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2008年12月10日 (水)

JASRACの「コンテンツの流通促進に本当に必要なものは何か」シンポジウム

先日このブログでも書きましたが、結局ニコニコ動で JASRAC主催、文化庁後援のこのシンポジウムを最初から最後まで見てしまいました。前半は特別講演でNHK放送主幹の関本好則氏がNHKのVOD(ビデオオンデマンド)についての話。 NHKとして映像コンテンツビジネスをこのようにやっている、という半ば宣伝みたいなものでしたが、VOD(が以前のコンテンツのみで行っているために(基本的にはアーカイブ)ビジネスとしての課題をどうするかという話で締めくくりました。

そして本日のメインイベントはパネルデイスカッション「コンテンツの流通促進に本当に必要なものは何か」

今年の3月に当ブログ記事 「IT業界はコンテンツを無料で騙し取っていないか--著作権問題の奥にあるものhttp://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2008/03/it_12d4.html の続編のような感じで進められ、パネラーも司会(イベントでは"コーデイネーター"といっている)前回と同じ。

司会:安念潤司 中央大学法科大学院 弁護士 

菅原瑞夫氏 (JASRAC常務理事)

砂川浩慶氏 (立教大学社会学部メディア社会学科准教授-元日本放送連)

岸博幸氏 (慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)

堀義貴氏 (ホリプロ代表取締役社長CEO)

川上量生氏 (ドワンゴ株代表取締役社長)

尚、そもそも今回のパネルデイスカッションのニコニコ動での放映を提案したのは堀プロの堀義貴氏で、前回のITメデイアの報道であたかも堀氏が「ネットそのもの」に反対しているかのような報道をされ、堀氏の発言が正しくネットにも広まっていなかったことがきっかけのようです。(例えば堀氏は「ネット法によるクリエーターの権利制限でコンテンツビジネスが沈む」と発言したのを「ネットによってコンテンツビジネスが沈む」などと事実とは違う報道をされたこと) まあ最近のネットに顕著なんですが、断片的な情報のみで「全てをわかったつもり」になり、それに伴い2ちゃんの人間とかの悪質な誹謗中傷とかがあったんだろうな、というのは想像に硬くありません。詳細はのちほど述べますが、当シンポジウムで現在政府内で審議されている「ネット法」を批判していますが、ドワンゴの川上氏があたかも「ネット法推進者」であるかのようにネットで情報が流れているように、どうも最近のネットで流布されている情報の信頼性には?がつきます。

パネルデイスカッションでは「ネット権」を主張する人には「反ネット権決起集会」のように見えたかもしれませんが、内容を掘り下げて見ればいかに短絡した考えによるとんでもない法律案であることがわかります。各パネラーはそれぞれ立場は違うが前回のデイスカッションから以下の点では合意している人たちであることは頭に入れておきましょう。

1.ネットに全てのコンテンツ(特に既存のテレビ番組)を流せば、全員がハッピーで全てがばら色になる、というのは幻想である。

2.コンテンツといってもなぜテレビ番組のみの話になるのかおかしい。

3.全てのコンテンツが何でもタダ、ではそもそもビジネスにならない。

この3点では各パネラーは一致しているということを念頭におき、本題に入りますが2時間近いパネルデイスカッションなので概略のポイントだけここでまとめておきましょう。

1.そもそも流通促進などという言葉が使われているのはコンテンツのみであり、通常他の業界ではそんな議論すら出てこない。また「ネット法」を始めとする政府のコンテンツ案で、流通ばかりが議論され生産(コンテンツの場合制)の立場の話が全く出てこないのはおかしい

文化は作り手(クリエーター)が作るのであって、「流通」が作るのではない(菅原氏)

  そもそも「コンテンツの流通促進」は国益なのか。流通促進は手段なのか目的なのか、そこを取り違えると大きな過ちを犯す。この議論が世の中の実態を把握した上で行われているとはとても思えない。(岸氏)

2.最近の若者は無料のメデイアしか接しようとしない。コンテンツにお金を払おうとしない。そのため制作現場もお金が最近回らず、テレビも音楽も制作費が大幅カットされ、しかも人員、特にプロフェッショナルといわれる人をどんどん切っていることから制作現場は疲弊し特に民放テレビの制作現場の人材難は深刻である。これは流通は潤っていても制作に対する還元がない状態のため起きており、こういう状況は問題だ

  最近の若者はインスタントラーメンの味しか知らない。それよりよいものの味(価値)を知ろうともしないから、もっとよいものがあるということを上の世代が教えるべきだ。(砂川氏)

 CDやDVDといった「データ」のコンテンツは今無料で出回っているので、若者からすれば無料と有料の差がなくなっている(川上氏)

それでもEXILEのように数は少ないが二百万枚売れるものもある。やはり売れなくなったのは最近のコンテンツの質の低下もあるのではないか。制作サイドがいいものを作ればコンテンツにお金を払う人は出てくるはずだ (岸氏)

3.現在政府で審議されている「ネット法」*注1 は大きな問題だ。これを導入したらコンテンツの根は水源が枯れてしまうようにすぐに尽きてしまうだろう。また「ネット法」で規定されている「報酬請求権」は全くのまやかしである。(海外でも請求できた例は皆無である) また「フェアユース*注1 も本来「目的」別に規定されるべきなのに「ベンチャー企業のために」という規定の仕方はおかしい。

そもそも「ネット権者」というものを誰が決めるのかもともとサムネイルの使用権の話からなぜコンテンツ全体の権利制限まで飛躍したのか全くわからない(堀氏)

最低最悪の法律だ。そもそも個人の権利制限をするならそのための公益性を規定しなくればならないはずなのに「ベンチャー」という一企業のために個人の権利制限をするというのは目的としてもおかしい。権利制限しないとネットユーザーが萎縮するというが、これではコンテンツプロバイダーの方が萎縮する。(岸氏)

この法律には「ネット権者」からみて「自分の権利は強く、他人の権利は弱く」という考えがありありと伺える。非常に問題だ。但し学者の立場から「フェアユース」の学術的用途に関してはもう少し緩和して欲しいとは思っている。(砂川氏)

*注1「ネット法」;「デジタル・コンテンツ有識者フォーラム「コンテンツビジネスの推進」と銘打って提言して、政府内で現在審議されている法律。基本的な考え方はネットでの権利者の許諾が煩雑すぎるのがコンテンツビジネスが発展しない原因だとし、そういった権利者の権利を制限し「ネット権者」に集中させるのを目的としている。個人の著作者は個別に「ネット権者」に「報酬請求権」で交渉する権利はあるが、報酬内容は「自己責任」となる。

*注2「フェアユース」;、もともと海外で権利の主張によって、学術や非営利、教育のための使用に関しては文化の発展のために権利を主張しないことを認める用途のこと。国際的に認められている権利だが、原則非営利目的に限定する

4.コンテンツビジネスが少なくとも「採算」が取れるようにするにはどうすればよいか?

CDやDVDのように「データ」では簡単にコピーされてしまうし難しい。しかし権利意識の低いアジア諸国でも「サーバー型」のビジネスはきちんと課金できている。ゲーム産業がいい例でやはりサーバーで権利もコンテンツも全て管理できるようにするビジネスモデルがいいのではないか (川上氏)

日本は欧米と違い、ドメステイック(国内)のみのマーケットであるため、海外のようなダメージを今のところ受けないで済んでいる。着メロ、着うたが日本で大きくビジネスとして発展したように日本ならではのビジネスモデルを作り、逆にそれを海外に輸出することもこれからは考えてもよいのではないか (堀氏)

前回も話したように「ネットならでは」のコンテンツの制作しかないだろう。このニコニコ動で始まっている新たなコンテンツ作りからもその可能性を感じる。とにかくテレビ番組をそのまま流して、それがコンテンツビジネスの理想のありかた、という考え方は間違っている (砂川氏)

以上が概略です。私は前回のはITメデイア等の記事で内容を知った程度なので単純な比較はできませんが、3月の時よりは具体的で、現在のコンテンツビジネスの問題の根幹部分に迫ったような印象があります。

さて、私もここで問題になっている「ネット法」 そして現在総務省で議論されている内容についても、大きな問題があるといわざるを得ません。どうもこの法律は流通業者(それもいわゆるIT系や通信業者)の独占強化がねらいのような気がして仕方ありません。また「フェアユース」は本来非営利目的のみ許諾するのが原則なのに、なぜそこに「ベンチャー企業」が入っているのか、メチャクチャな規定で権利関係の法規を理解している人間が作った法律とはとても思えません。岸さんのおっしゃったように最低最悪の法律と私もいわざるを得ません。

また「コンテンツの根は水源が枯れてしまう」というのは実は砂川氏の発言ですが、私もこのブログで全く同じことを述べました。(情報やコンテンツはただであるべき」という考えは情報化社会をかえって崩壊させる。)「タダであるべき」という発想にはそのことによって買うコンテンツの制作体制が維持できなくなる、ということに対する想像力がなさ過ぎると思いますね。どうもこの「ネット法」コンテンツホルダーやユーザーのためというよりはIT業者や通信業者のための法律を総務省始め政府が強行しようとしている、という印象はぬぐえません

まあ総務省の役人にこういうことを任せること自体が間違いかもしれません。

余談ですが「ネットに流せば全てがばら色」というおとぎ話を信じ込むのと、小泉、竹中の「新自由主義で自分が豊かになる」という幻想を信じ込むのと、すごくリンクしていると思うのは私だけでしょうか? 「新自由主義ーネオコン」が何をもたらしたかーアメリカの金融市場の不良債権ー少なく見積もっても日本の時の数万倍(単位はだそうです)を見れば火を見るよりも明らかなんですが、まだこの時点でもそんな幻想にしがみついている人がいるんですかねえ。

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