ』において、芸能誌には頼らないメディアを作ろうと張り切っていました が、レコード会社やプロダクションは、どうもついてきてくれませんでした。ある程度、賛成はしてくれるのですが、やはり「大きい人には逆らいたくない」と いう気持ちがあるようでした。日本で音楽ジャーナリズムを成立させるには、ゼロからやり直さないと無理でしょうね。連続性ではなく、非連続の形で、新たに 作る必要があると思います。

<後略>

重要なポイントには赤文字や青文字で記している。拙ブログでもこの件については既に論じていると思うので今更多くは語らない。

ただ今まで私が書いていたことが決して嘘ではなかったことがこれでわかっていただければと思う。

一点だけはっきりいわせてもらう。

今の日本の音楽業界は腐りきっている!!

そしてその腐りきっている体質の中身を今ようやく大っぴらにいえるようになったということ。変な言い方だがある意味いい傾向かもしれない。

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