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2010年7月19日 (月)

ネットとイノベーションの中のコンテンツ知財の権利について5ー著作権はネットの発展の障害になるという考えは間違っている

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さて、この項からいよいよ問題の核心に入りたいと思います。

おそらくこのブログの読者の方の大半が同意している(?)、かもしれない池田信夫氏の記事「著作権がイノベーションを阻害する
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/c28f1d41dccc1fc03f3ad9e26a6e8898

この「有名な」(笑) 記事で池田氏は「著作権があるから」IT業界は萎縮して発展を阻害しているという主張に終始しています。著作者の許諾権を「諸悪の根源」であるかのように主張していますが、どうも池田氏の論調を見ると著作権を「企業のもの」JASRACのものと誤解しているような気がしてなりません。

著作権というものは本来個人のものであり、コンテンツの普及の観点から便宜上信託を企業が代行している背景があります。(音楽出版社、映画会社etc etc) いわゆる有名作家や音楽の殆どがそういう形態を取っているために池田氏は著作権は企業のものと誤解しているように見えますが、そのような形態を取っている著作物は全体から見れば数パーセントに過ぎません。

確かにJASRACは全てのクリエーターから信託を得ているわけではありませんし、また権利の管理方法にも問題があるのは事実ですが、一方で作家の著作物の信託や権利を守っているのも事実なので著作権=JASRACのみの利益と決め付けるのはいかがなものでしょうか?またここで例に揚げられている記事の中で一番の問題は以下の部分ですね

著作権を与える理由は、松本零士氏や三田誠広氏が錯覚しているように、芸術家に特権を与えるためではない。工芸品や宝石などにも「名匠」とよばれる人がいるが、彼らの芸術的価値は著作権で守られない。その価値は、作品を売ることで回収できるからだ。著作物についてだけ、買った後も複製を禁止する排他的ライセンス権を与えるのは、買い手が情報を自由に複製すると、競争的な価格が複製の限界費用(≒0)に均等化し、著作者が情報生産に投資するインセンティブがなくなるからだ。

いやしくも大学教授とあろうものが著作権に対してこの程度の認識しかないことに驚きを禁じえません。だいたい松本零士さんの権利保護を「特権」と断ずるあたり、知財権利に対する認識が浅いといわざるを得ません。著作物を単なる商品としか見ておらず、権利知財を消費者から搾取するものであるかのごとく云っていること自体、文化や芸術というものに対する氏の無理解ぶりが見えてきます。

そもそもクリエーターというのは作品の対価によってでしか生きる術がありません。そのためには作品の対価が正統に受け取れるシステムが必要で、これは「特権」でも何でもなくクリエーターが受ける正統な報酬です。買い手が自由に複製するができればそれは正統の対価を「盗まれる」というのと同じことであり、これはクリエーターにとっては死活問題になります。それを「特権」と決め付けるのはあまりに短絡的といわざるを得ません。

尚、誤解していただきたくありませんが私は別にJASRACを擁護する気などさらさらありません。私自身JASRACのお役所体質には閉口することも多く、またクリエーターが自作の作品を自分で発表する時でさえ料金を徴収しようとするなど、逆にクリエーターの活動に障害になっているという現実もあります。だからJASRACには確かに多くの問題はあります。

池田氏は筋金入りの新自由主義者であり市場原理主義者でもあるわけですが、彼らの視点を見ますとやはり「人間」とか「芸術文化」という視点が欠けているように見えます。池田信夫氏の「親衛隊」と呼ばれる人たちも新自由主義やIT社会とかが自分たちを豊かにするなどという幻想に取り付かれている人たちが多いように思いますね。しかもそういう人たちがネットで暴れる傾向があるのが困ったもんですが...

さて、ネット関係者が著作権に萎縮するのは、著作権に詳しい人間が彼らの周囲にいないからそういうことが起きるわけで、ここで理解していただきたいのはJASRACしてもそういう技術イノベーションが現れた時に、権利管理の方法を協議するのを決して拒否しているわけではありません。寧ろJASRACはそういった議論に対して特に最近はオープンになっているといっていいです。実際「音楽配信」はもとよりYoutubeU-streamにしたって協議には応じてほぼ合意がなされている、またはなされる見込みになっています。

従って何でも著作権のせいにするのはネット内では受けがいいかもしれませんが、何の問題の解決にもなりません。こういう場合知財や著作権に関してコンサルテイングできる人間がいればいいのですが、残念ながらなかなかいないし、その必要性も理解されていないことが多いです。

ちなみに私の会社でこうした著作権、知財に関するコンサルテイングを行なっています。著作権等の問題でお困りの方は是非ご相談下さい。

http://www.d-loop.co.jp/

よくこういう場合に聞くのは先日のi-padの「電子書籍」の例がいい例ですが、新しい情報メデイアや技術が出てくると、それに対応していない著作権の方が悪い、という論法です。確かに一見正論のように見えますが、ちょっと待ってください。それはやはり順番が逆です。

本来新しいメデイアにしても、コンテンツを扱ったイノベーションでもコンテンツ、知財、を扱ったものであることに変わりがなく、従ってそれらの権利の問題をクリアにする作業を最初にやるのが本来の基本的なマナーだと思います。にもかかわらずそういった権利のクリア作業を行なわないまま、コンテンツを扱ったイノベーションの開発が行なわれ、それでそれに対応していない著作権の方が悪い、というのはちょっと違う気がします。どうも池田氏の影響かもしれませんが新しいメデイア出現の際、逆に著作権がいつも悪者にされている傾向があります。

これというのも知財、著作権に関するコンプライランスが日本では定着していないからだと思います。次回は最終回で知財、著作権に関するコンプライランスに関して述べます。

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