Kyoji "metanature"
i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら





« ソフトシンセと実際の楽器 | トップページ | Inter Bee 放送機器展2011 »

2011年11月16日 (水)

TPPには反対するーだけど「変わらなくていい」という意味ではない。

私がのもう1つのブログ Kyojiのよろずひとりごとで 私は一連の記事で日本がTPPの参加に対して反対を表明した。 マスコミや推進論者の間でTPP反対=自由貿易反対、なる短絡したレッテル貼りが大手をふって罷り通っているが、私の記事をよく読んでもらえばわかるが私がTPPに反対するのは簡単にいえば次の3点からである。

1.参加国の参加条件が対等、平等ではない。(内容から参加国から全てアメリカ議会がきめ、事実上アメリカの隷属になる)

2.ISD条項で事実上「内政干渉権」を参加国(実際に多用するのはアメリカ)に与える。

3.内容が非公開のため民意を全く反映できず主権在民の原則を無視して一部の人間だけで全てが決められてしまうこと

という非常に不公平なものだからである。殆どこれに参加したら日本の意志を表明することは不可能になるからである。国民の生活が劇的に変わる可能性の高い取り決めを国民の意思が全く入る余地がないところで勝手に決められるーこのことになんともいえない危機感を感じたからである。そして呆れることに野田首相は全くこの事実を知らないでTPP参加に突っ走っている。だからこそこの政権に反対している。くどいようだが自由貿易だから反対しているのではない

しかし一方では私もコンテンツビジネスをやっていて、自営業者の端くれでもあるから現代が昨今の産業形態が大きく変化している時代であることくらいは理解しているつもりだ。推進論者は私がTPPに反対=変化を拒否する人間と例によってレッテル貼りを行なうだろうが、私の音楽ブログの長らく読んでくださった読者は私は音楽業界には大きな変化が必要であることを書き続けていることは理解してくれているだろう。アメリカやイギリスがTPPを始め世界にこれだけ主導権を握っているのはITと金融で脱工業化を図り、グローバリゼーションを押し進めているのは事実であり、それに伴いよくも悪くも大きな変化を余儀なくされていることくらいはわかっているつもりだ。

日本も工業製品はアジア諸国の猛追を受けており、ITや知的財産権に力を入れないと生き残れない。しかしだからといって私はそのグローバリゼーションの流れ絶対視して諸手を上げてグローバリズムを礼賛したり、その辺のIT御用ジャーナリストのようにIT万能論を唱える人間等とは価値観を共有できない。

そもそもアメリカの現オバマ政権はブッシュ前大統領のネオコン新自由主義に対し、アメリカ国民がNOといった結果のはずだが、現実は国際金融勢力によって寧ろ水面下ではグローバリズムを通じて新自由主義、市場原理主義が強化されていた。殆どのアメリカの議員が国際金融勢力のロビイストによって骨抜きにされ、オバマの公約だった日本と同じ皆健康保険制度の成立はオバマの最初の任期中の成立するのはもはや絶望的だ(おそらく仮に再選できても無理だろう)。TPPに日本が参加すれば世界でも類を見ない公平な医療制度が国際金融勢力によってつぶされるのはほぼ確実と考えてよい。日本でもそうだが実際には新自由主義、市場原理主義以前より遥かに強力になって我々に対して牙をむいて襲ってくる。

TPPに参加しようがしまいが、我々がそのアメリカの国際金融勢力に対時しなければならないのは避けられない。そしてITと金融を中心としたグローバリゼーションの波をかぶるのは避けて通れない。

だからこのグローバリゼーションの波、ITを始めとする大きな流れにどう対処するのかを危機感を持って考えなければならない。ITと金融が世界を大きく飲み込んでいるのは事実だが、だからといって一部の経済学者やIT起業家のように、モノ作りを旧態依然の産業と決め付け見下すのはいかがなものかと思う。なぜならよくも悪くも日本の強みがそこにあるからである。 というわけで内容が内容だけに今回は私の両方のブログに同じ記事を掲載することにする

自分が身をおく音楽業界はもう15年以上も衰退の状況が続いており、もはや完全に機能不全に陥っている。これは音楽をあたかも100均の商品のごとく消耗品として売ってきた音楽業界自身にも責任があるが、問題はそれだけではない、と思っている。要はやはり音楽業界自体はバブルの時代から少しも基本的な部分が変わっていないのだ。いわゆるIT技術を取り入れ、音楽配信が一般化したにせよ基本的な商売のやりかたは音楽業界がこの世の春を歌ったバブルの時代と少しも変わっていないのだ。

人はこれを音楽がIT化の波に出遅れた、とかグローバリゼーションの波に乗り切れなかったというが、実はそうではなくグローバリゼーションの波がコンテンツやモノ創りに対する世の中の人のイメージ、考え方を変えた、というのが正しい表現だ。

どういうことか? というと要はグローバリゼーションとは世の中を限りなくフラットにする。フラットにする、というのは要は世界的に見て供給過剰な状況を作り出すのだ。よって高度に情報が発達した社会では情報、コンテンツ、そしてモノ作りというものが買い手市場になり、価格が下がる方向に行く。よって工業製品、それに付帯するコンテンツ、情報は価格破壊のデフレスパイラルに入り込む。

私は以前なら音楽配信に対してかなり積極的な考え方を持っていた。しかし最近になってインターネットの中、そしてグローバリゼーションの流れの中に乗ると、付加価値やブランデイングをすることは不可能で、時間が立てば価格破壊のスパイラルの中に巻き込まれるのは避けられない、ということに気がついた。今ではこの部分では180度考え方が逆になっている。

IT関係者やグローバリゼーションを推進する経済学者等がモノ作り業者、コンテンツ屋を見下しているように見えるのはインターネットの中、そしてグローバリゼーションの流れの中ではモノ作り、コンテンツ屋は消耗品,使い捨て業者(expendable worker)にしか見えないからではあるまいか? 

日本人は特にそうだが、雰囲気というものに流されやすい。だが本当にそれでいいのか? 

グローバリゼーション派の経済学者はITと金融によってアメリカとイギリスも世界に冠たる国家に戻っているという。だが実態は非常に悲惨である。実際はITと金融を中心としたグローバリゼーションの波で恩恵を受けているのはアメリカやイギリスでもごく一部の人間で、グローバリゼーションを推進する経済学者が思い描いたすばらしいはずの理想社会が実際には、これによって大きな社会不安が生じている、記憶に新しいロンドンでの暴動、そして現在アメリカの各地で起きている失業者、低所得者の占拠事件である。彼らは国際金融勢力がしかけたグローバリゼーションの流れで解雇もしくは低賃金で貧窮に悩んでいる人たちである、これがグローバリゼーションで世界で冠たる地位にいるとグローバリゼーション派の経済学者が礼賛するアメリカやイギリスの本当の姿である。

おそらくグローバリゼーション派の経済学者は彼らがああなったのは「自己責任」(小泉政権の時に嫌というほど聞いた言葉だ)といい、彼らに対しては「我慢しろ」としかいわないだろう。日本のグローバリゼーション派の経済学者の殆どはTPP推進派だが、アメリカやイギリスの恐ろしいまでの生活格差、各地で起きている占拠事件の姿はTPPを参加してからの未来の日本の姿といっていい。結局グローバリゼーションを仕掛けた国際金融勢力の流れに身を任せるとこういう世の中になる可能性が極めて高い。

では我々はどうすればいいのか?どうこの変化をもたらす波を乗り越えればいいのか? 

絶対に違うと思うのはグローバリゼーション派の経済学者、政治家、官僚が主張するようにこの波に身を任せる、という方法だ。それではただ飲み込まれ全てを失うだけである。

私はここでモノ作りでもコンテンツ作りでも「付加価値」(知的財産的なものも含む)をつける、マーケット用語でいうと「コアコンピタンス」を維持することが、グローバリゼーションに対抗できる唯一の手段ではないか、と考える。IT化によって世界がフラットになっている以上、「プロとはいえ誰でもできる仕事」は簡単に「替わり」を見つけることができる。しかし「コアコンピタンス」を維持していれば、「替わり」などそう簡単にはみつけることができない。

そう考えれば私は日本の技術水準を考えればそう悲観するものではない、と思う、金融やエセマーケテイングばかり見ている経済学者には理解できないかもしれないが、日本は機械工学だけでなく、実は化学、電気その他多くの分野で「日本しかできない技術」を多く持っている、モノ作り業者、コンテンツ屋を見下すことしか知らない彼らには想像もできないほどの質の高い「コアコンピタンス」を日本は既に所持している。これがあれば世界がどんなにフラットになろうが恐れることはない。

私が身をおく音楽業界を始め、映画、映像のようなコンテンツを「コアコンピタンス」付加価値やブランデイング、をどのようにするかが重要ポイントである。これは必ずしも音楽の場合の地上波のテレビのタイアップ=付加価値ということにはならない。

「コアコンピタンス」付加価値の付け方はケースバイケースだろう。人によってさまざまに考え方も違う。しかし要はどんなにグローバリゼーションの波で世界がフラットになろうがそれに対抗するための手段を我々コンテンツを制作する人間は考えなければならない。

先ほども言ったように音楽業界はバブルの時代から本質は何も変わっていない。そうした中で経済学者等のいうようにただグローバリゼーションに身を任せるのは自殺行為に等しい。そのためには彼らに対応する「コアコンピタンス」を創出し、彼らの思い通りではない、そして思い通りにはならないビジネスモデルを考えるしかないのである。

つまり日本はグローバリゼーションに惑わされずに日本独自の道を行く、というのも悪くないと思う。TPPに参加して国益を損なうリスクを負うよりは「コアコンピタンス」を全面に押し出していけば、いかにアメリカや中国が圧力を加えてこようが、恐れるに足りないと思うのだが

|

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。