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2011年9月21日 (水)

付加価値をつけないと生き残れないコンテンツビジネス

まずいずれ正式にお知らせするが、私が兼ねてから企画していた音楽(サウンド)をテーマとした新コーナーのオンエア日が決定した。1分ほどのコーナーだが、不思議なコーナーだからたぶんおわかりになると思う。内容は見てのお楽しみとして、いずれ然るべき時期になぜあのような企画を考えたかをこのブログで記そうと思う。

さて、音楽や映像といったものを扱うのをコンテンツビジネス、というようになったのは勿論インターネットやウエブサイトというメデイアが出てきたからだが、そもそもコンテンツというのは中身、中に入っているもの、のことをいう。だからただのテキスト情報の場合もあるし、画像、映像、そして音楽等、システム、ウエブサイトの中に表示されているもの全般をいう。

そしてそのコンテンツビジネスというものだが、一見聞こえはいいが実は実態はかなり問題がある。

というのはインターネットというのはよくも悪くも世の中をフラットにする。つまりインターネットという世界は情報やコンテンツが結果として供給過剰な状態になる。だから以前もこのブログの記事を書いたが、(しかも反論らしい反論がなかったからおそらく皆さん認めているんだろう)インターネットというのは情報やコンテンツの価格を下げるー値崩れさせる特性があるために、価値が下がる方向に行くことはあっても決して上がる方向にはいかない。

平たく言えば例えば弊社で行なっている音声コンテンツ制作の仕事ープロのナレーターを使って編集、ファイル化する作業ーはプロフェッショナルな作業ではあるが、同時にノウハウさえ、持っていればどこの制作会社でも制作可能である。つまり「替わり」が捜せば必ずいる仕事だ、そしてインターネットで「替わり」を見つけるのは難しいことではない。そうなるとインターネットを通じて制約した仕事のコストは放っておくとどんどん低下していく。しまいにはタダまでいかなくともタダ同然に近くなっていく。それが残念ながらインターネットにおけるコンテンツビジネスの運命である。

それを「市場の要求だから当然だ」というかもしれない。いわゆる市場原理主義者的な主張だが、最近わかったのは新自由主義ー市場原理主義者ーとインターネット万能論者ネットに関してちょっとでも否定的なことを書くと過剰反応する人々ーのかなりの部分は実はオーバーラップしていることがわかった。全員ではないかもしれないが、たぶん6-7割はほぼ同じ層(いわゆるB層?)だろうと思う。(いずれ別のブログで詳しく書くが大半がおそらくニートフリーターといった「勝ち組でない」人たちだ。)

つまり今のままでいけばコンテンツビジネスに明日などないのである。

そうした状況に対抗するには方法は1つしかない。

それはいかにコンテンツに付加価値をつけるか、である。

前にも書いたがインターネット情報やコンテンツの価格を下げることはあっても上げることはない。よってインターネットのみでブランド化するというのは不可能であり、付加価値をつけるのも不可能である。

となるとやはりインターネットというバーチャルな世界ではなく、リアルな世界で付加価値をつけることを考えるしかないのである。

これも何度も書いているがリアルがあるからこそバーチャルがある。インターネットではいまだに既存のメデイアよりネットの方が優れている、とかネットを中心とした新たなシステムは既存のメデイアやシステムを凌駕するといった類の言質でないと納得しない人間が少なくないが、いい加減そういったインターネット万能論の夢うつつから醒めて、もっと客観的に現実を見るべきだろう。だから我々はリアルな世界で付加価値をつけることを考えるべきである。

その付加価値の付け方は様々であろう。まさにケースバイケースである。
リアルがあるからこそバーチャルがあることを念頭に付加価値をつけることができれば主導権を握れるのはコンテンツプロバイダーである。そしてそれによってしか、コンテンツプロバイダーの生き残る道はないのである。 

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