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2010年1月28日 (木)

改正著作権法"ーダウンロード違法化について

さて、ご存じの方も多いでしょうが今年に入って権利者に無断でアップロードされている音楽と映像を、違法ファイルと知りながらダウンロードする行為が違法とする"改正著作権法"が施行されました。

業務等の都合で記事のアップが遅れたが、一応当ブログも音楽業界の今後に関するブログなのでこれに関する私の見解を述べさせていただく。しかしその前にインターネットに関する私の考え方がここ数年で大きく変わったことを告白しなければならない。

まず私もネット草創期にはインターネットの可能性に大きな期待をいだいていた人間で、インターネットによってお金をかけずにメジャーと同様なプロモーションが可能になるのではないか、という大きな期待を持っていた時代があった。つまりネットによるブランデイングが可能なのではないか、という期待を持ってさまざまな試行錯誤を続けていた。しかし先日の私の記事インターネットによるブランデイング敗北宣言」にも書いたが、それらは残念ながら幻想に過ぎないことを痛感した。これはマスメデイアで流れている「ネット万能論」「IT夢物語」への私自身の決別でもありネットの本当の実情を目の当たりにしたうえでの結論である。

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)  の中川氏も伝えているように、ネットの現状は非常にドロドロした「B級的」なものであり、マスメデイアで流れている「ネット万能論」「IT夢物語」は実情からあまりにもかけ離れたものであることは実際にサイトやブログ等を運営していて肌で感じていることである。それに関する私の見解や中川氏のこの本を支持する人たちの見解をまとめると以下のようになる。

1.ネットで受けるものは基本的に「B級ネタ」で俗っぽい

2.基本的にはバカで暇人がネットの影響力や発言力を担っている。

3.西村ひろゆき氏がいうように「ネットの基本技術」は出尽くしており、もはや新たな技術は生まれない。   

上記の3についてだが、個人的には「ひろゆき」こと西村ひろゆき氏は好きではないのだが、しかし自らの管理経験からネットの実情はよく理解している。「ネットの可能性」を云う人がいるが実はネットの基本技術はもはや出尽くしており、あとはどれだけ高速になるか、どれだけ機能が組み合わさるかの違いでしかないことは昨今のパソコンの現状を見て明らかである。つまり「ネット万能論」「IT夢物語」が流れている一方で実情、実態を見ると我々はインターネットの基本的な雛がたはほぼだいたい出尽くしているといっても過言ではない。

さて、これを踏まえていうが、私はこのダウンロード違法化での権利者側とMIAUを代表しての津田さん、そして主婦連合会の方との議論で過程で漏れ伝わっている内容は私も読んできて思うに、(ITメデイアの記事だが..)やはりMIAU側の人にまだ「ネット万能論」的な見解を強く持っているという感を払拭できないのだ。(特にMIAUの白田秀彰法政大学准教授にはそれを強く感じる) 

勿論インターネットの新たな可能性を摘んでしまうのでは、という議論はわからないではない、だがMIAUの人たち全体を見ていて思うのはやはりネットのドロドロした部分、醜い部分をあまり見ていないような印象を持っている。

詳しくは以下の記事をお読み下さい。

■「ダウンロード違法化」なぜ必要 文化庁の配付資料全文
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/20/news110.html

■反対意見多数でも「ダウンロード違法化」のなぜ
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/18/news125.html

つまりMIAUはネットユーザーを性善説で論じているようだが、先ほどのウェブはバカと暇人のもの  の中川氏の本にも指摘してあるように,またネットの現場の実態を客観的に判断しても「ネットとユーザーに対する性善説、幻想、過度な期待は捨てるべき」である。MIAUの人たちの主張を見ているとどうしても「ネット万能論者」の集まりに見えてしまう。この人たちは2ちゃんやmixiだけでなくネットのドロドロとしたイヤな部分の実態をどれだけ知っているのだろうか?

尚、主婦連合会の方の議論も「消費者が買った以上、消費者の自由意志にゆだねるべき」という考え方のようにみえるが、その議論は「物品」だったらそれで正しい。しかし「知財」「物品」ではないのだ。だから個人がi-podで楽しむのと、勝手に第三者が音楽等の「知財」をダウンロードできる点を同じものさしで論じたら必ずおかしな議論になる。第三者が自由に無償でダウンロード可能になった時点は知財の権利は損なわれるのだ。そこがどうして理解してもらえないのだろうか?購入したのだからあとは消費者が煮て食おうがやいて食おうが自由、などという考え方で「知財」を論じるのは的外れである。「物品」「知財」は同じ商品でも性質が全く違うのだ。そこを理解して欲しい。

いずれにせよ"改正著作権法",違法ダウンロードで罰則はないがどれだけ効果が出るものであろうか? とにかく権利者も消費者も満足できるようなネット社会になってほしいと切に望む。

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