Kyoji "metanature"
i-tunesでも好評配信中!!
i-tuneページを表示するにはお客様のPCにi-tunesとquicktimeがインストールされている必要があります。 i-tunes及びquicktimeのダウンロードはこちら





« 防音ブース取替え工事開始 | トップページ | 訃報 深町純さん »

2010年11月23日 (火)

歴史に残った音楽はいずれも芸術的にすばらしいだけでなく、大衆にも受けていた

私は以前芸術性と商業性(大衆性)の融合した音楽 という記事をこのブログに書いたがここで、改めて皆さんに聞いて見たいことがあります。次に主張をどう思われますか?

芸術的にすばらしい音楽は大衆がついていけないために商業的、興業的に成功したものはない。

特にクラシック音楽に関してはそのように考えている人が多いのではないでしょうか?

実はこれ、大きな間違いなのです。

モーツアルトは作品が認められず極貧のうちに死んだ、とかシューベルトは生前作品が殆ど演奏されることもなく悲惨な死を遂げた、とか

音大系の音楽史の先生が世間にばらまいた情報ですが、実は最近の研究でモーツアルトは実は大変な高給取りであったことがわかっています。

「近年の研究は、モーツアルトがウィーン時代をつうじて、かなりの高額所得者だったことを明らかにしている。ここではブラウンベーレンス(1986)が計 算した、各年の推定年収を挙げておこう。1781年<962フロリン>(962万円)、1782年<1526フロリン>、1783年<2250フロリ ン>、1784年<1650フロリン>、1785年<1279フロリン>、1786年<756フロリン>、1787年<3216フロリン>、1788年 <1025フロリン>、1789年<2535フロリン>、1790年<1856フロリン>、1791年<3725フロリン>」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・191頁)。

1フロリンは約1万円。35歳で病死した1791年でさえ<3925万円(!!)>というから物凄い。患者を2000人収容できるウィーン総合病院の院長の年俸は3000フロリンだった。モーツアルトはその上を行く高額所得者だったわけです。モーツアルトが極貧というイメージにこだわる人たちはモーツアルトの借金の記録が多いためで、この目的が何の借金だったのかについて論争があるのですが、近年の研究ではおそらく「オペラ」を上演する資金であった可能性が高いといわれています。

オペラというのはご存じのとおり金がかかります。映画を作るのと同じです。同じ総合芸術であるためと、晩年オーストリアがトルコとの戦争の戦費調達の関係でオペラ上演の資金が足りなかった、と考えればこの借金もつじつまが合います。

ベートーベンの作曲料は現在の金額で億単位のギャラをもらっていたこともわかっており、ワグナーにいたっては楽劇のために自らの給料も合わせて国家予算を破綻させるほどのものでした。つまり有名作曲家=極貧、というのは幻想に過ぎないということができます。

さて、話をポピュラーに戻しましょう。クラシック系の人たちはつい最近までポピュラー音楽=商業音楽、と決め付ける傾向がありましたが、(そういう面はない、とはいいませんけどね) 今我々がジャズスタンダードと呼んでいるものはかつてはアンダーグラウンドのクラブの音楽でした(映画;コットンクラブ参照) そして60-70年代のロックもアンダーグラウンドから時代を動かす音楽として強大なムーブメントを起したのは今ここで述べるまでもありません。そうした音楽はいまや「クラシックロック」といわれるようになりましたが、芸術性も高かった点と勿論興業的に大成功しました。

つまり歴史に残った音楽の殆どは芸術表現だけでなく、興業的(商業的)にも成功した音楽だったのです。

勿論作曲家の死後に作品の評価が上がったとか、時間によって作品の評価が変わった、という点があります。また少ないですが確かに20世紀の音楽で今我々が芸術表現として高く評価しているもので興業的に成功しなかったものもあります。そうした一例から「芸術性の高いクリエーター=貧乏」などというイメージが何となく一人歩きしていった、そんな気がします。

そうしていつの頃からか、芸術的価値の高さ、と商業的価値の高さ(=売れる音楽)というのが全く別の世界であるかのように考えられるようになってしまい、それが洋の東西を問わず現在の流れになっています。

私はこうした考えが今の音楽業界を衰退させた、と考えています。

これを打破するのは簡単ではありませんが、今考えている作品の中で少しでもそういう流れに戻せればとも思っています。


|