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2009年8月22日 (土)

死語とされている"IT革命”という言葉

たまたまうちのアーチストの奥津恵のブログアメブロを使っている関係で管理画面に入ったらこんな記事をみつけた

■もう「死語」?なネットの言葉 http://news.ameba.jp/cobs/2009/08/43797.html

まあアメブロなんで例によって2ちゃん用語とか多いし、サンプル数も少ないのでどこまであてにできる記事か、というのも正直あるんだが、その中の「死語」リストに「IT革命」という言葉を見つけた。

確かにこの「IT革命」という言葉は一時やかましいほどマスメデイアをにぎわしたし、自分も不覚にもこのマスメデイアの煽動に乗ってしまい、一時は大きな期待をかけていた。しかし結局世の中は殆ど変化せず、正直いって失望感しか残らなかった。これに関して日経BPのある記者は「筆者を含むジャーナリズムは、IT革命が来る、と思って盛り上げたものの、世の中があまり変化しないので飽きてしまった。」と書いているが、まあいつもながら無責任マスコミ記者らしい発言、騒ぐだけ騒いで泰山鳴動すらしないでねずみの一匹も出なかったということだろう。

実際「今使うとかなり痛い[腐語]大辞典」の中にもこの「IT革命」という言葉は入っている

■死語とまではいかないが、すでに腐りかけ……[ビジネス・IT用語]の部 http://spa.fusosha.co.jp/feature/list00000636_2.php

しかしだいぶ前の記事だがこうした風潮に反論するがごとく「ITによる革命は緒に就いたばかり 」と主張する本が現れていた。
テクノロジストの条件 (はじめて読むドラッカー (技術編)上田惇生編訳、ダイアモンド社)  である。2年くらい前の記事だが非常に参考にはなった。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070601/273297/?ST=biz_biz&P=1

02570929 早速本屋に行き購入。この本は、テクノロジーのマネジメントに関する論考を集めたもので、「理系のためのドラッカーであり、かつ文系のための技術論」(「編訳者後書き」より)となっている。基本的にはマネジメント中心の本だが特に第四章の「IT革命は産業革命になれるか」という項目は面白かった。要は産業革命の進展の仕方と今の情報革命の進展のしかたを照らし合わせているのだが、IT革命と産業革命を比較すると、コンピューターの誕生に相当するものとして、蒸気機関の発明がある。蒸気機関は社会や産業に大きな革新をもたらしたが、ドラッカー氏の見立てによると「産業革命前から存在していた製品の生産の機械化だけだった」。真に世の中を変えたのは鉄道である。蒸気機関の実用から鉄道の出現まで、ざっと50年かかっている。

 コンピューターによるIT革命も同じだとドラッカー氏は指摘する。つまり本格的なコンピューターが生まれて50年がたったが、やったことは大きく言えば機械化であり、これからいよいよ「鉄道」が出現する。ドラッカー氏によれば、鉄道に相当するものが、インターネット上のエレクトロニックコマース(EC、電子商取引)であるという。まあECという言葉も死語に近いが、しかしこれは必ずしもAmazonや楽天のようなものを指すとは限らない。それにこの指摘は確かに思い当たることがある。

 現代の我々にとってインターネットという便利なツールが出現したのが事実だが、まだ以前のビジネスの形をそのツールをつかうことによって「機械化」したに過ぎない。だから情報の数は多くなったが社会のしくみは殆ど何も変わらずに今日まで来ている。しかしそれらは単なる前ぶれに過ぎない、とドラッカー氏は指摘する。

ドラッカー氏は、鉄道が登場した10年後あたりから、「蒸気機関とは無縁の新産業が躍動を始めた」と述べる。それは電報や写真、光学機器、農業機械、肥料であった。一連の新技術の登場の後に、郵便や銀行、新聞などが現れ、鉄道が登場した30年後には、近代の産業と社会制度が確立した。ドラッカー氏は来るべき社会にも同じことが繰り返されると主張する。

 今後20、30年の間に、コンピュータの出現から今日までに見られたよりも大きな技術の変化、そしてそれ以上に大きな産業構造、経済構造、さらには社会構造の変化が見られることになる

 IT革命からいかなる新産業が生まれ、いかなる社会制度、社会機関が生まれるかはわからない。(中略)しかし絶対とまではいかなくとも、かなりの確率をもって予測できることがある。それは今後20年間に、相当数の新産業が生まれることであろうことである。しかもそれらの多くがIT、コンピュータ、インターネット関連ではないであろうことである。

 上記の最後の赤字の部分が非常に面白い。確かに産業革命では鉄道よりもその周辺の事業が大きく発展し、大もうけをした。IT革命も同じことになるだろう、というのがドラッカー氏の主張である。この本は正直、マネジメントの専門用語も多く、私には難解な部分もあったが、非常に興味深く読ませてもらった。少なくともIT関係者のよく書く「IT夢物語」的なIT革命論より、ドラッカー氏の文章の方がはるかに説得力があると思う

つまり IT技術の出現=即IT革命 では決してない、ということである。今は単にインターネットを始めとするITのツールが出現したに過ぎない。要はこのITツールを有効に使っていかに本当の意味で「革命的」な新産業を作るかで、それは我々にかかっている。産業革命の時代の鉄道のように、それは決して現代の鉄道であるIT企業からは生まれないというのは面白い。

 さて、私のようなコンテンツ屋などはITではないが、ITとかなり密接にならざるを得ない産業の1つである。「全てのコンテンツは無料であるべきだ」というのがあたかも正論であるかのように語られ、ネットユーザーの大半がそう考えている現状を考えると、映画、音楽等のコンテンツ業は寧ろ存亡の危機にすらたっているように見える。しかし現在あるITツール等を使った全く新たなコンテンツ新産業が果たして生まれる可能性があるのかという点についてコンテンツ屋の端くれとして考えたいと思う。これは必ずしもi-tunesのような配信事業ばかりとは限らない、もしかしたらi-tunesですら新しいコンテンツ産業誕生の前奏曲に過ぎないのかもしれない。

 またプロダクションや制作会社の形も変わって行くかもしれない、それがどういう形かはわからないが...

ひとつだけはっきりいえるのは絶えずそのために知恵をしぼり、頭を使うことである。音楽界、芸能界に顕著だが、実は「頭を使う」ということを極端に嫌う体質がある。業界全体が思考停止、アナログ頭という状態で、だから総務省や経済産業省のようなところでIT官界企業や役人にいいようにバカにされるのだが、そういう古い頭の人たちに早くご退場願うしかないのが悲しいところだ。そのためにも来るべき時代のためにあれこれ知恵をしぼり頭を使い続けるのが得策だろう。

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