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2012年5月14日 (月)

違法ダウンロード刑事罰導入と「ネットの自由」の問題点ー“手段の目的化を何よりも優先する”

初めにお断りしておくが私は音楽業界の低迷の理由は違法ダウンロードのみが原因だとは一度も言っていない。また私のブログを毎回読んでくださっている方は音楽業界の低迷の原因は業界の旧態依然とした体質、マーケテイング、音楽を100均の消耗品のごとくに売っていて、そのマーケテイング方針を一向に変えようとしない音楽業界の体質の方をおおいに問題視してきたことはおわかりいただけると思う。主原因はあくまで音楽業界側にある。

しかし一方では同時に違法ダウンロードの問題も音楽業界低迷の原因の1つである、ということも述べてきた。繰り返すがこれのみが原因ではないが、これも原因の1つでもあるといっている。(最近のネットでは中学生程度の文章読解力すらない輩が増えているのも問題だ) 事実少し前にネットでこういうことを書こうものなら袋だたき、ブログ炎上に近い状態になったが、ネットではこうした問題点を少し指摘しただけであたかも自分が誹謗中傷されたかのように過剰反応を示す輩がいまだにいるようである。(中川淳一郎さんのいう「ネット教信者」だ) しかし現在消費税法案の影に隠れているが、著作権に関する法案が国会で審議されている現状ではやはり普通に問題点を指摘するのが当たり前であり、健全な議論をするのには必要である。もっとも過剰反応する輩は元々が「荒らし」が目的であって最初からまともに議論する気も能力もないと思われるが..

何はともあれ違法ダウンロードの対策、議論について語るとき私は以前から違和感を感じていた点に岸博幸慶応大学教授がその問題点を明確化していただいたのでここで一部を抜粋させていただく

■違法ダウンロードへの刑事罰導入はどうなる? “ネットの自由”を強調する反対派に抱く違和感 (Diamond On line)
http://diamond.jp/articles/-/18341

最初に状況を簡単に説明しますと、ネット上に蔓延する違法コンテンツ対策として、2年前の著作権法改正で、著作権者の許諾なしにサーバーにコンテン ツをアップロードすることを違法とする規定に刑事罰が追加され、同時に、そうしたコンテンツをダウンロードすることも違法である旨の規定が追加されまし た。だた、違法ダウンロードには刑事罰は課されていません。

 しかし、違法コンテンツがなかなか減少しないことを踏まえ、音楽業界の要請も受けて政治の側が新たな動きを起こしました。

 具体的には、文科省が今通常国会にフェアユース導入などを内容とした著作権法改正法案を提出していますが、自民・公明がそれに対する修正案を提出し、違法ダウンロードに刑事罰を課す規定を追加しようとしているのです。

 この動きに対して、ネットの自由を主張する評論家や専門家はもちろん、当の自民・公明や民主党の一部の国会議員、更には日本弁護士連合会(日弁連)なども強い反対を表明するに至っています。

<中略>

私は、政策論的に考えて反対派の意見には問題が多いと思っています。

反対派の意見が共通して強調するのは、“自由なネット利用を阻害する”という点です。米国が喧伝する“ネットの自由”と同じ趣旨ですが、まずこの部分にすごく違和感を覚えます。

 音楽産業の売上は減少の一途を辿っていますが、それが違法コンテンツの蔓延のみによって生じているとは言えません。音楽産業の側が既得権益に拘 り、ビジネスモデルの進化などの自己変革がまだ不十分であることは否定できないからです。それでも、ネット上の違法コンテンツの影響が大きいことも間違い ありません。

 一方で、ネットはメディア=媒体であり、手段に過ぎません。そして、ネットという手段を活用して達成すべき目的には、コミュニケーションや経済活動など様々なものに加え、音楽などの文化の発展も入るはずです。

 そう考えると、ネットの自由を守るために違法ダウンロード規定に刑罰を課すべきではないと主張するのは、政策を考えるに当たって目的よりも手段を優先するという“手段の目的化”が起きているように思えます。

 それはちょうど、原発再稼働は本来エネルギー政策の観点から議論されるべきであり、東京電力はエネルギー政策実現のための手段に過ぎないのに、東京電力を延命させるために柏崎刈羽原発の再稼働が不可欠と政府が主張しているのと同じです。

 もしかしたら、反対派の人たちは、ネット利用の促進も大事な政策目的であると考えているのかもしれません。その場合は、音楽文化の発展よりもネッ ト利用の促進の方が政策目的として重要であるという価値判断を行っていることになりますのでなぜそうした価値判断が正しいのかを明確にすべきです。

次に、多くの反対論は、“2年前に違法アップロードに刑事罰を課したのだから、違法アップロード対策の充実で対応すべき、またはそれでは効果ないことを検証すべき”といった主張をしています。

 この点についても違和感を持つのは、これまでの経験から、リアルの店舗と違ってネット上では、違法にコンテンツをアップロードするサイトに警告な どを行っても、同じ業者が別の名称のサイトでまた同じことをするというイタチごっこが続くということがある程度明らかです。ネット上でのFXなど金融取引 でも、金融当局の処分を受けた業者が名前を変えてまた同種のサービスを提供するということが起きています。

 そうした現実を無視して“違法アップロード対策の充実で対応しろ”と主張するのは、ちょっと無責任な議論ではないでしょうか。

<後略>

私はネットの可能性についてはある程度認めているつもりだが「違法ダウンロード刑罰には反対」という論調には違和感をずーっと覚えていた。特に池田信夫氏のよう にイノベーションのためには著作権は寧ろ障害である、著作権などないほうがいいなどという暴論を言い切りそれを絶大に支持する風潮がネットの中にあるのもいかがなものか、と思ってきた。岸さんはMIAUを初め一部のネット関係者やネット起業家には極めて評判の悪い人物だが(要するに彼らにとって極めて「都合の悪い」議論を展開するのだが)、音楽を始めとするコンテンツのありかた、問題点を的確に論じているネットでは数少ない論客の1人だと思う。

この問題だけではないが、インターネットに関する様々な議論を読むに当たってたいていの場合システムネットワーク、プラットホームの話だけになってしまう点に私はずーっと違和感を感じていた。例えばソーシャルネットの話をするのにmixifacebookのシステムの話のみが出てきており、ソーシャルネットワークを使っているユーザーの質(なぜ「実名」だといいのか)とか両者のユーザーの質の差とかの話に不思議なほどいかない。システムネットワークプラットホームも単なる手段に過ぎないのだが、インターネットの中の議論だとその手段あたかも全てであるかのような議論になりやすい。

この「違法ダウンロード刑罰には反対」という論調にも手段あたかも全て=手段の目的化”の観点があるように思う。

手段のみを優先し手段を絶対化する動き(つまりネット利用という「手段」を他のいかなるものよりも優先すべきもっとはっきりいえばコンテンツその他のものを犠牲にしてでもネット利用を推進すべき、というロジック)、そしてその「手段の目的化、絶対化」を正当化することこそがあたかもネットでは「正論」であるかのように罷り通っている。これは客観的にいって明らかにおかしいと思う。

ちなみにネットの利用促進のためにコンテンツ(文書から音楽、映像、画像まで)が犠牲になり犠牲にするのが当然、というのなら結局ネットを見ても見るべきコンテンツがなくなり結果的には最終的にはネットなど誰も利用しなくなる方向に行くだろうと思うのだが、

もっともそれが「ネット推進を何よりも優先する」人たちの目的ならそれでいいが..

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コメント

逆に目的が正しければ手段は何でも良いのだろうか?そんなことは無いはずだ。

大野さんの意見を簡単にまとめると
音楽文化の発展の前ではネットの自由の一部制限は小さな問題だ。

本当にそうなのだろうか。
私たちの生活がコンピュータに依存しているとき、ネットとコンピュータの自由というものは小さい問題なんだろうか。
また一部の制限と思っていても、その制限が想像以上に大きいと言うことはないんだろうか。
そこが心配になる。

本の虫というブログでドクトローという人のスピーチの一部である。
http://cpplover.blogspot.jp/2012/01/blog-post_13.html
未来の自由を守るためには、自分の使っているデバイスを検証できる必要がある。実行中のプロセスの検証と終了により、デバイスが自分に忠実なしもべであると確証できる必要がある。コンピューターが犯罪者や諜報機関や規制派のための道具に成り下がってはならない。我々はまだ、敗戦しているわけではない。しかし、我々はインターネットとPCを自由かつオープンに保つため、この著作権戦争に必ず勝利しなければならない。何故ならば、インターネットとPCは、将来の戦争のための武器だから、これ無くして来るべき戦争に勝つことはできない。

投稿: たま | 2012年6月28日 (木) 19時59分

たまさん はじめまして

業務多忙につきレスが遅れてしまい申し訳ありません。

まず「ネットの自由」という点ですがこの問題自体が非常に広い問題なので整理しながら私の考えを述べたいと思います。

まず「刑罰化」の部分ですが私も全く何の問題もない、とは思っておりません。そもそも「刑罰」というのはこの問題に限らずなんでもいえるわけですが曖昧な部分やグレーゾーンが必ず存在しますし、勿論権力側の「濫用」の可能性を絶えず考えなければなりません。そうした場合は私も権力側に対しては徹底的に批判するでしょう。

とはいえこの「刑罰化」によって「ネットがどれだけ不自由になるのか」そしてそもそもこの「刑罰化」が違法ダウンロード防止に有効な手段なのか、というとそれはまた別問題で、私がみたところ仮にこの法律が施行されてもネットの不自由はそれほど制限されることはない、と思います。

といいますのもネットはご存じのとおり既に「無法地帯」といってよく、こういう「法律による制限」を設けなくともコンテンツホルダーは「自衛」のためにある程度情報やコンテンツのネットにおける公開を自ら制限していくでしょう。
またSNSでもそうですが自分の情報を「無制限に公開」することが昨今のネットではいかにリスクが高く場合によっては身の安全すら脅威にさらされる事態になるかは既に世界中で数々おきている事件等で証明されています。

その意味ではいえば「ネットの自由」に対して自分自ら情報やコンテンツをコントロールしていかないと、単に違法ダウンロードだけではなくいろんな意味で危険でもある、というのが私がネットであらゆることを試して最終的に得た結論でもあります。

「ネットの自由」は決して小さな問題だとは思いません。ただ「ネットの自由に対する力」というのはMIAUやネットの自由の推進者が考えるほど弱くはないと思います。というかネットというのはただでさえ「無法地帯」ですのでこの程度のことで「自由がくずれる」ほど脆いものではない、ということは私自身ネットを毎日接続していて感じますね。


あと今回この一連の動きに対する背景を説明しますと、結論からいいまして違法ダウンロードの違法サイトを作る人間はネットの中では極めて少数派であり、このような行為を行なう人間はだいたい決まっています。おそらくプロバイダー側もだいたい誰がそういうことをしているか把握しているケースが多いと思います。しかしネット関係者がそういう人間をネットから追放したり、違法サイトを摘発したり、プロバイダーに接続させなかったりといいったことに対して私たちコンテンツホルダーから見ると「極めて消極的」「極めて非協力的」に見えてしまっている点です。

いわゆるネット業者側からたいした協力も得られず、違法ダウンロード防止に対して「お前らの努力が足りないからだ」(いうまでもなく音楽業界側はネットやシステム管理のノウハウなど持っているはずもなく、対応には限界があります)といわれ続けてさすがにしびれを切らして今回の処置になったという背景もあります。

ただ誤解しないでいただきたいのですが、私は音楽業界の人間ではありますが今回の音楽業界の動きを全面的に支持しているわけではありません。

というか音楽業界側もMIAUや「ネットの自由の推進派」も一般ユーザーや音楽ファンよりは「お互いの利益を守る」ための不毛な戦いに見えてしまっている点です。

違法ダウンロードはなくすべきですが、何か今回の双方の主張を聞いているとどちらに対しても私は違和感を今覚えています。

長々と失礼しました。

投稿: Kyoji | 2012年7月 1日 (日) 15時47分

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