Kyoji "metanature"
i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら





« 日本の音楽業界には真の意味の「グローバリズム」は必要 | トップページ | 違法ダウンロード刑事罰導入と「ネットの自由」の問題点ー“手段の目的化を何よりも優先する” »

2012年5月 7日 (月)

音楽雑誌の危機的な状況と業界馴れ合い解消のすすめ

音楽関連メディアの凋落が言われて久しい。かくいう私自身も何回か音楽雑誌に寄稿した経験があるのでこの記事は身につまされる問題でもある。

「まるでファンクラブ会報!?」専門誌は絶滅寸前――音楽系メディアの由々しき現状
http://www.cyzo.com/2012/05/post_10516.html

音楽関連メディアの凋落が言われて久しい。中でも、“絶滅寸前”とささやかれるのが音楽雑誌。部数の減少だけでなく、広告収入の落ち込みが止まらないという。

「1990年代には10万部以上出ている音楽雑誌もありましたが、現在では比較的売れている情報誌で数万部、グラビア中心の専門誌では数千部しか売 れていません。その上、雑誌運営の柱でもある広告が、レコード会社の予算縮小でほとんど入らなくなり、編集協力費名目で一企画あたり数万円入る程度。人件 費を削るなどして、赤字幅を減らそうと汲々としているのが現状です」(音楽雑誌編集者)

 収入が数万円程度でも、タイアップはタイアップ。誌面に登場する歌手やバンドに迎合したインタビュー記事やコラムばかりが掲載され、音楽誌はさながら「ファンクラブ会報の寄せ集め」のような状態に。

「最近、ミスチルは3,000部持っているとか、嵐は4,000部持っているという言い方も耳にします。彼らが表紙を飾れば、それだけの部数が見込 めるという意味ですが、逆に言えば、現在の音楽雑誌には固定読者がほとんどいなくなってしまったということなんです」(前出・編集者)

<中略>

実際、歌手やバンドの間では「稼働しても効果が見込めない」と、音楽関連のメディアから距離を置く動きも始まっている。約30万人のファンクラブ会員を抱 えるGLAYは近年、メディア露出を極力控える方針に転換。CDの売上は低下しているものの、ファンクラブ向けの特別ライブを行うなどして、安定した収入 を確保しているという。固定ファンをつかんでいるベテランや中堅の間では、今後こうした活動スタイルが広がりそうだ。

実際問題として今音楽雑誌で真の意味の音楽評論などもはや10年前からなくなっている。

 

これはレコード会社とのタイアップ記事の日常茶飯事化、レコード会社の広告に頼った音楽業界と出版社との馴れ合いが生んだビジネスモデルであり、出版社の編集方針にも芸能事務所的な体質を持ち込み、批判記事を書けばライターが執筆の場を失うような強硬姿勢でジャーナリズム的要素を排除して来た結果、音楽雑誌は事実上「アーチストのファンクラブ雑誌」に成り下がってしまったのである。

残念ながらこのことは我々音楽業界の人間からすればもはや常識になっており、今レコード会社や芸能事務所はいずれも、音楽雑誌だけでなくドラマの主題歌、CM等全てにおいてこの論理でメデイアとの馴れ合いを繰り返してきた。

収入が数万円程度でも、タイアップはタイアップ。誌面に登場する歌手やバンドに迎合したインタビュー記事やコラムばかりが掲載され、音楽誌はさながら「ファンクラブ会報の寄せ集め」のような状態に。

しかしアーチストのファンならともかく、ファンでもない人がそんな雑誌を読んで何が面白いだろうか? 音楽業界はタイアップというものにこだわりすぎて結果的に自分で自分の首を絞めていることに気がつかなかったのだ。当然ながらこういうことを繰り返せば、上記の文章のように現在の音楽雑誌には固定読者がほとんどいなくなってしまったということなんです」ということになろう、冷静にロジック的に考えれば固定読者、定期購読者がいなくなるのは当然の帰結である。

これに関して先日私が「バランスあるコンテンツ論」として紹介したマーケテイングデイレクターの井上秀二さんが非常に的確な分析をされているので紹介させていただく。

これらの原因として

(1)マーケティングや広告業界の「鉄則」である「露出」の多さ。これに頼りすぎた。⇒だから当然飽きられるし、消費されるだけ。

(2)たしかに、「時代と寝て」大ヒット、いつまでも愛される楽曲ってあるけど、根本的にコアなファンがつく音楽・アーティストって、リスナーが自分のリスクと能力を駆使して見つけたもの、なんじゃないかなと。

(3)だから、ヒットが欲しいということで全ての楽曲・アーティストを「マス商品化」するのには無理がある。今は亡きHMV渋谷の手書きコメントが、印刷ものになった。手書きの頃は、まだ1対1の交流の様なものがあったけ批評家や優秀なクリエイターや音楽好きの店員さんがやって成功したことを、マスマーケティング手法で代替できるなんてのは、勘違いだった。

(4)つまり、「リスナーの負担を軽減してあげましょう」という上から目線の余計なお世話が、リスナーの「楽しみ」を奪ってしまった。

(5)となると、ますますミュージックソムリエのような音楽のレコメンダー(具体的にはレコード店でおすすめの音楽をお客様に提案する工程)と、彼らの活躍の場が必要となる。

(6)求められるレコメンダーとは、90年代のCDバブルの頃から続く「買わされた音楽」への怨恨を断ち切り「(主体的に)買うべき音楽」ってものを、さりげなく見つけ出すのをサポートする存在。

(7)あと、3月の「残響祭り」(残響レコード主宰) とか行って感じたんですが、優れたレーベルとアーティストって埋もれすぎてる。ジャンルでもテーストでもリスナーに提供する価値観でもいいんで、何らかのコミュニティ化の必要性を感じてます(単につるめばいいという話じゃなくて)。「ムーブメント」だと成功しても消費されちゃうんで、難しいところですけど。昔だったら、うまくいくと「大手」が触手を伸ばしてきたんだけど、今ではそれも出来ませんもんね、幸か不幸か。とにかく「ビオトープ」をもう少し「大きな流れ」にしないと。
たと

私は特に上記(3) と上記(4) そして上記(6)というものが大きなポイントではないかと考えている。

私はこのブログで何回も音楽業界のビジネスのしかたは90年代のバブル期から何ら本質的に変わっていないー変えようとすらしていない。ということを問題視してきた。特にタイアップに関してはプロモーションの名の元に音楽家の権利をも蔑ろにしており、世界的にみてこの状態は異常だ、ということも述べてきた。しかしこの音楽雑誌の絶滅寸前にまで追い込まれている衰退の現状と、昨今効果が薄れてきている地上波テレビとのタイアップのf現状を見て、そろそろ雑誌やテレビ等のメデイアと音楽業界との馴れ合い的な悪習慣を一度断ち切らないと業界はよくならないではないか、と思う。

あえていえば、今の音楽業界は露出度にこだわる余り、
        メデイアをタイアップで買い取る
                  
       メデイアの質が落ち購読者、視聴者が減る
                  

    効果が薄れたためメデイアの締め付けを余計強くする
                  

   余計にメデイアの人気がなくなりプロモーション効果がなくなる

バッドスパイラルに陥っていると思う。

どうせこのままこの状態が続いても今以上に悪くなることはあってもよくなることは絶対といっていいほどない。 今すでにどうしようもない絶望的な状況になっているのだし...
 

とにかくこの転落スパイラルを断ち切るためにもバブル時代からの悪習慣を断ち切るべきだと思う。


|

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。