Kyoji "metanature"
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2012年7月29日 (日)

音楽大学への進学と実際のプロフェッショナルの仕事

実は現在中学一年生の娘の進路について悩んでいる。

私自身は最初からそんな意図はなかった。寧ろ私自身などは最近の実情を知りすぎているだけにあまりこちらの方に進んでほしくはなかったのだが、娘は音楽大学付属高校のピアノ科への進学を望んでいる。

とはいえいわゆる音大がよくやっている「子供のための音楽教室」などには今まで参加したことはなく、町のピアノ教師に「おけいこ」レベルのピアノレッスンを受けていた程度だが、本人の強い希望で無謀とは知りつつ、とある音大の「夏期講習」に参加している。

まあ実際行ってみて自分がどれだけ周囲と力の差があるのか、を実感するのもいいだろうと思い参加させたのだが、いずれにせよ今後本人とはじっくり話し合わなくてはならない。今から音高に行こうものなら今までの生活を根本から変えなければならず、しかも音大は入ってからの生活もきつい、そして何よりも卒業してからはもっときつい。私はその事実を知っているからあまり行ってほしくはないのだが...

とはいえ、私も自分が子供のころを考えるとあまりえらそうなことをいえない。だから困っている。
私はピアノ科や器楽などの「演奏家」ではなく最初から「作曲科」志望である。実は「作曲科」は楽理科なんかもそうだが、「演奏家」などと比べると結構いい加減な学科である。
勿論、和声、対位法、管弦楽法とやることは結構あるのだが、最終的には本人の元々もっている能力に依存する点が大きい。

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2012年7月28日 (土)

2012ロンドンオリンピック開会式感想

本来なら私のもう1つのブログKyojiのよろずひとりごとに書くような記事かもしれないが、今のイギリスを語る上では音楽や映画の話は避けて通れないのでこちらのブログに書かせていただく。

すでにご存じのとおり第三十回のロンドンオリンピックの開会式があり私自身はかなり楽しめたのだが一部に「今1つ」とか「期待はずれ」という声があった。私自身は3D映像あり、イギリスの古い文化から歴史に関する演出等、繊細かつダイナミックな演出でさすが「スラムドッグミリオネア」「トレインスポッテイング」の監督のダニー・ボイルだと思ったので、なぜ「今1つ」などという印象を持ったのか私には理解できない。そういう人たちは開会式にいったい何を期待したのだろう?

私自身はシェイクスピアにはシェークスピア劇第一人者のケナスブラナーが出て、ピーターパンの演出の前にハリーポッターの原作者のJ・K・ローリングがナレーションを担当し、音楽は何とマイクオールドフィールド、御大自らベースを弾くというイキな演出で(のちギターに持ち替え)なかなか目を見張る内容だった。オープニングの3D映像のカメラワークもなかなかのものだったし、いったい何が「今1つ」だったのか全く理解できない。強いて言えばいわゆるビッグネーム的なアーチストがトリのポールマッカートニーは別として少なかったという点かもしれないが、それってイベントの演出を見てるんではなくアーチストを見てるということだろう.. こういう見解は日本とアメリカで多く出ている、というのは何かわかる気がするが、何か文化のレベルというものを感じてしまう。

ちなみにもし2016年のオリンピックがブラジルでなく東京だったとしたら開会式はまた例によって電通が仕切って浅利慶太あたりがまた演出して、という悪夢のパターンになるんだろうな。ゲストとしてAKBとかジャニーズ連中が参加して、下手すりゃメイドさんまで出てきて.........

考えただけでおぞましい開会式になってしまうかもしれない。日本が文化がない国ということを世界中に見せてしまう結果になりかねない。 

今回の開会式で苦言を呈するとすれば。最後、おそらくミュージシャン用のモニターがおかしかったためヘイ・ジュードの出だしが合わなかったのが残念。おそらくPAのミスと思われるがそれが残念だった。このくらいのイベントならコンピューター付のPAコンソールくらい用意しているはずなんだが、おそらく初歩的なミスがあったと思われる。

なんにせよこれから二週間半の間のオリンピック競技。楽しませていただきたいものだ。


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2012年7月26日 (木)

現代の音楽リスナーはひどい音質で満足させられているーニール・ヤング、最近の音楽の音質に「腹が立つ」の記事より

さて当ブログでもすでに何回かデジタル技術が進んでいるにもかかわらず、市場に出回るのがCDより音質の悪いmp3が主流になっている点を問題視してきた。

まさかもうmp3の音質がCDの音質と同じなどというバカなことを云う人はいないと思うが、かつてのようにいい音楽をいい音質で楽しむ、という行為が現代人の生活からすっかり遠のいてしまっていることが昨今の音楽文化の衰退の風潮に大きく寄与している点は否定できない。

i-pod、スマホは勿論のことPC上での音楽再生の環境、そして電気屋の「オーデイオコーナー」で細々と売られている「コンポ」にしたってはっきりいってひどい音である。昔のラジカセの方がまだマシな音質を再生している。

そんな中偉大なミュージシャンのニールヤングがこうした状況に対して苦言を呈した。

■ニール・ヤング、最近の音楽の音質に「腹が立つ」
http://www.mtvjapan.com/news/music/20356

ジョナサン・デミ監督の新作ドキュメンタリー「Neil Young Journeys」のプロモーションのため、米ユタ州にて開催中のインディペンデント映画祭「スラムダンス映画祭」に参加した伝説的フォーク・ロッカー、ニール・ヤングがMTV Newsの取材に応じ、昨今の音楽の音質に懸念を抱いていることを明らかにした。

「最近の音楽の音質には少々困っているんだ。俺は気に入らない。とにかく腹が立つ。これは音楽自体の質の問題ではない。俺たちは21世紀に生きているというのに、音質は史上最悪だ。78(RPM=レコードの毎分回転数)よりもひどい。天才はどこにいるんだ? 一体何が起きた?」と語ったヤングは、MP3にはマスター音源の5パーセントのデータしかフィーチャーされていないと訴えた。

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2012年7月22日 (日)

昨今の風潮と自分の状況を鑑みて作曲家として、クリエーターとして思うこと

昨日も映画交流会とかに参加したが、私の今後の作曲活動の内容をより充実したものにしたいと思っており、そのための戦いには終わりはないと思っている。

何のためにこういうことを続けているかというと私の今までの作曲家の人生に関して自分でも大きな問題があると考えているからである。私はプロとして仕事を初めてもう四半世紀をとうに越している。その間いろんな現場を経験し、ノウハウの多さ経験の幅広さについては人には負けない自負がある。

しかし仕事の数はこなしてはいるものの、まだ「これだ」という仕事はしていない、できていないのである。 まだ何の仕事もしていないのに等しい。

いくつかの仕事についてはwikiの個別のページに私の名前は乗っているものの大野恭史といえばこういう仕事をした作曲家、というのがない。 そのため今それを確立すべくここ数年格闘しているというのが現実

今思うと穴があったら入りたいほど恥ずかしいが、私が「作曲家」というものを意識しだしたのは10歳くらいから。小学校の低学年は年がわかるがGSブームだったのでGSや歌謡曲を普通の子供らしく聞いていたが父親がクラシック好きだったことから、毎日のようにクラシックを聴かされいつのまにかクラシック少年となっていった。それによりモーツアルトやベートーベンの曲に親しみ、自分もこういう作品を残せる「作曲家」になりたいなどという、いかにも子供らしい憧れを持ったものだった。

小学校高学年から中学校までアメリカにいたのでアメリカのロック音楽やR&Bには自然になじんではいたものの、まだ基本的にはクラシック少年であり続けた。転機が訪れたのはクラスメートが持ってきたピンクフロイドのアルバム「おせっかい」を聴いた時である。

この音楽を聴いた時に後ろから頭をガーンとなぐられるような衝撃が走った。

「こんな音楽は聴いたことがない」

それがプログレッシブロックの私との出会いだった。同時に私が音楽の道にはずれるきっかけを作った音楽だった。それからピンクフロイドだけでなくキングクリムソンELP イエスといったバンドの音楽に傾倒し、クラシック少年はシンセ小僧に変貌した。

そのあとリターントウフォアエバーやバッドパウエルといったジャズにも傾倒した。その時に学んだのは よい音楽は様式に関係なく存在する。 ということだった。

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映画人交流会2012年@お台場東京カルチャーカルチャー

今や半年に一度の恒例のイベントになりつつある「映画人交流会」に参加しました。

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ここ何回かお台場のこの会場で行われることがすっかり定着し、私も昨年の3月を除いてはだいたい参加しています。

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この会を通じて多くの映画関係者の知己を得、私自身もかなり具体的な仕事にむすびつきました。その意味もあり今後作曲家として劇伴、映画音楽の分野での仕事をさらに広げる意味でここのところ毎回参加しています。今日も20人以上の方の名刺をいただきました。

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この映画人交流会は出席した関係者の新作やこれからの作品の構想等の発表等もあり多くの映画プロデユーサーや映画監督と知り合うことができます。私自身もその恩恵にあずかり多くの映画プロジェクトに参加しました。

今回お知り合いになれた方とどれだけお仕事に結び付けることができますか。
今後の私自身のおがんばりーフォロー次第だと思いますが...

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2012年7月17日 (火)

また偉大なミュージシャンの訃報 ジョン ・ ロード

あまり訃報の記事は書きたくないと思っていたんだけど、ちょっとこの方の訃報は私にとってショックです。

Deep Purple Co-Founder Jon Lord Dead At 71
http://www.mtv.com/news/articles/1689747/jon-lord-deep-purple-dead.jhtml

Jon Lord, keyboard player with seminal hard rock act Deep Purple, dies
http://edition.cnn.com/2012/07/16/showbiz/jon-lord-obit/index.html

元ディープ・パープルのジョン・ロード氏死去
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120717-OYT1T00423.htm

We are all deeply saddened by the news that Jon Lord has passed away today at the age of 71 after suffering a pulmonary embolism. He had been suffering from pancreatic cancer and was surrounded by his family at the London Clinic. Our most heartfelt sympathies go to his family. Jon Lord, a giant among men.(FB Deep purple ページ)

この人のオルガンはパープルの絶妙な味を出していました。、この人が私にハモンドの良さ、カッコよさを教えてくれた人です。 デイープパープルというとリッチーブラックモアのギターの方に目がいきがちですが、この人のオルガンはパープルのサウンドに欠かせないものでした。

すい臓癌とはショックです。

心からこの偉大なミュージシャンに敬意を表すると同時にご冥福をお祈り申し上げます

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2012年7月16日 (月)

創造する、というのは非効率的なプロセス 新自由主義的な「効率第一主義」も業界衰退の原因

興味深い記事を目にしたので下に引用させていただく。

なぜ効率ばかり追求すると利益が減るのか
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20120715-00010000-president-nb

■なぜ日本の会社はiPadを作れなかったか

                 いま、企業が成功を収めようと思ったら、アップルのiPadのように極めて革新性の強い商品を作り出すか、リッツ・カールトンのように突出したサービスを提供するか、ふたつにひとつしかない。
 ところが、日本の会社の多くは、どちらもできずに伸び悩んでいる状況だ。なぜ、そうなってしまったのかといえば、ひとことで言って、効率を追求しすぎたということだろう。

 たとえば、私の専門分野である編集の仕事を例にとると、編集者の多くはあまりにも多忙な日々を送っている。短いサイクルで、年間に何冊もの本を出さなくてはならないからだ。
 毎週のように企画会議があるが、毎回毎回、新しい企画、面白い企画をひねり出すのは大変だ。そこで、多くの編集者がインターネットを頼ることになる。面 白そうな著者はいないか。若者の間で流行しているものは何か。人気の高い著者は誰か……。インターネットは一見、ネタを効率的に収集し効率的に企画を考え るために最適のツールのように思える。

 しかし、である。編集者の多くがインターネットを使ってネタを検索するようになってからというもの、企画会議で提案されるアイデアは、ほとんどが似たり寄ったりのものになってしまったのである。世の中が、過度に効率を追求するようになった結果である。
 そして皮肉なことに、効率的に儲けようとすればするほど、画一的なものしか生み出せなくなっていき、企業の売り上げも利益も下がっていく。近年の日本の電機メーカーの業績悪化が、その見本だろう。

■非効率こそ結果として効率的 

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「ビジネスのかたち」にこだわる愚かさ

今頃気が付いたが連休である。7月も半ばを過ぎあと2週間くらい立てば夏休みモードに入る。音楽の制作屋としての環境は依然厳しいが一応3月に行った海外向けの音楽教材の制作の続編他、制作案件もいくつかあり9月まではその業務に取り組む予定となっている。

ヨーロッパの金融不安、一向に出口が見えないデフレ、その上消費税増税と景気によってはマイナスの要因ばかりが目立ち、経済やビジネス環境も劇的に変化しつつある。特に音楽業界をはじめとするコンテンツ関係をめぐる環境はここ10年で激変しており、こういう中ではもはやビジネスの「かたち」など何の意味もなさない。そもそも「かたち」なんてものは単なる手段にすぎないし、手段なんてものは経済やビジネス環境によってどうにでも変わるものである

にもかかわらず音楽業界などはその「かたち」にあくまでこだわる姿勢を示す人間が大多数でその「かたち」を絶対視する姿勢を崩さない人間が後を絶たない。当ブログで圧倒的なアクセス数になった「違法ダウンロード問題の記事」で私はインターネット推進という手段あたかも全てであるかのような議論になっているとIT関係者、ITギーグたちを批判したが、音楽業界の既存のビジネス「かたち」ー手段全てであるかのように考えている点では音楽業界人も同じである。どちらもその意味では同じ穴のムジナだ。

幸いにも私は音楽業界の万年野党(笑)であるせいかそんな「かたち」にこだわる必要がなかったので逆に今まで何とかやってこれてきた。根っからの制作屋である私はこと音楽制作に関してはありとあらゆる制作現場を経験してきた。制作ノウハウに関してはその辺の音楽制作関係者には負けない自信がある。また立体音響を初め特殊なノウハウー付加価値のあるノウハウを打ち出す一方で、私自身が一人何役をこなしながら制作のコストダウンの努力も目いっぱい行う等の企業努力も怠らなかった。特に付加価値のあるノウハウはとかく「売れセン」とか「人がやっていることにしか関心を示さない」ことが多い他の音楽制作会社とは明確に差別化した方針で取り組んでいる。

だが勿論、それらの対策は必ずしも十分ではない。私の会社の最大の欠点は「営業がいない」点である。その「営業がいない」点をインターネットのさまざまなツールを駆使して補ってきたし一時は非常にうまくいっていた時期もあった。だがインターネットのツールは便利だし有効な場合もあるがそれだけではやはり不十分である。

私は自社のアーチストのプロモーターのようなこともしてきたが、やはり自分に向いていないことはやるべきではない。よい結果など出ようはずがないからだ。やむを得ず誰もやる人間がいなかったからやっているのだが十分な能力と信頼できる人間が我こそと名乗り出ればいつでもまかせる用意はある。それはビジネスの「かたち」こだわるというのとは違う。いかなるビジネスモデルも「営業」が必要でない業務などこの世に存在しない。実際なんでも一人でやるには限界がある。過去何人かそういう「営業」を任せようと思った人間はいたが結局どれもいろんな理由で定着しなかった。みなさんの中でぜひやってみたいという人がいましたらメッセージください。

だが音楽もコンテンツも新しいビジネスモデルを構築することが重要であろう。今それに関してさまざまなことを考えている。日本の音楽の状況が業界の面でもユーザーの面でも絶望的に近い状況だからこそ従来の「かたち」にこだわらないアプローチが必要である。

幸いにして音楽業界が他の業界と違うのは個人レベルでも音楽配信やCDを流通させたりということができるし、制作の仕事も十分に取ることができるという点だ。他の業界ではそうはいかない。たとえば建設や土木など「公共事業」がらみだと政、官、財の癒着的な構造がいまだに強く、結局その中のヒエラルキーに組み込まれない限り何の仕事もできないようになっている。音楽や芸能の分野も音楽事務所や放送局との癒着、力関係などがある。しかし昨今の状況からそれも少しずつ崩れつつあるし、何よりも日本から一歩外にでればそんなものは何の意味もなさない。幸いにして現代はインターネットを通じて国境、民族に関係なくコンテンツや情報は流れるので海外プロモーションツールが豊富になっている現代では言われているほど障害にはならない。

従来の業界ビジネスの「かたち」にこだわることがいかに無意味かおわかりいただけると思う。

そんなわけで私の戦いはまだまだ続きます。夏休み気分にはちょっとなれないかな

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2012年7月14日 (土)

音楽の海外プロモーション活動をして余計に日本の中の音楽のありかたに嫌気が指す自分が..

さて今年度から私のアンビエントアルバム metanature と奥津恵「未来」を日本国内ではなくあえて海外向けのプロモーションを行っている。

大きく分けると3つのプロモーションのチャンネルがある

1 jango airplay    http://airplay.jango.com/

全世界で700万人のリスナーを抱える世界最大のインターネットラジオ

2 music SUBMIT  http://www.musicsubmit.com/

全米のairplayやインターネットラジオだけでなく実際のFM局に対するプロモーション。ラジオはアメリカだけでなくヨーロッパ、南米、中東、インドと世界中のラジオに対してプロモーションができる。

3. Sonicbids   http://www.sonicbids.com/  or CDBABY http://www.cdbaby.com/ のライセンシング(テレビ映画での音楽使用)

断っておくが日本のように「お金を払ってタイアップ」するのではない。実際にテレビや映画に使ってもらって「使用料」をもらうのだ。前にもいったがこれが本来当たり前の形日本の方が異常なのだ。

さて、三か月本腰を入れて感じたこと。それは

どうしてもっと前から本腰でやっておかなかったのだろう?

という強烈な後悔の念だ。

たとえばjangometanature と「未来」をオンエアした。metanature は過去10196回オンエアして"likes (FBの「イイね」にあたる)"が631回、ファン(リスナーが音楽を聴いて自主申請)が158人出た。この数字が人数の割にいい反応かどうかは評価が分かれるところだが、リスナーの反応はいわゆる欧米だけでなく、イスラエル、アルゼンチン、インド、キプロス、ロシア等、本当に世界中から反応が来た。ちなみに奥津はオンエア数はまだ1084回のみだがlikes"が22回、ファンが21人出ている。日本語の歌詞なのできちんと反応が出るか不安だったが以外に聴かれているのだ。

 music SUBMITの方も反応はよく私も奥津もすでに2ケタの数のラジオ局のプロモーションを行っている。私のアンビエント曲は実質インストだ。そして恵は日本語のJ-popそれでも海外で流して反応は悪くない。正直手ごたえを感じている。

これらのプロモーションをやって感じているのは、世界中の人は余計なことを考えず、純粋に音楽の質、音楽そのもののクオリテイを聴いて評価をしてくれている、という点である。日本のようにこれはどこのテーマソングなのか、とか有名な作曲家やプロデユーサーが関わっているのか、とかいった観点は一切ない純粋のその音楽を聴いてよかったか、悪かったかというその評価のみである。

本来これが当たり前なのだ。しかし日本の音楽人はそういう「業界的聴き方」に耳が毒されてしまいいい音楽を普通に評価する、などという当たり前のことが日本の業界人は勿論、一般のリスナーも絶望的にできないのである。

日本の音楽界はマスに売るという一点のみに執着し、音楽を普通に評価する術を失っている。

そして残念ながら日本人の多くがそうした「業界的聴き方」に毒されて、いい音楽を普通に評価するということができなくなってしまった。音楽業界がそういうリスナーを作ってしまったのだ。

だからこそ「ミュージックソムリエ」のような人たちが今必要なのだ。CDショップ大賞などはそのための賞だ。しかしこの賞がいまだに業界の中で叩きまくられているのは周知のとおり。

道のりは遠い、といわざるを得ない

海外のこうしたプロモーションツールを使って、日本の音楽、音楽文化そのものに対して余計に嫌気が指してしまっている。残念ながらそれが現実である。

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2012年7月 7日 (土)

音楽制作の仕事の中でのとあるアーチストとの一幕

今日の記事もちょっと毒を吐く内容になっています。

今年の3月よりとある大手楽器メーカーがクライアントで海外向けの音楽教材制作の仕事を行っている。内容は細かい修正等はこれから発生するものの、概ねクライアント側には好評で無事第一回目の納品ができた。このプロジェクトは今後数年ほぼ数ヶ月から半年にかけて順時制作案件として発生する。

海外向けで英語なので、3人のネイテイブなボーカリストを採用していた。男声一人、女性二人で片方の人間には声優もやってもらった。
そしてそのうちの声優をお願いしていたボーカリストの方を今後の当プロジェクトからはずすことにした。理由はいろいろあるがひとことでいえば今後の協力関係、信頼関係を維持し続けるのは不可能と判断したためである。

その女性ボーカリスト兼ナレーターはテレビやラジオでもよく出演していてある程度名前は知られている関係で実名を公表すると影響が大きすぎるためにここでは実名を伏せるが、要はこのアーチストのポリシーとして英語に対して並々ならぬこだわりを持っているという点で今回はそれが非常に悪い方向に発展した。というのは前回クライアント側から提出されたナレーション原稿や歌詞に対してクレームを云ってきたのだ。勿論こちらは受注する側なのでナレーション原稿も明らかに間違いの部分はともかく、クライアント側から提出されたものをこちらで勝手に変更する権限などない。だからそれをうちに対して云われても、というのが正直なところだが一応私も英語なら少しはわかるので細かい内容についてはそのアーチストの云っている内容は理解できるつもりだ。そしてその内容はクライアント側にも伝えた。

しかし前回驚いたのはそのアーチストは原稿を英語のわかる私でもどこを読んでいるかわからないほど原型をとどめない内容に勝手に変えてきたので、私の方である程度なだめて比較的原文に近い内容の修正にとどめた。

いま考えるとそのアーチストはそれが気に入らなかったらしい

それで今回の続編の話でこちらとしては、それほど原稿に対してこだわりがあるのであれば、翻訳料を払うからそれを含めた形で再度オファーを行った。この環境なら英語にこだわりを持っているアーチストでも受容可能な内容だと思ったからだ。

それにたいしてアーチスト側の要求は明らかにこちらで受け入れ不能なギャランテイーアップの要求

念のため、翻訳といってもせいぜいA4で6-7枚程度。それも殆どが短い文章の会話である。

これは芸能事務所がよくやる手口で要するに「お前とは仕事なんかしねえよ」という意味でこちらが受け入れられない条件を百も承知の上で出してくるーつまりオファー拒否のメッセージだ。

さすがに今回は俺もぶち切れた。即刻代役を探すことにした
現在代役候補が二人おりそのどちらかになると思う。どちらもボーカリストとしても優秀だし声優の仕事をこなすことも可能だ。

懸念すべきは前回の修正内容がまだ今日の時点で見えていないこと。今回は続編の収録といっしょにその作業も行う予定だったが最大の懸念はそのアーチストの歌った曲に「ボーカルを録り直さなければならない」内容の修正が来た場合、どうするか、だ。万が一その事態が発生した場合は新しい代役に丸々歌い直してもらうしかない。

あえていわせてもらえれば今音楽業界、音楽制作の仕事を予算的にも時間的にも余裕のある状況で仕事をしている人間は私の知る限り殆どいない。みんなギリギリの状態で仕事をしている。先日の佐久間正英さんの記事にもあるように佐久間さんほどの人でもかなりギリギリな状況で仕事している(正直佐久間さんはまだいい方だ)その中でみんな厳しい状況で協力しながら「いいものを作ろう」ということで動いている。

だがそのアーチストからは自分のポリシーに対する主張やクレームをいうことがあってもそういういいものを作ろう」という協力の態度を最後まで見ることができなかった。そのあげくが先ほどのメッセージである。

あえていわせてもらえれば 何様だおまえ
といいたくなる。

今度の新しい人はどちらになってもそういうことはないだろうと思う。そう信じたい。

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2012年7月 1日 (日)

録音スタジオの相次ぐ閉鎖の危機的状況

一昨日私がかつて根城のようにしていた音楽のレコーデイングスタジオが閉鎖される報を聞きショックを受けた。メーカー系のスタジオではなくある音楽事務所系が運営していたスタジオだがさすがに運営の限界を超えてしまったということだろう。生音や6-4-2-2の弦楽合奏とかを録るには充分なスタジオだった。私がビクターエンタテインメントで発売した作品の大半がこのスタジオで録音されたものである。

実際昨今の信じられないほどの音楽制作予算の削減、殆どの音楽が打ち込みベースで宅録に毛の生えたようなスタジオで録音しているという現実、かくいう私も自宅の仕事場に一畳程度のボーカル/ナレーションブースを作り今や殆どの仕事をここで行なっている。やりたくてそうしているのではない、昨今の状況でそういう仕事をやりかたをせざるを得ないのだ。一人何役こなしながらpro tools片手に音楽制作やサウンドコンテンツ制作に取り組んでいる現実がある。

だがいくらソフトシンセが発生しようとも生のオーケストラ、生音を録るという需要は必ず発生する。バンドの録音も多重録音ではなくバンドがいっぺんに録音する一発録りの方がいい音でしかもパワフルなテークが録れたりする。

だがこれだけスタジオ閉鎖が相次ぐとそもそもそれらの作業を行なうことのできるスタジオ自体fがなくなるという危機的な状況にもなりかねない。

メーカー系スタジオだからいいとは限らない、一口坂スタジオも閉鎖したし東芝のテラスタジオなんてものも今はない。

長引く音楽不況は音楽制作のインフラ自体も危機的な状況に追い込んでいるのだ。そして一番危機感がないのがメーカー系の連中だ、というのももっと困ったことだが

とにかくこの状況も何とかしないといけない。、


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昨今の事業ー受託と「実業」について

弊社ハイブリッドミュージックの事業の内容は各方面からの「受託」で成り立っている。

それが音楽の作曲、編曲等の音楽制作だったり、館内アナウンスやe-learningのボイスオーバーの音声コンテンツ制作だったり、CD DVD製作のパッケージ製作だったり受注する会社も受注内容もケースバイケースではあるが、とにかくそういったものを受託ーつまり発注された内容を行なう業務が殆どである。

ところがそれが大きな問題でもあることがだいぶ前からわかっている。理由は勿論昨今の情報化社会、インターネットによって世界中がフラットになってしまったからだ。

つまりフラットになるということはどういうことか、それはひとことでいえば情報検索で弊社と全く同じ業務の会社を簡単に捜すことができる、つまりうちの替わりはネットでいくらでも見つけることができる。ということだ、

その結果どういうことが起きるか? 「あの業者はこの値段でやっているのになぜお宅はこの値段でできないのか?」とかいう話にすぐなるのだ。うちのようなサービス業者は値段だけでは割り切れない仕事内容もあるのだが、昨今では「数字」とか「効率」の面でしかビジネスを見ない人間が非常に増えている。私が経済界を中心にいまだに新自由主義者や市場原理主義者が多いというのはまさにその点であるネットというのは自然に市場原理主義の方向に誘導しやすく、価格も値段を下げる方向に強力にベクトルが動く。これはネットというものの本質といっても過言ではない。つまり受託の事業というのは今もうからないようにできているのだ。

だから私はネットで付加価値をつけるのはその本質上不可能である、という結論に達しそのために別の部分で付加価値をつける「事業」を構築するしかない、と考えるに至った。

つまり自分で「実業」しなければならないのだが。これがまた大変。当たり前だが初めは手弁当でやらなければならないし、かなりのリスクもしょわなければならなくなる。成功すれば「大穴」を当てることができるかもしれないが、成功する保証などどこにもない。

一方受託はもうからない、といってもリスクはその「実業」ほどにはない。

つまり 

受託はリスクは少ないがもうからない 「実業」は運がよければもうかるがリスクは大きい。

つまり

リスクを覚悟しないともうけることができない

という極めて当たり前の結論になる。

ところが結構今までいろんなことをやってきたがみんな「リスクは負いたくない、だけどもうけたい」という虫のいい考えで取り組んでいる人間が多いと感じている。日本に真の意味の起業家がなかなかいない、ということの証明でもある。

今内容はいえないが、サウンドコンテンツからみで新しい作品と事業を計画している。最終的にはどうなるかわからないが年内立ち上げを目標に動いているが、やはりいろんな意味で協力者が必要である。果たしてうまく実現できるかはわからないが、しかし「実業」続けないと結局はもうけることはできない、これは動かしがたい事実である、


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