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2011年8月15日 (月)

音楽業界私なりの結論1-音楽を「消耗品」ルートから救うこと

お盆の期間になりました。お気づきの人もいらっしゃるかもしれませんが実は当ブログの記事を整理しました。また新カテゴリーも増設しましたが、これは今後のこのブログの性格が変わっていくだろうと思うからです。

結論からいって当ブログは音楽業界がうんたらかんたら、という内容が中心というかそういう内容で比較的知られているブログのようですが、実は私なりに音楽業界に関しては一定の結論は出ています。そしてその結論の内容はこのブログでいまだにアクセスが多いこの記事を書いた時とは大きく変わってしまいました。

■コラム「音楽業界の現状と将来、そしてある取るに足りない者からの業界への提言」(長文注意)   
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2006/07/post_1324.html

もう5年前の記事なんでこの時の状況と今の状況が大きく変わるのは当然の話だし、特にネットに対する考え方に関してはかなり劇的に変わりました。その背景はいろいろありますが私もいわゆるIT革命論、ネット万能論とかいうものに知らず知らずのうちに洗脳されていた部分があるようです。今ではそこそこの知的水準を持っている人であればそんなものを鵜呑みにする人は殆どいないでしょう。だが少なくとも5年前はそれがあたかも正論であるかのような雰囲気はありました。

それと同時に音楽業界、いや音楽文化の衰退の原因は不法コピーが原因とか、音楽配信でCDが売れなくなった、などという議論があります。それらは部分的には正しいです。しかし本当の原因はそれだけではありません。音楽業界衰退の原因を作ったのは音楽業界自身にも大きな責任があります。話は一部の人がいうようなそんな単純な話ではないのです。

これから何回に分けて6年以上かけて見えてきた、私なりの音楽業界に関する結論を書いてまとめようと思います。云ってみれば卒論みたいなもんですね。

しかしこの結論の中で何か具体的な解決策が出る、なんてことを期待しないで下さい。これで絶対にうまくいく解決方法なんてありません。あくまで現状分析のみ書いてありここから音楽文化、音楽産業自体を復活させるのは至難の業であるという認識を皆さんに持っていただければと思います。どっちみちそれは私1人で到底できる内容のものではありません。

音楽のネットプロモーションに関してありとあらゆる試行錯誤を行なった私ですがおそらく私が述べることは一部のIT論客(とりわけ津田大介氏)などが聞いたら卒倒するような内容が含まれています。おそらくネット万能論者とかそこまで行かなくてもネット優越論者ネットがあらゆる既存のメデイアより優れていると信じている人たち)などからは攻撃されるくらい彼らから見れば到底受け入れられない内容でしょうね。

いずれにせよそれらの記事を書いた以降は、このブログの主な内容は私が現在取り組んでいる3つのプロジェクトの進行プロセス日記になると思います。そのうちの1つのプロジェクトは社会的に大きなインパクトを与える可能性はありますが、一部の人には全く理解不能な受け入れられないような内容かもしれません。でも別にそれでいいのです。結果的にそれが音楽文化を少しでも寄与すれば、一部の人からは何を云われようと意に介する必要はありませんから。

というわけでまず音楽産業が衰退した最大の原因から述べようと思います。それは現在の音楽は単なる消耗品の扱いしか受けていない、という点です。

実は音楽産業が衰退した最大の原因は不法コピーというよりは寧ろ音楽産業が自らの商品を「単なる消耗品」としてしか売らなくなったという点です。アフリカ系アメリカ人のR&Bやブラジルのサンバやボサノバのように「生活の中の文化」ではなく単なる、メデイアの使い捨てツールとしてしか売らなくなった、というのが最大の元凶だと私は考えています。

以前の記事にも書きましたが、音楽業界には「音楽を文化として..」とか「音楽は芸術である」というと罵倒か嘲笑をする体質があります。それはいわゆる「売れセン」の傾向の音楽以外は受け付けず、「売れセン」二番煎じ、三番煎じが出すそしてそれがマーケテイングだなどという大勘違いを業界全体で行ってきたという点。その結果「音楽の消耗品化」が徹底して行なわれ 短絡的な「似非マーケティング」「似非ブランディング」が行なわれたというのが最大の原因だと思います。

実はコンテンツに本当に魅力があればCDだろうがDVDであろうがユーザーは買うのです。発売する前にコンテンツに魅力があるかどうか、ということが先決なのです。つまり音楽産業がユーザーにとって魅力的であるというコンテンツを供給していない、ということの方が大きい のではないかと思います。そして単なる消耗品として売り出されたものが魅力あるコンテンツであるはずがありません。

着うたにしても単なるギャル系の娘の「ファッション」に過ぎず、「旬」でなくなった曲は容赦なく捨てられる、文化ではなく使い捨てのアクセサリーみたいなものとして売られました。特に日本はアメリカの白人=カントリーアフリカ系=R&B といった音楽のファンダメンタルなルーツがそもそも存在しないため、そこから日本独自の音楽文化などというものは育ちませんでした。 そのため単なる「流行」のあたかも100均の消耗品のような売られ方をしました。そんな音楽にユーザーが感情移入するはずもなく、音楽やアーチストに対して思いいれなどを持つはずもありません。

しかし一方では音楽配信というものが音楽産業に与えた影響も計り知れません。そして実はこの音楽配信に対する戦略を間違えると大変なことになる、ということを最近私の調査で明らかになりました。私がこんな主張をすることを意外に思う読者の方も多いでしょうし、それこそ津田さんあたりが読んだら卒倒するでしょうね(笑)。音楽配信に関する一般的なイメージとして次のようなものがあります。この記事の読者の殆どの方がこう考えているでしょう。

音楽配信は既存のCDパッケージに取って代わる商品形態である。

実はついこの間まで私もそう思っていました。しかし今は実は全く逆です。私がこう発言するのを驚かないで下さい。実は私は

音楽配信はCDに取って代わるものではありえない。

と結論するに至りました。理由をこれからご説明いたします。

なぜならインターネットというものはその特質上、情報やコンテンツの価格を下げるー値崩れさせる特性があるからです。もっとはっきりいえば情報の海の中で情報やコンテンツは使い捨てされる運命にある、という点です。

つまり音楽配信として売られる以上使い捨ての消耗品にされるのは避けられないということです。ネットでは文化は文化として尊重されるのではなくあたかも100円ショップの消耗品のごとく使い捨てされる運命にあります

それはネットにおけるコンテンツの現在の扱われ方を見れば明らかです。最悪なのは音楽のメーカーも音楽を「消耗品」として売っているし、音楽配信で音楽を購入してくれる人も「消耗品」として買っている、という現実です。つまりこのマーケテイングプロセスが存在する限り音楽が文化として尊重されるということはありえない、という私からすれば極めて残念な結論に至りました。

CDやかつてのアナログレコードなどはパッケージとして人によっては大事に扱われました。しかし音楽配信の場合は100円ショップで買った消耗品と同じ扱いを受けます。その面で音楽配信はCDに完全に取って変わるものではありえない、ということができます。

不法コピーが音楽産業の衰退の原因、まあそれも全くないとはいいませんが音楽配信のクラウド化で少なくとも不法コピーは0とまでは行かないにせよ、大幅に減ることになるでしょう。もはや音楽業界としては不法コピーのせいにはできません。そしてクラウド化でユーザーの利便性は格段に上がりましたが、そもそもこの音楽配信のマーケテイングプロセスが音楽を使い捨てにする最適のプロセスである、というのがなんとも皮肉です。

というのもネット優越論者には悪いですがインターネットのみでブランド化するというのは不可能だからです。ネットラジオやっていたのでわかりますが、ネットラジオでどんなに視聴者を増やしてもそれでアーチストがブレークするというのは残念ながらありません。結局ある人に言われましたが「ネットラジオなんて誰でもできるじゃん」というその一言に集約されます。ネットでどんなに有名になろうが、それはロングテールのせいぜい尻尾の付け根くらいまで行くだけで尻尾の恐竜の体本体には行きません。つまりネットのみで付加価値をつけるというのは残念ながら不可能なのです。

認めたくない人はいるでしょうが、一般的にはネットでは情報やコンテンツの価値が下がることはあっても上がることはないのです。まあネットオークションみたいなものはあるじゃないか、という人がいますがこの場合は物品ですからね。

だから例え音楽配信がクラウド化して不法コピーがなくなったとしてもそのうち価格はどんどん下がっていくでしょう。タダとまでは行かないにせよタダに限りなく近い価格になっていきます。音楽の権利者がこれでもうけることは「たぶん」ありません。

だからクリエーターもアーチストも自分の作品が使い捨てにされないためには残念ながら音楽配信以外のオプションを考えるしかありません。ネットはあくまで情報の告知、宣伝のみにとどめ、コンテンツの一番重要な部分はネットにさらさない方が無難です。アーチストとしてのブランドを守るためにも。(これを既得権益だ、などという人は問題の本質を全くわかっていない人です)

音楽配信で販売する場合少なくともショートバージョンにする等、パッケージに収録されているものと同じものにはしない方がいいでしょう。音楽配信の場合は半分宣伝目的で使い捨てされることを想定して出すくらいの覚悟が必要です。

しかし昔シングルというのは元々アルバムを買わせるための半分宣伝を目的としたものでした。音楽配信に関してはやはりそういう考えに徹するべきでしょう。少なくともアルバムの曲全部を配信させるのはやめた方がいいです。自殺行為だと思います。

といいながら今まで既に私が作ったアルバムは全部配信させちゃっていますね。もう手遅れかな(汗)

ということでまず音楽を「消耗品」ルートから救う。まずこれから始めないといけないですね。続きは次の記事で書きます。


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