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2010年11月29日 (月)

龍馬伝の音楽の佐藤直紀氏

さて、NHKの大河ドラマの「龍馬伝」、私個人は一年間楽しませてもらいました。

詳しい感想はこちらをご覧いただくとして

ここでは今年の「龍馬伝」の音楽を担当した佐藤直紀氏について述べたいと思います。

佐藤直紀氏についてはwikiをご参照いただくとして
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E7%9B%B4%E7%B4%80

実は今回の「龍馬伝」の音楽はNHKにしてはかなり斬新な音楽の使い方をしていると思います。賛否両論あるようですが私はかなり劇伴音楽の作品として評価しています。
今回の佐藤直紀の音楽にはインド風の音楽、時にはスパニッシュギターの音楽、また時にはエンヤを思わせるようなサウンド(龍馬が暗殺された時にも使われていました)と実に変幻自在。、歴史ドラマ、時代劇では普通は使わない音楽にしておりそれが不思議に映像にマッチしていました。今までの大河ドラマのクラシック一辺倒のドラマ音楽とは明らかに一線を画しています。武満徹さんが時代劇の映画にガムラン風の音楽を使ったという例がありますが、今回はかなりそれに近いですね。正直聴いていてなかなかやるな、と思いました。

正直私は今までのNHKの大河ドラマの音楽はあまり好きになれませんでした。特にいかにも「芸大的なサウンド」のドラマ音楽には正直壁壁としていました。ちなみに昨年の天地人はド ラマとしては最悪でしたが、大島ミチルさんの音楽はよかった。大島さんはユニット「式部」のメンバーで私はその片割れの篠崎正嗣君と仕事をしたことがあります。やはりポップス的な感覚をきちんと持っている劇伴作家でないとこれからは駄目ですね。

劇伴や映画音楽をやる場合、クラシック音楽の素養は確かに大事です。だけどクラシック音楽の語法だけではもはや不充分といえましょう。私はよく久石譲さんのスタジオでレコーデイングしていましたが、(今のスタジオではなく、前の六本木のスタジオー現在の六本木ヒルズの場所です)久石さんもクラシックが基本だけど、ちゃんとロックやジャズ、テクノといった素養も持っています。だからこそあそこまで成功したのだと思いますね。

佐藤直紀氏もクラシック系は勿論、ポップスの感覚もありかなり幅広い音楽の素養を持っています。なかなか新鮮な感覚のドラマ音楽も楽しませてもらったと思います。

私も負けないようにしなくては


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2010年11月24日 (水)

スタジオ防音ブース完成

月曜日からうちの防音ブースの取替え工事が始まってましたがつい先ほど無事終了しました。前のブースと違い、遮音もばっちりです。
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私の音楽制作室です。コントロールルームと打ち込みの作業を行い、奥のドアが防音ブースです。吸音材はグラスウールを使い遮音機能が向上しました。

Cimg1513ブースの入り口です。


Cimg1511_2

中はこんな感じです。正味一畳程度の広さですが、ボーカルや簡単なナレーションコンテンツ等を納品レベルで仕上げることが可能です。あまりやりたくはないですが2人のナレーション収録もやってやれなくはないです。しかしソロのレコーデイングならこれで十分ですね。

というわけでこれから制作作業をどんどんやれるようにしたいと思います。昨今の風潮からコストダウンを要求がすさまじいんですが、もう最低限これ以上下げられないところまできましたね。私1人で作曲、アレンジャー、サウンドエンジニア、デイレクターの4役を殆どのケースでこなすと思います。

ちなみに弊社の音楽制作のお問い合わせはこちらへどうぞ

http://homepage1.nifty.com/hyb-music/Inquiry.htm

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訃報 深町純さん

作曲家でキーボーディストの深町純さんが11月22日に都内の自宅にて、大動脈解離による心嚢血腫のため64歳で逝去されました。

http://natalie.mu/music/news/41010

日本におけるシンセサイザーミュージックの先駆者的存在であり、大変尊敬していたキーボーディストでした。

ちなみにキリスト教徒だったんですね。
心からご冥福をお祈り申しあげます.。

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2010年11月23日 (火)

歴史に残った音楽はいずれも芸術的にすばらしいだけでなく、大衆にも受けていた

私は以前芸術性と商業性(大衆性)の融合した音楽 という記事をこのブログに書いたがここで、改めて皆さんに聞いて見たいことがあります。次に主張をどう思われますか?

芸術的にすばらしい音楽は大衆がついていけないために商業的、興業的に成功したものはない。

特にクラシック音楽に関してはそのように考えている人が多いのではないでしょうか?

実はこれ、大きな間違いなのです。

モーツアルトは作品が認められず極貧のうちに死んだ、とかシューベルトは生前作品が殆ど演奏されることもなく悲惨な死を遂げた、とか

音大系の音楽史の先生が世間にばらまいた情報ですが、実は最近の研究でモーツアルトは実は大変な高給取りであったことがわかっています。

「近年の研究は、モーツアルトがウィーン時代をつうじて、かなりの高額所得者だったことを明らかにしている。ここではブラウンベーレンス(1986)が計 算した、各年の推定年収を挙げておこう。1781年<962フロリン>(962万円)、1782年<1526フロリン>、1783年<2250フロリ ン>、1784年<1650フロリン>、1785年<1279フロリン>、1786年<756フロリン>、1787年<3216フロリン>、1788年 <1025フロリン>、1789年<2535フロリン>、1790年<1856フロリン>、1791年<3725フロリン>」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・191頁)。

1フロリンは約1万円。35歳で病死した1791年でさえ<3925万円(!!)>というから物凄い。患者を2000人収容できるウィーン総合病院の院長の年俸は3000フロリンだった。モーツアルトはその上を行く高額所得者だったわけです。モーツアルトが極貧というイメージにこだわる人たちはモーツアルトの借金の記録が多いためで、この目的が何の借金だったのかについて論争があるのですが、近年の研究ではおそらく「オペラ」を上演する資金であった可能性が高いといわれています。

オペラというのはご存じのとおり金がかかります。映画を作るのと同じです。同じ総合芸術であるためと、晩年オーストリアがトルコとの戦争の戦費調達の関係でオペラ上演の資金が足りなかった、と考えればこの借金もつじつまが合います。

ベートーベンの作曲料は現在の金額で億単位のギャラをもらっていたこともわかっており、ワグナーにいたっては楽劇のために自らの給料も合わせて国家予算を破綻させるほどのものでした。つまり有名作曲家=極貧、というのは幻想に過ぎないということができます。

さて、話をポピュラーに戻しましょう。クラシック系の人たちはつい最近までポピュラー音楽=商業音楽、と決め付ける傾向がありましたが、(そういう面はない、とはいいませんけどね) 今我々がジャズスタンダードと呼んでいるものはかつてはアンダーグラウンドのクラブの音楽でした(映画;コットンクラブ参照) そして60-70年代のロックもアンダーグラウンドから時代を動かす音楽として強大なムーブメントを起したのは今ここで述べるまでもありません。そうした音楽はいまや「クラシックロック」といわれるようになりましたが、芸術性も高かった点と勿論興業的に大成功しました。

つまり歴史に残った音楽の殆どは芸術表現だけでなく、興業的(商業的)にも成功した音楽だったのです。

勿論作曲家の死後に作品の評価が上がったとか、時間によって作品の評価が変わった、という点があります。また少ないですが確かに20世紀の音楽で今我々が芸術表現として高く評価しているもので興業的に成功しなかったものもあります。そうした一例から「芸術性の高いクリエーター=貧乏」などというイメージが何となく一人歩きしていった、そんな気がします。

そうしていつの頃からか、芸術的価値の高さ、と商業的価値の高さ(=売れる音楽)というのが全く別の世界であるかのように考えられるようになってしまい、それが洋の東西を問わず現在の流れになっています。

私はこうした考えが今の音楽業界を衰退させた、と考えています。

これを打破するのは簡単ではありませんが、今考えている作品の中で少しでもそういう流れに戻せればとも思っています。


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2010年11月22日 (月)

防音ブース取替え工事開始

さて、今まで弊社ハイブリッドミュージックのスタジオには半畳分のブースがあったのですが、やはり空間が狭くて音がどうしてもこもりがちになってしまうこともあり、また昨今のコンテンツ制作費用の凄まじいほどのコストダウン要求から、より遮音機能もよい防音ブースの必要性が生じていました。今年の春頃からの家のリホーム工事をきっかけにスタジオの防音機能も向上させることを決断し、本日からその工事が開始しました。

これによってブースも今まで高さ180cmくらいしかなかったのが220cmくらいまで高くなり、ブースも半畳から一畳くらいの大きさになります。これによって納品レベルのボーカルやナレーション収録が可能になります。

本日はまずいままでのブースを解体(一時間もしないうちに終了)、現在すでに新ブースの設置工事が始まっていますが、今日は含めて2-3日工事がかかるそうです。

こういう不景気の折、弊社としては本当に思い切った投資を行ないますがこれも生き残るためにやむを得ません。

というわけで完成しだいまた記事にします。


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2010年11月20日 (土)

J-popに関する一考ー「売れセン」という概念放棄の勧め

さて、これから事務所の録音ブースの工事が来週始まり、それと同時に本来の本職である作曲の方の作業をしなければなりません。内容はまでいえませんが「自主作品」の着手も開始し、あとこれも内容はまだいえませんがとある「社会事業」にからみで曲を2曲ばかり作らなければならなくなりました。 また私は原則としてコンペには参加しないんですが、なりゆきで不本意ながら1つあるコンペに参加せざるを得なくなってしまいました。本当は弊社のアーチスト奥津恵をある映画のテーマソングのオーデイションを受けさせるのが目的だったのですが、やるといってしまった以上やらないわけにはいきません。(でも正直気分が今一つ乗らないのでコンペに通すのは難しいかな、とも思います).. 

そんなこんなでやることが多いのはありがたいんですが、やはり最大のエネルギーを注入するのは「自主作品」の方になります。良質な音楽であると同時に遊び心もたっぷり入っている。そんな音楽の構想ではっきりいって「人のやらないこと」(少なくとも私が知っている範囲ではまだ誰も私が今やろうとしていることは誰もやってません)をやろうとするのは楽しいですね。音楽業界は「売れセン」という言葉にがんじがらめになっていつのまにか人がやらないことをやってはならない、という雰囲気ができてしまっています。私はそれを打破しないといけないと思っています。

そこでこの「売れセン」というものを考えて見ましょう。音楽業界で「売れセン」なる言葉が出てきたのは私の記憶に間違いなければだいたい1990年頃からだと思います。いわゆる音楽業界がこの世の春を謳歌していた時代で、現在の惨憺たる状況を見ればまさに夢のようです。

この「売れセン」というものは本当のところ何でしょうか?

実はこれ結構誤解している人が多いです。よくR&B が受けたから同じような感じのR&B の曲を作ることが「売れセン」だと誤解する人がいますが、実はそんな単純なものではありません。二番煎じ、三番煎じ等の、コピーに限りなく近いもの出せば必ず売れる、などというほどマーケットは単純ではありません。(実はレコード会社のプロデユーサーでも「売れセン」というものをよく理解せず二番煎じ、三番煎じを出せばよいと勘違いする人間も少なくありません。)

これはあるスタイルの音楽ーR&B ならR&B  ユーロビートならユーロビート系のサウンドがミリオンセラーになったら、その音楽のサウンド、歌詞等を徹底的に分析し「何が受けたのか」というエッセンスを取り出し、同様な傾向で少し趣向が違う音楽を作る、というメソードを行なうことです。つまり音楽というものをマーケットの観点からスタテイックに、冷酷なほど分析し、「データベース化」し、その「データベース」のコンビネーションをどう作るか、というコンセプトメーキングを行ないます。これはサウンド、アレンジは勿論ですがJ-popの場合特に歌詞に重点がおかれます。

つまり今時の10代ー20代はどういうメロデイラインを好むかーそれこそ「ここのフレーズは上げ、ここのフレーズは下げ」などという細かい部分を徹底的に構成します。詞でしたら「今の女のコが好むギミック、いいまわし、それこそ恋愛相談から占い等のデータまで徹底的に分析し、それらをコンシーブした上で歌詞の内容が決められます。この作業は私が大学で専攻した「情報理論」に基づく作曲、作詞作業そのもので、音楽の作品を作るのではなく音楽の「製品」を作るプロセスです。その「データベース」に基づいて作曲、作詞作業を行うことを「売れセンの音楽を作る」ということになります。

この作業を徹底的に行なったのがご存じAvexなんですが、実はこれを始めたのはAvexではなくビーイングの長戸さんですね。Avexは長戸さんのメソードを徹底的に質と量で市場に攻めていったわけです。

そしてそのメソードによる市場戦略はご存じの通りかなりの面で一時成功しました。「データベース」に基づいて作られた音楽を唯一の音楽体験になってしまう世代が存在することになり、それがこれからの音楽のありかたである、かのように考えるプロの人間も少なくありません。

しかし「データベース化」には限界があります。なぜならそれは表面的な組み合わせに過ぎず、いわばいろんなサウンドや歌詞をジグゾーパズルのように組み合わせるのと同じです。

今年の始め私はこういうコラムを書きました。

■新春コラムーいわゆるポストモダン時代のルーツ音楽の存在(例によって長文です)
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/01/post-7dcd.html

ここでは音楽のポストモダン論の観点から、「こうした「データベース」シュミラークル( オリジナル作品のコピー作品や「データベース」が生まれ繁殖し、オリジナル作品は絶対的な価値を失い、すぐれたコピー作品と同等になるーつまり何が本物で、何が本物でないか、ということが区別できなくなってくる)という観点からオリジナルの音楽=ルーツ音楽と考え、あらゆるジャンルの要素がばらばらに解体されて、R&Bのリズムでロック的なギターが入り、ラップをする、といういったような様相を帯びてきて全ての音楽が「ジャンルを構成する要素がばらばらデータベースに解体されるという考え方です。それによってルーツ音楽の価値というものが事実上意味をなさなくなり、全ての要素は相対的なものでしかない、という観点でこれはまさに「売れセン」の音楽の「データベース化」の基本コンセプトなわけです。

私はこれに関して異を唱えました。それは音楽手法のデータベースというのは単なる作曲技法のエクリチュールに過ぎず、それは単なる表面的なものであること。しかしその組み合わせで本当に「ノリ」とか「音楽の即興性」とか、もっといえば人間の魂のこもった表現できるものであろうか?という疑問を呈しました。ーつまり魅力」というものがデータベース化できるのか?ということである、できると考えている人がいるようですが文化というのはそんな単純なものではありません

ルーツの音楽は
「エッセンス」であり、それは「ノリ」とかリズム感とか、即興性、そして表現力そのものであります。それらは1テーク、1テークは「データベース化」は可能かもしれませんが法則化はほぼ不可能だと思います。つまりルーツの「エッセンス」を完全にデータベース化することは不可能である。ということができる。したがって音楽のデータベース化」をつきつめるとどういう音楽ができるか? できる音楽は「ノリのないロック」「即興のないジャズ」風のものになる。例えどんな流行っている音楽でもあなたはそんな音楽を聴きたいと思いますか? 少なくとも私は聴きたくありません。

実はそうした音楽の
データベースに基づく音楽の「製品化」されたサウンド、そういうものに消費者が飽きてきた。というのが音楽業界の本当の衰退の原因ではないか、と私は結論するに至りました、つまり以前もいいましたが音楽を「文化」ではなく、「消耗品」として音楽を売ってきた、それが消費者が音楽文化を大切にしようと意識をなくさせ、タダでコピーできるのなら買わなくてどんどんタダコピーしてしまおう、という行動に駆り立たせています。音楽産業は自分の「製品」「売れセン」「製品」にしたいと考えるあまり音楽を100均の商品などと同じような「消耗品」に自らしてしまったのです。

「消耗品」である以上「流行」が終わったらもはや「使い捨て」されるしかありません。そういう道を自ら選んだのが今の音楽業界です。

だから私はここで声を大にしていいます。音楽業界を本気で再生したいと考えているなら今すぐ「売れセン」という概念を捨てましょう。

そんなことできるわけない!!という声が聞こえてきそうです。なまじっかこれで大成功した体験があるだけにそう簡単に捨てられないと考える業界関係者が多いのはわかってます。あるいは私のこのひとことで、日本のJ-pop関係者の殆どを敵に回したかもしれません。

それでも音楽業界を再生するのであれば、この「売れセン」を捨てるしかない、と私は思います。また業界関係者から脅迫のメールでも来るかな (笑)


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2010年11月19日 (金)

INTER BEE2010 に行ってきました。

昨年は行けませんでしたが昨日納品等が終わったこともあり、、幕張メッセのINTER BEE 2010に行ってきました。勿論プロオーデイオのところです。

うちから幕張までは遠いんですが、武蔵野線経由でいくと30分以上短縮できることがわかり、今回はそれで行きました。

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2年前にはPro toolsの8.0の発表でしたが、僅か二年でPro toolsの9.0の発表です。時代背景を反映してか、Avidのブースが一番賑やかで大きかったです。まあ当然でしょうね。

まあPro toolsは8.3以降はIntel Mac仕様なので、どちらにしてもMacを買い換えないと導入できないわけですが、とりあえず現在7.3.1のTigerでもそんなに不便は感じていないのでまあ当分はまだ現行のシステムで行くでしょう。

ミキサーコンソール関係ではPAミキサーによるライブレコーデイング機能が充実してきて、もはやPA卓とレコーデイング卓の差はなくなっていますね。これからはライブ映像とそのサウンドトラックも高音質が求められますから当然の流れでしょう。

あとデジタルミキサーはPro toolsが完全に業界標準になってしまったせいか、殆どがMAを始めとするポスプロか、放送局用の仕様になっています。これも時代の流れでしょう。とはいえ、寂しい気がしますね。プロオーデイオの主役がポスプロの方に移行しているんですから...  とはいえ、うちの会社も劇伴、映画音楽等にメインをシフトさせようとしていますから、人のことはいえないんですが...

まあその辺りはPro toolsの9.0以外は特に目新しいのはなかったのですが、個人的には他のブースと比べて目立ちませんでしたが、3D音響(立体音響)に関して面白いプロセッサーがありました。Pro toolsともRewire経由でプラグインできるものです。あとバイノーラルのマイク等の情報もあり、その面でははるばる行ったかいがありました。現在うちの会社としては立体音響のノウハウを仕事に復活させようとしており、その面ではよい情報を得ることができました。この分野は映画、ゲーム、そして遊園地、施設等に応用できますので...

ちなみに弊社が今までやってきた立体音響のページです。サウンドが聴けます。
http://www.hybridmusic.jp/3Dsounds.htm

遊園地、博物館用のサウンド、デザイン
http://www.hybridmusic.jp/sounddesign.htm


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2010年11月12日 (金)

i-tunesで早速映画をダウンロードしました。

さて論より証拠、実際にi-tunesで映画をダウンロードしてみることにしました。

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ダウンロードしたのはもう一度みたいと思っていたBlind Side(邦題:しあわせの隠れ場所)、あのサンドラブロックが「肝っ玉かあさん」の役を演じ、黒人の孤児、マイケルオーアを養子にしてNFLの選手として成功するという話。 嘘のような話ですがアメリカ人なら誰でも知っている実話です。二時間8分の映画です。

さて一番気になったのはダウンロードする時間、Mpeg4という圧縮技術を使っているとはいえ、二時間8分の映画をダウンロードするのにやはり一時間かかりました。実はこれでも予想より速かったです。

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画質はまあパソコンで見るには十分ですかね。解像度もまあまあです。

あとはダウンロードにかかる時間でしょうか。一時間以上待つのなら近くにTSUTAYAがあるのならTSUTAYAに行った方がいい人もいるでしょうけどね。

アメリカのように国土が広い国ではダウンロードに一時間以上かかろうが問題ないでしょうけどね。店にいくだけでそれくらい時間がかかる場合がありますから...

ちなみに料金は

レンタル 

     SD(スタンダード)  HD(高品位)

 新作     400円                         500円

  旧作      300円          400円

       200円          300円

販売 

     SD(スタンダード)  HD(高品位)
 

 新作     2000円                         2500円

  準新作    1500円          2000円

 旧作   1000円          2000円

だそうです。

デジタルだからダウンロード数も、レンタルの実態もかなり正確に把握できます。

私はとりあえず仕事場で作業することが多いので、案外重宝するかもしれません。

ちなみに私はNFLはNew York Jetsのファンなんですが、このBlind Side(邦題:しあわせの隠れ場所)を見てから、マイケルオーアが所属するBaltimore Ravensも応援するようになりました。マイケルオーアがいるおかげでRavensのクオーターバックのジョンフラッコはNFLでもっともサックを受けていないクオーターバックになっています。

この映画のすごいことはこの映画が実話だ、ということです。多少脚色がありますが...

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パッケージに関する一考ーCD,DVD等は決してなくならない。

先ほどの記事でもi-tunesが日本でも映画配信を開始したことでますます日本でもパッケージ不要論が台頭すると思われます。もう先月になるがマーケテイング庵というマーケテイングに関する研究会で「音楽産業の現状と今後を研究&トークセッション」に参加した時も参加者の方からCD等のパッケージはもうなくなるだろう、いや「残るわけがない」といった意見が圧倒的でした。

確かに配信が日本では今頭打ちを示しているとはいえ、これだけ普及すればそういう風に見えてしまうのはある意味当然かもしれません。

しかしそれでも私はあえていいます。 

CD, DVD等のパッケージは決してなくなりません。

ただし、

パッケージの商品として位置づけ、意味合いは大きく変わります。

特に今までの音楽業界に関していえばとにかく何が何でもCDというパッケージを売らなければならない、というマーケット観で進んできました。「CD」というパッケージを売ることを主目的としてきたわけです。音楽業界関係者の大多数はいまだにそういう考えを捨てていません。

しかし時代はもはや変わりました。「CD」といえどもアーチストの商品の一ラインアップに過ぎません。つまりアーチストの商品は多様化したわけです。したがって何が何でもCDを売らなければならない、という時代は終わりました。

しかしだからといってCD, DVD等のパッケージはもはや無用の長物なのか?いわゆるIT系の論客が強硬に主張している内容ですが..

違います。

その理由を説明する前にまず私が以前書いた記事で、アーチストのファン層について述べた部分を再度ここで触れます。もう4年前に書いた記事ですがこのブログで一番アクセス数の多い記事です。お読みになった方も多いでしょう。

コラム「音楽業界の現状と将来、そしてある取るに足りない者からの業界への提言」(長文注意)
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2006/07/post_1324.html

ここで私は「アーチストのファン層」は大きくわけで3つある。と述べています。つまり

A層:いわゆるコアな層: アーチストの真のファン アルバムは必ず買ってくれコンサートにも極力来てくれる人たち
B層:中間層:コアというほどではないが一定の関心は持ってくれる層;CDもできがよければ買ってくれる
C層:いわゆるミーハー層 真のファンにはならないが「流行っている、みんなが聞いている」というと買う層

   数的にはA層、B層に比べC層が圧倒的に多いことから音楽業界はいつのまにか
C層しか見なくなったことを私は音楽業界が犯した最大の過ちである、と主張しています。この考えは現在も変わっていません。

正直いってこの一番多いとされる
C層が今後パッケージを購入する可能性は極めて低いということは私も認めざるを得ません。しかしA層の人たちは確実に買ってくれるでしょう。なぜならあるアーチストのファンになった経験のある人ならわかりますが、ファンは自分の好きなアーチストのコンサート、イベント等に参加すれば「モノ」-記念品を欲しがるものなのです。

例えばアキバ系などがいい例です。アキバ系はコアなファンで成り立っており、ファンは同じCDを会場別で購入しています。そして各CDにアーチストのサインをしてもらい握手もしてもらいます。また面白いことに必ずそういうファンは「開封していない」同じCDも必ず一枚持っています。
こうして何枚も同じCDを買ってくれるコアのファンが多数いるためにアキバ系の事務所は結構ウハウハだったりします。

そしてそれを憎らしいくらいにうまく戦略として昇華させたのが皆さんよくご存じのAKB48です。
おニャン子をアキバ系という切り口でつつみこんでからスタートさせ、雑誌等の紙媒体という比較的安いメデイアからファン層を広げていった戦略は見事といわざるを得ません。そのことはここで改めて述べるまでもないでしょう。AKB48のファンも例の「握手券」がらみもあり、複数のCDを買っています。だから初期ロットが百万枚単位にすることができたのです。

つまりここで見えてくるのは グッズとしてのCDのありかたです。誤解を呼ぶ表現かもしれませんがTシャツなどと同じような商品の位置になりつつあります。
これは上記のA層の人たちは勿論、内容さえよければB層の人も買ってくれるかもしれません。ファンというのは必ず「モノ」がないと満足しないものなのです。だから配信さえあればあとはいらない、というのはこういうファンベースの現場というものを全く理解していない議論です。

この点はある特定のアーチストのファンになったことがない人は理解しにくいかもしれません。私がネット等でパッケージについて論じるコラム,記事等で不満なのはそういうアーチストのファンクラブの現場を全く理解しない人間、一アーチストのファンになった経験すらない人間が音楽等のパッケージについて論じているケースが多すぎるという点です。 

私はだいぶ前からCDを商品ではなく、「販促品」「グッズ」として作る事業を始めています。結構実績がありますのでご興味のある方はご覧下さい。

オリジナルCD製作のお手伝いをいたします。(販促、ノベルテイ用CD)
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_ordermade.htm

とにかく配信が出てきたからパッケージは無用の長物と決め付けるのではなくあらゆる可能性を考えていただく風土ができれば幸いです。


ちなみに弊社のCDプレス価格表
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_price.htm

DVDプレス価格表
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/dvd_price.htm


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iTunes映画配信開始 1000本以上を販売・レンタル

アップル:日本の「iTunes Store」で映画配信を開始 1000本以上を販売・レンタル

http://mainichi.jp/select/biz/bizbuz/news/20101111dog00m020065000c.html

i Tunes映画配信開始。「1,000本は始まりに過ぎない」 -Appleに聞く。「ソニーが参加するのであれば歓迎」(AV watch)

http://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/20101111_406172.html

まあ正直ついに来たな。という感じ。

アメリカでは映画はもはや配信が中心になっていた関係でブルーレイに関してそんなに関心がわかなかったというが、日本で本格的にサービス開始になりこれが日本の市場にどう影響するだろうか。

一応これから音楽の面で映画に関わろうと思っているのでこの問題は私にとっても大いに関係が出てくる。ファイル形式はi-tunesである以上mpeg4だろうが、気になるのは平均二時間ー二時間半くらいの長さになると思われるコンテンツをダウンロードするのにどれだけ時間がかかるのだろうか。 自分は仕事でファイル形式が違うとはいえ二時間以上のmpeg2ダウンロードするのに半日以上かかった記憶がある。(私の環境は光ファイバーで1Gである)しかし映画一本ダウンロードするのにそんなに時間がかかったらとても普及しないだろうから、何らかの方法で高速ダウンロードできるようにしているのだろう。

こういうニュースでまたパッケージ不要論が台頭すると思われるから次の記事でその点について論じようと思う。

 iTunes Store(Japan)

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2010年11月 9日 (火)

音楽配信に関する一考ーDRMフリーのAmazon配信開始に鑑み

既にご存じの通りAmazonがDRMフリーによる配信サービスを本日開始した。

Amazon MP3、日本版スタート DRMフリーで音楽配信
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1011/09/news030.html


欧米ではすでにDRMフリーの流れが主流になりつつあるがこれに関しては以前私は懸念の意味も込めて記事にしている。

DRMフリーの流れとデジタルミュージックの将来
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji//2010/09/drm-eeb9.html

DRMをなくすというのは権利者から見れば殆ど権利放棄に近い。しかし一方ではユーザーから見れば消費者がそれをいつでも自分の好きな機器で再生できない」DRMはユーザーにとって不便であり廃止すべきだ。という考え方もわかる。欧米では消費者の声が日本より強いため「他社製プレーヤに乗り換えた際も,今まで購入した楽曲を容易に持ち越せるようにすべきだ。」という観点からDRMをはずすメーカーが欧米では多い。そのため欧米のメーカーでは音楽配信よりも自社サイトのアフィリエイトやその他の広告で収益を得ようなどという動きがあるようだがこれはいくらなんでも非現実的である。メーカー、権利者が権利を放棄し権利管理を諦めてはもはや自殺行為である。

そんな中津田大介氏の「DRM音楽フリーの今」での発言をいくつか引用してDRMフリー後の音楽配信のありかたについて一考したい。

「コピーし放題」でも儲かる!? DRMフリー音楽の今

http://ascii.jp/elem/000/000/071/71759/

ポイントは2点ある

まずはDRMフリーによって大幅に増えることが予想される違法コピーについて

DRMはコピー回数を把握するために使うべき

── DRMは、インターネットで楽曲ファイルを違法にやりとりすることを防ぐために導入されたものですよね。結局、DRMを使わなければ、不正コピーは減らせないんでしょうか?

津田 そんなことはありません。例えば、iTunes Plusの楽曲はDRMフリーですが、ファイルには購入者の情報が埋め込まれているため、仮にインターネットに流出しても誰が流したのかはある程度の範囲で分かります。

 現状のDRMのように複雑な制限をかけなくても、ファイルの身元が分かるというだけで、違法コピーに対する抑止力は作り出せるでしょう。

 そもそもインターネットを検索すれば、不正にアップロードされたMP3ファイルはいくらでも見つかります。不正コピーを減らすなら、まずそうしたウェブサイトを減らす対策を取るべきではないでしょうか。

この点に関しては津田氏の主張内容は正しい。誤解している人が多いがDRMフリーになったからといっても、やりたい放題できるわけではない。iTunes Plusでは「誰が違法コピーさせたかわかるようになっている」ため、DRMフリーになったからといって「これでネットに自由に流し放題、コピーさせ放題」なんてうかれているとあとで大変なことになる可能性がある。だからDRMフリーになったからといってあまりはしゃがないほうがいい。

次のポイントは

── 「理想のDRM」は、どんなものになりますか?

津田 DRMは、コピーを制限するのではなく、権利者に著作権使用料を分配する目的で、コピーされた回数などをきちんと把握するために使うのが理想だと思います。

音楽業界は、コピーを無闇に禁止するのではなく、「プロモーションにもなる」とポジティブな面も認めて、その上でビジネスにつなげていくべきでしょ う。例えば、「普通は210円だけど、420円で買うとポッドキャストにも使える」みたいな新しいライセンス体系を用意して、2次配信権込みで楽曲を売る なんて方法もありだと思います。  現状のようにDRMを単に取り払って売るのも悪いとは思いませんが、「デジタルコピーをどうビジネスに生かすか」という次の一手は考えておくべきです。

さて、これに関して二点ほど疑問点がある。

津田氏の主張は確かに一理はあるのだが少し非現実的な部分がある。ここから先は津田氏と著しく意見が違う。

1.ネット内のコピーし放題はプロモーションにならない。

まず、私のようにネットラジオの運営、音楽のネットプロモーションを実際に現場でやってきた人間の実感として「ネットでコピーし放題にさせればプロモーションになる」というのは実は大嘘である、というのが実感である。実は4-5年前は私もそう思っていた。そしてそれを実際にやってみた。

しかし結果は惨憺たるものだった。

はっきりいおう。実はネットユーザーの殆どは「タダだから聴く、タダだから見る」というユーザーである。実際そのあと少しでも「有料」である部分を見せただけで9割のユーザーがその瞬間に退いてしまう。これは何回もいろんなことを試してみたがほぼ全てのケースで真実であり実感として感じたことである。

したがって仮にコピーし放題にしても、そのアーチストを支持したり、応援したり配信その他の購買に結びつく行動について考える(検討する)のは全体でも一割いない、というのが現実だ。つまり9割の人はコピーし放題にしたら「持ってけドロボー」状態になる。これはほぼ全てのケースにあてはまる。残念ながらそれが現実だ。ユーザーとしてアーチストに対して配慮をしてくれる人がネットの大多数ならいいが、9割以上の人は「あ、タダでダウンロードできた、ラッキー♪」以上には考えないのである。津田氏はおそらく認めたくないだろうがそれが現実である。

つまり音楽をコピーし放題にしたら大きなプロモーションになる、というのは幻想なのだ。認めたくない人もいるだろうがそれが現実だ。

したがってコピーし放題にするのはプロモーション用に作った「非商材コンテンツ(あるいは宣伝用コンテンツ)に限定すべきである。

2.コピー回数を把握して配信の2次使用で課金、なんてことが現実にできるのか。

アイデアとしては面白い。しかし技術的には可能かもしれないが、今のユーザーの体質を考えるとこれは現実的にどうだろうか?まず懸念されるのは

1.ユーザー、消費者からの反発が起きる可能性?
 -ただでさえ知財に課金することに抵抗している風土があるのに逆に反対運動が起きないか?これなら逆にDRMをつけたほうがよくないか?二重取りだ、などと騒ぐ輩が必ず出ると思われる

2.二次使用の場合の課金方法は?
これが最大の問題だ。二次使用を把握してアカウントから「追加料金」という風にでもするのだろうか? あと購買のあと二次使用の把握がどの程度の精度でできるのかも疑問である。(必ず抜け道を作る輩が出てくると思われる)

  Amazonに関してはこの「ウオーターマーキング」がどの程度の精度になっているのかもう少し詳しい内容を見てから判断しようと思っている。実は私の音源も奥津恵の音源もAmazonから配信する話はあるが、どうするかはまだ検討中である。

私は、基本的にDRMをはずすことに関しては反対だ。

ただユーザーの使い勝手を考えて、少し緩めのDRMにすればよいのではないか、と思う。要は複数のプレーヤーで再生可能な状態にすればDRMの縛りはそんなに気にならなくなるのではないか、と考えている。しかし違法コピーのことを考えれば「やりたい放題にやられない」ような制限はやはりもうけるべきだと考える。その面ではAppleのiTunesの著作権管理(DRM):FairPlay(フェアプレイ) というのも1つの方法かもしれない。

津田氏のいう「理想のDRM」が単に技術的な面だけでなく、社会環境的に運営可能になればそれはそれで面白いが、やはり現実的なアプローチを考えたい。

しかし絶対に忘れてはならないのは音楽は知財であり、権利ビジネスである。という点である。そこが物品販売などとは大きく違う点である。そこの部分は絶対に変えてはならない。変えてしまったらもはやビジネスが成立しない。その点は声を大にしていいたい。


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