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2009年8月14日 (金)

コンテンツビジネスでの相互啓蒙の必要性

今さら申しあげるまでもないですが、私はコンテンツ屋である。音楽や音声や音響効果等「音」の名のつくコンテンツはほぼ全てやっております。さて、昨年あたりから総務省や経済産業省で議論されている「コンテンツの流通促進」についてこのブログでもさまざまな記事を書いていたが、まずここで中心となっている議論で一つ私自身が半信半疑なのはそもそも「テレビ番組等のコンテンツを無償で垂れ流しすれば、コンテンツ業にとってもメリットがり、全てがばら色になる。」などということが本気で論議されているというのが正直にわかに信じがたいのである

 ネットに露出すれば全てがばら色、なんてネット草創期やホリエモンあたりの終わった人の口から出てくるのならまだしも、今ある程度ネットを日常的に業務で使っていてそんな一昔前のIT夢物語を本気で信じる人などまずいないはずである。もし総務省や経済産業省でそんな話が本当に大真面目で論じられているとしたら、それは役人があまりにも現実に対して無知で頭が悪すぎるとしかいいようがない。そしてIT側が本当にそういう発言をしたとするなら、それはIT側にまだ非現実的な夢想家がいるか、あるいはコンテンツ屋を「どうせITのことなんかわからんだろう」とバカにしてそういう話をしているか、その中のいずれかであろう。(たぶん後者のような気がする)

 ここで、IT関係者が聞いたら卒倒しそうな問題提起を行なおう。そもそもネットで情報を垂れ流しすれば無条件でコンテンツビジネスが発展する、というが本当にそうだろうか? IT関係者の大半やネットユーザーの大半がこのことを信じて疑っていないようである。

.さて、私は「癒しの音楽チャンネル」というネットラジオも運営して実際に音楽のネットプロモーションに関しては少なくとも音楽業界関係者の中ではかなりいろんなことをやってきてきたという自負があります。

 その経験からすると結論からいってある程度露出するのは一定の効果はあるが、かといって過大な期待をかけられるほどの効果的なプロモーションとはいえない。というのが実際にやってみて実感してきた点である。少なくともネットプロモーションを主体に音楽をプロモーションしたら必ず失敗する。つまりひとことでいって「やらないよりはやったほうがいい、だけど大きな期待はできない」というのが実際にやってみた実感である。いわんや「ネットで流せば全てばら色」なんていうのは笑止千万の議論としかいいようがない。

 だがこの見解はIT関係者はもとより多くのネットユーザーがまるでカルト宗教のように信じ込んでいる見解である。そして伝わっている情報が正しいとすればネットでコンテンツを無償で垂れ流すことこそがコンテンツの流通促進であり、それこそがネット社会の発展につながるなどという見解が大真面目に総務省や経済産業省で論議され、バカな役人たちは明らかにこの見解を支持している。

 私はこれに異を唱えてきたし、慶大の岸さんも同様だが岸さんはエーベックスの役員という点がどうもIT関係者に色眼鏡で見られる原因にもなっているようである。冷静に考えれば岸さんの見解は非常にまっとうな議論なのだが、ITジャーナリストや関係者にはすこぶる評判が悪い人である。ネットで著作権を主張するのがあたかも犯罪行為であるかのようにいう人間も多いが、これらの議論を聞いて感じるのは著作権を主張=既得権益の保持という風に短絡して考える向きが非常に目立つ点である。(誤解のないようにいっておくが私は仕事でエーベックスとのつきあいはないし、同社が現行の体制を維持している限りたぶんつきあることはないであろう。)

 そもそもコンテンツ、ソフトウエアというのはまず権利ビジネスであり著作物の権利で商売するのだが、どうもモノ以外は商品ではない、と考える向きが多いようである。そのため他人の権利がある著作物を無断使用していいはずがないし、使用する場合は対価が発生するのはソフトビジネスの観点からみて極めて当然のことである。そこを理解できない人がまだまだ多いようである。

 だからネットで露出するにしても一定の条件、ある程度の「秩序」というのはやはり必要である。勿論JASRACの現行のネットに関する規定が充分とはいえないのは確かであるし、あの馬鹿馬鹿しい45秒の法則や、ストリーミングすら配信と同一視する、といった非現実的な部分は改正すべきだと私も思う。しかしその議論と何でも無償で垂れ流しするのがよい、というのは全く別の話である。そこを混同している議論が多すぎる。

 ネット社会がより発展するには良質のコンテンツが必要である。このことは誰も異論がないだろう。しかし良質なコンテンツが普及しない原因を全て役人もIT関係者もコンテンツ業者のせいにしているが、これは全くの筋違いである。コンテンツプロバイダーは権利が侵害されないのであれば、コンテンツの提供を嫌がらないが、現行の環境はそれに対する充分な環境を提供していない。またコンテンツ流通促進委員会でも出たが、IT側がコンテンツプロバイダーにとって魅力的と思われる提案を全くしていない。現行のネットのシステムでは「やらないよりはやったほうがいい、だけど大きな期待はできない」という程度のレベルの環境である。そういう環境で無秩序の無償垂れ流しをするのは我々コンテンツプロバイダーにとってあまりにリスクが高すぎるのだだから良質なコンテンツが普及しない原因を全て我々に押し付けるのは筋違いもはなはだしい。

 例えば私はコンテンツ屋なのでいうが「コンテンツは重要である」とIT系の人もハードの人も口ではいうが。「どの程度」重要に思っているかと詳しく聞くと、多くの場合、実は「タダかタダ同然でいいコンテンツを扱いたい」という内容の要望であることがわかる。

しかしはっきりいうが。そういう要求をし続けたら今世紀中にコンテンツ業自体が消滅してしまうだろう。 今ネットの世界を中心に「全てのコンテンツはタダであるべきだ」などという暴論があたかも正論であるかのように広まっているが、本当にそうなってしまったら十年以内にそもそも手に入れたいコンテンツ自体がこの世から全て消えてしまうだろう。誰もコンテンツ自体を作らなくなる。だって、そうでしょう。タダということは価値がないし、何よりももうからないんだから。そんなもうからないことを誰がやるだろうか? あっても世の中には「価値のない」ゴミ同然の情報とコンテンツしかこの世に存在しなくなってしまう。つまり最終的にはクオリテイの極めて低い、ゴミ同然の価値のない情報とコンテンツのみしかネットに存在しなくなってしまう。それゆえ「全てのコンテンツはタダであるべきだ」という議論はかえって情報社会を崩壊させる、と私は繰り返し論じてきたのだが、残念ながら私には自明のように見えるこの議論を理解できない人がネットの中にかなりいるようである。

そんな事態は誰も望んでいないと思う。そしてこの問題の原因はハードやITの世界とコンテンツ制作の業務や扱う商材についての認識が著しく違う点にある。わかりやすくいえば、ハードの世界はソフトーコンテンツの世界の本質を理解していないし、ソフトはソフトで自分たちの世界を理解してもらおうという努力を怠ってきた点が大きいと思われる。
双方の世界を理解するための啓蒙の機会が必要なのではないかと思う。

 これに対してどうするか、録音機器というものが現れてからコンテンツ関係とハードの間のすれ違いが存在していたのでこういう話は今に始まった話ではない。だが、ここでハードとソフト両面からビジネスソリューションについて考え、コンテンツはコンテンツの世界のこと、ハード屋はハード屋の世界、双方の世界を理解しきちんとしたビジネスソリューションについて考える会社が必要であろう。 

 私は別会社で「防犯BGM機器」という商品を開発したが、この別会社にはハードの専門家、SEやCGの専門家がスタッフにいる。そしてコンテンツ屋の私が建前上の代表になっている。この環境でソフトとハードの橋渡しを行いビジネスソリューションを模索していこうと思う。

株式会社D-LOOP   http://www.d-loop.co.jp

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