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2012年3月 2日 (金)

制作の「方程式」「マニュアル」とクリエイテイビテイ

さて、既にご存じの通り私はちょっと人が今まで創ったこともないような音楽作品を作ることを計画していますし、一方では先日カンヌ映画祭に私がフィルムスコアした短編映画が提出されましたが、こうした劇伴、映画音楽の仕事でも世界に出ようと考えています。一見前者は私のクリエイテイブな作品で後者はプロとしての仕事、という風に見えますが、実は私の中で両者はそんな形の線引きはされていません。

勿論映画、劇伴音楽は「映像のための音楽」であり映画監督の考え方等で大きく変わったりその他いろんな面での制約があります。その意味では前者と比べ自由度は少ないという見方もできますが、それでも世界で通用する「創造性の高い」作品を作りたいという考え方に変わりはありません。

ところで最近感じているのは、映画でも何でもそうですが作品の作り方の姿勢について私とは全く相容れない考えで作品を作ろうとしている人たちがいることがわかりました。それは作品の作り方には「マニュアル」「方程式」があり、それに従わないで作る姿勢を「シロウト的」と決めつけ、既存の方程式以外での作品作り方以外は受け付けない人たちです。本人たちはそのやり方を「絶対的に正しい」と思っているらしく、そういう人たちと話をしても全く話がかみ合わないですが、まあ長い間作家生活をやっていますが正直私の理解の範囲を超えた人たちです。

私が見るところクリエーターには大きく分けて2つのタイプがいると思います。一つは特定のジャンルの音楽に自分の世界を絞り、「狭く深く」自分の世界を追求するタイプ、そしてもう1つはジャンル等や特定の世界に自分を縛ることなく、幅広く自分が面白いと思う世界を取り入れる「広く浅く」自分の世界を追及するタイプ。私は明らかに後者に入るのですが、今の「マニュアル」「方程式」にこだわる人たちは必ずしも前者のタイプとも言い切れない部分があります。寧ろ作品を作る、製作するという姿勢に根本的に私にいわせると違う、と思う部分があります。

 あえていわせていただきますが、作品の製作に「マニュアル」「方程式」以外は受け付けない人たちは、私にいわせればアマチュアの人たちだと思います。例え世間的にはプロといわれている人たちでも私はそういう人たちはプロだとは思いません。まあ大学の映画製作や音大の先生あたりはそういう作り方の作品を誉めて、「よい点数」をくれるかもしれません。しかしエンタテインメント作品として世の中の人からお金を取る作品の作り方の姿勢ではありません。

しかしこういうタイプの人間が最近日本国内で少なくないことを感じています。

はっきりいってそういう作品の作り方しかできない人は例えプロと世間からいわれている人であっても精神がアマチュアだと思います。本物のプロだとは私は思いません。こういう人たちが新しい発想やコンセプトで作品を生み出せるとは思えませんし、結局は既存の作品の表現を超えることなどできるはずがありません。

まあ大学の映画製作コースや音楽大学はそういう作品を喜ぶかもしれませんが、劇場やDVDにお金を出すお客さんにとっては「作品製作のマニュアル」「方程式」なんてものはどうでもいいはずです。彼らが求めているのはたった1つ、お金を払う価値のある面白い作品を見たい、ということだけです。作品を見て引きこまれるか、登場人物に感情移入ができるか、音楽が聴いていて楽しいか、ノリがいいか、楽しいか。 それは「作品製作のマニュアル」なんてものよりお金を出す一般の方にとっては遥かに重要なはずです。

ちなみにこういう人たちが「シロウト的でないと考える作品がどういう作品になるか見てみましょうか? 当然脚本も 慣習、マニュアルに沿ったものですからストーリーの展開もだいたい予想通り、使われる音楽もマニュアル通りだから次の音楽の展開も見えてくる、そして役者のセリフも「マニュアル通り」だからだいたい予想できる。そしてクライマックスも「マニュアル通り」だからだいたい想定の範囲のクライマックスになる。

つまり見なくてもどういう作品だかだいたい予想がついてしまう。見なくともわかる映画やドラマになってしまう。

あなたはそんな作品にお金を払って見たいと思いますか?

少なくとも私は思わないですね。

幸いにして若干一名を除き、今まで私がいっしょに仕事をした人の中にこういうタイプの人はいませんでした。そして他人の評価はいろいろありでしょうが、いずれもまずまずの作品ができたと自負しております。

そもそも「作品製作のマニュアル」「方程式」なんてものは学校や一部の人間が勝手に「作品製作のマニュアル」決めたものであって、作品を作る全ての人間に通用するものではありません。そればかりか「作品製作のマニュアル」「方程式」にこだわる人というのは、一部の業界人しか見ておらず、作品を見る観客のことをあまり考えていない人たちだと思います。私がこういう人たちを精神がアマチュアだといったのはまさにこの点であります。結果的には業界人にしか通用しないひとりよがりな作品を作るのと同じだと思います。

映画、劇伴の仕事は今後も機会があればどんどんやっていきたいとは思いますが、「作品製作のマニュアル」「方程式」なんてものにあくまでこだわるタイプの人とは申し訳ないですが私はいっしょに仕事はできません。正直いってやりたくもないです。

なぜならそういう姿勢で作品を作ってもいい作品には決してならないし、私自身の作家としてもたいしたメリットにならないからです。

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