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2013年2月22日 (金)

テレビがつまらなくなった理由2-そこには現在の日本社会が抱える3つの良くない風潮の問題があった

以前当ブログで書いた以下の記事、おかげさまで多くの人に読んでいただいていますが

■テレビをつまらないという以前にくだらないバラエティ番組を見るのをやめようー番組だけでなく映画や音楽のコンテンツの質の向上のために

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2012/12/post-7701.html

今日は実際にテレビの制作現場に長らくおられた方が現在のテレビの番組の問題で興味深い記事をかかれていましたので引用させていただきます。

なぜならここには単にテレビ番組制作上の問題だけでなく音楽制作の問題、そして現在の日本社会が抱える問題ーひとことでいえばなぜ今の日本社会が閉塞しているのかーという部分にまで関係する非常に根の深い問題であることがわかったからです。

株式会社TBSメディア総合研究所代表の氏家夏彦氏の記事です。さすが現場たたきあげの人のこの記事を見てわかりやすく問題の本質をよく指摘していると思われますので.

なお、議論をわかりやすくするために文章のかなりの部分を引用させていただいております。なぜならここには単にテレビ業界の問題だけでなく日本社会全体の問題が隠されているように思うからです。

2・20【テレビがつまらなくなった理由】氏家夏彦
http://ayablog.jp/archives/21656

テレビはつまらなくなった…を認める?

「テレビがつまらなくなった」といろんな人に言われる。中には「私は民放は見ないことにしているんだが、なぜ最近のテレビはつまらなくなったんだ? 特に民放がひどい。」などと言うご仁もいる(見てないのになぜつまらないってわかるんだ!)。こういう発言は、なぜか大新聞のOBの方からよく言われる。 見てもないのにつまらないと決めつけるのはともかく、私は「つまらない」という意見が「けしからん!」と思っているのではない。なぜなら私自身も「テレビ はつまらなくなった」と感じているのだから。

<中略>

、私はテレビの様々 な現場や、裏方、放送外事業の仕事もして30年以上、TBSにメシを食わせてもらってきた。ずっとテレビの味方のつもりだったし、テレビがもっともっと元 気でいてほしいと今も強く願っている。だからこそ「今のテレビはつまらない」を認める事から始めようじゃないか、と思うのだ。

<中略>

もちろん高いお金を出してスポンサーになっていただいているお客様の手前、このような建前を崩すのはとても怖いし容易ではないことはよくわかっている。

しかし、テレビを見てくださっている視聴者も、ユーザーも、それに大切なスポンサーも、既にかなり前から気づいているのではないだろうか。自分たち はテレビを見なくなってきていること、テレビはスマホに比べれば別に自分にとって大切じゃないこと、テレビはあんまり面白くなくなっていることを。
今の閉塞状態からなんとか抜け出さなければならない、と思わないテレビマンはいないはずだ。「今、テレビはつまらなくなっている」、それを認めたところから議論は始まる。

 

テレビはつまらなくなったというよりも・・・

テレビ業界でも「最近のテレビはつまらくなった」と感じているのは、私だけではない。かつて番組制作の現場で同じ釜の飯を食っていた古い友人に会うとよくこの話題になり、意見が一致してしまう。
私の3年後輩で、ドラマ史に残る数々の名作を生み出した貴島誠一郎さんとフェイスブック上でこのテーマを語りあった際、貴島さんは「テレビはつまらなく なったというよりも、面白いものの数が少なくなった。つまり多様性を失った。理由はご推察通りで・・・」とメッセージを寄越してくれた。
その通りです!「つまらなくなった」をもっと正確に言うと、「どの局を見ても同じような番組しかやっていないので、全体としてつまらなく感じてしまう」ということなのだ。

ではその原因は何なのか。これが今回のテーマ、ようやく本題に入ります。

 

視聴率のせいだ

またまたテレビ関係者から反発を食らうようなサブタイトルにしたが、言うまでもなくテレビにとって視聴率は極めて重要です。それはよくわかっていま す。テレビは広告を買っていただく事で視聴者にはタダで番組を見ていただける。その広告価値を測る唯一の尺度が視聴率だ。視聴率は巨額のテレビ広告売上げ に直結するので、利益を出して株主に還元しなければならない経営者は、「視聴率を少しでも上げろ!」、「番組をハズすな!」という指令を現場に出す。さら に利益を捻出するために「金をかけるな!」という指令が加わり、過度な演出や番組制作上の瑕疵を追及する社会の声も大きいので「ミスを犯すな!」という指 令も加わる。どれももっともなことだ。経営者として正しい判断に思える。
しかしそれによって高い視聴率を獲れる番組が多く生まれるのか、というとむしろ逆の効果をもたらしている。

番組が当たる確率は2割から2割5

かつて私が制作現場にいた頃は、新番組を4つ5つスタートさせて1つが当たれば大成功だと言われていた。その成功した番組は、「少しでも高い視聴率 を獲る」ことや「番組をハズさない」ことを『目的』に作られたものではない。誰も作ったことのない全く新しい番組を作ってやろう!オレ(制作者)が面白い と思うもの良いと思うものをとことん追求して作ろう!としてできたものだ高い視聴率は、面白い番組の結果だ。番組がハズレないで当たったのは、あくまで 結果だ。幾つもの冒険の中から、わずかな成功が生まれる。テレビとはそういものだだからテレビ制作の現場は常に冒険を追い求めていた。

冒険をすれば、当然そこにはミスが生まれる下地が存在する。しかし今はミスは許されないし過剰な演出をするとすぐに批判が殺到する。BPOという怖い存在もある(BPOの方々は、自分たちはそんな存在ではないとおっしゃるだろうが、現場からすれば、結局はそうなのだ)。
上からは「番組をハズすな」「とにかく問題を起こすな」と言われ、その一方で「視聴率は獲れ」と言われる。

これは元々無理な要求なのだ。

当たるテレビ番組を生み出すには冒険をしなければならない。冒険をすれば、失敗(ハズレ)は必ず生ずるし、ミスが起きる確率も高まる。
テレビという事業モデルは低い番組成功率が前提となっているのだ。

負のスパイラル

「視聴率をとれ」、「番組をハズすな」、「問題は起こすな」、「金をかけるな」いう無理難題とも言える要求に応えるため、現場の制作者は少ない予算で確実に視聴率が見込め、問題が生じないような番組を作ろうとする。そうなると今まで誰もやった事のない冒険などできはしない。だからどの局もどの番組 も視聴率が計算できる同じようなタレントを使い、同じようなひな壇に並べ(美術セット代が安いし、見やすいし、コントロールしやすい)、スタジオトークを 展開。

<中略>

結局、元の番組企画が違っていても、見た目の印象はあまり変わらない番組ばかりになる。
<中略>

時代が変わり、視聴者=ユーザーの生活習慣が変わり、何よりメディア自体やコミュニケーションのあり方自体が大きく変化して しまっているのだから、むしろ「空気読めよ!」となってしまう。

「視聴率を獲れ!」「番組をハズすな!」「カネをかけるな!」と指示することで、視聴率が獲れなくなり、番組が当たらなくなり、収入が減り、制作費がさらに少なくなり、視聴率がさらに下がり・・という負のスパイラルに落込む。

 

先日、株式会社mmbiの常務取締役である小牧次郎さんとお話をする機会を得た。mmbiは、携帯電話向けにNOTTVという放送をしている会社だ。

<中略>

打開策は・・・

小牧さんはこの閉塞状況を打開する策として、世帯視聴率(一般に言われている視聴率)を捨ててはどうかというアイデアを持っている。どの番組も似た ような傾向になってしまうのは、世帯視聴率という同一の物差しだけを頼りに成果を求めようするからだ。そこで番組によってターゲットとする視聴率の種類を 変えるのだ。たとえばこの番組はF1(女性の20〜34歳)の視聴率だけを狙う。また別の番組はM2(男性の35〜49歳)だけを…、など番組ごとに狙う 視聴者像を明確にする。そうすれば金太郎飴のような番組ばかりでなく個性的な番組が誕生するだろう…、というものだ。ただし、ある条件をクリアしなければ ならない、と小牧さんは言う。それは、経営トップはもちろん、組織の責任者クラスがこのことを十分理解することだ。ターゲットとなった視聴者層の視聴率さ え獲れれば、世帯視聴率が悪くても責めたりしてはいけない。これができて、初めてテレビは元気になる。

  <中略>

テレビ局は様々なミスや失敗などを乗り越えリスク管理の能力を高めてきた。何か問題が発生するたびに、社内研修を何度も行い、膨大なリスク管理表を 作成し周知徹底し、少しでもトラブルやミスを減らそうと本当に懸命な努力を重ねて来た。しかしそれは番組制作上の冒険の芽を摘んでしまうことにもなってし まった。
当たる番組は冒険の中からしか生まれない。従って、どうやって冒険ができる環境を作るかが、組織としての課題になる。ミスを起こしても大目にみてやれ、というのではもちろんない。番組制作者が面白いと思う事や良いと思う事をとことん突き詰められるような環境を作るのだ。

<中略>

前述したように「視聴率をとれ」、「番組をハズすな」、「問題は起こすな」、「金をかけるな」は、経営として正しい判断だ。しかしそれを実現するために、現場にどのような指示を出すのが正しいのか。そのまま伝える事で逆の効果が発生し、負のスパイラルに落込むのであれば、その指示は間違っていることになる。そこで頭をひねることが大切なんじゃないか、と思う昨今です。

少々長い引用になってしまいましたが、さすが現場たたきあげの人ーテレビ制作現場にこういう良心的な人物がいたことに大きな救いを覚えました。

さて上の文章を読んで「どこかで聞いたことがある話」と思った人は多かったんではないでしょうか? そうです。この問題の本質は単にテレビ業界だけの話ではありません。音楽産業の方でも勿論全く同じ問題があります。強いては日本社会全体が今同じ病巣に犯されている、そう考えてもいいような気がするのです。

重要なポイントは次の点だと思います。

問題は起こすなことなかれ主義(経営トップの保身)」「視聴率をとれ、番組をハズすな結果主義」「金をかけるな=一律コストダウン優先主義)

どれも業界、業種別に微妙な違いはあるにせよ今日本の企業社会を支配している風潮そのものではないでしょうか?

失敗(ハズレ)は必ず生ずるし、ミスが起きる確率も高まる。
テレビという事業モデルは低い番組成功率が前提となっているのだ。

これはテレビ番組に限りません、音楽、映像、詩、小説、コンテンツといわれるものは全てそういうものではないでしょうか?人が魅力的と感じるコンテンツは試行錯誤の中から生まれるものであり、傑作やヒットコンテンツなどそんなに簡単に湯水のように出るような簡単なものではありません。

作曲家でも名曲、ばかり書いているわけではなりません。あのモーツアルトですら傑作といわれ頻繁に演奏されるのはモーツアルトの作品の中でも1/4くらいでしょう(それでも他の作曲家と比べると突出して多い方です)

もともとコンテンツというのはそういうものです。それが、ことなかれ主義、結果主義、まずコストダウンありき、という3つのことにこだわれば負のスパイラルに落ちるのは当たり前のことです。

いやコンテンツに限りません、一部のIT屋が「ものつくり」というものを軽蔑する風潮をまき散らしていますが、日本は元々ものつくりによってここまでの経済大国になったはずです。

そしてそれがことなかれ主義、結果主義、まずコストダウンありき、という3つの風潮(これがまた一部のエコノミストとかいう人種に礼賛されてしまうから始末に悪い)で閉塞状況に陥っている、もっといえばこの3つの風潮が今の日本社会全体を長い閉塞状況においている一番の原因、だとしたらどうでしょうか?

確かにこの3つを両立させろ、といったら「冒険」をしなくなるでしょうしし差しさわりのない仕事だけをやるようになるでしょう。これじゃどんな業務も行き詰まってしまうだろうと思います。

私はそういう風潮が今の日本の諸問題の原因、今の日本社会を閉塞させている諸悪の根源がこの3つの風潮であるという 気がしてなりません。

打開策は上記の文章の氏家さんのお知り合いが打ち出したように「結果の評価方法」を変える、というのも1つの方法でしょう。

音楽に限って言えばCDが何枚売れた、とかそういうことではなく別の評価方法が必要だと思います。世の中が多様化したのですから成果、結果の評価方法も多様であったよいのではないかと思います。

変な景気対策よりまず我々日本人全員がことなかれ主義(保身)、結果主義、まずコストダウンありき、の3つの風潮をまず捨て去る、それから新たな評価方法を再構築する。

そこから始めるべきではないか、と感じた次第です。

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コメント

こんばんは!
再びのアマチュアおじさんです。
大野さんのブログを拝見させていただいておりますが、その真摯で脇道にそれない姿勢に好感が持てます。
私自身が、ついつい脇道にそれて本題に入るのが遅れるタイプだからでしょうか(笑)。
やっぱり私も、テレビは殆ど観ていません。
更に、ニュースもネットではなく各社新聞で仕入れる、今時珍しい人種だと言えます(笑)。
一昔前と違い、今やマスコミだけでなく、ネットの情報も嘘だらけだったりしますから、ましてや過剰な演出が加わるテレビというメディアから人が離れていくのは当然かも知れませんね。
因みに、私が38年間生きてきた中で一番好きなテレビ番組は、80年代のアメリカのドラマ「マイアミ・バイス」です。
兄の影響で洋楽のPV等に興味を持ち始めた頃、お金をかけたスタイリッシュな映像と音楽、決して綺麗事を並べない硬派なストーリー、冷戦時代のアメリカに於いて、共産主義撲滅の為なら凶悪犯すら利用する政府に楯突き、あくまでマイアミの治安を守ろうとする登場人物…あらゆる面でのリスクを恐れず作り上げたドラマが、結果として80sカルチャーを代表する一作になりましたよね。
残念ながら、ドラマに関しては日本は改善の余地すらありません。
世界中から役者も脚本も集めるアメリカに対して、毎回似たようなキャストのスケジュールをまず抑えて、そこから脚本家に例の三つのプレッシャーを与えたら、偶然の奇跡が重ならない限り、名作は生まれません。
また、別の問題点として、衰退の激しい業界の上層部にいる人間は、偏差値が高くて要領が良く、創造性がないという共通点がありますね。
チャンスに賭けるハングリーな人間をピンハネして使い捨て、ビッグになった有名人とのコネをちらつかせれば、モテるかも知れない…みたいな、あらゆる成功への最短距離を狙う人達の集まりになってしまった様な気がします。
公共の電波にお世話になるのに、野心の規模が自分スケールに止まっています。
近年の地上波テレビ視聴率のトップ3は、サッカー日本代表(男子・なでしこ)、フィギュアスケートでした。
下ネタや不快な内輪受けがないので、仕事や食事をしながらでも安心して観られる。そして、なによりも本気で勝負する人間が観られる。
このあたりに、今後のメディアへのヒントが隠されていると思いますね。

投稿: アマチュアおじさん | 2013年2月23日 (土) 21時02分

アマチュアおじさんさん

>>公共の電波にお世話になるのに、野心の規模が自分スケールに止まっています。
近年の地上波テレビ視聴率のトップ3は、サッカー日本代表(男子・なでしこ)、フィギュアスケートでした。
>> 下ネタや不快な内輪受けがないので、仕事や食事をしながらでも安心して観られる。そして、なによりも本気で勝負する人間が観られる。

まさにこの点が問題でしょうね。

上記の記事にもありますように「ことなかれ主義=保身」一律な評価方法による「結果主義」そしてクオリテイを犠牲にしてでもコストダウンを優先する風潮

ここ十数年で日本社会にはすっかりその風潮が定着してしまいました。そしてその流れを変えるのは簡単ではありません。

いわゆる新自由主義的エコノミスト(TPP推進で発言力が余計に増していますが)の殆どはその3つの風潮を手放しで礼賛する傾向がありそういう連中が経団連を含め、日本の経済界で異常なほどの発言力を持っています。テレビをはじめとするマスコミもこのエコノミストたちに肩入れをしているため、その連中の扇動に乗る人間が多いというのも問題です。

いずれにせよ「面白い番組」の復活のためにはその私のいう日本社会の三悪をまず取り除く必要がありますが、なかなか難しいでしょうね。

フィギュアスケートやその他のスポーツに限らず中身のあり人に感動を与えられる番組のアイデアは結構持っている人はいると思います。でも今そういうものを提案できる空気がないのが一番の問題ですね。

投稿: kyoji | 2013年2月24日 (日) 09時11分

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