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2010年5月23日 (日)

MAC G5メモリー増設 フルスロットで8Gまで増設成功

先日もお知らせしましたが、音楽制作の現場で特にソフトシンセの環境を強化するためにうちにあるMACG5 Dual 2.5GHZのメモリーの残りのスロット2対に各1Gのメモリーを装着し、8Gの環境に増設することに成功しました。

増設作業自体は久しぶりで調べたら一昨年の10月以来ですから一年半ぶりですね。都合3度目の作業です。

とにかくソフトシンセというのはメモリーを食います。特にオーケストラを限りなく生の音に再生可能なVienaというソフトはとてつもなくメモリーを食い、しかもハードデイスクのメモリーも大量に必要とのことで今回の増設作業を思い切ってしました。メモリーも先日書いたように最後の在庫でした。本当に増設できる最後のチャンスだったといえるでしょうね。

今まで4Gあったんですが、これでもソフトシンセPro toolsを同時に駆動すると「予期せずに終了」 (T_T)が出てきましたので........

しかしメモリースロット、以前もそうだったんですがこれが結構装着が厄介で、インサートできたと思ったら以外に入っていなかったり結構手間取ります。最終的にはメモリーがきちんと装着できたかどうか確認するために、何回か立ち上げ→終了の作業を繰り返さざるを得ませんでした。 メモリーを入れる時基盤を左から右までゆっくり差し込んで装着できているか確認する必要がありますね。これだけスロットがあると以外に見逃しがちです。とにかく最後に基盤を押してみてパチっという音がしたかどうか確認する必要があります。

いずれにせよもうこれ以上増設できないところまでメモリーを拡張しました。

これでまた環境が不充分になったら今度はMAC自体を替えるしかないですね。
1TBの外付けハードデイスクも接続、これでMACの環境は大幅に強化されました。これでたぶん複数のソフトシンセを駆動できると期待します。

これから劇伴や映画音楽関係を強化し対応していきたいと考えますので、まあオーケストラ作品を作りたいという方はご相談下さい。

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2010年5月22日 (土)

都で議論されている非実在のわいせつ表現規制の滑稽さ

宮台真司首都大学教授は著書によって賛同する場合としない場合があるのだが、今回の漫画家らが主催した「どうする!?どうなる?都条例──非実在青少年とケータイ規制を考える」に関しては宮台氏の見解に激しく賛同する。

そもそも児童ポルノなどというのは欧米の例によって他国の文化の短絡的な理解によって自分たちの価値観の押し付けから生じ、その結果それが日本に対して外圧として向けられたものだが、例によって「キリスト教的なファナテイックな思い込み」によって例によって猥褻の定義が非常に曖昧なまま決められようとしている。行政が政治が表現の本質を理解せず、自分たちの独断と偏見のみで決めようとするこういうことになる、というまさに典型である。宮台氏がいうようにここまで来るともはや「滑稽」である。

「ゾーニングの顔をした表現規制」「社会の自立の、行政による他殺」──宮台教授

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1005/20/news084.html

多くの方々がおっしゃってるように、子どものレイプ被害者は激減しています。1960年と2000年の比率ですと10:1、10分の1に減ってい る。年齢別でも減っていて、性犯罪が増えているとか、子どもがどんどん被害にあっているとか、そういう事実はまったくないので、そういう情報が流れればウソ、煽りということになりますね。

 山口弁護士 がおっしゃったことですが、第7条プラスアルファですが、非実在青少年に関わる姿勢は、ゾーニングの顔をした表現規制だということですよね。青少 年に頒布し、云々かんぬんと描いてあるんですが、これは構成要件が非常に不明確なんですね。構成要件が明確で罰則規定があるほうがまだマシで、構成要件が 不明確で、罰則がない。しかも第18条6、まん延抑止規定というやつですね、「青少年視覚描写物をまん延させることにより青少年をみだりに性的対象として 扱う風潮を助長すべきでないことについて……機運の醸成に努める責務」を都民全員が負うという。従って7条の努力義務と、責務を合わせると、市民の悪書狩 りを奨励する、あるいは非常に恣意的な行政指導を根拠付ける可能性があります。構成要件の不明確なゾーニングは表現規制に限りなく近い。

 これも山口弁護士がおっしゃったことですが、質問回答集は 完全に無意味。なぜかというと法理学の基本原則ですが、「憲法は立法意志がすべて。法律は条文がすべて」ということです。福田元首相が「法律の解釈は前内 閣に必ずしも引っ張られない」という有名な発言を残したことで知られています。人事異動や議員の改選があれば官僚答弁も付帯決議も法解釈を拘束しません。 「条例の解釈の誤解」(と都の担当者が説明していること)は苦笑です。本当はここで爆笑と書きたかったかったんですが……裁判官による「誤解」の可能性を 表すからです。その「誤解」を、将来は裁判官がまるまるやるでしょう。

 さらに言えば、誤解の可能性は官僚による裁量行政による権力と権益の余地を意味しているわけですね。<中略>

一般には保護法益、法律が立法される利益は明確でなければならない。なぜかというと、行政権力は社会のためにあるからです。社会が主で行政が従だか らです。で、保護法益には個人的法益と、社会的法益がある。つまり個人の、人権保護のための立法と、社会の利益のための立法の2つある。

 実在する青少年を被写体とする表現は、個人的法益を侵害します。この場合の個人的法益とは人権、あるいは人権のベースになる尊厳ですよね。だか ら、自己決定で子どもが出演していても、将来禍根を残さないようにパターナル、上から目線で介入せよという理屈が成り立つわけですが、非実在青少年の場合 には、そうした、人権を侵害される当事者は不在。ですから、表現規制は個人的法益が目的ではない。

 では社会的法益が目的になりますが、社会的法益には一般に2つの考え方があり、人 権内在説と人権外在説です。人権外在説は人権に外在する秩序の利益があるとする立場で、刑法175条(わいせつ物頒布など)の公序良俗という概念 が典型です。

 一般に、こうした表現規制に人が賛成する場合、とりわけ日本においては、秩序の利益、公序良俗に反するという通念が機能する場合が少なくないと想 像されます。社会が成熟するにつれて、大半の先進国は人権内在説にシフトしていきました。つまり人権の実現の両立可能性や共通基盤を焦点化する方向に変 わってきた。こうした人権内在説を踏まえると、非実在青少年規定に関わる社会的法益は極めてあいまいで、よく分からない。

 「ありうる理解」の1つは「悪影響論」ですね。改正案の7条の1に「青少年に対し性的感情を刺激し……犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害す る恐れのあるもの」を規制するんだと書いてあります。質問回答集を見ると「子どもの健全な成長が妨げられるのを防ぐため」と書いてあります。

 ところが、メディアに悪影響を帰責する「強 力効果説」なるものには学問的根拠は一切ありません。学問的に有効なのは、「限定効果」を証明するデータですね。1つはメディアが直接素因、つま り暴力性や性的変態性を形成するということはなく、引き金を引くだけだ、という限定性。もう1つは、対人関係に保護されずにメディアに接触する環境こそが 問題だと。つまり引き金を引く場合でも、人と一緒に見るかどうか、親しい人と一緒に見るかどうか、そうしたことで影響が全く異なってくるという実証データ があり、これがポイントなんですね。

 ですから、効果研究から主流学説が推奨するのは、メディアの受容環境の制御こそが最善の策ということなんですね。それができない場合の緊急避難と して表現規制があるべきだということです。そうした最善策の努力を放棄していきなり次善の策に飛びつくのであれば、これは完全に行政の怠慢であると言わざるをえない。

次に、社会的法益に関するもう1つの理解は「社会的意思表示論」という立場です。

 例えば刑事罰の機能については、(1)犯罪抑止あるいは犯罪被害の抑止、(2)被害者や家族、社会的正義の感情的回復、(3)そして「社会的意思 表示」、つまり社会の規範のありかを示す──という3つの機能があると言われています。

 で、強力効果説の無効と、実際の被害者の不在ゆえに、(1)も(2)も問題外で、残るは(3)、社会的意思表示がポイントになるんですね。規範の ありかを示すために条例があるんだという観点からすると、その描写の対象が実在するかどうかは確かに関係がないわけです。ただその場合には問題が2つあっ て、代替的な社会的意思表示の手段がないのかどうか、あるいは既にされていないのかどうか、あるいは副作用がどれくらい大きいのか、ということなんです ね。

 で、代替的意思表示手段は既に存在するんですよ。質問回答集項目5「これまでも、性的な刺激を強く受けるような漫画などについては、その子どもの 健全な成長が妨げられるのを防ぐため、条例により、子どもに売らない、見せないための取り組みを行ってきました」。<略>従来の取り組みで社会的意思表示の実現が不十分だったという証拠は一切ない。そういう世論もないんですね。

つまり代替的手段があるにもかかわらず、7条の2(非実在青少年の規定)を加えることの社会的副作用とはなんだろうか。なんといっても運用の恣意性 なんですよね。

 さっきの公序良俗問題と区別するために言っておくと、ぼくは国会や裁判所に呼ばれて、刑法175条は廃止しろという議論をずっとしてきています。 それは表現規制をやめてゾーニング規制にしろということなんですね。ゾーニングならすべていいわけではなくて、ゾーニングも限定されていないと意味がなく なってしまうんですけれども。

 学問的には「わいせつ物」という実体はなく、社会的文脈がわいせつ感情をもたらすだけなんですね。具体的に言えば、非性的空間に性的なものが持ち 込まれた時にわいせつ感情がもたらされる。だから、わいせつに関わる規制は、社会的文脈の制御だけが社会学的には合理性があります。夫婦の営みがわいせつ ですか? 学会における映写がわいせつですか? 違うんですね。文脈次第で変わるわけです。恋人に対してして良いことをそうじゃない人にすれば当然わいせ つになるわけです。

 ただし、複雑な社会ではわいせつ感情を含めて感情の働きが人それぞれ、つまり多様化する。であるがゆえに、幸福追求権に「不意打ちを食らわない権 利」を書き込むのが合理的だということになって、先進各国は表現規制からゾーニング規制にだんだんシフトしてきた。日本もシフトするべきだという立論をし てきたわけです。

 構成要件が非常に不明確であるがゆえに、表現規制として機能する7条の2を含む今回の改正案は、市民による検証を阻害する。表現規制による最大の 問題は、何が表現規制されたのかが、表現規制によって分からなくなってしまうところにあるんですね。ですから、厳格なゾーニングが一番良いわけです。

設定に関係なく子どもに見えることを取り締まれば、日本的表現への死の宣告です。「東京国際アニメフェア」を共催する東京都にとっても恥ずべき無理解の露呈になります<略>

子どもを守りたいのはみんな同じだよ、当たり前だよ。ここで事業仕分けと同じ論理が必要なんです。目的は良いとして、手段はそれでいいのか。官僚の 利権は、良さげな目的に隠れた不合理な手段にこそ宿るんですよ。高齢者保護の目的は良いとして、さてその手段で良いのか。同じように青少年保護の目的は良 いとして、さて、その手段で良いのか。これが問題なんですね。

 「子どもを守る」という目的はいいに決まってる。しかしメディア規制は疑問ですね。なぜかというと悪影響論はNGだったでしょ。社会的意思表示論 もNGですよね。そうすると、メディア規制によって何をしようとしているのかよく分からない。さらに、行政がこういう問題に関与することがいいのか。後で 言いますが、社会的な関わりを前提とした行政の関わりでない点、行政の勝手な暴走である点でNGです。関与の仕方の是非と言うことについては既にお話をし ました。全体および社会をスルーして、いきなり行政が出てくるところがおかしい。

 最後に「市民社会の本義」。これを確認したい。いわゆる「雨漏りバケツ」問題、つまり「雨漏りがまん延すればバケツへの需要が生じるのは当たり前 だから、市場や行政がバケツを用意すればOK」になります。しかし、本当は屋根を葺(ふ)き直すことが本義ではないでしょうか。バケツの提供はあくまで緊 急避難的な処置、弥縫策ではないでしょうか。

 これは比喩です。社会の自立こそが本義です。つまり屋根を葺き直すということですよ。社会が変なら社会をちゃんとする、それを補完するのが行政の 役割で、社会を行政に依存させてはダメ。ということはメディアの善し悪しについて、行政が呼び出されるわけはない。親がなんとか言えよって話ですよね。

「現実の枠」より「表現の枠」のほうが大きいのは当たり前ですよね。だからぼくたちは、表現を通じて現実を選べるわけです。従って、現実よりも表現 のほうに逸脱が目立つのは当たり前です。それは社会の常態=コモン・ステイトですよね。そして、この「現実の枠」を超えた表現に対して議論するのが社会成 員の責務であるわけです。

 ところが「現実の枠」を超えた表現を、行政が封殺しようとしている。これは社会の自立の自殺に当たるわけですね。まあ、他殺ですね、行政による。

<以下略>

卑しくも石原都知事は「以前は」作家だったはずである。その作家だった人間がこの論理を理解できないとしたら、作家としての評価も後世下がるのは避けられないだろうね。

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NTTページから削除された「イチロー」の「エコ」CM

今オンエア中のNTTのCM「CDを買いに行くのをやめて、携帯でダウンロードしよう、それがエコ」とイチローがいう内容だが、その関係で当ブログの以前の記事のアクセス数が上がったがあんまりこういう内容でアクセスがあがるのはどうかな(苦笑)

まあこのCMに関しては私を含め既に多くの人が「ひどいCM」といっているし、配信=エコ、CD=反エコなどという短絡したメッセージは音楽関係者だけでなく多くの音楽愛好家の逆鱗に触れた。

さすがにNTTもまずいと思ったのか当該CMが当初、NTTのホームページにアップされていたが、5月21日の夕方6時くらいまでに、当該ページから削除されたらしい。

当初アップされていたページ。現在も古いCMは残っている。
http://www.ntt.co.jp/cm/index01.html

まあ全ての物販が反エコ、外に行くのも反エコ、これじゃ野球やスポーツ観戦など全ての外出が反エコといっているに等しい内容のCM、イチローはただ言わされているだけでかわいそうではあるのだが、本人にとってもイメージダウンのCMになってしまった。

前の記事にも書いたけど、このひどいCMはIT系企業の一つの体質を測らずも露呈してしまったといえよう。以前EC(!! 流行ったねえ、この言葉ー今時この言葉が最先端の言葉なんて誰も思わないでしょ?)なんて言葉がマスメデイアを闊歩し始めたころ、ての商取引がECによってとって変わり町中から店舗がなくなるだろう、なんてことを大真面目に論じてい た人がいたけど、今回の論理も全くその論法と同じ。CDやモノを買わず全て配信や携帯による発注だけにしましょう、「実際に会うより、電話会議」、「週に1回会社に行かず、自宅で仕事」要は人が移動することがエコじゃない、という論理だ。みんな家に引きこもるのがエ コといっているのに等しい(笑) IT関係者はいまだにECによって世の中から全ての店舗がなくなる、と本気で信じている人間がいるようだ。結局この時代から何の進歩もしていないことが測らずも露呈したといっていい。 

姑息なのはそれを「エコ」という言葉を使ってそれを「正当化」しようとしている点

でもコワいのはこういうメッセージを鵜呑みにする人間が少なくない、ということ。何せメデイアリテラシーは世界でも最低レベルの国だから

まあ良識のある人間が反発したので、いくらなんでもこの該当CMを流すことはNTTはもうしないとは思うが、それにしてもIT系企業のこういう短絡したマーケット観、世界観が大手を振って罷り通っているというのは困ったものである。


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2010年5月18日 (火)

ソフトシンセ環境強化のためHD交換とメモリーをフルスロットに増設

えー私はどちらかというと今でもハードシンセ派ではあるんですが、しかしやはり業務の流れや納品の操作性、そして凄まじいほどのコストダウン要求に伴い現行のMACG5 Dualをさらにメモリーをフルスロット(トータルで8G)にして、ハードデイスクも遅まきながらFirewire 400 800を両方装備している1TBのLaCie 3.5インチ 外付ハードディスク 1TB LCH-2D1TQに交換します。

今までのハードデイスクはスタジオ持込用と予備のメモリーストレージに使います。

特にこれから再び劇伴系のサウンドも強化しようと思っていますからBFDViennaが両方同時駆動できるようになるといいですけどね。

Macのメモリー増設Firewire 付のハードデイスクも今やっておかないと、もうやりたくてもできない状況になると思いますので、 ちなみにMacのメモリースロット2対はいずれもメーカーの最後の在庫でした。ギリギリセーフ、という感じでしたね。

音楽業界不況といわれていますが、仕事環境は強化して今後の業務に励もうと思います。

Mac ソフトのことなら act2.com

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2010年5月17日 (月)

20代の男女における「歌詞」の意識の差

私の友人で大学の准教授をしている方がとても興味深いアンケートを集計しましたのでこちらでお知らせします。テーマは「歌詞について」で以下の2つの質問に関してのアンケートを20代の男女に対して行なったものです。

『問1』 歌詞を意識的に聞くことはありますか?

『問2』 選曲の際に歌詞の内容を基準にすることはありますか?

結果は以下のとおりです。

Lyriconquestion_4

データの発表ページ
http://itolab.ito.is.ocha.ac.jp/~itot/log.html

以前から女性は男性よりも歌詞を重要視するということは前々からいわれていたけどそれを実証するデータが出たように思いますね。 私などはクラシック、やジャズ、プログレッシヴロックなどを中心に聴いてきた世代なのでやはり、歌詞よりはサウンドそのものを重視する傾向があります。決して歌詞を重視していないわけではないんですが、やはり音楽を選ぶときにはまず音創り、サウンドやメロデイー(フレーズ or リフ)で選びますね。

ちなみに私も時々作詞をすることがありますが、いわゆる女性が女性の気持ちを歌った歌詞とか、そういう「体験を同化」させるタイプの詞というのは苦手で、どちらかというと「言葉遊び的」な歌詞が好きですね。作詞家でいうと森雪之承さんみたいなタイプですかね。究極の形だと谷川俊太郎さんの「ことばあそびうた」が好きです。

まあこのアンケートは「博士前期2年の学生の研究で、 歌詞の内容を考慮して楽曲を可視化する というテーマの一環で実施したアンケート」で本研究にする前段階ですが、伊藤准教授もここで書いているようにデータが20代と偏っているために30代以降を入れるとどうなるのか、というのも興味がありますし、私的にはもっと掘り下げて「なぜ男女で歌詞に対しての意識にこれだけの差が出てくるのか」という面まで研究していただけるととても面白いと思います。

いずれにせよ我々音楽で仕事をしている人間にとっては非常に興味ある研究データといっていいと思います。この研究の続きの発表があることに期待します。

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昨日「映画人懇親会」に出席

さて、これはmixi経由ではあるんですが久々に「交流会」というものに急遽出席することになりました。

昨年まではやみくもにビジネス交流会とやらに出席したのですが、今年からある程度絞り込んでいます。 どの辺の人が来るのかある程度見えないと行っても恐いし意味もないことが多いので..... 今回は映画の業界関係者(これから映画界に入ろうとする人も含めて)だとはっきりわかっていますし、しばらくこの関係の仕事がお留守になっているということもあり出席してみました。

勿論過去の交流会出席の経験からそんなにすぐ仕事になるほど甘くはありません。ただ可能性は0ではないですけどね。一応私は劇伴や映画音楽制作の経験がありますし、まあ一昨日の立体音響関係の案内や、テーマソングにうちの奥津を売り込むというのもアリだと思います。

とはいえ全く初めてのところだし、ほぼ全員「はじめまして」の人なのでどうなるかとも思いましたがまあ映画監督やプロデユーサー等々15人の方と名刺交換ができました。果たして具体的に仕事の話に発展するかはわかりませんが、まあ可能性に賭けましょう。

とりあえず昨日は急遽行くことになったのですが、まあ参加できてよかったと思っています。映画も音楽と同様、厳しい業界環境のようで資金繰りも大変のようです。音楽と比べてかかる費用の桁が違いますからね。とはいえ映像の力はやはりすごいです。

ちなみに余談ですが会場はきしくも、知り合いのMusic Port Japanの新年会やハロウインパーテイーの会場にもなっている赤坂MOVEでした。

映画館で並ばずにチケットが買える!

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2010年5月15日 (土)

サラウンド立体音響によるインスタレーションー3Dサウンドで付加価値を

今日は立体音響に関してビジネスの面でコラボレーションを行なおうとしている事務所が代官山のギャラリーのMonkey Galleryサラウンド音響を使ったインスタレーションを行なっているというので見に行きました。

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既にこのブログでも発表しましたように私はバイノーラルRoland RSS等を使った立体音響システムに関してさまざまな仕事をした経験があり、実は博覧会関係でドルビーサラウンドの仕事もしたことがあります。しばらくこの方面から離れていたんですが例のアバターや昨今の映画の3Dブームもあわせ、再びこの分野での仕事に手を染めようと考えております。過去の私のバイノーラル関係のサウンドは下で聴くことができます。

立体音響ソリューションページ 
 http://www.hybridmusic.jp/3Dsounds.htm

ギャラリー自体は小さいのでサラウンドでもかなりコンパクトなシステムです。フロントのスピーカーのL C R
です。小さくてわかり辛いかもしれませんが、上の方にある小さい四角の黒いのがスピーカーです。BOSEで小型でも各10W は出ます。

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リアのL Rです

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      ギャラリー内でサラウンドの音響のDVD再生(サラウンド仕様にオーサリング) 結構いい感じです。今回は映像に合わせたサウンドでしかもギャラリー内なので音の回し方はおとなしめですが、充分にひきつけられるサウンドです。 これがギャラリーというクローズされた空間ではなく施設で常設できたらいい感じだと思いますね。実はこれを新開発のビルやショッピングモール、ミュージアム等の常設装置としてインストールすることを考え、企画として提案することを考えています。

とかく忘れられがちですが、音楽は時間と空間の中での芸術です。たまたまレコードーパッケージというメデイアを通して商品として売られていますが、レコードも何もなかった時代は音楽は演奏する会場にいなければ体験できませんでした。しかもこの立体音響はDVD等のメデイアに記録することは可能ですが、やはりその「場」で経験しないと本当の良さはわからないと思いますね。これはインターネットのデータ転送のスピードがどんなに速くなろうが、この体験はその場にいないと実感はわきません。

音楽のライブ模様をYou tube等の映像を見ただけで「体験した」気になっているとしたら、もしくはそれで音楽の本質を全て理解したつもりになっているとしたら、それは音楽の本質を理解していない証拠です。音楽のライブ感はネットがどんなに発展しようがその場に行かない限り体験できるものではありません。(いわゆる「ネット万能論者」の 中には本気でそう考えている人間がいる)

そうした意味でも、そして勿論サウンドコンテンツに付加価値をつける意味でもこうしたサウンド制作を推進していきたいと考えます。今CDが売れず配信も頭打ちの現状ですが逆にクラブとかは入場者数は増えているようです。もしかしたら今、そういう時代に戻りつつあるのかもしれません。いい悪いは別にしてみんなただ見たり聴いたりするのではなく「体験」を求めているような気がします。

というわけで今後このノウハウをベースにプロジェクト化して行こうと思います。この技術は映画や映像は勿論のこと、ミュージアムや水族館等の施設、遊園地施設、展示施設等にも応用可能です。

弊社3D音響の試聴はこちらからできます。

http://www.hybridmusic.jp/3Dsounds.htm

ご興味のある方、お問い合わせはこちらからどうぞ

http://homepage1.nifty.com/hyb-music/Inquiry.htm"

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2010年5月 9日 (日)

NECの違法コピー映像識別技術でコンテンツの違法コピーが減ることを期待

さて、先日の私の「音楽業界衰退の原因は音楽の消耗品化」が主原因という記事を書きましたが、

音楽業界衰退の原因は「音楽の消耗品化」が主原因

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/04/post-8706.html

一方でネット上の違法コピーの実態がかなりひどいのも事実 であります。

そんな中我々コンテンツ業者にとって大きな味方になりうる技術が開発されました。

■NEC、瞬時に違法コピー動画を発見できる映像識別技術を開発 ~ 2秒程度の短いシーンでも正しく検出
http://www.rbbtoday.com/article/2010/05/07/67486.html

=========================以下===引用=================================

日本電気(NEC)は7日、インターネット上で違法にアップロードされたコピー動画を、瞬時に自動検出可能な映像識別技術を発表した。

 今回発表された技術は、オリジナルの動画から映像を識別するための指紋情報(ビデオシグネチャ)を生成し、他の動画と照合するもの。これによ り、単にコピーした動画だけでなく、テロップ挿入やカメラ撮影、アナログコピーなどデータ改変をともなっている動画でも、高速・高精度に検出可能とのこ と。

<中略>
なお本技術は、ISO/IECの合同技術委員会において、動画の識別方法に関する国際標準規格「MPEG-7」の補足として規格化される見込み だ。4月 19日~23日にドイツのドレスデン(Dresden, Germany)で開催された第92回ISO/IEC JTC 1/SC 29/WG 11(通称MPEG)会議においてISO/IEC 15938-3/Amd.4最終規格案として承認されており、今後、ITTFによる加盟国投票を経て、9月頃正式な規格案として発行される予定だ。

=====================================================================

今テレビ番組が放送されたらほどなくYou tubeにアップされるし、DVD発売した映像も同様。 またYou tubeからのmp3違法ダウンロードは当たり前のように行なわれています。

ネットではいまでもコンテンツに関する嫌儲(「けんちょ」と一応読むらしいーネット用語なので) がもっともらしく論じられ、ネットにアップされるコンテンツは「タ ダで当たり前」などという考えがあたかも正論であるかのように大手を振って罷り通っている。

余談だが先日私に「荒らし」を仕掛けた人物もアクセス解析からかなり強硬な嫌儲論者である可能性が高いことがわかりました。どうも私は嫌儲論者池田信夫氏の熱烈な支持者, MIAUの支持者からもはや敵視されているらしいです。そこまで私は影響力のある人間ではないのですけどね。

もし本当に違法コピー対策に効果があるのであれば、これは画期的といっていいと思います。いずれにせよ我々コンテンツ業者にとっては朗報といって いいでしょう。

ちなみに動画だけでなくサウンド、音楽に関してもこの技術は応用可能なのだろうか。原理を考えるとちょっと違うきもしますが...

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2010年5月 7日 (金)

mixiでの募集と応募ー事実上死んだソーシャルネットワークの機能

昨日クライアントから急な案件が発生し急遽ショパンの曲による「クラシック」音源が必要になりました。これはある展示会でお客様に配るうちでよくやっている販促用のノベルテイCDですが、納期が何と5月24日(!!!)  もう今から製作を始めないと間に合わない。

うちはこういう場合とあるクラシック関係の音楽事務所と提携して音源を供給してもらっていますが、実はその事務所はあまりショパンの音源はありません。ということで急遽募集したり関係各所手当たり次第聞いてみることにしましたが、やはり日程的にも無理があると判断し、今回の案件は断念いたしました。
関係者の皆さんにはお手数とご迷惑をおかけいたしました。m(_ _)m

まあこういうことはよくあるんですが、やはり泰山鳴動でねずみも出ず、という感じで結構疲れてしまいますね。

しかしそれだけならまだいいんですが今回あるそのクラシック音源を募集のためにmixi内の音楽関係のあるコミュに募集記事を書いたら「荒らし」に合いました。その男いわく「商用関係の記事」 をアップするのはmixiの規約違反だ」といっていますが、確かにmixiは「商用利用」を禁止する条項が規約にはありますが、そのための人材募集や音源 等の素材を募集するのは禁止していないはずで、そこまで禁止したらそもそもソーシャルネットワーキングの機能そのものも否定することになってしまいます。

実はこれに関してですが、mixiの音楽関係で一万人を超える参加者がいる「音楽の仕事」コミュが今月の20日を持って閉鎖されます。
「音楽の仕事」コミュ(リンク有効2010年5月20日まで)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=404515

原因は音楽関係の掲示板の「荒らし」の常習犯といってもいい人物が繰り返し同じトピックをアップし続け、それだけならまだしも、問い合わせた人間に対して繰り返し暴言や嫌がらせ行為を行なうためトピックで炎上状態になり、一時は本当に見るに耐えない状態になってしまいました。このコミュの管理人も たまらずmixiの音楽関係でも人気のあるコミュを閉鎖という苦渋の選択をせざるを得なくなったようです。
ちなみにこの男、Musicjob.net なる音楽の掲示板
http://musicjob.net/
でも繰り返し炎上させた「実績」があります。まあMusicjob.net なる掲示板自体も正直あまり良くない掲示板なので、私自身はあまり関わらないようにしていますが

このmixi「音楽の仕事」コミュは極めて有用なコミュで私も多くのミュージシャンとのつながりを作ることができたんですが、それだけにとても残念な事態 になってしまいました。

もし音楽の仕事での募集案件を「商用の行為」というのならそもそも「「音楽の仕事」コミュの存在事態が規約違反なんてことになりますが、コ ミュ自体が5年続いていることからこういった募集自体が「規約違反」でないことは明白でしょう。

それにしても今回の募集の「荒らし」にしろ、「音楽の仕事」コミュの「荒らし」による閉鎖にしろmixiでは応募することも募集することも非常に リスクの高い行為になってしまいました。

あえていいますが、

もはやmixi内ではソーシャルネットワーキングの機能が事実上死んだ。

といってもいいかもしれません。

まあ今回の「荒らし」を行なった人物、mixi歴は長いようですが、参加するコミュの数は多いけれどマイミク(My space のFriendに当たります)の数は一桁、と参加年数が多い割には極めて不 自然な状態で、しかもプロフィールにはほぼ何も書いていないに等しい内容ー ということで「業者」の可能性もありますね。

私にちょっかい入れたのも「業者の縄張り争い」からですかね? だとすると私が彼ら業者により「同類」とみなされたことになり私にとっては心外極 まりないことですが、それだけmixiは事実上「業者」に支配されている、ということですかね?いずれにせよ非常に不愉快です。

というわけでこれからは今回のような音源やミュージシャンの募集等はマイミクさん(My space のFriendに当たりますーSNSでつながった人たち)のみを対象としたものにして、以後mixi内のコミュでの募集等は一切行なわないことにいたします。

まあ今日のようなバカは適当にあしらってればいいんですが、こういう奴らにかまうほど私は暇人ではないんで、募集の度にいちいちこういうことが起きたらうざったいんで...

またmixiの募集も確かにアヤシイのが増えました。困ったもんですね。

ちなみに私は以下のような書き込みは応募しない方がいいと考えます。

1.繰り返し同じ内容の募集がアップされる。特に同じコミュニテイ(掲示板)で繰り返しアップされる場合は不自然なので、応募しないほうがいいで しょう。

2.応募者が多数いるはずなのに、いつまでも募集を続けるトピック
  (無理な募集をしているか、別の目的で募集しているか)

3. 募集内容に何ら具体的な内容がない。何を目的に募集してどういうものをのぞんでいるのか明確でない。-特に「オイシイ」内容のことだけいっ て何ら具体性のない募集は詐欺である可能性が高い。

私もmixiとのつながりは完全にマイミクさんのみに限定するかもしれません。
とても残念です。

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2010年5月 5日 (水)

生活に根ざした沖縄の音楽文化と「文化」を捨てた本土

GWの休暇で沖縄旅行に家族で行ってきまして本日 帰ってきました。

実は沖縄に行くのは初めてなんですが、娘が「美ら海水族館に行きたい」というたっての要望もあり、私自身も沖縄に行ったことがないのでいい機会でもあり行ってきました。詳しいレポートはこちらをご覧下さい。

沖縄に行って帰ってきました(Kyojiのよろずひとりごと)

http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20100504

尚、後程美ら海水族館、に関するレポートも書きますので詳しくは私のtwitterページをご覧下さい。 http://twitter.com/kyojiohno

さて、プロの音楽の世界では多くの沖縄出身のミュージシャンが活躍していますが、また独特の文化も持っているだけに勿論以前から興味を持っていました。しかし一方では上記のKyojiのよろずひとりごとでも述べていますように 先の大戦にて大きな犠牲と、日本軍による事実上の強制的な集団自決「ひめゆりの塔」などの悲劇的な歴史があることから、遊びに沖縄に 行くというのは気がひける部分がない、といえば嘘になります。しかし一方では沖縄は観光を基幹産業にしようという目標から、沖縄の地元に観光客としてお金を落とすのも、ある意味貢献でもあるので、今回はそういった面は抜きにして楽しむことにしました。

周知のとおり沖縄には琉球時代からの独特の文化があり、それが沖縄の人たちの生活のさまざまな部分で根付いています。沖縄は観光を県の基幹産業に据えていて、沖縄の文化をまさに自らの差別化、特徴として全面的に打ち出しています。沖縄の人たちをみますと自らの文化に誇りと自信を持っていることを強く感じますね。何よりも音楽をやっている私としては彼らの音楽の取り組み方ー音楽が生活に根ざしている部分ーについては考えさせられました。

ちょうど恩納村の琉球村に行ってきましたので、そこでエイサーを見る機会がありました。興味を持ったのはリズムの中に独特の「タメ」を持たせているんですね。以下ダイジェストに編集していますがちょっとご覧になってください。

この「タメ」はなかなか簡単にはできないと思います。沖縄の人はプロでなくても普通に三線(さんしん)を弾ける人が多く、お祭りやお祝いでは自然に沖縄風の踊りになります。

琉球村で観光客に沖縄の踊りをいっしょに誘うシーンがありますのでそれも見てください。

中央で踊っている一升瓶を頭に載せたおばあちゃんが印象的です。このおばあさん、88歳だそうです。残念ですが本土の人間と沖縄の人間の踊りではノリが全然違います。ちなみに琉球にはチャンダラーという道化の役がありますが、

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お気づきの人もいらっしゃるでしょうが、ドリフターズの志村けんのバカ殿は明らかにこれのパロデイーです。ちなみによく知られた話ですが志村けんのギャグ「変なおじさん」は沖縄民謡の「ハイサイおじさん」をパロデイーにしたものです。本土の人間はすっかり志村けんに洗脳されてしまってますんで、「ハイサイおじさん」「変なおじさん」に聞こえてしまいます。(笑)  何か申し訳ない気がしますね。

それにしても自分たちの文化に誇りを持ち、生活の隅々まで音楽が存在しそれをベースに次世代の音楽にまで取り組んでいる沖縄と、明治時代に自らの伝統を事実上捨て、ただマスメデイアに操作されるがままに音楽の消費財のみを追っかけている本土、

残念ながら音楽のファンダメンタルズの部分で本土は完全に負けていると認めざるを得ません。はっきりいって今のままでは本土の人間は音楽文化の面で永久に沖縄の人には勝てないでしょう。

それを思うと私は屈辱感にすら苛まれました。なぜ、日本本土には本物の音楽が生まれないのか、育たないのか、 それは生活に音楽がないからです。
気がついたら悔し涙すら出てきました。

琉球は十六世紀までは独立国でした。それまでは日本よりはどちらかというと中国(当時は明)とのつながりの方が強かったでしょうね。十六世紀に薩摩が侵入してきて中国(明or清)と日本のダブル朝貢(ちょうこう)という形で乗り切ってきました。しかし明治以降清国の国力の低下もあって、大国の思惑に振り回される形で結果的に琉球は日本に編入されて以来、第二次大戦以降のアメリカ支配の時期を除いては日本の一部となってしまいました。
沖縄の人たちは今でも自分たちが日本人という認識はないでしょうね。それにも関わらず本土の人間を恨むのでもなく、明るく我々に接してくれる沖縄の人たちを見ますと、今基地問題で揺れている沖縄の人たちの希望が可能な限りかなうことを願わずにはいられません。

ちなみに観光地でのお土産屋のおばちゃんたち、商魂たくましいですね。ついつい口車に乗って買っちゃいます。(笑) でも少しでもお金を落とすことで本土が沖縄にしてきた罪滅ぼしになれば、とも思います。


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