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2008年11月 8日 (土)

「わかったつもり症候群」が音楽文化を蝕む

先日私のもう1つのブログKyojiのよろずひとりごとで以下のような記事を書きました。

・情報社会の落とし穴(1) モノを知らない人が増えている
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20081031

・情報社会の落とし穴(2) 受身の姿勢が思考停止
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20081101

・情報社会の落とし穴(3) コミュニケーション不足の構造
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20081102

・情報社会の落とし穴(4) 情報化社会でなぜ想像力がなくなっていくのか
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20081103

・情報化社会の落とし穴に陥らないために
http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20081104

ここで私は「わかったつもり症候群という名前で最近の人が断片的な情報のみで「全てをわかったつもり」になりそれが社会のさまざまな面で悪影響を与えている点を述べました。

ここではその「わかったつもり症候群がいかに音楽文化、そして産業に対しても悪影響を与えているかについて述べたいと思います。

上記でポイントになるのは

1.「わかったつもり症候群」による断片的情報のみで判断する傾向。

2.情報に対する受身の姿勢による思考停止

3.家族や周囲の考えの「わかったつもり」から来る社会全体のコミュニケーションの崩壊

これらが現代の日本社会における「想像力のなさ」 や「常識レベルの知識を持たない」人間を増やしていることを書きました。実は音楽でも同じようなことが起きています。

例えばあるブラックミュージックが大好きでミュージシャンを目指している若者との会話

若者A 「自分、ブラックミュージックがめっちゃ好きなんスよ。だからそういう音楽をやっていきたいっスねェ

私「ふーん、じゃあジェームスブラウンやアレサフランクリンのどのアルバムが好き?」

若者A 「誰っスかあ? それ?」

私「.......... (・。・)  アゼン 」

これも上記の「わかったつもり症候群」のケースにあてはまるかもしれません。ブラックミュージックを卑しくもプロとしてやるならブラックミュージックの基礎ぐらいちゃんと勉強しろよ、といいたくなりました。だいたいブラックミュージックが何であんなにパワーがあるかといえば、奴隷としてアメリカ大陸につれられてきて、死ぬほど辛い毎日を過ごした果てでの表現で、ゴスペル、ソウル、R&Bは表面上での形式で基本的な精神はそこにあるんだ、というまずそこを理解しないといけないでしょう。

あるオーデイションの例で山下達郎さんが参加者があまりにも「ゴスペラーズもどき」などの表面的なスタイルのみを踏襲したものばかりで、たまらず「お前ら本物をもう少し勉強しろ!!」と怒鳴ったという話を聞いたことがあります。やはりこれは今の日本の音楽状況を如実にあらわしていると考えていいでしょう。

また私が懇意にさせていただいているある音楽ライターの方が今の音楽家と「わかったつもり」の音楽リスナーに関する状況を詳細にレポートしています。非常に的確に表現していますので本人の承諾を得て引用させていただいています。

尚、誤解を招かないように書きますが、以下の引用はあくまであるコンサートのレポートであり、このライターの観点と私が全面的に同じ意見であるというものではありません。あくまで一例としての引用であることをご留意下さい。

---------------以下 引用---------------------------------------

日本では清志郎やサザンのように、見世物として騒げる「タレント」としてしか、接しようとしない。また、ドラマタイアップする小田・陽水とか。
だから日本のロックの頂点であり、どんな売れてる若手よりも先進的で野性的で激しいロックをプレイする佐野元春のステージは、「知らねー」「興味ねー」「おっさんが昔好きだった人だろ」と、ハナっから無視して聞く耳を持たず、会場を出て、10~20代向けのほかのステージへ行った。

だから主催の鹿野淳や渋谷陽一はブチ切れ、「お前らもうフェスに来るな!」とキャリアを捨てる覚悟で叫んだ。
そこまでしないと、みんなわからないというのが、本当に情けない。
「音楽なんて好きなもの聞けばいいじゃん」「何を聴こうが勝手だろ」と言ってられない状況なのだ。
わかりやすく大雑把に言えば、今の好きな使い捨てルックス重若者専用音楽しか興味を持たない状況は、温暖化で自然破壊され、未来がないのに、「自分がタバコを吸いたくて金を出して買ってるんだから自由だろ」とか「暑いんだからエアコンかけてるだけで、誰にも迷惑かけてないんだから部屋で何をしようが勝手だろ」というのと、同じだ。

みんなが使い捨てルックス重若者専用音楽しか興味を持たないから(何でも聞いてるとかいっても、結局、清志郎やサザンの「タレント」とや、CM・ドラマタイアップする小田・陽水・達郎とかのみ)、本物のベテランが売れなくてレコード会社やメディアから捨てられ、消えていく。


そして、ジャンクフード音楽しか残らなくなる。今でもそうだが、それしか知らない若者は、ジャンクフード音楽を本物と勘違いしている。

天然ものの魚を知らず、養殖ばかり。畑や有機栽培を知らず、ハウスものや加工物ばかり。おばあちゃんの味やしっかり下ごしらえしたものを知らず、インスタントやファミレスばかりで、本物の味を知ってると言い張る。
僕らの世代は、ザリガニやカブトムシを捕まえ、海や川で釣りをして、親と一緒に料理をした。そういった本物を知ったうえで、お菓子やカップラーメンといったジャンクフードも、それはそれとして食べた。

甲斐バンド、TULIP、佐野元春、柳ジョージ、ツイスト、オフコース、渡辺美里、ゴダイゴ、中村あゆみ、山下達郎、松山千春、竹内まりや、アリス、山下久美子、白井貴子、杉真理、さだまさしなどが常にオリコンのシングルやアルバムチャートのベストテンを埋めていた。
そしてユーミンと大滝詠一が大記録を成し遂げた。
日本中が世代を超えて、いいものはいいときちんと評価していた時代彼らは今でも本物であり、互いを尊敬しあい、下の世代のミュージシャンに尊敬されている。
今売れているルックスありきのミュージシャンで、全く音楽性が違うのに、一緒に活動したり尊敬しあってるのはいるだろうか?


残念ながら、学生みたいに狭い世界で似た者同士でつるんでるだけ。そしてベテランに相手にされていない。
今100万枚売れていても、20年後にもいい曲と思えるか?
人前で聞いてて恥ずかしくないか?
下の世代に尊敬されるか?
そもそも第一線で生き残ってるか?
あなたが60~70歳になったとき、胸を張ってこどもや孫に、「いい歌だろ?」「いい歌手だろ?」と言えるか?
それを考えたら、80年代までの音楽と、それ以降の音楽の違いが如実にわかるはず。 <以下略>

誤解をしないでいただきたいのですが、ここでは古い音楽が良くて、今の音楽が駄目とかそういうことがいいたくて引用しているわけではないことをご理解下さい。

ここで最大のポイントは現代の日本人の情報に対するリテラシーの低さが音楽文化の発展の障害になっているのではないか、という問題提起です。具体的にいうと「テレビなどのタイアップを取った音楽=良い音楽、それ以外=取るに足らない音楽」という風潮であります。そして「そのタイアップを取った音楽を知る=世の中の全ての音楽を「わかったつもり」になっている」という思い込みです。

この友人のライターの文章も「ドラマのタイアップ」が演奏された時は盛り上がったけれど、タイアップも何もない佐野元春とか出るとぞろぞろとみんな会場から出てってしまう、「タイアップ音楽=良い音楽」と思い込み、それ以外の音楽についてはその価値を理解しようとすらしない、そういう風潮に怒りを表明した内容でした。

実際今の10代ー20代の子達と話していると本気でそう思っている人たちが多いことを感じます。 つまり「わかったつもり」 と「情報に対して受身」の2点が音楽文化をを蝕んでいるような気がします。

最大の問題は
1.断片的な情報のみで「全てをわかったつもり」になり、それ以外の詳細な情報には目もくれないこと、

2.情報に対して受身になり、その情報に対して考えたり評価したりしないことー思考停止


この2点が音楽文化にとって大きな障害になっているのではないかと強く感じています。

特に「情報に対して受身」の姿勢は日本人は欧米人などと比べとくに強いことが揚げられます。前述の記事にも書きましたがこれは検索エンジンの使い方で日本人と欧米人の間で顕著な違いがあり、欧米の人は自分が探している情報を見つけるまでかなり一生懸命探しますが、日本人は自分が探している情報が「すぐに」みつからないとすぐに諦めてしまう傾向が強いそうです。例えて云えば欧米の人は情報を「見つけられる」ページを探し、日本人は情報を「与えてくれる」ページを探す傾向があるようです。従って「よいホームページ」という概念には日本と欧米で明確な違いがあり、欧米は「情報がふんだんにある」ページがよいとされるのに対し、日本は「情報がすぐにわかる」ページがよく、あまりテキストの文字数が多いホームページは日本ではよいとされていません。

実際私もホームページを運営していてこれはすごく強く感じます。料金表(CDプレスとかマスタリングとかの)とかを入れても殆どのお客様からは「わからない」という答えが帰ってきます。どこがわからないかというと「たくさん書いてあってどれが自分にあてはまるのかわからない」ということでした。つまり日本人に対してはテキスト文字数が多すぎるとかえって「わかり辛い」と感じる人が多いようです。実はここに深刻な問題があります。またうちのホームページにはさまざまなクリック可能な場所がありますが、せっかくある検索キーワードでホームページに来ても、全然関係ないページをクリックして結局は他のページに飛んでいってしまう、そんな人が非常に多いことも感じています。つまり選択肢が多いという状況で「パニック」を起してしまい、どこをクリックしていいのかわからない、というのが実情のようです。要は自分で多くの選択肢の中から選択する、ということに慣れていない人が多いようなんですね。つまり情報に対して考えるという習慣を持っていない人があまりに多い点にあります。

これらは文化の状況にとって非常に深刻な事態をもたらしていると思います。私見では情報が現代はあまりに多くなってしまい。情報に対していちいち調べる、考えるということができなくなってしまう、面倒くさくなってしまうという点もあるようです。

 これは日本において情報のリテラシー教育というものが殆ど行われていなかったことに起因しており、その点においても残念ながら日本は欧米社会に比べても非常に遅れているといわざるを得ません。経済産業省が日本を本当にコンテンツの先進国にしたいのであれば、この情報やメデイアのリテラシー教育を早急に確立するように提言したいと思います。系統だった情報に対するリテラシー教育のカリキュラムを早急に確立し、これからますます顕著になる情報過多社会への対策を取るべきでしょう。

 このブログでは音楽業界の主に業界のありかたについて述べてきましたが、業界のシステムは遅かれ早かれ変わっていかざるを得ないでしょう。しかし私は音楽業界の本当の変革は業界のシステムのありかた云々よりも一般の人ー特に若者への「音楽文化の啓蒙」こそが急務であるように思います。せっかくすばらしい音楽を創っているのに「テレビに出てない」というだけで聞こうとすらしない若者たち、まずはここから変革しないと音楽業界そのものの再生はない、そう思うようになりました

 このブログは最近かなり多くの若い人たち、学生さんに読んでいただいているのがわかっています。(ac.jp とかがたくさんアクセスしていますので.)中には音楽業界で働きたいと考えている方もいらっしゃるかもしれません。まずはそういう人たちに理解していただくために、これから「音楽の成り立ち、その歴史」についてこのブログでシリーズ化して書こうと思っています。そうすることによって皆さん、特に若い人たちに「テレビに出ているもの ≠ 本物」ということを理解していただき、本物の音楽というものを尊重し文化として大事にする、ということを理解していただける人が一人でも多く出てきていただければ幸いです。

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