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2009年8月13日 (木)

音楽をめぐる怪談話(@Д@;

さて、お盆の季節になりました。ということでちょっと遊んでみようと思います。(^_^)

この季節というと怪談!!

ということで音楽の世界にも当然その類の話があります。

例えばクラシック音楽で有名な話、かつてのアナログのLP盤の話でフルトヴェングラー&ウイーンフィルベートーヴェンの交響曲第7番(EMI)の終楽章には、「呪いの声」と噂される女性の声が入っていました。実は私も聴いたことがありますが、残念なことに(!?) CD盤ではマスタリングの作業で除去されたようです。

またブルースのレイ・チャールスが飛行機に乗ろうとしていたところ、「いやな予感がする」といってスタッフ全員を別の飛行機に変えようといつになく強硬に主張(ふだん、レイはそんなことをいう人ではありません) そうしたらみんなが乗るはずで乗らなかった飛行機が本当に墜落してしまった、というこれまた有名な話があります。

 また業界では有名で都内の十大心霊スポットの一つである某社のスタジオーここは昔お寺の墓場の跡地に建てられ、元々の墓場はなぜかすぐ隣のトンネルの上に移設されているのですが、ここはもうはっきりいって怪談の宝庫ですね。タクシーの運ちゃんもあまりこのそばを通りたがらないです。私もこのスタジオで数えきれないほど仕事していますが、特に三階のラウンジのあたりは有名な心霊体験スポットの1つにはなっていますね。私も深夜1人でラウンジに入った時(自販機がたくさん並んでいるため)誰も居ないはずのところに人に気配を感じたことがあります。(私は霊感の強い方ではありません。)ちなみに財津和夫さんは決してこのラウンジのそばに近寄ろうとしないそうです。いわく「いつも不気味な女の人の顔が見える」とのことで...

 有名な話としては岩崎宏美さんの万華鏡」はこのスタジオでレコーデイングされました。私はこのエンジニアとも古い知り合いですが「絶対にあんな音は録っていない」と断言しています。 

もっとすごい話をしましょう。もう20年くらい前なので時効だと思いますが怪談で有名なあの"I川J"さんの怪談話もあのスタジオで録音されました。レコーデイング終了後"I川J"さんの車がよりによってスタジオの隣のトンネルに入ったとたん原因不明のエンストで煙が出てしまい、車が動かなくなったという話があります。しかもその車、前日に整備点検したばかりとのこと。

 まあスタジオというところは元々怪談が多いところですけどね。今はなきソニー信濃町スタジオもかなり不気味な話が多くありました。結構その辺を捜しますとまだまだ私も知らない話が出てくるかもしれません。

 さて、クラシック音楽の作曲家にまつわる極めつけの怪談話というと「ハイドンの頭蓋骨」の話があります。それはハイドンの死後、頭の部分だけが150年間切り離され続けたという話で、オーストリアの刑務所管理人であるヨハン・ペーターという者がハイドンの死後、ウイーンのフントシュトゥルム墓地を掘り起こし、無断で彼の首を切断して持ち帰っていたあたりから、かなり猟奇的な犯罪へと発展していくことになります。

 この事件が発覚したのは、1820年にエステルハージ侯爵家のニコラウス2世が、ハイドンがエステルハージ家の所領であるアイゼンシュタットに埋葬される事を生前に望んでいたことを知って、改葬しようと掘り起こしたためだったりします。主犯のベーターは、「骨相学」ということになるのでしょうが、頭蓋骨の形態と知的才能の間には関係があるという学説の信者で頭蓋骨を計測するのが趣味だったそうです。

 薬品などで綺麗に処理されたハイドンの頭蓋骨は、綿密な計測が終了した後、従犯のヨゼフ・カール・ローゼンバウムという熱烈なハイドンのファンに渡され彼の家の専用の祭壇に安置されることになります。彼らはハイドンの熱烈な崇拝者だったようで、頭蓋骨を持ち去り、丁寧に保存し続けたようですが、この頃から奇怪な出来事が起こり始めたそうです。ある夜、ローゼンバウムの妻が、この頭蓋骨から不気味なうなり声があがっているのをはっきりと聞いたというのです。

それからうなり声はたびたび聞かれるようになり、最初は半信半疑だったローゼンバウム自身も、ある夜、頭蓋骨がアゴをカタカタ鳴らしながら自宅の中を飛び回っている場面を目撃したそうです。

うなり声と空を飛ぶ場面をたびたび目撃するようになり、ついにローゼンバウムは頭蓋骨を手放すことにしたそうです。医師→解剖学者→その息子→ウィーン大学の病理研究室と経て1895年にウイーン市からウイーンの楽友協会に鑑定と保管が以来され、事実上、楽友協会の所有になったようです。

 その後、二度の世界大戦の主要な舞台となったこともあって、なかなか首と胴体は再会できなかったのですが、1954/06/05に公式な二度目の葬儀が行われアイゼンシュタットの墓地で150年ぶりに首と胴体が一緒に埋葬された ・・・ 事になっています。

 いやあ奇怪な話があるもんですね。というわけでお盆の時期にふさわしい怪談話でした。

裏飯屋 happy02

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