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2009年5月23日 (土)

ITジャーナリスト批判ーグローバルスタンダード過信とポストモダンへの誤解

申し訳ないが私はいわゆるITジャーナリストといわれる人たちに対して極めて批判的な見解を持っている。それは彼らの書く記事の内容もさることながら一番気に食わないのは彼らの記事の大前提は次の2点に基づいて書かれているからである。

1.アメリカ(やヨーロッパ)のITの動向が全てよくて日本は全て駄目である。

2.日本(やアジア)と欧米の文化的や社会的背景を一切考慮せず、欧米の動きがこうだから日本(やアジア)に同じようになるべきだと考える。

いい例が携帯に関する彼らの見解だ。私はITジャーナリストが何といおうが日本は世界で携帯の最先進国といっていいと思っている。だがITジャーナリストといわれる人たちの多くの見解は違う。最も多いのは携帯の料金が日本は欧米に比べて高いといっている点、だが彼らは重要な点を見逃している。

そもそもアメリカを始めとするヨーロッパの携帯の機能を良く見るといい。辛うじてメールができるくらいであとは殆ど電話だ。それも携帯のメールは日本人が多用するほど使用されない。これは日本と比べはるかに治安が悪い社会環境では外でのんびりメールなどやっていられる環境ではないからである。つまり驚くなかれ、日本では考えられないことだがアメリカではいまだに(そういまだにである)携帯は高所得者のものというイメージがある。ニートやフリーターまで普及している日本では想像できないだろうがそれが現実。だから外でのんびりぼーっとしながらメールしていると携帯をひったくらることも珍しくない。そういう社会環境を熟知した上で携帯について論じているITジャーナリストは私が知っている限り殆どいない。

それ以外に日本の携帯では当たり前になっている多くの機能が欧米の携帯では装備されていないことが多い。もう忘れている人も多いだろうが一昔前あったtu-kaの携帯とほぼ同じものといえばイメージできるだろう。日本の携帯キャリア会社はその機能のための投資とそれに伴う追加料金に伴い、料金の大半が電話料金のみでしめる欧米と比べ金額が高くなっているのだ。もし日本の携帯料金が純粋に通話のみだったら欧米とそれほど変わらないどころか寧ろ安いというデータもある。

あと昨年のi-phoneにまつわる多くの記事も今読むとお笑い草だ。i-phoneは日本の携帯市場の黒船であり、日本の携帯市場を支配し革命が起きるだろうといった類の記事がIT関係の雑誌で踊っていたが、あっけなく一時的なブームに終わった。他の2社は機能だけなら既にi-phoneと同等かそれ以上のものがあるので全くi-phone上陸に動じなかった。そして結果はその通りになりいまではsoftbankはi-phoneを売るのに四苦八苦しているのが現実である。

ひとつの傾向としてあげられるのがはいわゆるITジャーナリストはグローバルスタンダードというものを過信する傾向があるということ。i-phoneの機能は確かにすばらしいが絵文字もできないようでは日本では本格的に普及しない。何でもグローバルスタンダード(はっきりいえばアメリカのスタンダードだが)といえば世界じゅう何の問題もなく普及すると思い込んでいる傾向がある。それはi-phoneが発売になった時にあるバカなIT事業者が「私は文化より文明を選ぶ」などと発言したことも象徴的だ。だが文化のない文明などありえないし、両者は相互にからみあってこそ始めて発展するものである。この発言者の文化的素養のレベルの低さがこれによってわかってしまう。

http://japan.cnet.com/panel/story/0,3800077799,20376997-10001108,00.htm?ref=rss

どうも彼らはポストモダンというものを誤解しているように思う。ポストモダン=グローバルスタンダードが世界に普及、と考えている人間が多いようだがポストモダンというのは決して国民性や国のバックグランドに関係なく世界で均質になるという意味ではない。下手をすれば変化が起きたことすら気がつかない(宮台真司のいう「まったり」という感じ)状態で変化が起きるし、もしかしたらIT革命論者のいう「IT革命」というレベルですらないかもしれないのだ。

そもそも日本とアジアと欧米では文化も習慣も社会背景も全く違うのだ。ポストモダン時代だから欧米でのトレンドが日本やアジアでも起こるべきだと考えるのは全くのナンセンスである。

ネットの使い方でも既に欧米人と日本人で顕著な違いがある。捜している情報がみつかるまで一生懸命捜す欧米人と「すぐに」見つからないとあきらめてしまう日本人。そしてi-phoneを見ればわかるがそもそも「タイプライター文化」の欧米とそうでない日本人が世界共通の操作画面になると考えるほうがおかしいのだ。実際知り合いのアメリカ人が日本の携帯を見て「お前らよくこれでメール打てるな。俺はイライラしてこれではできない」といったのを覚えている。

さて、以上のことを踏まえて次回、ITジャーナリストの音楽配信に関する記事に関して私の見解を述べたいと思います。

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