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2009年12月20日 (日)

CDを買わなかったというある「ファン」の方からのメール

私の音楽を気に入ってくださった方からのメール
音楽を気に入ってくれたのはありがたいのだけど、図書館にあったものをコピーして「とても気に入りました」といわれても..

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私は、約十年前、専門生の時に、学校近くの新宿中央図書館で、ミュージックのCD二枚を借り、MDに録音、かなり気に入って、今に至るまで、愛聴させていただいています。
ただ、学生の忙しさを理由に、その時にしっかりコピーなどせず、CD題名や曲名を走り書きしたメモだけが頼りで、二年前くらいに、気になり出して、新宿中央図書館在庫検索で、やっと二枚が詳しくわかり、mixiでも検索、作曲者様、大野 恭史さんにたどり着きました。(後略)

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うーんツタヤのようなところから借りてコピーしたのならまだしも、図書館かあ。実は著作権法には次の項目があります。

「図書館は利用者の求めに応じ、利用者の調査研究を目的として、公表された著作物の一部分を、1人につき1部のみ複製できる。」(著作権法第三十一条第一項)

これはいわゆるフェアユース(学術や非営利、教育のための使用に関しては文化の発展のために権利を主張しないことを認める用途のこと。国際的に認められている権利だが、原則非営利目的に限定する)に相当するし、著作権に関する答申でもこの分野に関しては基準をゆるめる方向にいっている。勿論完全に学術目的ならいいのだが、実際問題としては一般ユーザーもかなり図書館にある「一般市場に流れているCD」をコピーしているのが実態。ツタヤと違って費用もかからないから、公共の施設とはいえ著作者からすれば「対価なし」でコピーされている現実は変わらない。

最近は不況の影響もあって図書館はどこも満員だという。人気の本は何ヶ月待ちの状況でもある。一応作者の保護を目的に「新刊」の貸し出しはどこの図書館も行なっていないはずであるが、実はこれが現在貸し出し可能な方向に議論が進んでいるという。そうするとますますCDや本を買わなくなる人が増えてくるだろう。

正直いって図書館の存在が著作者にとって好ましくないという部分もあります。(但しメーカーにとっては「買い手」でもあり税金でパッケージを購入してくれる相手でもありますーそこがまたジレンマです)一方でユーザーにとっては著作物の一部分しか複製できないということを生真面目に実行すると、市民の苛立ちが大きくなります。

「個人使用の自由」(著作権法第三十条)と学術目的(フェアユースー著作権法第三十一条)のためにかなり著作権法の扱いにグレーゾーンが大きくあり、それがある意味著作権法を始め知財そのものの誤解につながっていった。デジタル時代に入りこのグレーゾーンがますます大きくなり、いまや音楽業界や出版業界の存続すらおびやかす状態になっています。

行政も政治も「知的所有権、知財を尊重する」と口先ではいっていますが実際にやろうとしていることは全くその逆をやろうとしています。ネットでの著作権の主張を事実上できなくする「ネット法」の推進を始め、コピーされる対価の補償金をなくす方向で現在、業界団体と裁判沙汰にまで発展しています。(行政は当然 業界団体側にたっています)

「個人使用の自由」は確かに難しい問題ですが、著作権や知財はハードウエアのような「モノ」とは根本的に違います。一度購入したらあとは消費者が何をしようと勝手、自由ーということではないんですね。無償コピーを友人を始め第三者に渡すのは著作権違反なんですね。役人も政治家もここを全く理解していません。「モノ」と知財は同じ商品でもその特性上根本的に違う部分があるんです。ここをもっと声を大にしていわないといけないでしょうね。

また携帯の着うたが既に実売の数字以上に違法ダウンロードされているという実態があるのに行政も警察も取り締まりには極めて消極的に見えます。

違法コピーが音楽業界衰退の原因ではないと誰がいったのか?
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2009/10/post-4c4f.html

またこのことを表明するとネットではほぼ例外なく袋たたきにあいます。例の「自己責任論」という奴を持ち出すわけですが、これは以前のブログ記事でも書きましたように、「無関心である」ことが心地よい、その「無関心」を正当化できるのが「自己責任論」であり、それを脅かす言動に対してはヒステリックなまでに叩く、という今のネットの構造です。これは近々私のもう1つのブログでも述べますた小泉、竹中を始めとするかつての権力者たちが作ったワナでもあるんです。

■被害を受けている音楽の権利者がなぜ非難されなければならないのか?
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2009/11/post-6b88.html

いずれにせよ「個人使用の自由」の適用範囲を罰則も含めて明確に規定する必要がありますね。もうこれ以上グレーゾーンを広げてはならないです。

自分にとっても切実な問題だな、と今日CDを買わなかったある「ファン」からのメールを見て痛感しました。

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