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2013年3月 5日 (火)

違法ダウンロード刑罰化でも音楽配信もCDも売り上げが回復しない理由

3月に入ってそれほど大きな案件もなく久々にのんびりしています。年度末ということもありあまりよくないことなんですが(笑)

まあヒマになればブログ記事も増える(笑)、ということで前々から気になっていた案件に関して私の所感を書きます。

■[データ]「違法ダウンロード刑罰化の効果」 ファイル共有ユーザーが大幅減、しかし音楽配信売り上げ回復せず
http://bizmash.jp/articles/41101.html

結論からいってこの状況は予想通りですね。

勿論違法ダウンロードが音楽業界の低迷の原因では全くないとはいいませんが、もう十数年以上もCDだけでなく配信の売り上げも前年を下回るのはもっと根本的な要因がある、ということは私自身何度もこのブログで書いてきました。誰も聞く耳はもってませんでしたが...

最大の問題はとりわけ若者を中心とする深刻なほどの「音楽離れ」というのが原因です。

そしてその「音楽離れ」を引き起こしたのが誰あろう音楽業界そのものである、という点です。その原因はこのブログでも何回も書いているので改めていうまでもないでしょう。

タイアップを始めラジオ局で当たり前になっている「編成買い」、音楽ライターを金で雇い「しらじらしいコメント」を書かせたり、ランキングまで金で買ったり etc  etc  そういったことを繰り返すことにより、ユーザーの不信感を買ったため消費者からそっぽを向かれたというのが真相でしょう。ユーザーはメーカーが考えるほどバカではありません。その辺りの茶番劇はもうみんな気が付いています。そのことがわかっていないのは音楽産業のトップだけ。

別に昔がよかった論をぶちあげるつもりはありませんが、昔のレコードショップや「編成買い」が日常化されていないころのFMラジオは、そこで新たな音楽を発見できる喜びというものがありました。DJやパーソナリテイ―が自分の「おすすめ」の曲をOAしそれでリスナーも自分の新たな音楽を発見し、自分の好みの音楽に傾倒していく。それが当たり前の時代がありました。

しかしFM局の「編成買い」が当たり前になった現在、「知らないアーチストで自分の好みに合いそうな曲」を発見するのは残念ながらほぼ不可能となったといっていいでしょう。自分で新たな音楽体験を発見する喜び、というものは現代の若者は殆ど経験していない、いや経験する機会を奪われた、といっても過言ではありません。

だからそもそもみんな音楽を聴かなくなりました。音楽パッケージにしろDLにしろ【音楽を聴かなくなったこと】が最大の原因と断定していいと思います。

私がミュージックソムリエ協会が「音楽のソムリエ」を育てることにおおいに共感し、Pandora RadioSpotifyに大きな期待をよせるのは、「新たな音楽を発見し体験する喜び」をユーザーに取り戻すことができる可能性を感じたからです。

CDじゃなければ音楽配信だ、そんな話は実に表面的な話です。本質はみんな【音楽を聴かなくなった】のが音楽業界が低迷している最大の原因だと思います。

しかし業界のトップの連中はいまだこれに対して聞く耳を持っていません。彼らこそ「音楽離れ」の状況を作ったA級戦犯たちです。

だから「不法ダウンロード刑罰化」を行っても音楽業界が上向かない。極めて当然の結果だと思います。

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コメント

「自分で新たな音楽体験を発見する喜び」

これをどういう意味で捉えるかによりますね。
私は「知識半分・ギャンブル半分でのアルバム購入の成功例」の意味として捉えさせて貰いました。

昔は、深夜番組やFMで気になった曲目・アーティスト名を素早く手近な紙にメモし、色々考えた末にアルバムを購入したりしました。
邦楽ならシングルから試せましたが、洋楽だとそうはいきませんでしたからね。
勿論そこには成功も失敗もありましたが、ライナーノーツに音楽性を比較されているアーティストや、プロデューサーや参加ミュージシャンの傾向を学ぶ事で、次第に失敗は少なくなりました。
人脈を覚えれば自然と聴く音楽の幅も広がり、その知識と経験が今、ネットの過剰な情報から自分を守り、好きなタイプの音楽を毎年追求していける様になりました。
今の若い方は、ネットで新しい音楽との出会いはありますが、気に入った曲を1曲DLすればいい。
そこにはライナーノーツもありませんし、スタッフ人脈も見えない。
歌詞も自動的に表示してくれたら、わざわざ活字のライナーノーツを読みたくてCDに手を伸ばす事もないでしょう。

「音楽離れが進んだ」というよりは、「音楽ファンが激減した」と言った方がいいかも知れません。

街でよく、携帯プレイヤーにヘッドフォン姿で、1日中大音量で音楽を聴いている若い方を見かけますが、彼らは音楽という名の壁で自分を守っているだけで、音楽ファンではないと思います。
煩わしい事には一切関わりたくない、という意思表示です。
私は自分でも曲作りをするので、街に出た時は街のノイズを聴かないとインスピレーションは湧きません。
本当の音楽ファンならは、1日中大音量で音楽は聴けません。
生活に潤いを与えるものですので、無意識にメリハリがつくものです。

携帯プレイヤーは今、大容量化が進んでいますが、それはあたかも「貴方が一生で聴く音楽はここまで」という縛りの様な気がしてなりません。
ちなみに、私の携帯プレイヤーは4GBのウォークマンで、主に旅行や出張用ですが、中身は頻繁に録音し直して入れ換えています(笑)。

投稿: アマチュアおじさん | 2013年3月13日 (水) 18時27分

皆さんコメントありがとうございます。

まず最近の若い人の音楽の出会いがyou tubeやニコ動で音楽を発見する人がおおいというご指摘ですが、私のような「おっさん」世代と比べるといくつかの点で違う部分があるように思います。

まず第一点ですが、確かにyou tube やニコ動等で音楽を新たにいる人はいるだろうとは思いますが、それが今の10-20代の全体の割合で多数派といえるのか、というと少し違うような気がします。
 といいますのも最近ネットでの発言の大きさは必ずしも世論のメジョリテイに比例していないことがわかっており(昨年の選挙時のtwitterのリベラル書き込みの多さと世論との解離部分等)you tubeやニコ動での再生回数が必ずしもメジョリテイに比例するとは限らない。という点

そして第二にやはり「音楽を発見する」といっても私のようにリアルに体験した「おっさん」世代とはかなり温度差があるという点。
具体的にいえばネットでの情報というのはだいたい断片的な情報なので、リアルな体験で一歩踏み込んだものとかなり違う部分があるという点です。

勿論だからといってyou tubeやニコ動での体験が無意味だといっているのではありません。確かにyou tubeもニコ動もそういう音楽を体験していない層に「こういう音楽があったんだよ」と教える点では貴重なメデイアです。

しかしライブ放送であるラジオというリアルなメデイアと実際にパッケージを手に取ってみるCDショップで「音楽を発見する」という体験とネットのメデイアツール経由で体験するというのでは、精神的インパクトという面で違うということはいえると思います。

今残念ながら「リアルなメデイア」でのこういった体験の道が事実上閉ざされているという点が問題だと思います。

投稿: Kyoji | 2013年3月13日 (水) 20時44分

アマチュアおじさんさん

いつも亀レスですんません。(汗)

>>「自分で新たな音楽体験を発見する喜び」

>>これをどういう意味で捉えるかによりますね。


僕は「リアルな体験」という意味で書いたのですが要はネットツール経由での「体験」というのは実に希薄なものであるという風に感じています。

だからといって意味がないという意味ではありません。しかしネットだけの「バーチャル」な部分だけでは不十分なのです。

だからこを従来の「リアルな」メデイア、体験での「音楽との出会いの機会」というのは必要だと思うんですね。

私もネット経由のプロモーションであらゆることを試しましたが結局は「リアルあってのバーチャル」なので双方をいかにうまく使い分けるかというのも重要になってきます。

要はバランスですね。リアルだけでもダメですがネットだけでもダメなんです。両方をいかにバランスよく使いこなせるかがこれからの社会重要になっていくと思うんですね。

これが自分でプロモーターのまねごとをした経験での結論です。

投稿: Kyoji | 2013年3月13日 (水) 20時51分

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