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2009年10月25日 (日)

違法コピーが音楽業界衰退の原因ではないと誰がいったのか?

さて、先週の加藤さんの衝撃的な自殺がまだ波紋を呼んでいますが、何人からか以下の反応が帰ってきました。いずれも匿名希望ですがポイントとなる点なのであえてここにコメントの概要を記させていただきます。いずれも言い回し方は違いますが同じ内容のことをいっています

一般消費者と称するSさん

「権利や知財についても一消費者でしかないので詳しくはわかっていませんが、既にP2P共有ソフトなどが蔓延している今現在でも、売れるものはしっかり売れていますよね。

ある程度制作側の権利を蔑ろにする要因の一つなのかもしれませんが、今現在を見ていると(違法コピー)それが致命的なものだとは考えられないんです。」

一般消費者 Hさん

「音楽業界は衰退の責任をネットばかりに押し付けていて不愉快だ。違法コピーはあるにせよ、それが業界衰退や崩壊につながっているとは到底思えない」

さて、SさんとHさんには次のデータを見ていただこうと思う。日本レコード協会が3年前から行なっている携帯の違法ダウンロード数を調査したデータです。誤解のないようにいっておきますが、これは日本レコード協会を始め音楽の権利者団体と携帯の3主要キャリア(NTT docomo, au, softbank) が共同で2006年末から調査を開始したものです。念のためにいっておきますが、この調査で日本レコード協会がこのデータに対して何らかの操作を行なう、なんてことはまずありえないことを付け加えておきましょう。

アンケート関連団体

社団法人日本レコード協会
社団法人日本音楽著作権協会
社団法人日本芸能実演家団体協議会・実演家著作隣接権センター
社団法人日本音楽事業者協会
社団法人音楽出版社協会
社団法人音楽制作者連盟
株式会社NTTドコモ
KDDI株式会社
ソフトバンクモバイル株式会社

http://www.riaj.or.jp/release/2006/pr061221.html

その1年後に発表された調査結果は我々にとっても驚くべき内容でした。
http://www.riaj.or.jp/release/2007/pr071225.html
http://www.riaj.or.jp/release/2007/pdf/0804032.pdf

もう2年近く前のデータですが何とこの時点で違法な携帯電話向け音楽配信は有料配信を上回っていたことが判明しました。

・違法音楽ファイルの推定ダウンロード数
年間で約3億9,900万ファイル以上と推定され、直近1年間(2006年10月~2007年9月)の有料「着うた」「着うたフル」ダウンロード数の3億2,700万回を上回る。
・違法サイトの認知・利用率
違法サイトは、全体の82.5%が認知し、37.1%が利用している。昨年に比べ10代後半.20代で利用率が増加している。
・違法音楽ファイルの利用頻度
昨年はダウンロード対象は主に「着うた」であったが、今回は「着うたフル」が上回った。また、10代で違法「着うたフル」のダウンロード曲数が大幅に増加している。
・違法サイトへの音楽ファイルアップロード経験率
違法サイト利用者のうちのアップロード経験率は14.0%である。

さらに1年後発表の同じ要領での調査では

http://www.riaj.or.jp/release/2008/pr081224.html

http://www.riaj.or.jp/release/2008/pdf/081224.pdf

ようやくしますと、

違法サイトの全体の利用率は昨年から横ばいであるが、10代後半の利用率が昨年に引き続き増加傾向にある。違法音楽ファイルの推定ダウンロード数は、年間で約4億714万ファイル以上(昨年は3億9,926万ファイル)と推定され、直近1年間(2007年10月~2008年9月)の有料「着うた」・「着うたフル」ダウンロード数の3億2,900万回を上回る。

この状況に危機感を持ったのか、昨日まで携帯サイトによる着うた(R)」・「着うたフル(R)」の違法配信に関する利用意識調査のアンケートを行なっている。

以上のことから「合法」である有料配信を違法ダウンロードが大幅に上回ることが判明した。これは例えていえばデパートやスーパーの商品の半分以上が万引きや窃盗にあっているのと同じ状況なのです。通常万引きは1%超えるだけで経営を圧迫するから、いかに凄まじい状況であるかおわかりでしょうか?

違法コピーが音楽業界衰退の原因ではないと誰がいったのか?少なくとも私はそんなことを云った覚えはありません

S君、H君にこの話をしても「信じられない」(H君などは「こんなデータ嘘に決まっている」とハナから資料を見ようともしなかった)が、残念ながら違法ダウンロード、コピーの状況は想像以上に深刻であることがおわかりいただけるでしょうか? 

これに友達からの「無償コピーをもらう」などという数など調査しようがないのでわからないが、これもCDや有料配信を大きく上回る可能性が高いと思われる。以前、私は違法コピー、ダウンロードも業界の衰退の一因にはなっていると書いたが、ここまでいくと「一因になっている」などというレベルを遥かに超えている。音楽業界の問題はいろんな面で多いが、まずこの件を早急に解決しないとそもそも他の問題の解決策すら考える余裕がなくなります。

私が加藤さんの記事をブログに上げたときに、から騒ぎー1人で騒いでいる、などと思った人がいたようだが、決してそうではないことがこれによってわかっていただけるでしょうか?

実は最近、電車や喫茶店、飲み屋に行くと「お金をかけないでダウンロードする方法」に関する雑談を私もよく小耳にはさむようになりました。それも一度や二度ではありません。「i-tunesだとお金かかるからやめた方がいい」などといい大人が発言したことさえ、聞いたことがあります。それが犯罪である、という意識は全くないようです。それだけに事態は深刻です。

ネットや携帯の犯罪の始末に終えないことは「被害者の顔が見えない」だけに犯罪を犯しても罪悪感が生じない点でしょう。一向に収まる気配のない2ちゃんでの「殺人予告」もそうだが、それをやったらどういうことになるか、ということに対する想像力の欠如が原因でしょう。そして仮に検挙されたにしても詐欺罪や性犯罪同様、再犯性が極めて高いのも実情です。

認めたくない人はいるでしょうが、「違法ダウンロード」は間違いなくエンタテインメント業界の滅亡の危機に追い込んでいます。

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2009年10月22日 (木)

スペインのクリスマスソング

さて、少し暗い話の記事が続きましたので、現在アレンジ作業中の話をしましょう。

さるコンサート用のクリスマスソングのアレンジをしていますが、その中で日本ではおそらく殆ど知られていないスペインのクリスマスソングの曲目がありましたのでここでご紹介いたします。私もこの仕事をやるまでこの曲を知りませんでした。

2曲ありましてVen a Belen (降誕人形の来場) とCampana sobre Campana (鐘の上に鐘)の2曲です。編成はソプラノ、ピアノ、バイオリン、チェロですが、ソプラノパートはシンセになっています。(打ち込んだものです) いずれもスペイン民謡です。


Ven a Belen

Campana_sobre_campana

スペインはカトリックの国ですので、クリスマスでも日本やアメリカなどとは全く雰囲気が違います。皆さんはクリスマスというとリースとかイルミネーションとかをイメージするでしょうが、カトリックの国にはそのいずれもありません。カトリックの人にとってクリスマスは荘厳でしめやかなものなので、派手なクリスマスのイメージに慣らされた日本人の大半はあまりに地味なので拍子抜けするでしょう。まあ日本はクリスマスは宗教的な祭日というよりは単なるお祭りに過ぎないのでしかたないでしょうが...

外国に行くと日本では全く知られていないクリスマスソングがたくさんあるようです。まあいろんな仕事をしているといろんな新鮮なものに出会えますね。

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2009年10月20日 (火)

あえて改めて世の中の人に問いたい!! 音楽は世の中にとってもはや不要なものなのだろうか?!

一昨日自らの命を絶った加藤和彦さんの遺書にはこう書いてあったと伝えられています。

、「世の中が音楽を必要としなくなり、もう創作の意欲もなくなった。死にたいというより、消えてしまいたい」

この遺書からみて加藤さんが昨今の音楽の現状にいかに苦悩し、音楽ファイルを違法に当たり前のようにもてあそぶ風潮に対して絶望に近い展望を持っていたことがありありと伺われます。「全てのコンテンツはただであるべきだ」とか「音楽に金払う奴なんてダサいよね」といった風潮に対する抗議の自殺だったようです。

私のように音楽を生業をしている人間にとってあまりに悲しすぎる言葉です。

よく「くだらない音楽ばかりあるから、買わなくなるのは当たり前だ」などという人がいる。そういう人の話をよく聞くと殆どが地上波のテレビに流れている音楽のみを前提に話をしていて、それが世の中の音楽の全てだと思い込んでいるケースであることがわかります。

だが地上波のテレビに流れていなくとも、日陰で一生懸命がんばっているミュージシャンはたくさんいます。その中には心を揺さぶられるような音楽を作っている人はたくさんいます。しかし上記のような発言をしている人間に限ってこういうアーチストには見向きもしません。 

また仮に上記のような発言をしなくても、彼らの音楽を聴いて「ああ、いいね」で終わってしまうケースも多いです。そのくせドラマのタイアップでくだらない音楽には関心を持ったりします、しかしそれでi-tunesのようなものでダウンロードするのなら問題ありませんが、多くの場合、違法ダウンロードや友達からデジタルコピーをもらってそれですませる場合がおそらは大半でしょう。

またあるイベントでアーチストを提案しても「音楽だけじゃあねえ」といわれることも多い。結局グラビア系か、アキバ系のような「イロモノ」を入れないとイベントとして成立しなかったりします。音楽は主役にさせてもらえないケースが多いです。

ちゃんとした対価を支払わず、 クリエーターの生活権を脅かしてしまっている そんな現状・・・


音楽は、「不法コピー」という 泥棒によって消費される、それが当たり前のように なってしまった・・・

私は本当に世の中が音楽を必要としなくなったとは思いません。思いたくないです。

でも、あえてこのブログを読んでくださっている方に聞きたいです。

改めて世の中の人に問いたい!!  音楽は世の中にとってもはや不要なものなのだろうか?!

もし必要だ、と考えていただける人がまだ世の中の一定数いるのであれば、

少なくとも対価を払わずに、友達や知り合いから安易にフルトラックのデジタルコピーをもらう、なんてことはやめてください。またそれをやっている友達や知り合いにも注意してあげてください。違法ダウンロードサイトから音楽をダウンロードするのも同様です。

音楽は簡単にできるものではありません。ミュージシャンが苦しみ抜いて作っているものです。

そこを理解していない人が多すぎる気がします。

今のシステムがよくない、ということでしょう。やはり何かをしないとこのままでは本当にあと数十年で音楽や映画を作る人間が1人もいなくなります。もしかして世の中の人はそれを本当に望んでいるのでしょうか?

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2009年10月18日 (日)

加藤和彦さん「音楽でやるべきことがなくなった」に思う

昨日の衝撃的な訃報から一夜、

加藤和彦さんの遺書の中に書いてあったとされる「音楽でやるべきことがなくなった」のひとこと。この一言は本当に重い。

http://www.youtube.com/watch?v=fqTpp9BMm-g&feature=player_embedded

加藤さんはつい最近まで精力的な音楽活動をしていた。しかしやはり昨今の音楽業界の現状にかなり悩んでおられたようである。

不正コピーによるCD等の販売激減、友達からのデジタルコピーをパソコン経由でもらって、ipodに不正コピーとか、 自分でCDを持たずに、対価も払わずにそのデジタルコピーを持つことが犯罪であるにもかかわらず、おそらくほとんどの人たちが 何らかの形でそれを犯していると思う。そういう現状が加藤さんの悩みのタネになっていたのは間違いない。

それに伴う、売上減、売り上げが上がらなけりゃ、次のための制作費もダウンし、 それどころか生活費もダウン・・・

はっきりいって殆どのクリエーターがこの現実に直面している。加藤さんほどの人でも例外ではなかったようだ。

勿論「メデイアで流すための音楽」-音楽のクリエイテイブでない部分でかなりの神経も費やさなければならない、という現状もある。殆どの人はいまだに地上波のテレビに流れている音楽が世の中の音楽の全てであるかのように錯覚して、「音楽が売れないのは自業自得だ、くだらない音楽ばかり作るからだ」だという。

しかしそういう人たちがメデイアがあまり流さない加藤さんの名曲の数々をどれだけ知っているというのか。知ろうともしないで地上波のテレビに流れている音楽が全てだと思い込み、正統な対価も払わずに「流行っている」音楽を一銭も払わずに楽しむ。こういう人がネットの書き込みを見ても、本当に多いと感じる。そこにはクリエーターに対する敬意、配慮の意志が全く感じられない。

以前私は

「情報やコンテンツなんてタダでしょう」とか「コンテンツを大量に不法コピーしてネット内で垂れ流す」ことこそがネットの中でコンテンツ流通のあるべき姿である》、などということがあたかも正論であるかのように広まっています。困ったことに経済産業省や総務省の役人までこの考え方を支持しています。

と書いたら「これ、どこの国の話ですか?」と聞かれたことがある。私ははっきり「日本です」と答えた。実際問題、総務省も経産省も「ネット法」によってそれを実現しようとしているし、ネットユーザーの大半がそれを望んでいるのは明らかでしょう。

しかしそれが実現したら今世紀中に音楽を作る人も、映画を作る人もいなくなるでしょう。そういうことに対する想像力にかけている人間がいかに多いか。ネットの問題の1つとして想像力が極端なほど欠けている人間が多すぎる、というのも問題の1つであろう。

こんなことをいうと「すぐにネットのせいにする」などという人がいる。勿論ネットだけが原因ではない、しかしコンテンツ産業の衰退の大きな一因であることは紛れもない事実である。ちなみにそう主張する人で本当にいかなる場合でも正統な対価を払って音楽を楽しんでいると言い切れる人がどれだけいるのか?絶対不正コピーなど一度もしていない、といいきれるのならそれを主張してもいい。

加藤さんの自殺はもしかしたらそういう風潮に対する抗議の意味もあったのかもしれない。

加藤さんはクリエーターとしてナイーブな方だった。それが今回の不幸な事態になったのかもしれない。今クリエーターは作家であると同時にビジネスマンでもないと、生き残れない社会になっている。精神的に図太くないと生き残れないのだ。そのことも深く考えさせられた今回の事件である。

続きを読む "加藤和彦さん「音楽でやるべきことがなくなった」に思う"

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2009年10月17日 (土)

またビッグネームのミュージシャンが逝く、加藤和彦さん

■加藤和彦さん死去:軽井沢のホテルで首つる 部屋に遺書
 http://mainichi.jp/select/today/news/20091017k0000e040055000c.html

■加藤和彦さん 死去
http://www3.nhk.or.jp/news/t10013181131000.html

■音楽家の加藤和彦さん死亡、自殺か 軽井沢のホテル
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20091017STXKG019517102009.html

嘘であってほしいと思いましたが、知り合いの複数の音楽関係者もこの関係のメールを受け取ったようで、本当に残念なことになってしまいました。日本の音楽界は大変な重鎮を失ってしまいました。

なぜ? 音楽界の苦しい現状に先頭立って立て直して欲しい人が...
自殺なんて

安井かずみさんの後を追っちゃったのかなあ


今年に入り音楽界の重鎮が何人逝っただろう。
サディスティック・ミカ・大好きだったのに...

それにしてもあれだけ頂点を極めた方に自殺を選ばせたのは一体なんだったのでしょうか? 音楽業界の昨今の事情も関係しているのでしょうか?

心からご冥福をお祈り申しあげます。  合掌

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2009年10月12日 (月)

よい音楽はマスメデイア以外で多く見つけられる

さて、連休も終わりました。次の連休は11月23日の勤労感謝の日になりますが、一ヶ月と10日あまりありますね。私の業務もこれから重要な段階に入っていきますが、今ある案件の大半が決まればそれだけで多忙を極めるかもしれません。

連休中は家族関係のことに多くの時間を費やしました。ネットのニュースや記事も時折目を通しました。例えば昨日のサイゾーの記事ですが

■「これでは新人が育たない!」ベスト盤しか売れなくなった音楽業界の悲鳴http://www.cyzo.com/2009/10/post_2935.html

これなんかはこの当ブログ「Kyojiの音楽ひとりごと」にて何回も述べていることなので、今さらコメントする気など起きないのですが、mixi等のニュースの書き込み等を見てちょっと気になる点を感じましたのでその点だけ述べさせていただきます。

要は「買いたくなる音楽がないから当たり前だ」という内容の書き込みが一番多かったのですが、それは一見もっともらしい意見に見えますが、どうも殆どの人が「地上波で露出されている音楽」のみでそのような考えを持っているような印象を受けます。

このブログでも再三再四述べていますが、テレビ(マスメデイア)で露出されている音楽はいわゆる「操作された」メデイア用の音楽、つまり地上波のマスメデイアにとって使いやすい音楽のみが流れているのであって、全部とはいいませんが多くは事務所と放送局との力関係とか、資金が潤沢とかといった事情でマスメデイアに流されている音楽です。つまり全部がそうだとはいいませんが、殆どは「いい音楽」だからマスメデイアに流れているわけではありません。 というかいい音楽というのは今地上波、マスメデイアには殆ど流れないといっていいシステムになっています。

mixi等の書き込みを見ますと、「地上波に流れている音楽が世の中の音楽の全てである」かのように錯覚している方が本当に多いなと感じます。最近ブログとかSNSとかでマスゴミとかマスメデイアを誹謗する表現や、誹謗とまでいかなくても明確な批判をする書き込みが多い割には、まだ情報の基準を地上波のテレビに置いている人がまだ多いという印象を持ちました。私はここに「よい音楽」が広まる点で大きな障害になっている点を感じました。

今の音楽の世界で最大の問題は「よい音楽が音楽を愛する人に届かない」という点だと私は考えます。しかし地上波のテレビにはそうした「よい音楽」は殆どないのです。(全くないとはあえていいませんが..) そこに今の日本の音楽文化の大きな問題があるような気がします。

前にもこのブログで書きましたがいわゆるインデイースといわれている中にかなり「よい音楽」をたくさん見つけることができます。My spaceのアーチストのサイトに行かれるとかなり良質の音楽を公開しているアーチストがたくさんおります。彼らの多くはちょっと前でしたら文句なしにメジャーデビューできた人たちです。ちょっと前の常識ならなぜこれほどの人たちがインデイースなのか、と思う人もいるでしょう。 そう今のメジャーレコードは新人を育てる力などとっくになくしているのです。そういう情報がネットで簡単に手に入るにも関らずそれを捜そうとする人があまりに少ない、というのも問題のような気がします。

こういういいかたをしますと「業界人の傲慢だ」などと取る人がいますが、確かにこういう状況にも関らず業界の改革を拒み続けた人間が業界の多数派であるがためにこういう状況になっているのですが、音楽のこういう危機的な状況はそれだけが原因とも言い切れない面がある点もご理解いただければと思います。

繰り返しますが

地上波のテレビに流れている音楽が世の中の全てではありません。そこに「よい音楽」を見つけられる可能性は殆どありません。しかしネットをよく捜せば「よい音楽」をたくさん見つけることができます。(特にMy spaceにて)

マスメデイア以外で多く見つけらるのです。騙されたと思って一度捜されてみることをお勧めいたします。

 

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2009年10月 7日 (水)

いつのまにか、知らないうちに自分の作品にJASRAC管理番号が...

このブログでは既存の音楽界等の批判をしたり、時には批判の矛先がJASRACにも向いている時がありますが、実は私はJASRACの正会員の資格保持者でした。

それが今から12-13年前と記憶していますがJASRACが会員から会費を徴収することになり、正会員は年間当時は2万4千円(今少し、金額が変わっているかもしれません)徴収されることになってから、正会員の身分を返上し現在はただの信託者という立場になっています。正会員になりますと、JASRACの評議員に対する選挙権、被選挙権を得られるほかJASRACの保養所を始めJASRACの職員と同じ福利厚生も得られる、ということらしいのですが、別に私自身はそれを必要としていなかったし、JASRACの評議員などになりたいとも選びたいとも思わなかったため、そのために決して安くない会費を払う点を躊躇したという背景があります。

だいたいJASRACの総会とかいった事あるけど、殆ど時間の無駄だしある議事に関して、JASRAC会員の派閥からいろいろな「勧誘」がある等、かえってめんどくさいことの方が多いことがわかったという点もあります。JASRACの作曲家、作詞家の間でもかなりドロドロとした部分があるんですね。私はそういうのに関るのは好きじゃないので、その手の人たちからは距離を置いています。

まあクラシック系とか演歌系の人はJASRAC会員という肩書きに結構こだわるみたいです。実際その手の人たちは名刺にそれを刷りますからね。でも私のようにゲームや劇伴、映像の音楽を作っている人間からするとJASRAC会員という肩書きは実は場合によってはかえってジャマになることもあるんです。詳細はここではいえませんが、いろいろと複雑な事情があるんですね。だから私は信託者という立場のみにとどめています。一方では自分の会社で音楽出版の機能もありますので、別にJASRAC会員という肩書きにこだわる理由はないんですね。 

でも会員の名簿の信託者というカテゴリーには私の名前がまだあるはずです。そして昨日私が奥津恵のために書いた曲が知らない間にJASRAC管理曲になっていたことが判明しました。i-tunesの窓口になっているvibirth経由でわかったんですが、今までの経験では普通作品を発表する際には然るべき段階で「作品届け」というものを出してから正式に管理曲、信託曲になるんですが、今回の事態は私が信託者として名前があるために配信等のインタラクテイブやその他のロイヤリテイの収入が発生した時点で、自動的に登録され、JASRACの信託曲になってしまうようです。音楽配信時代になってからそういう点が結構変わっているんですね。不覚にも知りませんでした。

実は私が奥津恵のために書いた曲であえて作品届けを出していないのは理由があります。それはJASRAC信託を拒否しているというよりは、まだ曲のプロモーション方法としてタイアップの余地をまだ残しておきたいという点もあります。なぜなら地上波のタイアップは多くの場合放送局系の出版社がからむからで、うちの会社が作品届けを出してしまったら、その余地は完全に消えてしまうからです。

従来の「古典的」な音楽プロモーションを批判している私ではありますが、しかしそういった方法を完全に排除しているわけではありません。曲のプロモーションに当たっては、自らオプションを削るよりはいかなるプロモーションチャンネルも排除しないという風に柔軟に考えることが必要だからです。

音楽によるネットプロモーションに関してさまざまな試行錯誤を行なっている私ですが決して古典的な音楽業界のプロモーション方法の常套手段までは完全に否定はしていません。問題はそれだけしか考えない、そうした古いビジネスモデル以外一切考えない、という点がもっとも大きな問題なのです。

とはいえJASRAC管理曲と判明した以上はそう長い間宙に浮いた状態にするわけにもいかないので可能な限り早い時期に決断をしなければなりませんが..、

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2009年10月 4日 (日)

お知らせ:当ブログのコメントとトラックバックのポリシー

いつも当ブログーKyojiの音楽ひとりごとーにアクセスしていただきありがとうございます。さて、ここでのコメントの書き込み、発言ですいずれもいきなりは公開されません。

とりあえずこちらで内容を確認してから公開する価値があるかを申し訳ないですが私の独断で判断させていただきます。勿論明らかにスパム(アダルト、出会い系が多いですが..)とわかるものは公開されません。ですからコメントやトラックバック書き込みが可能になったからといって、すぐには公開されないので当ブログを攻撃しても無駄ですからスパマーの皆さんそのつもりで。

あとここはご安心いただきたいのですが、私の記事に対する反論、質問、批判etc etcはたとえ私と明らかに見解が違うものであっても特定の個人攻撃や誹謗中傷の表現がない限り公開いたします。

ここで最近ネットで「批判」と「誹謗中傷」を区別できない輩が最近増えていますので、ここでその私なりの定義について申しあげたいと思います。

まず「批判」というのは論点、主張の中の問題点を指摘するということです。そこには非難というニュアンスがある場合がありますが、ポイントは問題点が明確化するかどうか、であります。たとえ私と見解が異なる主張であってもその問題点の指摘が明確にあった場合は私は誹謗中傷とは絶対に受け取りません。ですから当ブログで私の見解に反論、批判する場合は必ず私の主張のどこに問題点があるかを指摘して下さい。そういう内容のあるものならいつでも受け付けます。

「誹謗中傷」にはそういった問題点の指摘はありません。そこには必ず論点とは無関係な人格、容姿、その人間の社会的立場といったもの等を傷つける表現があります。時には感情的な表現が入る場合があり、そうなるともう大人の対応ができなくなります。ブログ炎上は多くの場合このパターンになっています。はっきりいって議論は感情的になったほうが負けです。そういう発言は非建設的極まりないし、発言した人自身も頭が悪く見えますのでやめましょう。

以上の点をご理解の上、今後ともKyojiの音楽ひとりごとをよろしくお願い申し上げます

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