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2011年9月 4日 (日)

人間の五感は元々アナログである。そのことが忘れられている気がする

台風が来て今朝方早朝に地震、本当に気分的に落ち着かないし今日は日曜日ということもあるので、久々にアナログレコードでクラシックを聴いた。
なんとシンフォニーを二曲聴いた

・ベートーベン交響曲第五番ハ短調「運命」 
  ブルーノワルター指揮 コロンビア交響楽団

・ブラームス交響曲第四番ホ短調
 ヘルベルトフォンカラヤン  ベルリンフィルハーモニー

ワルターの「運命」は歴史的な名演といわれる名盤で、個人的にはフルトヴェングラーの第五番より好きである、カラヤンの演奏は演奏の良さというよりはその録音方法、サウンドを楽しんだ。

アナログ盤は確かに針のパチパチという音はするが、やはり音の伸び、広がりは全然違う。特にストリングスの音はやはりCDとは全然違う。ソフトシンセの弦は確かに以前と比べかなりリアルにはなったが、このアナログ的な伸びのある音はさすがに出ない。

カラヤンは演奏についてはいろんな人が言っているが他のクラシックと違うのは、他のクラシックは殆ど一発録りが多いが、カラヤンはそこにミキサーを導入した。まだマルチトラックなどという概念すらない時代に多チャンネル的なミックスを取り入れた。だから他のクラシックよりは音が厚いし、ブラームスはトランペットは二本しかいないはずなのにどう聴いても4本のトランペットが演奏しているように聴こえる。日常的にミックスをやっている自分としてはアナログのサウンドを聴きながらいろいろと考えるところがあった。

当たり前だがCDは耳の可聴周波数の上限といわれる20KHZで切っている。アナログは高い周波数帯まで音が伸びているわけだが、経験上人間は必ずしも耳だけで音を聴いているわけではない、ことが最近の研究でわかってきている。だからCDは確かにSN率はアナログレコードよりはるかにすぐれているが、音の豊かさという点ではCDは絶対にアナログにはかなわない。スペクトラムアナライザーという周波数分析の測定器を使えば両者の差は歴然としている。

そんなわけでデジタル側としてはそのアナログの良さに近づくべく様々な革新を行なった。そもそもCDの44.1KHZ 16bit というのはデジタル草創期の四半世紀前に決まった仕様でもはや時代遅れのスペックなのだ。

我々が録音に使うpro toolsは理論上は96KHZ 24bitまで可能だが、私は標準を48KHZ24bitにしている。これは今使っているデジタルミキサーO2Rの都合もあるが、実は一度だけ96KHZ 24bitで録音した経験の感想をいうと「いい音のような気がする」というレベルでしかなかった。勿論数字上はサンプリングは48KHZと比べ倍のサンプリング周波数ー分解能ーがついているのだが48KHZ24bitと比べ音が倍良くなったかというとこれはなかなか難しいところである。理由はわからないが、おそらく人間の耳の分解能の限界を96KHZ 24bitという数字は超えているような気がするのだ。

ちなみに時々勘違いする人がいるのでいうが48KHZとか96KHZというのはサンプリング周波数であって音そのものの周波数帯域とは全く違う。サンプリング周波数でいうのはアナログの音をピックアップ(サンプリングという)する周波数で48KHZなら48KHZの周波数で音をピックアップ(サンプル)する速さのことをいう。音そのもの帯域ではない。当たり前だがデジタルである以上48KHZだろうが96KHZだろうが同じ20-20KHZの周波数帯域であり当然ながらアナログの周波数帯域よりはるかに狭い。

ここで「分解能」といったのはサンプリング周波数が細かいほど音の「決めの細かさ」が高くなる、つまりわかりやすくいえば映像の解像度のようなものがよくなるだけである。それが96KHZの帯域だと人間の耳の分解能に限界がある可能性がある。少なくともとてつもなくいい音になったという印象は得ることはできなかった。(ちなみに64KHZだと確かにいい音という感じはする)

このことを見て思うのは、結局デジタルでどれだけ「数字上」いい音であるはずだというデータがあっても、実は必ずしも人間が実際に聴感上の感覚に正比例するとは限らない、という点。つまり忘れられがちだが人間の五感はアナログである、という点である。

情報社会の現代は得てしてデータ偏重ー数字が全てであるかのような議論に行きがちである。だが実際には最終的にそれを享受するのはアナログ的な要素を持つ人間である、ということも忘れられがちだ。デジタルは確かに便利だが一方で人間の感覚を退化させる方向性に誘導する危険性があるように思う。

勿論我々はもはやアナログ主体には戻れない。だがアナログをあたかも石器時代の遺物のように蔑む態度はやはりいかがなものかと思う。

アナログ的な音の良さ、それを再評価する社会も重要だと思う。音楽を単に聞き流すBGMとしてではなくじっくり鑑賞する、そんな風潮がすっかり途絶えてしまったことを感じている。(実は先ほどのアナログのシンフォニーを聴いているうちに家族からうるさい、といわれた(笑))

そしてそういう風潮も音楽文化、音楽産業が衰退している一因になっているような気がしてならない。

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