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2011年4月28日 (木)

J-pop滅亡宣言

震災とかいろいろありましたが、とにもかくにもGWが来ました。

まあ私のこのブログはいわゆる音楽業界の表通りを歩いている業界人、業界人で残り少ない甘い汁を吸っている人たちからは極めて評判の悪いブログになってますが(笑) 今日は連休前というわけではないですがまたかなり過激で刺激的なタイトルにしました。

まあ私は日本の音楽業界の万年野党みたいなものかもしれませんが..まあそれはさておいて... 今日は日本の音楽界を再生するためにはかなり過激なことを考えないともはや駄目だという結論に至りました。例によってまたかなりの長文なので興味ある人だけ後半を読んでください。

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2011年4月27日 (水)

GWは決算の時期ー2011年度からの方向性

もうすぐ、GW

子供はもうワクワクしているが、この時期になると私にとっては会社の決算の時期となる。そして今年も昨年同様、憂鬱な気分で決算作業せざるを得ない。

実は会社の売上としては正直いって二年連続最低を更新した。

特に例の震災の件だが年度末でせっかく、そしてようやく上向きになりつつありその流れにのって何とか追い上げようとしたその矢先という最悪のタイミングで震災が起きた、ということがかなりのダメージを会社に与えた。

業務の案件が3件ばかりキャンセルになったし、プロモーションやイベント計画もあの震災で全て頓挫した。地震からの直接のダメージは受けていない(棚から本やCDが落ち、台所でワイングラス2本割れた程度) が事業運営の面では測り知れないダメージを受けた。

この状況なら正直廃業してもおかしくない状況ではあるが...

だが唯一救いなのは、今年これからやるべきもの、方向性というのがある程度見えてきてそれがとりあえずはよい方向であるかのように思われる点だ。

クリエーターとしては一昨年あたりから劇伴、映画音楽関係に主軸を移すという目標で動いていたが、今年の始めからようやくそちらの方に動ける状態になった。映画産業も厳しい状況だが日本だけでなく全世界に向けて活動する方向に進んでおり、その方向性は間違っていない。

それと例の番組の企画、まだまだ流動的な状況だがこれを世の中に出せる段階となれば面白い状況にはなる。

いずれにせよ既存の「副業」(パッケージ制作、音声コンテンツ制作etc)中心で進めていったらもう未来はないのはわかっているし、日本の音楽文化、とりわけJ-popからみの動きはもはや死んだも同然だと私は思っている。(既に台湾や韓国にももう内容で負けているし..)

来年の今頃こそは「いい年度だった」といえるようにしたい。それが被災地の復興にもつながれば...


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ソフトシンセに関する備忘録

3月から映画劇伴(いずれも短編)を3本手掛け、いずれも昨年導入したViennaを始めソフトシンセをフル稼働させた。結局pro toolsで作業することを考えるとソフトシンセのシステム内の充実はもはや避けて通れない。

特に昨年長年愛用していたE-muを手放すのは苦渋の選択だった。単にサンプリングライブラリーにとどまらず自分のオリジナルなサンプリングライブラリーも多くかなりの面で重宝した。サンプリングライブラリーに関してはViennaEAST WESTのバンドルの一種であるQuantum LeapColossus, そしてドラム音源のBFDがあるが、アレンジのさまざまな状況に対応可能にするためにまだ3-4のソフトシンセの導入を検討している。先日のMPJのお茶会で知り合いのアレンジャー、作曲家とのさまざまな情報交換の中で検討する必要性を感じた。

しかしそれらのソフトシンセは所詮プリセットをそのまま使うもので、要は音源の種類のみをあらわしている。実はどのソフトシンセでもそうだがだいたい使うプリセットサウンドというものは決まってくる。使わないものは全く使わないのだ。Quantum LeapColossus,は音源が幅広いのでだいたい一通りの状況に対応可能ではあるが、やはり使うサウンドは決まっている。BFDにいたってはライブなドラムサウンドにしたいときだけに使っている。使うスネアやキックもだいたい決まってくる。

しかしそれらは単なるプッシュボタン的なサウンドだ。そんなのはソフトシンセ環境を整えれば誰でもできる。

やはり今自分に一番不足しているのは自分なりのサウンド、ライブラリーを作れるソフトシンセ環境であるE-muを持っていた時はかなり自分なりのオリジナルサウンドライブラリーがあったが、今は使い勝手の悪いハードサンプラーにそれを代用させている。現在考えているテレビ番組の企画を続けるにはこの環境をまず整えなければならない。

いわゆるプリセットサウンドによるソフトシンセも3つくらい考えているが、まずはそこを充実させようと思っている。新しい制作体制を作り上げるためにもどうすれば一番理想的な環境になるかを考えようと思う。やらなければならないことはわかっている。


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2011年4月25日 (月)

大賀典雄氏を悼む

先日の田中好子さんに続いてまた訃報の記事を書かねばならないとは、

■元ソニー社長・大賀典雄氏死去

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1104/25/news030.html

CDを事実上作った人といっていい。

東京芸術大学卒業後声楽家として活躍しながら、実業界に転身した異色の人物。東京フィルハーモニー交響楽団の会長・理事長を務め、指揮者としても活躍した人で、ソニー創業者、井深大、盛田昭夫両氏から誘われて入社した方。面白いのは大賀氏が「こんな音しか出ないんじゃいい音楽は聞けない」と盛田氏に面と向っていったら、「じゃあ君もソニーに入れ」といわれ入社したという話だ。どちらも器の大きい人物である。まだソニーが町工場同然の会社だった頃だ。

大賀氏の訃報は昨今の音楽業界の状況を考えても何か象徴的な感じがする。

CDが72分になったのも大賀氏が「ベートーベンの第九が丸々入るように」と考えて決まったもの、芸術とビジネスの両面に長けていた人物で私も大いに尊敬していた。私自身ソニーミュージックとのつきあいはあったものの、大賀社長(当時)など雲の上の人だったのでついにお会いする機会などなかったが、声楽家出身らしく声も通りとても明るい人だったという。

ソフトあってのハードだ、ということをよく理解していた人であり、コロンビア・ピクチャーズを買収し、ハード・ソフト両輪の事業を推進した人だ。旧家電メーカーが続々ソフト事業から撤退する中、ソニーは家電のハードと音楽や映像のソフト(コンテンツ)の両輪の流れを維持する事実上最後の砦といっていいかもしれない。

とかく日本人はソフトを論じるときもハードウエアの観点ばかりに目がいきがちである。その傾向は今でも変わらず、ネットのコンテンツといってもコンテンツを扱うシステムにばかり目が行って、コンテンツの中身の議論などほったらかしにされることが多い。しかしそれではソフトウエア(コンテンツ)の本質的な議論など不可能である。その意味ではネットの世界で大賀さんのような存在が今必要かもしれない。

情報源がどこからだったかわからないが、大賀さんがソニーミュージックの社長を退任するとき「今のレコード産業はどこかおかしい」と発言したと聞いたことがある。もし事実だとすると今の音楽業界の惨状を予見していたのかもしれない。実際音楽業界の状況は悪くなるばかりだ。

改めて心からご冥福をお祈り申しあげます

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2011年4月22日 (金)

スーちゃんこと田中好子さんのご冥福をお祈り申しあげます

突然の訃報に驚かれた方も多いでしょう。

スーちゃんが死んだ 元キャンディーズ田中好子さん 乳がん闘病19年 55歳
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2011042202000157.html

年がわかってしまうが私は70年代のアイドル世代でもある。私の周囲の同級生男子の殆どがキャンデイースのファンだった。へそ曲がりの私はアイドルなど興味ないようなそぶりを見せ、洋楽、特にプログレッシブロックに入り込んだが、キャンデイースのスーちゃんだけはタイプでもあって好きだった。

しかしお恥ずかしながらこんなに長く闘病生活を続けられていたとは知らなかった。今年に入って癌が急激に転移していたようである。実は私の母も乳がんをやっているが、手術後20年たった今でも健在である。癌では比較的直りやすいと思っていたがこういう恐ろしい病状に一つ間違えるとなってしまうようだ。

結局お仕事等でお会いすることは一度もなかったが、本当に残念である。元なべプロ(渡辺プロダクション)の所属だったので、私が関わったリリーズのお二人の先輩にも当たる。お二人もショックを受けられているだろう。

心からご冥福をお祈り申しあげます


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2011年4月18日 (月)

Jin仁に見る日本のコンテンツの海外市場展開ー良質なコンテンツを創れば自然に道は開ける

昨夜からTBSの『JIN-仁-』始まりましたね。普段地上波のテレビは殆ど見ない私でも今回は非常に楽しみにしておりました。

この『JIN-仁-』村上もとか氏の原作も非常に面白いですが、ドラマとしての展開もよくできています。とかく安っぽい過去のトレンデイドラマの焼き直しのような地上波テレビのドラマにありがちなものと違い、歴史考証もよく考えていながらそこに「タイムスリップ」というSF的な要素を取り入れ、「SF時代劇」という新ジャンルを開拓したというのがいいですね。

しかしただアイデアにおぼれるのではなく、現代と江戸時代末期の医療事情 (現代では当たり前になっている外科手術を行なうことがいかに当時難しかったか等々) に目を注ぎながらそこをめぐる人間ドラマ、人間模様を感動的に描くという「ドラマの基本」はきちんと押さえています。しかも『JIN-仁-』のいいところは並の医療ドラマならとかく「重たく」なりがちなところを、非常に軽いタッチで描いているというのがいいと思います。

主演の大沢たかおもいいですね。劇団で慣らした人だけに自然に南方医師を演じています。周囲の役者もなかなかいいです。脚本がよく考えられているだけに役者が生きてますね。やはりドラマや役者を生かすも殺すも脚本次第だということがわかります。

この『JIN-仁-』は既にご存じのとおり海外80カ国放送が決定しており、海外TV番組マーケットのバイヤーが「もっとも購入したい作品」としてカンヌMIPCOM・バイヤーズ・アワードを受賞しています。これは日本のドラマとしては異例中の異例といっていいです。

■SF時代劇「Jin 仁」海外80カ国放送が決定
http://www.spotlight-news.net/news_eo9sXLBfGA.html

海外では確かに時代劇Samurai Dramaーというのは人気がありますが、それを差し引いてもやはり作品の魅力がなければこれだけ多くの国では買われないでしょう。
勿論海外では殆どの人が坂本龍馬とか西郷隆盛といってもわからないとは思いますが、主役の南方医師は「歴史オンチ」いう設定だったことが、海外で日本の歴史を知らない人でも違和感なく見ることができる、というのもプラスに働いたようです。もっとも歴史にちょっと詳しい人だともっと楽しく見れますけどね。

これを考えるとやはり日本の映像も音楽等のコンテンツも海外で評価される作品を作る、というのが重要だと思います。日本のコンテンツ市場の業界関係者は体質的に国内市場しか見ない体質がり、音楽などは作品を海外で売るなんていう発想など考えてもいないケースが殆どです。しかし海外市場で売れるという「前例」がどんどんできれば、これは制作現場にも間違いなくよい影響を与えるし今回のドラマはかなりお金をかけていることもよくわかります。海外でこれだけ買い手があれば予算をかけられますからね。それでもプロデユーサーの石丸彰彦氏はコメントの中で

『JIN-仁-』という作品を一人でも多くの方に見て頂ける機会が増えたことに喜びを感じながら、今回の「完結編」を、精一杯、地に足をつけて頑張っていきたいと思います。(前後略)

この心を忘れず引き続き良質な作品を作り続けてもらいたいものです、昨日の二時間スペシャルはその期待を裏切らないできだったと思います。

とかくネットの中でのコンテンツについての議論に顕著ですが、コンテンツのありかたを問う時にコンテンツを扱う「システム」にばっかり目が行っている傾向があるように思います。しかし最終的にはコンテンツのクオリテイコンテンツがいかに魅力的なものであるかーが最も重要な点であり、逆にコンテンツが魅力的なものでさえあればコンテンツプロバイダーの方が必ず主導権を握ることができるわけです。従って私はパッケージがもはや不要とかー配信云々とかいうのは結局表面的な議論に過ぎないのではないか、という気がしています。

ただ『JIN-仁-』のような魅力的なコンテンツはそうそう滅多に生まれるものではないことも事実です。どうもネットやハード系の一部の人たちに音楽や映像は「簡単にできるもの」などと思い込んでいる人たちがいるようですが、魅力的なコンテンツを創るというのがいかに大変な作業であり、そうそう滅多に創れるものではない、ということは声を大にしていいたいところです。

だからネットではコンテンツを安売りするのが「市場原理で健全」であるかのような議論がありますが、付加価値のあるコンテンツについては安売りなどする必要は全くないのです。それも一部の人が大好きな「市場原理」でもあることをお忘れなく


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2011年4月17日 (日)

音楽の「価値観」の破壊を目指す

皆さんは音楽にありかたでB.G.Mバックグラウンドミュージック というものがあるのはご存じだと思う。

というか今「音楽の使われ方」というものをよーく分析してみると、カラオケで歌う、着メロといったものを除いたら今、殆ど音楽というものはそういう使われ方をされていないだろうか?

車でドライブでもそうだし、何か事務作業をしたり、料理をしたり、家に帰ってくつろぐてもいい、今B.G.Mとして音楽はあちこちで使われている。

かくいう私もかつてBGM制作会社で働いていた時代があった。店内放送やラジオCM,
チャイム、ジングル、それだけでなくヒーリングミュージック環境音楽、いわゆるB.G.Mの中のB.G.Mといわれるようなものを作ってきた。おそらく業界で仕事している人間でも私にとって特にこの分野はある意味「専門分野」といっていいかもしれない。

今、手がけている映画のフィルムスコアも考えようによってはB.G.M制作といえるかもしれない。また自分でもこの劇伴、映像音楽分野は得意分野の1つだと自負している。ただ私は映画音楽を手掛けるにしても単なる映像のBGM制作に終るつもりはない。だがそれはまた別の機会に書くことにする。

つまり私の音楽人生を振り返るとB.G.M制作そのものかもしれないのだ。

しかし実は今そうしたB.G.Mバックグラウンドミュージック という概念そのものを真っ向から否定、破壊しようと考えている。音楽が産業化し、有線放送その他で町中に音楽があふれる今、その分野に関わってきた私がその根幹であるB.G.Mというものを否定しようとしているのは奇妙に思えるかもしれない。

実は今ある企画を考えている。その企画は現段階では詳細はいえないが、よく見ると昔私がやってきたことのある意味焼き直しのように表面上は見えるかもしれない。しかしベクトルは明らかに逆方向を向いている。勿論そもそも企画自体が通るかどうかもわからないから実現するかどうかわからないが...。

だが冷静に考えてみると自分が今までやってきたB.G.Mという概念真っ向から否定、破壊しようている考え方にもみえるのだ。つまりある意味今まで私が音楽人としてやってきたことそのものを否定、破壊することになるかもしれない。なぜならこの企画によってもしかしたら世の人の「音楽の聴き方」を変えるかもしれないからだ。

実は私はそこに閉塞状況にある音楽そのものの活路になればいいと思っている。新しい音楽のムーブメントを起こすにはやはり、何らかの価値観の破壊、根本的な発想の転換が必要だ。そのためにもこの企画を何とかして実現させたい。

具体的内容はまだいえない。今週打ち合わせがあるけど実現しそうになったら余計いえなくなる。しかしこの企画の目的はまさに音楽の既成概念そのものを破壊することである。

そう考えるとこの仕事は結構楽しい。

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2011年4月 1日 (金)

何が不謹慎? 何が不適切? テレ東に抗議のメール&電話が600件や昨今の過剰な「自粛モード」に鑑み

■「アニメ番組を流すのは不適切」、ーテレ東に抗議のメール&電話が600件

http://www.sanspo.com/geino/news/110401/gnj1104010506019-n1.htm

先月の震災発生後から次の日の夜の午後11時55分, 災害報道で最長となる33時間1分の特別報道番組を連続放送。その後レギュラーのアニメ番組「テガミバチ」(土曜後11・55)を放送した。この対応に「アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議が殺到したという。

実は先月映画関係者の飲み会がmixi上で企画されていたが、「不謹慎」だといって荒らしをやらかしたバカがいた。何でも「不謹慎」「不適切」という言葉を使えば正当化できると勘違いをする輩がネットでもリアルな社会でも少なくないらしい。

まず、何をもって「不適切」「不謹慎」なのか?

まともな神経の持ち主なら33時間も災害のひどい状況を連続して見せられたら誰だって気がめいるだろう。実際子供の中には繰り返し放送されるテレビ映像をみてPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を呈した子供たちもいた。そのためその合間にアニメやそういった「災害でない」映像を見せることは寧ろ精神を安定させるためにも必要である。この抗議をしていた人たちは何を根拠にそれを「不適切」といって抗議したのだろうか?

それに少なくともこの抗議していた人たちが被災者であるとは考えにくい。まず震災発生後の次の日であり、殆どの被災者は避難するのが精一杯のはず。とてもテレビなど見る時間などあるはずがないし、だいたい被災地の殆どは停電だったはず。放送局に抗議する時間的余裕も精神的余裕もないはず。だとすればいわゆるバカなヒマ人が勝手に「不謹慎」「不適切」という言葉を「荒らし」の道具として使っている可能性の方が高い。

震災直後、イベントやライブの殆どが中止になった。勿論震災直後は交通や電気事情の関係でやむをえなかった面もある。計画停電も最近は行なわれていないようだが復旧していない火力発電所等も多いためまだ正式に終わったわけではない。

とはいえいまだ音楽会、コンサートを開くことを始め、飲み会を開く、その他イベントを行なう等を「不謹慎」「不適切」という雰囲気が根強くある。しかしコンサートをやるミュージシャン。街の飲み屋やレストラン、イベント屋だって生活がある。そのためにミュージシャンもライブをしなければならないし、イベントだってやらないとそれを生業をしている人たちは食っていけない。その生業をやることが「不謹慎」「不適切」なのか?

二十二年前の前の天皇が危篤→崩御の時も過剰なほどの「自粛モード」になった。阪神大震災の時もそうだが、今回の東日本大震災もかなりひどい。

ちなみに有名すぎるほど有名な記事だが、おちまさとさんが『不謹慎』とは何か。 という記事を書いているが私は全面的にこの記事に同意する。

http://ameblo.jp/ochimasato/entry-10830934123.html

あと先月はやむなく中止になった弊社アーチストの奥津恵の3日、日曜日のライブは予定とおり行ないます。寧ろこういう時だからこそ音楽のメッセージを伝えることが重要だとかんがえるからである。

 

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