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2009年9月30日 (水)

多摩テック本日閉園と1人勝ちのデイズニーリゾートに見る「コンテンツ」の価値

■48年の歴史に幕、多摩テック本日閉園~最大3時間待ちの“最後の賑わい”も
http://life.oricon.co.jp/69447/

多摩テックーうちから車で20分くらい、園内の「クアガーデン」も何回か行った。家族サービスですいぶん行った記憶がある。いわゆる「古典的」な遊園地である。うちの娘は気に入っていたが、やはり時代はもはやそういうものを求めていないのだろうか?個人的にはこういう古典的な「遊園地」は何とか残って欲しいと思っているが...

先日の記事だが、帝国データバンクで遊園地やテーマパークを展開する企業112社を対象にした実態調査結果を発表した。
http://life.oricon.co.jp/68082/full/

各企業の収入高を比較すると、1位は東京ディズニーランド・東京ディスニーシー(千葉県)などを展開するオリエンタルランドで、112社の収入高合計のうち、同社の収入高が44.1%を占める結果に。また、2位はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府)を経営するユー・エス・ジェイ、3位は東京ドームシティ(東京都)を運営する東京ドーム




はっきりいってデイズニーリゾートの1人勝ちである。

5位に入ったハウステンボスは昔仕事をしたことがあるテーマパークだ。この中で八位の「よみうりランド」と十位の「横浜コスモワールド」が古典的な遊園地といえる。規模の大きさで辛うじてベスト10に入ったということか。

この差は一体何なのだろう?デイズニーリゾートの突出した強さは何か?何がそうさせるのか? 考えてみた。

結論からいうと、キャラクター力とコンテンツのクオリテイの高さではないだろうか?

TDLもデイズニーシーのアトラクションは企画されてから日の目を見るまで平均数年、そして少なく見積もってもコンテンツだけで数億円の投資が行なわれている。これに施設、建設費を合わせたらとんでもない金額になる。つまりお金のかけ方が違うのだ。

それも箱にお金をかけているのでなく、箱の中の見せものーコンテンツにお金をかけているのだ。だからクオリテイの高さでは他を圧倒する。

二位のUSJもその点では肩を並べるが、持っているキャラクター力等からするとこの売上額はまだ低いように思う。実際「USJいつつぶれる?」などという噂は絶えない。行ったことがないのでなんともいえないが、デイズニーリゾートと比べるとコンテンツの中身の詰めが甘いのではないだろうか?

三位以下は「キャラクター」という点では弱い、「ドーム君」なんていったって誰も知らないだろう。都内のど真ん中という立地条件とまだ根強くいる巨人ファンによって支えられているような気もする。


コンテンツは付加価値を生むための知財である。

というのが私の考え方。デイズニーリゾートはそれをこの数字で実証しているように思う。

この点を「コンテンツはタダであるべきだ」と強硬に主張する人たちはどう考えるだろうか? あくまでそれを主張し世の中の情報やコンテンツをゴミ同然のものであふれさせるべきだ、と考えるのか?

質が高いコンテンツは簡単にできる、と考えている人間が多すぎる。

私は博物館のコンテンツを多数手がけていたことがあるが、「これでデイズニーリゾートのようなものができるんですか?」 などと発言した担当者を何人か見ている。そういう人たちにデイズニーリゾートが1つのアトラクションを作るのにどれだけの莫大な費用と手間をかけているか、について話をするとたいていの場合担当者は腰を抜かす。

それを考えるとデイズニーリゾートの1人がちは当然のような気もする

しかし今日で歴史を終える多摩テックのような古典的な遊園地も、それなりの良さがあるのだ。こういう遊園地がなくなっていくのはさびしい。

ちなみにバンダイの社長の話だと浅草の花やしきは無くさないつもりらしい。日本最古の遊園地(驚くなかれ、江戸時代からあるのだ)を守る気概はあの会社にあるらしい。それはすばらしいことだ。そこは新たなキャラクターやコンテンツの実験場になるかもしれない。このバンダイもおもちゃ業界1人勝ちの会社である。

繰り返す。

コンテンツは付加価値を生むための知財である。決してタダであってよいものではない。

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2009年9月28日 (月)

クリスマス曲アレンジ

発売するCDではなくて、ある演奏会のために9曲のクリスマス曲のアレンジの仕事を着手しました。5曲はいわゆるクリスマスのスタンダードで2曲はクラシック曲、あと2曲はスペインのクリスマスソングで日本では殆ど知られていません。楽譜をもらいましたが、音源がないしテンポ表示もないので、どこかで調べるしかありません。

これらの曲をクラシックのピアノトリオ(ピアノ(Pf)、バイオリン(Vln)、チェロ(Vc) )とソプラノに編曲します。ソプラノの歌は曲によって入ったり入らなかったりします。基本的にはクラシックですが、一応私はポップス肌なんでそういうテイストがアレンジに入ると思います。

ちなみにパブロカザルスの十八番だった「鳥の歌」はバスク地方のクリスマスソングです。日本のクリスマスソングは楽しい、明るい、超ハッピーnote という感じですが、スペインを始めとするカトリック系の地域のクリスマスソングはどこか物悲しく、静かな曲が多いです。

クリスマスというと騒ぐことしか考えない日本人が多いですが、こういう国ではクリスマスはとても神聖なものです。ちなみにクリスマスツリーはキリスト教のプロテスタントのもので、カトリックの国にはありません。ですからスペインやイタリア等のカトリック系の国にいってもクリスマスツリーを捜すことはできません。(!!)

まあ一応それなりにクラシックの素養を持っているのと、そうはいっても基本的にはポピュラー肌の人間ならでは、のアレンジをしようと思っています。

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2009年9月27日 (日)

「よい音楽」が正当に評価される世の中に

金曜日から体調を崩し、今も必ずしも本調子ではないですがそうも言っていられない業務状況もあり、明日から通常の業務を開始します。

今年度も相変わらず厳しい状況で、この状況から脱すべくもがいている、というのが正直な状況ですが10月からの反転攻勢の見通しも少し出てきましたのでそれに賭けてみようと思っています。

ところでmixiでもマイミクになっていてプロダクションを経営しているT君のブログに以下のような記事がありました。後半はやや彼の事務所の宣伝となっている部分がありますがおおいに共感しましたので引用させていただきます。

■「いい音楽」は評価されるのか?
http://ameblo.jp/eternalstage/entry-10351805569.html

まあはっきりいって、こんな言葉を平均的な業界人にぶつけたら嘲笑の嵐が帰ってきますね。だからこそ今の音楽業界は衰退しているのです。

彼の文章でこんな下りがあります。

(メジャーで求められているのは)「メディア乗りのいい曲」や「番組等で使いやすい曲」


でした。

そしてレコード会社は「そこを目指せばメディアに使って貰えて、その結果販売数が伸びる」という所に着眼し、音楽自体のマーケットを作るという可能性を捨てて、メディアに依存する道を選びました。

この「メディアに起用される事」を頂点に考えて音楽を作って行く体制が、日本の音楽のクオリティを下げた一番の原因だと言われています

全くそのとおり。メジャーレコード会社は聴衆、リスナーのためではなくいつの間にかメデイアのために音楽を書いていたのです。もっというとメジャーレコード会社は音楽を真に愛する人たち、音楽ファンのために音楽を創ることを放棄したといっていいでしょう

国内最大手のレコード会社の元代表は、10年近く前にこの事に気付き「今のメジャーのレコード会社は全て病気にかかっている」と言い、自ら代表を降りました
恐らく、大手レコード会社の経営側の方々はこの事に気付いて居ながら、音楽業界の構造上何かを変える事も出来なく、今に至って居るんだと思います。


そしてこのメジャーの崩壊が指しているのは「商業音楽の崩壊」です。
売ろうとして作った音楽」は、売れなくなっていると言うのが現実です。

はい、この自ら代表を降りた偉大なO社長は私の尊敬する人物の1人でした。またかつてはレコード会社で優秀なプロデユーサーでありながら現在の体制に嫌気が指し組織を去っていった方を私はおおぜい知っています。まだ業界に数少なく残っている方はまるでタイタニック号の船長のように沈むとわかっていながらどうすることもできない、そんな状況なのでしょう。

ただ、一つだけ付け加えるといわゆる「商業音楽」というのと上記の話でいう「メデイアに合う商業音楽」というのは少しニュアンスが違います。私はテレビCMやVP用の音楽、ジングル等のいわゆる本当の意味での「商業音楽」を長く作って来た経験がありますが、こうした制作現場は少なくとも私の周囲の制作スタッフはみんなプロフェッショナリズムにあふれ、いわゆる「創る」というのをきちんと考えて仕事に取り組んでいる人たちばかりですね。先日も某医療機器メーカーのDVDのための体操の音楽を作りましたが、やはりクオリテイはそれなりのものでした。

つまり、「商業音楽」だからクオリテイが低いのではなく、問題はその内容かもしれません。メジャーレコードが、「商業音楽」として提出している先はテレビ局、-そう昨今著しい視聴率低迷に喘いでいるテレビ局です

実はテレビ局の体質とメジャーレコード会社の体質は驚くほど似ています。はっきりいえば今のテレビ業界は十数年前の音楽業界の状態と全く同じです。そして見るのが苦痛なほどくだらなく内容のないバラエテイ番組ロコツな情報操作をする報道つまらないドラマ、つまりテレビ番組自身のクオリテイが落ちています。、そしてそのクオリテイが落ちている番組に合う音楽しか求められていない、これが連鎖反応を呼び昨今のメジャーレコードの音源のクオリテイの低下に拍車がかかっている。というのが実態でしょう。

よく、日本人は実は音楽が好きじゃないのではないか?という議論を聞きます。実は私もそう思いたくなる時が何回かありました。でもやはりそれは違うと思います。若者以外はレコード店に行かないといいますが、若者以外の人たちが買いたくなるCDが売っていないからレコード店に行かないんです。卵が先が鶏が先がという話ににていますが、究極は買いたい音楽がないからレコード店に行かない、というのが本当じゃないかな、という気がしています。

ちなみに今から十数年前にあるレコード会社のプロデユーサーに「音楽業界は金のある中高年層のマーケット開発をするべきだ」と云ったことがあります。帰ってきた答えは「何考えてるんだ? バカじゃないのかおまえ?」でした。またこんな発言もありました。「音楽バブル時代より今の音楽業界の方が健全だ、どこが悪いんだ?」 たしてこの人たちは今音楽業界がこんな状態になっても考えが変わらないんでしょうか? とても興味があります。

このT君は若いながらとてもしっかり物事を考えられる人物で、細かいやりかたは違いますが、日本の音楽文化をよくしたい、という思いは同じです。だから勝手ながら同志のようにも思っています。

「いい音楽」という定義は個人によって違うと思いますし、表現が抽象的すぎると思いますが、音楽で人を感動させられるような曲を文化として伝えられるシチュエーションをもう一度復活させたい、少なくとも復活させる道筋を何とかつけないといけない

そういう思いで仕事をしてきました。これからも目的が達成されるまではそういう気持ちでいるつもりです。

残念ながらいまだそうした具体例を作れていません。しかし諦めずに続けるしかありません。

ただT君のブログを見て私のような思いの人間は私だけではない、ことがわかりましたし、彼のような人間がどんどん果敢に音楽ビジネスを変えることに挑戦して欲しいです。

音楽文化の未来のために

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沢尻エリカの解雇

一応私は取るに足らない事務所の経営者ではありますが、スターダストプロダクションの今回の解雇決定は極めて当然だと考えます。

■エリカ28日にも解雇…復帰映画もパ~
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2009/09/27/0002390148.shtml

■エリカ様窮地、所属事務所が契約解除通告
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090927-548447.html

芸能界も音楽界も「自由奔放な世界」と勘違いする人が多いけど、実はマナーとか素行の悪い人間ははっきりいって嫌われます。普通の社会とその点は全く変わりません。
ましてイメージを売り物にしているタレントが事務所と契約関係もない特定のブランドの「広告塔」と受け取られる行動を取ってしまったらそりゃまずいでしょう。夫の高城氏も広告の世界でCMの仕事とかたくさんしているんだからその程度のことはわかるはず。こりゃ事務所は怒っても仕方がない。

まして先日の押尾や高相と同じ場所にいたら事務所でなくても疑念はわくはず、仮にその結果はシロであってももうじゅうぶん振り回された、うんざりだ、勘弁してくれ、という感じになるでしょう。

結局面倒くさいことはみんな嫌いますからね。

押尾と同じでルックスがよくても性格が最悪だとやはり哀れな末路しか待っていないでしょうね。起こるべくして起きたことでしょう。

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2009年9月23日 (水)

あえて問う!! 次世代パッケージの形を語ることは本当に時代遅れなのか?

始めにお断りしておくが、私は配信を否定するつもりは毛頭ない。既に配信の是非云々を論じる時代はとっくに過ぎておりこれは今後のコンテンツビジネスの中で大きな位置を占めることを疑うものではない。それどころか音楽の面では私は日本発のビジネスモデルである携帯の「着うた」に関しては寧ろ評価している。欧米ではこれが商品になるという発想すらなかったこのビジネスは「リングトーン」としていまや海外が日本の動きに追従する動きを見せている。この点に関してはなぜか日本のITジャーナリストや経済学者が頑強に評価することを拒んでいるが、海外では日本のこのビジネスモデルを高く評価している点は不思議なほど日本では殆ど伝わっていない。

無論、「着うた」は音質という点ではお話にはならないのは事実だ。しかしだからといってmp3の音質だってCDの音質に比べればひどいもんである。(驚くべき話だがいまだにCDとmp3が同じ音質だと思っているITジャーナリストや経済学者が驚くほど多い彼らの音質への感性や、理解力はその程度なのか、と疑ってしまう

多くのITジャーナリストや経済学者は配信こそが未来のメデイアであり、「モノ」のメデイアではありえない、と論じている。一例として以下のようなコラムがある。

東芝のHD DVD撤退は「朗報」──パッケージメディアの終わりの始まり (ASCII 記事ー池田信夫(経済学者)

http://ascii.jp/elem/000/000/108/108890/index-2.html

もともとIT系の論客たちは「モノ作り」「コンテンツ作り」旧態依然の産業と決め付け、最初から見下す傾向がある。正直このコラムはエンタテインメント産業を表面的な形でしか見ていない典型的な議論である。

例えばコンサートや映画での映画の舞台あいさつとかの現場をこの人たちは見たことがあるのだろうか? コンサートではCDを会場で買ってアーチストにサインしてもらう、そして握手をしてもらう、それがこうしたイベントの中で最大のファンの楽しみになっている。CDやその他のグッズの存在そのものを否定することは、ファンからそういう楽しみを奪うのと同じことである。

また「モノ」があってこそファンはアーチストや映画、コンテンツ等に愛着がわくのであり、一方では配信のデータは便利ではあっても、流行りが終わってしまえば以外に消費者は簡単にすててしまったりしている。私はこのブログで「音楽も映画も文化であってただのファイルではない」と繰り返し論じているが、やはり「データ」のみだとそのことに対する実感がわかず、コンテンツに対する愛着もわかないという点は否定できない。

おそらく池田氏を始め「配信を絶対視する」人たちは特定のアーチストや映画コンテンツのファンになった経験がない人たちであろう。一度でも自分たちを夢中になるコンテンツのファンになった経験があれば、CDやDVD, ブルーレイ等のメデイアを含め、Tシャツやフィギュアに至るまで、ファンの心をつかむためには「モノ」が必要であることがわかるはずだ。しかし「配信を絶対視する」人たちは配信以外のあらゆる「モノ」の存在は時代遅れどころか時代錯誤であり、不要なものであると主張しているように聞こえる

はっきりいってエンタテインメントの仕事をしている我々からすれば、こうした特定のアーチストや映画等のファンになった経験がないと思われる人たちがこれからのエンタテインメントの形についてマスメデイア等で論じていることに大きな疑問を感じざるを得ない。あえていうが配信さえあればあとはいらない、とか配信のみがこれからの産業のありかたである。と主張しているのはエンタテインメント産業の中身を表面的にしか見ていない証拠である。

しかしだからといってCDという商品の形がよいということではない。そもそもCDの仕様は44.1KHZのサンプリング周波数、16ビットというデジタル草創期の仕様である。現在のレコーデイング現場ではサンプリング周波数96KHZ, 128KHZが当たり前になりつつあり、マスタリングもシングルビットのマスタリングが主力になりつつある。こういう時代にCDの44.1という仕様がもはや時代遅れであることは明らかである。そのためにはCDに取って代わるより高音質のメデイアが必要なのはいうまでもない。

ちなみに音楽配信だが現在の環境ではmp3のレベルの音質、映像もウインドウズメデイアレベルの画質でしか配信できない環境であり。何度も書くが現行のCDやDVDと比べればはるかにクオリテイが落ちる形式である。このレベルのクオリテイしか配信できる環境しかないのに、この形式のみを絶対視する理由がわからない例えていえばMDという新しいメデイアができたからCDよりMDの方がいい、といっているようなものである昨今1G環境の光ファイバーが普及し始めているが、パソコンの環境がそのネットワークを生かしきれる環境に追いついていないのが現状である。せめてCDなみの音質のwavかDVDと同じ画質のmpeg4レベルのクオリテイ配信が当たり前になっている環境において、配信のみがこれからのコンテンツ産業の唯一のありかたと論じるのならまだ理解できる。ITジャーナリストや経済学者の視点からはこの部分が全く抜け落ちているとしか考えられない。

1つ大きな問題はもう忘れかけているSACDやDVD-Audio そして最近発表されたBlue Spec CD等が一向に定着するように見えない点である。産業界も配信のみがこれからのコンテンツ産業の唯一のありかたという風潮を見るに着け、本格的な拡販に踏み切れないのであろうか? アナログのLPからCDはあっさり切り替わったが、それ以降はなかなか進まない。だとすればこれは次世代のオーデイオソフトにとって非常に不幸なことである。

今一度改めて問いたい。次世代パッケージの形を語ることは本当に時代遅れなのか?、

困ったことに配信のみがこれからのコンテンツ産業の唯一のありかたと論調が経済産業省や総務省、そしてネット全般にあたかも正論であるかのように伝わっている。そのことを信じて疑わない人間も多い。まるでカルト宗教のように、

だが声を大にしていいたいのは、コンテンツビジネス、特に音楽や映画等のエンタテインメント産業はファンあっての産業なのである。表面的な形式のみにこだわりその産業の本質をみようとせずエンタテインメント産業の未来を論じたら必ずや取り返しのつかない事態になる。世間や社会のムードに流されず、もう一度エンタテインメント産業がどのように運営されているかを冷静に分析して、その中で未来の配信ビジネスはどうあるべきか、エンタテインメント産業の中でどう位置づけるべきか、について論じて欲しい。

でないと21世紀中にエンタテインメント産業は本当にこの世からなくなってしまうだろう。

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2009年9月18日 (金)

大野のピアノ演奏の動画ページ

私の公式ページの中に新規のページを作りました。

私のピアノ演奏の模様の動画を掲載したページです。

全部You tubeにアップはしているんですが...

ご興味のある方はご覧下さい。

http://www.kyojiohno.com/piano.htm

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2009年9月17日 (木)

大野アレンジ新作

さて、今日はお知らせです。
以前「三年越しのプロジェクト」の歌謡曲のアレンジについてお話をしましたが、これがこの作品です。

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吉岡とも子 Gluck  Clovaroot Records  CROT-905

歌謡曲のアルバムですが、歌謡曲の色を極力薄めた感じにはなっています。まあ出来栄えは自分でも割りとよくやったという感触を持っています。特に「陰祭り」という曲は元々原曲は演歌ですがジャズベースのアレンジにして元は演歌とはまずわからないようなアレンジになっています。Once again dreamsは奥津恵もコーラスで参加しました。


愛して欲しい

Once again Dreams

陰祭り

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2009年9月12日 (土)

セプコン2009 大野ピアノソロ

昨日、東京大塚の"音楽堂 ano-ano"にて大野のピアノソロのパフォーマンスが行なわれました。

今年のセプテンバーコンサート、本来は明日13日のパルテノン多摩の公演のみだったのですが、そこはキーボードによる演奏で私がセプコンのために書いた「911とその後の戦争の犠牲者に捧ぐーTo the victims of 911 and after」はご覧になればわかりますが、この曲は生ピアノでないとちょっときつい曲なので、オーガナイザーの庄野真代さんに無理を御願いして今回の会場の演奏メンバーに入れていただきました。

庄野さん、無理な御願いをしてスミマセン。m(_ _)m

今回の演奏会場の"音楽堂 ano-ano"は図のようなところです。非常にアットホームな雰囲気で観客とも近く、いいライブの雰囲気だったと思います。

090911_181601

入り口はこんな感じです。

090911_190002

そして今年の「911とその後の戦争の犠牲者に捧ぐーTo the victims of 911 and after」の2009年バージョンです。実はこの曲はだいたいの構造は決まっていますがきちんとした楽譜にしていません。30%くらいはアドリブの曲です。今年は一昨年グラミーを受賞した三人の勇気ある女性カントリーグループ"Dixie chicks"へのオマージュも入っています。オバマ政権に入り戦争を終結する機運が高まっており、アメリカの右翼勢力の横暴もかつてほどではなくなっていますが、まだ余談を許さない状況です。

昨日はあの痛ましい事件からちょうど8年目になります。ニューヨークに7年住んでいた人間としては、あのツインタワーがなくなったというのがまだ信じられない、信じたくない、という気持ちでいっぱいです。グラウンドゼロに行くのがまだ恐いです。

明日は私と奥津恵でパルテノン多摩にて14時から演奏します。我々はトップバッターです。

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