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2012年7月22日 (日)

昨今の風潮と自分の状況を鑑みて作曲家として、クリエーターとして思うこと

昨日も映画交流会とかに参加したが、私の今後の作曲活動の内容をより充実したものにしたいと思っており、そのための戦いには終わりはないと思っている。

何のためにこういうことを続けているかというと私の今までの作曲家の人生に関して自分でも大きな問題があると考えているからである。私はプロとして仕事を初めてもう四半世紀をとうに越している。その間いろんな現場を経験し、ノウハウの多さ経験の幅広さについては人には負けない自負がある。

しかし仕事の数はこなしてはいるものの、まだ「これだ」という仕事はしていない、できていないのである。 まだ何の仕事もしていないのに等しい。

いくつかの仕事についてはwikiの個別のページに私の名前は乗っているものの大野恭史といえばこういう仕事をした作曲家、というのがない。 そのため今それを確立すべくここ数年格闘しているというのが現実

今思うと穴があったら入りたいほど恥ずかしいが、私が「作曲家」というものを意識しだしたのは10歳くらいから。小学校の低学年は年がわかるがGSブームだったのでGSや歌謡曲を普通の子供らしく聞いていたが父親がクラシック好きだったことから、毎日のようにクラシックを聴かされいつのまにかクラシック少年となっていった。それによりモーツアルトやベートーベンの曲に親しみ、自分もこういう作品を残せる「作曲家」になりたいなどという、いかにも子供らしい憧れを持ったものだった。

小学校高学年から中学校までアメリカにいたのでアメリカのロック音楽やR&Bには自然になじんではいたものの、まだ基本的にはクラシック少年であり続けた。転機が訪れたのはクラスメートが持ってきたピンクフロイドのアルバム「おせっかい」を聴いた時である。

この音楽を聴いた時に後ろから頭をガーンとなぐられるような衝撃が走った。

「こんな音楽は聴いたことがない」

それがプログレッシブロックの私との出会いだった。同時に私が音楽の道にはずれるきっかけを作った音楽だった。それからピンクフロイドだけでなくキングクリムソンELP イエスといったバンドの音楽に傾倒し、クラシック少年はシンセ小僧に変貌した。

そのあとリターントウフォアエバーやバッドパウエルといったジャズにも傾倒した。その時に学んだのは よい音楽は様式に関係なく存在する。 ということだった。

実際これらの音楽は今聴いてもそうだが、心が揺さぶられるというか一度聴いてもまた聴きたくなるような衝動にかられる音楽である。

よい音楽、歴史に残る音楽というのはジャンルに関係なくそういうものである。

しかし実際にプロになると、音楽を楽しむということ以外にビジネス的な観点もどうしても出てくるから、ある意味「音楽をする」というよりは「仕事をこなす」ような状態となる。そうしてだんだん初心というものを忘れていくのである。

しかし我々プロの音楽家はとりわけここ10年余りに「音楽文化の創造」という面でどれだけ貢献してきたか甚だ疑問である。とりわけ2000年以降に生まれた音楽で後世から語られるような音楽作品は今殆どないのではないか、と思うのだ。最近はカバーが全盛だが2000年以降に生まれた曲が後の時代でカバーされるなんてことが起きるだろうか? あっても片手に数えられる程度ではないだろうか?

「残るために曲を作る、と考えるのはナンセンスだ」という人がいる。歴史のみがそれを決めることができる、と。そうかもしれない。だが自分の仕事が後世から語られるようになってほしいと願うことは別におかしなことではないのではないか?。少なくとも残るようないい作品を作るというスタンスは作品のクオリテイを保つ意味でも今の音楽に必要なのではないか? と思うのだ。そう願うことは道義的に悪いことであるはずがない。

残念ながらこのままいけば2000年以降音楽文化にとって暗黒時代である、と後世からいわれるのはほぼ避けられないだろう・

今ネットの状況を初めCDが売れない、とか音楽のビジネスモデルが破たんしているとかいろいろいわれているけど問題の核心はむしろそちらの方にあるような気がする。とりわけ今の10-20代の若者で音楽によって人生が変わった、心を揺さぶられるような音楽体験をしたという人たちがどれだけいるだろう?

音楽によってそういう経験を持たない人々に音楽を大事にしろ、クリエーターに敬意を持て、といっても馬の耳に念仏なのではないかと

その責任は間違いなく今の音楽業界や我々プロの現場で仕事をしている作曲家ークリエーターにある。


こうした状況で私はどういう仕事ができるか。いろいろ頭の中に考えはあるがそれらの仕事が音楽の暗黒時代に何とか終止符を打たせるようなものであれば、と考えている。むろんうまくいく、などという保証はどこにもないが...

残りの作曲家人生。そのための仕事に専心したいと思っている。

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