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2008年10月25日 (土)

著作権第三十条改正ーダウンロードに関するルール

■「ダウンロード違法化」ほぼ決定 その背景と問題点 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/24/news085.html

長い文章でしかも法律の文章が出てくるのでわかり辛いとは思う。津田さんがかなり噛み砕いて説明はしているが、誤解する人がいるといけないのでもう少しわかりやすく書こうと思う。

<録音録画小委員会中間整理から引用>

(2)検討結果

a 違法録音録画物、違法サイトからの私的録音録画

i 第30条の適用範囲からの除外

 この利用形態については、具体的には、海賊版からの録音録画、複製物の提供を目的とした違法なダウンロード配信サービスを利用した録音録画、ファイル交換ソフトを利用したダウンロード等が想定されるが、前述の利用実態を踏まえれば、

ア ベルヌ条約のスリー・ステップ・テストに照らして考えてみても、通常の流通を妨げる利用形態であり、権利者側としては容認できる利用形態ではないこと

イ 利用秩序の変更を伴うが、違法サイトからの録音録画が違法であるという秩序は利用者にも受け入れられやすいこと

ウ 個々の利用者に対する権利行使は困難な場合が多いが、録音録画を違法とすることにより、違法サイトの利用が抑制されるなど、違法サイト等の対策により効果があると思われること

エ 効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば、録音録画実態も減少することから、違法状態が放置されることにはならないこと

まず、私自身のスタンスとしてインターネットが有効なプロモーション手段として育って欲しいと心から願うものである。しかし同時に一部のネットユーザーのように「ネットにいかなる制限やルールももうけるべきではない」という考えには賛同しかねる。それは制御不可能や無秩序な状態を誘発し、それが特に中国で顕著だがクリエーターの権利をないがしろにする雰囲気をネット内に広める結果になっている。従って今回の改正内容にいくつかは問題はあるものの、私的録音の定義まで踏み込んだ意味は大きいと思う。元々Winnyだ、デジタルコピーがたやすくできる現環境では既存の法律内容で行くには無理があるだろう。

まず非常にわかり辛いのは「私的録音」の範囲、要はコピーしたものを自分の家の外に持ち出す、家族以外の第三者の人間に渡したら違法になる。当然ホームページ等でオリジナルのコンテンツを自由にダウンロードできるようにするのも違法である。勿論winny等で意図的にコンテンツを流したら違法である。但しコピーが難しいyou tubeやニコ動はストリーミング形式であれば違法ではない。

ここで今までと大きな違いは友達に「あのアーチストの音楽のコピーをちょうだい」と頼まれてCDをコピーして渡すという行為自体が違法になる。またCDの曲をパソコンでコピーし、友人にダウンロードさせるというのも違法。今まではこれを「個人で楽しむ」範囲に入っていたがこれからはそうでなくなる。勿論最近はあまりないが、コピーガードが入っているコンテンツのガードをはずして人に渡す行為も違法となる。

ただ違法とはなっても実質的な罰則規定はない。民事で裁判を起せなくはないが、ダウンロードが「意図的」だったかを証明することなど不可能に近いからだ。法律文書に「情を知って」というわかり辛い表現があるが要は違法であることを知った上で意図的にダウンロードしたかどうかという話である。

津田さんも指摘されている通り「実効なき法改正」であり「あくまでネットの著作権侵害に対する萎縮効果を狙ったプロパガンダ的なもの」だと理解した方がいいだろうと私も思う。ダウンロード違法化の動きは特にヨーロッパで活発だが、それは「自国の文化や伝統を守る」という観点からの動きであり、「コンテンツの価値」を守るという部分ではある程度必要だと私は考える。何度も私はブログに書いているが全てのコンテンツをフリー(無料)にするというのはコンテンツを価値を0、つまりゴミ同然にしろということで、これはコンテンツビジネス、しいてはネットの情報の有効性自体を損ない、ネット社会を実質的に崩壊に導くものであるからだ。

自国の文化の価値がゴミ同然になる国は間違いなく滅びる。その意味では今回の動きは不充分とはいえ、大きな一歩である。

但し、ネットの情報伝達の有効性は保つべきだと思うので、コンテンツプロバイダーとしては、「ダウンロードしてよい」コンテンツと「フリーダウンロード不可」のダウンロードを明確に分ける必要があるだろう。映画の予告編(トレーラー)が実質的にフリーダウンロードになっているように

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2008年10月24日 (金)

久しぶりのH報堂 ままだ会♪

さて、大手広告代理店の音楽関係のキャステイングのM田さん、業界では知る人ぞ知る方でその方の主催する「ままだ会」に何と一年ぶりに出席しました。会自体も半年ぶりの開催で久しぶりに会う方も多く、懐かしい再会を多くの方と果たすことができました。昨年はうちの奥津恵がこの「ままだ会」で1曲未来(みち)を披露させていただき大変な好評を博しました。また機会があれば業界人の集まるこの会で恵の声を披露させたいと思います。

それにしても会場はものすごい人(!!)で会場内の移動もままならない状態でした。たぶん今までの会の倍近い人が来ていたのではと思います。昨年と違うのは今年は恵のきちんとしたプロモ写真とデモ音源があることで、今回はかなり多数関係者に配りました。7-8セット持っていきましたがほぼ全部配りました。M田さんにもなかなかお渡しする機会がなかったのですが、プロモ写真とデモ音源を渡すことができました。これで何かタイアップとかCMとか広がりが出てくれればと思います。恵の声質と歌はかなり自信を持って勧めることができますので...

次回は年末くらいにまた、あるのでしょうか? たぶんあると思います。その時に恵のステージがまたできるといいですが...

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2008年10月23日 (木)

マイMAC G5 メモリ再度増設成功

実は遅まきながら業界標準となりつつある2種類のソフトシンセ導入のため私の仕事場のMAC G5 Dual のメモリーをさらに2G増設しました。

前回は初めてだったのでかなり苦労しましたが今回は二回目ということで手順自体は確認作業も含め一時間ほどで済みました。

ひとつ問題はAppleはG5用のメモリーの販売を終了してしまったため、MAC用のメモリーをApple以外の会社から購入しなければならず、その品定めに少し手間取ってしまいました。安いところもあったんですが、何かこういうのって安いとかえって気持ち悪いので結局アドテック社のMAC用メモリー ADM3200D-1GWにしました。Appleで買うより\9000高いですが安定した動作のようなのでそちらで増設。今のところは問題なく動いています。

実は僕はどちらかというとまだハードシンセ派なんですが、そうはいっても業界標準のサウンドを作るためにはどうしても2種類のソフトシンセを導入する必要に迫られていました。一応最前線で仕事している人なら持っているソフトシンセで遅まきながら私も導入します。

FXPansion BFD2  (ドラムス用ソフトシンセ)
Vienase Standard Edition (オーケストラサウンド)

というわけで本日仕事場のワークステーションを強化しました。

Apple Store(Japan)

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2008年10月18日 (土)

民放各局大幅減益ー2011年アナログ放送終了も絡み岐路に

地上波の衰退の気配は最近感じてきましたが、2008年度の4-6月のデータで明確な裏づけが取れました。メデイア総合研究所の「放送レポート」のデータで民放各局は大幅減益、特に日本テレビやテレビ東京は前年比60%以上ダウンというかなり深刻な事態ということができます。

営業利益が前年比70%のマイナス!?大ピンチのアノ業界を僕らが盛り上げるには?http://r25.jp/magazine/ranking_review/10005000/1112008101606.html?vos=nr25mn0000001

スポンサーがテレビではなく、ネットの方に広告費の中心をシフトしつつあるのが背景のようで、確かにアフィリエートのように直接販売にも結びつけるしクリックした人数、いわゆる接触率を正確に計測できることから、マスに対しての告知とはいえ、どんぶり勘定的な地上波のテレビよりは確かに費用対効果がよいということができます。

しかし私はこの大幅減益の主原因はそれだけではないような気がします。どうもこの論法はネットでのコピーが増えたからCDの売り上げが減った、という類の議論に似ているような気がします。(勿論私は全くそれが大幅減益に無関係というつもりはありません)

一番大きいのは、番組コンテンツの著しい質の低下と業界の旧態依然とした体質が今回の収益悪化の根本的な原因のように思われます。

以前、私は今のテレビ業界は衰退が始まった12-13年前の音楽業界の状況に酷似していると書きました。特にテレビ業界のヒエラルキーで局の下請けとなっている多くの製作会社の制作費一律カットに始め、制作現場のスタッフの質の低下、それに危機感を全く持っていない経営陣 etc etc. 何もかも音楽業界の「あの時」にそっくりだ。アナログ放送2011年終了(本当に予定通りに行われるかわからない、特に地方や高齢者のひとり暮らしの世帯ではまだ2011年7月より現行のテレビが見れなくなることを理解していない人が多い)をきっかけに衰退のスピードがさらに速くなる可能性もあります。いずれにせよテレビ産業というものが「花形産業」からこのまま斜陽産業で存続の危機の事態にまでいくか、デジタル対応で生き返るか、岐路にたっているのは間違いありません。

あと、もう1つ気になることがあります。上記のリンクには勿論「民放」ではないためNHKがありません。勿論NHKは公共放送であり公共事業のため収益は出してはならないということになっています。建前上はこれを「経常事業支出」として放送技術の開発や研究、それに関連会社に還元しているため、帳簿上は使いきっています。その経常事業支出は約7,457億円(2004年度連結決算)と、民放1位であるフジテレビの売上高のほぼ1.6倍にも及んでいます。つまり事業費(民放なら「売上高」)はそして「受信料」による現行システムが続く限りNHKの一人勝ちの状況がますます加速することになります。

すでに制作現場では大きな民放とNHKとの「格差」が生じています。元NHKの記者で上武大学大学院教授の池田信夫氏*注1はその現状をブログでかなり詳細に記述されています。

日本のコンテンツ産業、衰退の真因 http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b4ac2f620b5312ff2563e43f9120775e

私も民放のスタッフとNHKのスタッフに多くの知り合いがいますが、率直にいってNHKの制作に関っている人たちの方がきちんとしたプロフェッショナルな人が多い印象を持っています。加えて残念ながら民放のスタッフの質は年々落ちているのは感じますね。デイレクターといっても実質アルバイトのような人も少なくありません。最近の民放の番組の総バラエテイ化、質の低下の背景にはこういう点も揚げられるかもしれません。

また上記の池田氏のリンクで池田氏が指摘しているように地上波がメデイアのインフラを実質的に独占しているため、(日本で地上波の影響が今でもダントツなのはこれも原因の一つとして揚げられます)地上波局から下請けプロダクションへの搾取の構造が番組の質の低下を招いている一面もあるようです。池田氏が主張しているようにクリエイターが自立し、多様な番組の質的な競争が起こるために必要なのは、地上波局によるインフラ独占の打破であるというのは事実でしょう。

既にヨーロッパではこの構図が崩れており、アメリカでも崩れつつありますが日本でこの構図がなかなか崩れないのはやはりこのインフラ独占の背景があるのかもしれません。勿論メデイアを見る視聴者にも課題があると思います。

音楽業界の12-13年の歩みを見て思いますのは、今ここで経営者たちが危機感を持って制作現場のテコ入れを行い番組の質の見直し、質の低下に歯止めをかけるのが収益回復につながるように思います。「テレビなんて黙ってたって誰も見るもんだ」という既成概念にとらわれていたら、テレビ業界が音楽業界のように大幅なリストラをする、場合によっては大手放送ネットの廃止(倒産) という事態は免れないでしょう。音楽業界の経営陣もそうやって業界をここまで衰退させたのですから...

*注1ちなみに私は池田氏の特に著作権に関する考え方には賛同できない面があります

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2008年10月 8日 (水)

インペグ業

 ご存じの通り私は制作会社の経営者でもあるんですが、まあいろんなことをやっています。本職は勿論音楽制作なんですがそれに付随する業務としてCDやDVDのパッケージ製作録音音コンテンツ制作全般もやっておりますが、もう1つインペグ(音楽家派遣業)もやっております。

 元々、音楽制作の過程でレコーデイングするためにスタジオミュージシャン等を必要とすることから、その手配もついでに行うことから始まったのですが、本格的に始めたのは八ヶ岳のセラヴィリゾートー大地の園ーというリゾート施設で大量の音楽家が必要とされ、私は演奏と演奏家のコーデイネート両方の作業を行ったのが始まりです。まあこのブログでも書いてありますように残念ながらつぶれてしまいましたが...

 その後ライブやレコーデイングを始め、ホテル、そうそう競輪場なんてのもありました。そういうところに派遣もしていましたし、私自身も結構演奏をしておりました。そして本日も某財閥系のバンケットルームで演奏家を派遣、この会社のテーマソングのアレンジ等も行いました。(写真)

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 正直インペグ業自体はたいしてもうかりません。特にホテルやブライダルはもうデフレスパイラルになって「もっと安くできるか」といった類の話になります。また以前インペグ屋さんはアーチストのツアーに派遣する等で結構利益を得ていたんですが最近の風潮でインペグ屋を飛ばして直接ツアー制作会社がミュージシャンをブッキングするケースが大きくなりインペグ屋はますます厳しい状態になっています。そんなわけで私の会社も利益を上げる意味ではやっていません。

 しかしこれらが全く無駄なことかというと決してそうは思わないんですね。これは事業というよりは音楽の演奏をいかに聴いてもらう機会を多くするか、という基本理念が背景にあります。

 最近、特に若い人に多いんですが自分の目の前でプロの演奏家が演奏するのを聞くという体験を一度もしたことがない、という人が相当数いるようです。それどころかYou tubeでの画像を見て「ライブを体験した気になった」「音楽がわかった気になった」という人がかなりいるようです。しかしそれは違います。音楽の本当のすばらしさはやはり生の演奏を聴くことによって初めて得られます。楽は時間軸と空間の芸術なんですね。本来は、それが最近忘れられてきているような気がして仕方ありません。どんなにネットでの配信スピードが速くなろうが、その体験は伝えられるものではありません。

 なかなか思うように機会が広がらないのも事実ですが、実際の生の演奏の空間をできるだけ作っていく努力はやり続けたいと思っております。音楽のすばらしさを少しでも多くの人に再認識してもらうために

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2008年10月 5日 (日)

自分のためのアルバムを久々に作ることにしました。

実は思うところあって、自分のためのアルバムを久々に作ることにしました。 といってもアーチスト「大野恭史」というよりはかなりコンセプチュアルなアルバムです。音楽もどのジャンルに入るかわかりません、というかジャンル分け不可能かもしれません。

でもクラシックでもなければいわゆる現代音楽でもありません。まあ現代音楽のコンセプトは若干入っているかもしれませんが... しかし楽しいものにしたいです。

そしてあえてこの音楽は「配信」はしないと思います。CDだからこそのアルバムをあえて作ります。

そしていわゆる「癒し系」ではありません。本当にジャンル分けが不可能だと思います。

しかし私の通常の音楽の仕事とか、制作会社としての業務もこなさなければなりませんからその合間に作曲作業を行うと思います。そしてかなりいろんな仕掛けを仕込んだ音楽作品になりますので、かなり時間がかかります。録音作業もかなり手間がかかると思います。

今はそこまでしかいえません。完成がいつになるのかもわかりません。(笑)

そういえばピアニストとしてのアルバムを出す、と一度ホームページに発表していまだに出していないというのもあるんで(汗) 、まあそれはそれでいつかはやっていきますけど、こちらはなかなか環境が整わないんで、出したくとも出せないというのもあるんですが..

要はまだクリエーターとしてたいした仕事はしていないんで

何か一つだけ世間を「あっ」といわせる作品を残したい、そう考えていますので.. 具体的に発表できる段階が早く来ることを祈ります。

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2008年10月 2日 (木)

ソニーミュージック、BMG JAPANを完全子会社化

■ソニーミュージック、BMG JAPANを完全子会社化
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/02/news081.html

このBMGという会社、かつてはビクターグループだったり、ユニバーサルにいったりとあちこち転々と親会社が変わって行ったけど、今度はソニーグループか。今度は事実上の吸収合併といっていいでしょう。

ちなみにEMIも新CEOの足立正人氏が就任したが、この足立氏M&Aや人員整理屋としても知られるそうで、EMIも一波乱あるかもしれない。実はEMIは僕が始めて「メジャー」の仕事をした記念すべきレコード会社だったのだが...

今年じゅうにあと何社のいわゆる「メジャーレコード」会社がなくなるだろうか。私がつきあいのあるビクターやコロンビアミュージック(なぜか老舗ばっかりだ(~~::)!!)も今後どうなるかわからない。

既に「メジャーレコード」なんてものは有名無実になりつつあるんだが、実は肝心の業界人でそのことを理解できない人間がまだ業界の大多数なんだからいかに世の中が見えていない業界人が多いかだね。

まだまだ音楽業界の激動は続く

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2008年10月 1日 (水)

「情報やコンテンツはただであるべき」という考えは情報化社会をかえって崩壊させる。

10月に入りました。音楽や音声のコンテンツ制作屋としても作曲やアレンジャーとしてもこの秋はおかげ様で忙しくなりそうですが、最近「情報とコンテンツ」に関してある思いを強くするようになりました。

現代はいうまでもなく「情報過多社会」です。ネットは勿論いわゆるマスメデイアからも情報があふれています。しかしその分これは自然の摂理ですが情報のエントロピーも増大していて、おそらくこの傾向はどんどん加速していくでしょう。実は数学には「情報理論」というものがあり、式が難しいのでここでは記しませんが、要は情報が増えれば増えるほど情報の内容が無秩序になっていくというものです。私は大学でこれを専攻したのでわかりますが、現代社会はまさにこの状態になっているといえると思います。

情報量というのは「起こりにくさ」です。数値が高いほど「起こりにくい」ということになり、低いほど「起こり安い」と定義します。エントロピーは最終的に無限大の方向に行くというのが自然科学のエントロピーの法則といいますが、その情報量を扱う統計学のエントロピーは最終的には情報は無限大に拡散していくことを意味します。平たくいえば今の情報過多社会は今にもまして情報が洪水のように流れでる状態になっていくということになります

こうした中で情報やコンテンツがあふれていくということは何を意味するでしょうか?それは情報やコンテンツの供給過多を意味し、情報の需要を大きく上回ることになってしまいます。今既にこの状態になっています。それゆえ「全ての情報やコンテンツはタダ(無料)であるべきだ」という概念が台頭し、今ネットユーザーのおそらく過半数以上はそう考えているように思います。

だがちょっと待ってください。私が大学で情報理論を学んでいた時にずーっと引っかかっていて今でもひっかかっていることがあります情報量というのは単に「起こり辛さ」を表現しているに過ぎず(確率)、例えば「自分が宝くじに当たった」事象と「見知らぬAさんが宝くじに当たった」事象は、前者の方が有意義な情報に見えますが、両者の情報量は全く同じなのです。つまり数学の情報理論は個人・社会にとってどれだけ意義のあるものかというのは無関係なんですね。

しかし実際には情報に接する場合その情報が本人にとってどれだけ有意義でかというのが大事なのであって、情報がどんなにあふれていても本人にとって有意義でない情報ははっきりいってゴミ同然ということになります。つまり情報量が増えるということは、情報の自分にとっての価値ということを必然的に自分で高い次元で選択する能力が必要なわけです。そのためには情報やコンテンツに対するリテラシーを今まで以上に持つことが重要になります。

情報やコンテンツに対するリテラシーとは自分で情報やコンテンツの価値の内容を一定のレベルまで理解した上で信頼性を自分で調べ客観的に評価する能力のことです。流布されている情報を鵜呑みにしては決して駄目で、また情報やコンテンツを単に自分の好き嫌いだけで判断してもいけません。そういう能力を身に着けないとこれからの情報過多社会には生き残れないということがいえます。マスメデイアの情報に煽動され、踊らされる人々は情報弱者の類に入れられてしまうかもしれません。

無料=タダというのは要するに「価値がない」ことを意味していますから、情報やコンテンツに対するリテラシーが入る余地がなく、情報のエントロピーが増大することによってより無価値なものになってしまいます。つまり無料の情報やコンテンツは結局ゴミかゴミ以下の扱いしか受けなくなるということです。それを考えるとメデイア、特にマスメデイアの情報やコンテンツは一見無料とはいっても実際には「スポンサー」が買っているもので、その結果間違いなく恣意的かつ、意図的な情報操作を行っているものであります。そして情報が今後も今まで以上にあふれていく状況を考えればこの傾向は今後ますます強くなることはあっても弱くなることはありえない、といっていいでしょう

それらの情報は情報やコンテンツに対するリテラシーという観点から見れば失礼ながらゴミかゴミ以下の価値しかないものでしょう。情報やコンテンツを受容する人は無料で接するわけですから。つまり全ての情報やコンテンツをタダにすべきという議論は全ての情報やコンテンツを結果的にゴミかゴミ以下の価値にすべきだといっているに等しく、この考え方は情報化社会の情報やコンテンツの質の低下を招き、結果的に情報化社会を実質的に崩壊に招くといっていいでしょう。

そのためやはり有料コンテンツ、そしてコンテンツにお金を払う背景は残すべきであり、それに対するユーザーの啓蒙も必要でしょう。私の考えではネットが普及するに当たりそのコンテンツの権利、権利者への尊重の啓蒙をきちんとしていなかったのが今日の状況を作っているように思います。

コンテンツメーカーは今まで以上にコンテンツの質の向上にエネルギーを投入すべきであり、ユーザーがこのコンテンツならお金を払ってもいい、と思わせる内容にしなければなりません。音楽に限っていえば音楽配信のプラットフォームがmp3のままでよいのか、(いいはずがない)という問題があります。それと特に最近の若い世代に対して「音楽のすばらしさ」というものをいかに伝えていくかというのも重要な要素です。

ネットが社会に定着して十年以上、コンテンツビジネスがビジネスとして生き残れるか、コンテンツが文化として次の時代に継承されるか、これからが正念場でしょう。

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