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2012年6月 6日 (水)

総選挙の日だからあえて書いてやる。もはや日本人にとって音楽はゴミでしかない、ということだ。

AKBの総選挙? はっきりいってそんなもの俺にとってはクソ食らえだ、

下の一連の写真を見て欲しい

Tc3

Tc4

Akb_gomi_cd

これはCDから「投票用紙」だけを取ったCDの成れの果てだ。

大量にゴミとして捨てられているAKBのCD....

音楽はずーっと音楽産業の戦略として消耗品として売られてきた。

しかしこれを見るともはや消耗品ですらないってことだ。

もはや日本人にとって音楽はゴミ同然なんだ、と思った。
そしてこんなコンシューマを育てたのは日本の音楽産業そのものってこと

これが日本の今のミリオンセラーである。

これって、もはや何かがおかしい、なんていうレベルではない

もはや日本人にとって音楽は無用の長物に過ぎない、ということをこの現実は証明している。例え口先で「音楽は好き」なんていってもそれは大嘘で実は単にトレンドに乗り遅れないためのツールでしかない。

この国には音楽文化なんか最初からない、ということだ。

音楽を心から好きな人はいるけどそれは日本社会の中では圧倒的少数派。

残念ながらそれが現実だ

私は秋元康氏のAKBの戦略に対しては一定の評価をしてきたつもりだが、聴かれることもなくこれだけの大量にゴミとして捨てられるCDを見てもはや日本人にとって音楽はゴミ同然でしかないということがわかった。

何度でもいう。

音楽を消耗品にしたのは日本の音楽産業だがもはや日本人にとって音楽は消耗品ですらない、ということだ


悲しくなるね。音楽をやっている人間として
何か本当にこの国で音楽をやるのが嫌になったね。音楽をゴミとしか思わない国なんかに住みたいと思わないよ。

<追記>です
■大量買いされた『AKBのCD』のヒドい末路 http://matome.naver.jp/odai/2133826050573002201

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