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2012年7月28日 (土)

2012ロンドンオリンピック開会式感想

本来なら私のもう1つのブログKyojiのよろずひとりごとに書くような記事かもしれないが、今のイギリスを語る上では音楽や映画の話は避けて通れないのでこちらのブログに書かせていただく。

すでにご存じのとおり第三十回のロンドンオリンピックの開会式があり私自身はかなり楽しめたのだが一部に「今1つ」とか「期待はずれ」という声があった。私自身は3D映像あり、イギリスの古い文化から歴史に関する演出等、繊細かつダイナミックな演出でさすが「スラムドッグミリオネア」「トレインスポッテイング」の監督のダニー・ボイルだと思ったので、なぜ「今1つ」などという印象を持ったのか私には理解できない。そういう人たちは開会式にいったい何を期待したのだろう?

私自身はシェイクスピアにはシェークスピア劇第一人者のケナスブラナーが出て、ピーターパンの演出の前にハリーポッターの原作者のJ・K・ローリングがナレーションを担当し、音楽は何とマイクオールドフィールド、御大自らベースを弾くというイキな演出で(のちギターに持ち替え)なかなか目を見張る内容だった。オープニングの3D映像のカメラワークもなかなかのものだったし、いったい何が「今1つ」だったのか全く理解できない。強いて言えばいわゆるビッグネーム的なアーチストがトリのポールマッカートニーは別として少なかったという点かもしれないが、それってイベントの演出を見てるんではなくアーチストを見てるということだろう.. こういう見解は日本とアメリカで多く出ている、というのは何かわかる気がするが、何か文化のレベルというものを感じてしまう。

ちなみにもし2016年のオリンピックがブラジルでなく東京だったとしたら開会式はまた例によって電通が仕切って浅利慶太あたりがまた演出して、という悪夢のパターンになるんだろうな。ゲストとしてAKBとかジャニーズ連中が参加して、下手すりゃメイドさんまで出てきて.........

考えただけでおぞましい開会式になってしまうかもしれない。日本が文化がない国ということを世界中に見せてしまう結果になりかねない。 

今回の開会式で苦言を呈するとすれば。最後、おそらくミュージシャン用のモニターがおかしかったためヘイ・ジュードの出だしが合わなかったのが残念。おそらくPAのミスと思われるがそれが残念だった。このくらいのイベントならコンピューター付のPAコンソールくらい用意しているはずなんだが、おそらく初歩的なミスがあったと思われる。

なんにせよこれから二週間半の間のオリンピック競技。楽しませていただきたいものだ。


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