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2010年5月 5日 (水)

生活に根ざした沖縄の音楽文化と「文化」を捨てた本土

GWの休暇で沖縄旅行に家族で行ってきまして本日 帰ってきました。

実は沖縄に行くのは初めてなんですが、娘が「美ら海水族館に行きたい」というたっての要望もあり、私自身も沖縄に行ったことがないのでいい機会でもあり行ってきました。詳しいレポートはこちらをご覧下さい。

沖縄に行って帰ってきました(Kyojiのよろずひとりごと)

http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20100504

尚、後程美ら海水族館、に関するレポートも書きますので詳しくは私のtwitterページをご覧下さい。 http://twitter.com/kyojiohno

さて、プロの音楽の世界では多くの沖縄出身のミュージシャンが活躍していますが、また独特の文化も持っているだけに勿論以前から興味を持っていました。しかし一方では上記のKyojiのよろずひとりごとでも述べていますように 先の大戦にて大きな犠牲と、日本軍による事実上の強制的な集団自決「ひめゆりの塔」などの悲劇的な歴史があることから、遊びに沖縄に 行くというのは気がひける部分がない、といえば嘘になります。しかし一方では沖縄は観光を基幹産業にしようという目標から、沖縄の地元に観光客としてお金を落とすのも、ある意味貢献でもあるので、今回はそういった面は抜きにして楽しむことにしました。

周知のとおり沖縄には琉球時代からの独特の文化があり、それが沖縄の人たちの生活のさまざまな部分で根付いています。沖縄は観光を県の基幹産業に据えていて、沖縄の文化をまさに自らの差別化、特徴として全面的に打ち出しています。沖縄の人たちをみますと自らの文化に誇りと自信を持っていることを強く感じますね。何よりも音楽をやっている私としては彼らの音楽の取り組み方ー音楽が生活に根ざしている部分ーについては考えさせられました。

ちょうど恩納村の琉球村に行ってきましたので、そこでエイサーを見る機会がありました。興味を持ったのはリズムの中に独特の「タメ」を持たせているんですね。以下ダイジェストに編集していますがちょっとご覧になってください。

この「タメ」はなかなか簡単にはできないと思います。沖縄の人はプロでなくても普通に三線(さんしん)を弾ける人が多く、お祭りやお祝いでは自然に沖縄風の踊りになります。

琉球村で観光客に沖縄の踊りをいっしょに誘うシーンがありますのでそれも見てください。

中央で踊っている一升瓶を頭に載せたおばあちゃんが印象的です。このおばあさん、88歳だそうです。残念ですが本土の人間と沖縄の人間の踊りではノリが全然違います。ちなみに琉球にはチャンダラーという道化の役がありますが、

Cimg1035_2


お気づきの人もいらっしゃるでしょうが、ドリフターズの志村けんのバカ殿は明らかにこれのパロデイーです。ちなみによく知られた話ですが志村けんのギャグ「変なおじさん」は沖縄民謡の「ハイサイおじさん」をパロデイーにしたものです。本土の人間はすっかり志村けんに洗脳されてしまってますんで、「ハイサイおじさん」「変なおじさん」に聞こえてしまいます。(笑)  何か申し訳ない気がしますね。

それにしても自分たちの文化に誇りを持ち、生活の隅々まで音楽が存在しそれをベースに次世代の音楽にまで取り組んでいる沖縄と、明治時代に自らの伝統を事実上捨て、ただマスメデイアに操作されるがままに音楽の消費財のみを追っかけている本土、

残念ながら音楽のファンダメンタルズの部分で本土は完全に負けていると認めざるを得ません。はっきりいって今のままでは本土の人間は音楽文化の面で永久に沖縄の人には勝てないでしょう。

それを思うと私は屈辱感にすら苛まれました。なぜ、日本本土には本物の音楽が生まれないのか、育たないのか、 それは生活に音楽がないからです。
気がついたら悔し涙すら出てきました。

琉球は十六世紀までは独立国でした。それまでは日本よりはどちらかというと中国(当時は明)とのつながりの方が強かったでしょうね。十六世紀に薩摩が侵入してきて中国(明or清)と日本のダブル朝貢(ちょうこう)という形で乗り切ってきました。しかし明治以降清国の国力の低下もあって、大国の思惑に振り回される形で結果的に琉球は日本に編入されて以来、第二次大戦以降のアメリカ支配の時期を除いては日本の一部となってしまいました。
沖縄の人たちは今でも自分たちが日本人という認識はないでしょうね。それにも関わらず本土の人間を恨むのでもなく、明るく我々に接してくれる沖縄の人たちを見ますと、今基地問題で揺れている沖縄の人たちの希望が可能な限りかなうことを願わずにはいられません。

ちなみに観光地でのお土産屋のおばちゃんたち、商魂たくましいですね。ついつい口車に乗って買っちゃいます。(笑) でも少しでもお金を落とすことで本土が沖縄にしてきた罪滅ぼしになれば、とも思います。


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