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2008年2月25日 (月)

2008年アカデミー賞結果!! ノーカウントリー観てみたい!!

さて、先ほど2008年の映画のアカデミー賞、オスカーが発表された。音楽の人間とはいえ映画音楽の分野で少し映画の世界に関っているのと、個人的にやはり映画が好きなので毎年どうしても見てしまう。ある意味では先日のグラミー以上に興味を持って見ているかもしれない。

今年は第八十回のアカデミー賞ということで、先日のグラミーが五十回目と結構節目の年なのかもしれない。歴史のないアメリカだけに逆に歴史を大事にする国だから過去の受賞のシーンがふんだんに上映された。

全部書くと大変なので主な部門の受賞者は以下の通り。尚、原題は日本公開時に変わることがあります

作品賞 : ノーカウントリー (原題:No Country for old men) コーエン兄弟、スコットルーデイン

監督賞 : ノーカウントリー (原題:No Country for old men) コーエン兄弟

主演男優賞:ダニエル デイ ルイス ;原題:There will be Blood

主演女優賞:マリオン コッテイラール ;エデイットピアフ(原題:La vie in Rose (バラ色の人生))

助演男優賞:ハビア バルデム  ;ノーカウントリー (原題:No Country for old men)

助演女優賞:テイルダ スイントン ;フィクサー 原題:Michael Clayton

作曲賞 ; ダリオ マリアネッリ ;つぐない 原題:Atonement

主題歌賞: Falling Slowly(グレン ハンザード、マルケッタ イルグローバ) ; 原題:Once

メイクアップ賞:Didier Lavergne and Jan Archibald ;エデイットピアフ(原題:La vie in Rose (バラ色の人生))

最優秀外国映画; ヒトラーの偽札:原題The Counterfeiters (オーストリア)

これ以外の情報を知りたい方は英語ですが
http://www.oscar.com/nominees/index?pn=index#20_BestActressNominationCategory

作曲賞と主題歌賞は一応音楽家の端くれなのでどうしても関心を持ってしまいますが,今年の映画音楽のノミネーションはフィクサー(原題:Michael Clayton)のジェームス、ニュートン、ハワード以外はみんな始めて聞く名前だ。これは映画音楽家がだいたい特定の映画監督のお気に入りになっている場合が多いことも関係あるようだ。実際今年の監督賞の候補はコーエン兄弟以外はみんな若手監督であることも影響していると思われます。「映画音楽の仕事をしたければ映画監督と仲良くすることだ」という格言通りです。

主題歌賞は大本命の"Enchanted"というミュージカル映画ではなく映画"Once"のフォーク調の音楽が入賞しましたが、これは"Enchanted"のノミネート曲が3曲入り票が割れたことが原因だろう。昨年だったか"Dream Girls"でも3曲入ったにもかかわらず受賞できなかったたぶんあのパターンでしょうね。いくら曲が良くても5曲中3曲も入ったら、かえって不利である。最後は選ぶ人の単なる好みになってしまうから.. しかし一方ではインデイース系のアーチスト、グレン ハンザード、マルケッタ イルグローバがオスカーを取るというのはやはりアメリカのいいところでしょうね。今の日本だとこういうことはまずありえない。

さて、メークアップ賞は日本人の辻一弘さんがノミネートされたが受賞ならず、外国語映画賞も浅野忠信主演の”モンゴル"がノミネートされるも受賞ならず。それは残念でした。日本人の映画監督が監督賞を取る日は来るのでしょうか?

ちなみに主演、助演のダブル受賞の期待がかかったケイト ブランシェットは無冠。でもこの人最近女優の中での演技力は光ってますね。ちなみにインデイー4「(原題をそのまま訳すと)水晶どくろの王国」ではKGBの悪女を演じるそうです。「水晶どくろ」というだけで舞台がどこか想像がつきますね。しかし南米のマヤ遺跡になぜKGBがいるのかはよくわかりませんが、1958年のキューバ革命がらみなのでしょうか? いずれにせよこれも早く観たいですね。

大半の映画が日本ではまだ公開されていないけどやはり観たい!! という気にさせるのはなんといってもノーカウントリーでしょう。助演男優賞を取ったスペインの俳優ハビア バルデムの殺し屋役はちょっと見ただけでも強烈な印象を与えるし、助演といっても殆ど主役を食っている感じ。コーエン兄弟というニューヨークインデペンデント出身の2人はいつも独特の世界を作っている監督だけにこの映画の中で一番「観たい!!」という印象を持った。コーエン兄弟は「バートン フィンク」以来チェックしていた監督でもあります。

3月15日よりシャンテシネで公開らしいからみてみようと思ってます(別にシャンテからお金はもらってません(^^) あしからず..)


映画館で並ばずにチケットが買える!

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2008年2月24日 (日)

オンリーワンを目指す!! コンテンツ制作事業で生き残る方法

さて、私が経営している会社は音楽、音声、SE(音響効果)等 音の制作に関することならメデイアを問わず行ってきました。仕事の大半は請負といいますか、B to Bの仕事依頼で制作の仕事を行ってきていますが、どの業界でもそうでしょうが弊社もかなり厳しいコスト環境で仕事をやらざるを得ない状況になっており仕事の数をこなしても利益があまり出ない状況になっています。

特に今ネット経由で情報が急激に広がってきて、ネット経由で仕事の依頼が来たり、仕事を取りに行ったり、なんてことが当たり前になってきました。ネットによる情報のtrans-action が頻繁になるということは当然、社会の相関関係がフラットに近づいてきて仕事を依頼する人材の情報も集約されることになります。それは何を意味するのか? 実は仕事を受注する側にとってはかなり過酷な状況を作ることになります

以前私はコラムーデジタル技術は「コンテンツ制作現場」を理想的にしたか? においてデジタル技術がもたらすコストダウンによって逆に現場の制作者の生活が圧迫されている実態を述べました。こうした現状は流れとしてもはや止まることはないでしょう。そうであるならばあとはコストを如何に目いっぱい削れるか、ということになりますがコストパフォーマンス、削減には限界があります。もうはっきりいって現在もはや限界を超えている状態です。 と、なるとこの現状から制作者が生き残るとしたらコストパフォーマンスというコストを削る方向ではもはや先が見えているということになります。

 先週も音声コンテンツの仕事、つまりナレーションコンテンツの制作をやりました。売り上げ額もたいした金額ではなく決しておいしい仕事とはいえませんがそこそこ弊社の重要な仕事の一つになっています。これはナレーターの人脈、編集能力、ファイルの変換能力、といったいかにもSOHO的な能力が必要になりますが、この仕事自体はそこそこの業務経験や編集ノウハウと人脈さえあれば誰にでもできます。

これは何を意味するかというと、一応プロレベルの仕事ではあっても私以外でナレーション録音や編集等の経験がある人間がいれば、私の替わりにこの業務を遂行することは可能であることを意味しています。実はこういう仕事はこれからどんどん価値が下がっていくでしょう。なぜならいつでも「替わり」がいるからです。今ネットの世界で「替わり」を見つけるのはそう難しいことではありません。

  ということは「誰か替わりを見つけられる」仕事はこれからどんどんビジネスの世界で価値ーコスト要求が厳しくなるーが下がってきて。コンテンツ制作現場がますます厳しくなる、ということになります。「コンテンツは物品ではない、コストを下げればクオリテイは必ず落ちるものなのだ。と私は再三再四それを述べていますが残念ながら、それに耳を傾ける人材が今この国にはあまりにも少なすぎるのが現状です。 しかしそうなると我々コンテンツ制作者が現実問題として生き残る道は「誰も替わりが勤まらない」クオリテイを提供できるノウハウや作品を作って、「付加価値をつける」ことしか生き残る道がないということになります。つまり仕事のプロフェッショナルとしてオンリーワンのものを持つということなのです。

誰がオンリーワンであることを評価するでしょうか? それはレコード会社のプロデユーサーなどではありません。ユーザー等あなたの作ったコンテンツを実際に「消費」する人たちです。しかしあなたの作ったオンリーワンの価値が高ければ、そのオンリーワンのコンテンツは使い捨てられることはないでしょう。特に音楽の世界などはもうそう遠くないうちに「さら地」ー焼け野原のようになりますから、もう「メジャーレコード」のプロデユーサーなどのいうことなど無視していいと思います。はっきりいって彼らの喜ぶ音楽などを一生懸命作るのはもう時間の無駄だと思います。そんなエネルギーがあるのならあなたしかないオンリーワンの作品を作るようにしましょう。あなた以外には替わりの勤まらないインパクトのある作品を作ればたぶん道が開けると思います。

「売れセン」のアレンジとサビを作れ、といってもあなたの替わりはいくらでもいるのです。みんなそれをやろうとしているんですから、しかし結局それはいいようにただ同然でこき使われて、いずれ使い捨てされます。私自身そういう目に何度も会ってきたし、私以外にもそういう目にあった人間も大勢知っています。それと同じ道をそれでもあなたは歩みたいですか?

今私は自分で会社を経営して、うちの会社のアーチストでオンリーワンのアーチストを作り、オンリーワンの作品を発表しようと思います。それが本当に価値のあるものなら必ず人は支持してくれます。またオンリーワンのノウハウを使って音コンテンツで万引きを減らす、なんていうプロジェクトもやっています。いずれも「私以外の替わり」が勤まるものではないものです。この厳しい現状から脱却するにはそれしかない、と思っています。誰か「替わり」が見つかるような仕事ばかり追いかけていたら未来はないと思います

オンリーワン なんてなにやら槇原敬之(というより最近の人はSmapか?)みたいになってしまいましたが、日本人というのはどうも人のやらないことをあまりやりたがらない傾向が強いです。特に日本の音楽業界の世界に染まってしまった人間は「他人と違うことをする」ことに抵抗感が根強くあります。しかしネットがもはやビジネスに不可欠となり、世の中がどんどんフラットになってく現状では、オンリーワンを目指さないと生き残れないと思います。私自身は少なくともそれを目指したいです。


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2008年2月22日 (金)

音楽配信伸びてるというけど

Ri01s_2 実は9割が着メロ(着うた)の売り上げだ。
つまり754億円のうち680億円がいわゆるモバイル(携帯)用の着うた、

いわゆるネットの純粋な意味での「音楽」の配信は59億円と全体の8%にも満たない。だから確かに伸び率は二桁ではあるがこのデータを持って「音楽配信市場が急成長」というのは正直しっくり来ない。

売り上げの9割が着メロ(着うた)という事実からもこれは音楽を単なる{ツール」として販売しているに過ぎず、本当の意味で音楽の表現を売っているのではない。先日私が述べた「ツールとしての音楽の売り方」というのがそのまま音楽配信の数字に反映しているということができる。

確かに「ツール」以外の音楽配信は30%伸びているといっても元々の数字が小さすぎて、当たり前だがCD売り上げの落ち込みをカバーできるようなレベルではない。だからこの数字を持ってもし「これで音楽配信がCDにとって変わることが証明された」かのように考えている向きがあるとしたらそれはあまりに早計である。いわゆるITの世界ばかり見ているとそう思えるのかもしれないが、ネットのコンテンツ配信の動向は、一部のアナリストが頭の中で考えるようには動かないものなのだ。

i-tunesでもビデオ配信、映画配信を始めた、だからDVDの時代はもう終わった、もはやDVDは無用の長物である、などと一部のITジャーナリストが云っているのを聴いたことがある。しかしおそらくそういう人は劇場で映画を見たり、ブルーレイのハイビジョン高画質で映画を見た経験のない人だろう。あれと同じ画質、クオリテイの映画を配信でやろうとしたら、いくらブロードバンドでも気が遠くなるくらいダウンロードに時間がかかる。ブロードバンドはあくまで現行のNTSC程度の画質レベルならリアルタイムで配信可能だが、ハイビジョンの情報量は桁違いであることを見逃している人が多い。

だからこういうデータが出てきても、音楽配信の未来に明るい展望は持てないし、だからこれを持って音楽業界が生き返るなどという考えには私は賛成できない。

2007年の音楽配信売上は754億円、前年比41%増~日本レコード協会調べ
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/02/22/18557.html

レコ協のプレスリリース
http://www.riaj.or.jp/release/2008/pr080221.html

 iTunes Store(Japan)

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2008年2月17日 (日)

ヨーロッパで演奏家の権利保護機関が延長を提案

欧州委員、ミュージシャンの著作権保護延長を提案

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/15/news036.html

意味がわからない人のために解説しますと「実演家」という表現は、クラシック音楽などは一応「再生芸術」といわれ、同じ楽譜でも「演奏家の個性」を芸術表現と考え、それに関する権利を「実演家の権利」といい「著作権」と同じ扱いをするものです。同じようにジャズでもジャズ演奏家によって同じ曲でも全く違う演奏(特にアドリブ部分等を入れると殆ど全く別の曲になります)になることからそれを「著作物」と認識し「実演家の権利」として規定している、いわば演奏家の持っている著作権のことをいう。基本的にはクラシックやジャズの演奏家を念頭においており、それ以外の音楽のジャンルでは作曲家=演奏家というケースが少なくないのでポップス関係ではあまりなじみがないかもしれない。

(注:これは原版権利者と原版権とは別のものです。よく「原版権」と「著作権」を混同する人がいますが「原版権」は音源に関する権利、「著作権」は著作者や演奏家といった「個人」の権利です。業界人でも結構混同する人間が多いのは困ったものですが..)

私自身も一応ピアノをはじめとする演奏家でもあり、そして勿論本職は作曲であるので理論上は2つの権利を持っているわけで、一応建前上は保護期間延長には基本的に賛成なのだが、実はこの提案を手放しでは喜べない部分がある。

私は音楽業界の現状云々とか、ネットプロモーションを強化すべきだと等の見解を述べていたが、勿論コンテンツの基本は権利ビジネスであり、権利保護には勿論賛成である。しかしだからといってただひたすら「保護する」「守る」という部分に過剰にこだわり、音楽コンテンツを広める行為に障害を起きるとしたら問題だ、というのが私の基本的な考え方である。(決して音楽の権利保護に否定的な見解を持っているわけではない、ここのところを一部の人がどうも誤解しているようである

しかし子供でも「過保護」に育てる、つまり甘やかされるとロクな人格の人間にならないのと同じで、過剰な保護は産業の体質をかえって弱体化し、新たなビジネスチャンスをみすみす逃してしまう結果になる。確かにネットの世界には「コンテンツの権利」に敬意を示したり尊重するという考えを微塵も持っていない輩は少なくないことは確かである。しかし本当にそういう連中の権利を踏みにじる行為(違法コピー等)を根本から絶つには寧ろネットの世界に積極的に打って出て、違法コピーの根をたつことをすべきであろう。音楽業界は洋の東西を問わずそれを怠ってきたのだ。

今回の「実演家の権利延長」は95年でこれはいわゆるSP盤の録音のクラシックの名盤の殆どが入ってしまう。これが実現すればクラシック音楽がいくら作曲家の著作権が消滅している曲でも演奏家の著作権が生きていればネットでの放送、ストリーミングは事実上不可能になるだろう。

しかし現実問題としてただでさえラジオのプロモーション能力が落ちてきている現状に加え、地上波のテレビはNHKは別として積極的にクラシックや昔のジャズの名盤をプロモーションするとは考えにくい。従って自由にクラシックのCDをプロモーションするメデイアというとネットしかないのが現状だ。この提案が決定されれば(たぶんされるだろう)クラシックのCDのプロモーション方法が、少なくとも音源を実際に聴く機会は殆どなくなる可能性がある。

何度も云うが権利保護は勿論重要である。しかし、子供を過保護にするのはかえって「惨い」育て方であるのと同様、「守る意識」が過剰になるとかえって自分の首を絞める結果になると思う。それが最近の音楽業界の停滞の原因の一つになっていると私は考える。


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2008年2月11日 (月)

2008年 グラミー受賞結果とその雑感(ネタばれ)

今年は50回目のグラミー、そうグラミー賞がもうけられてもう半世紀なのだ。まさにポピュラー音楽歴史そのものだ。グラミーは受賞可能な部門数だけでゆうに100を超えるので主だった賞の今年の受賞者は以下の通り

・最優秀アルバム 
River: The Joni Letters & Herbie Hancock

・最優秀レコード
Rehab:Amy Winehouse

・ソングオブザイヤー
Rehab:Amy Winehouse

・新人賞
Amy Winehouse

・最優秀女性ヴォーカリスト
Amy Winehouse

・最優秀男性ヴォーカリスト
Justin Timberlake

・最優秀グループ
Maroon 5

詳しくは(英語です)
http://www.grammy.com/GRAMMY_Awards/50th_show/list.aspx

尚、ちなみにグラミーはどんなマイナーな分野でも"CD"である以上受賞のカテゴリーをもうけていて、今年は大統領選のさなかで何と民主党のオバマ候補がナレーションの入っているCDを対象にした "Best Spoken Word Album" でグラミーを受賞している。グラミーの分野の深さ、裾野の広さを示しているといえよう。

それにしてもエミーワインハウス、露出狂とかかなり頭ヤバイんじゃないかとかいろいろいわれたけど、これだけ受賞できてよかったね。しかしグラミーでのパフォーマンスを見てもかなり「キテル」感じがした。数年前のジャネットジャクソンのような「オッ○イポロリ」はなかったけどね...

グラミーを見て面白いのはアーチストのパフォーマンスだ。全部あげるとキリがないが、私のブログにも書いたが昨年はガーシュウインの没後70周年ということでハービーハンコックとラン・ランとオーケストラの共演による「ラプソデイーインブルー」の演奏。全曲演奏すると17分にもなるので、勿論一部をはし折って(実際には全曲の2/3近くをカットしている)の演奏だが、アメリカが出した最も偉大な作曲家に対する敬意を忘れていないパフォーマンスだった。
 そしてジョンフォアガテイ、ジェリーリールイス、そしてリトルリチャードといったロック音楽の草創期に活躍したアーチストも出演。「古典的」なロックンロールだが、これが基本なんですよ。ここをきちんと把握していないとポピュラーミュージックの基礎を理解したことにはならない。それにしてもリトルリチャードは75歳(!!)というのにまだまだ結構歌える、まあ全盛期と比べりゃ声量は落ちているだろうけど...

ちなみにあくまで噂でマ○ケル○クソンがサプライズ出演するというのがあったが、結局出てこなかった。

まあお祭りなんで楽しくやろう、でいいのだがここからは真面目な話
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今まで何度も深刻な音楽業界の状況について述べてきたがアメリカもヨーロッパも基本的な部分は変わらない。ある意味ではアメリカの音楽産業は日本以上にロコツにネットメデイアとかをつぶそうとしている。それはCRBという著作権の管理徴収団体がインターネットラジオ局に対して 直接著作権使用料の徴収を2006年1月からに遡って行うという内容でしかも、この法案はすでに可決されており、各ネットラジオ局やYahoo!など多数の団体からの異議申し立てについても、それを認めない決定を同年の4月17日に行っている。これは事実上メジャーアーチストの曲をネットラジオでオンエアするのを事実上不可能にする法律である。

日本は既にJASRACの規定によって事実上JASRAC信託曲はネットラジオで流せない体制が続いている。私の「癒しの音楽チャンネル」もそのためJASRAC信託曲はネットで流すことができない。(著作権消滅曲は別だが)

またラジオ業界も深刻だ。日本のラジオ業界はもともと駄目だが、アメリカのラジオ産業もイラク戦争以来、崩壊している。はっきりいえばネオコンとそれを支持する人たちが事実上アメリカのラジオの公正さ、音楽のプロモーション機能を事実上崩壊させてしまった。アメリカの音楽文化を支えていたメデイアがその機能を果たせなくなったのだ。

そんな状況でアメリカの音楽産業もかなり深刻な状況ではある。日本人は文化の面では海外なら何でも日本よりいいだろうと考えがちだが音楽業界人のメンタリテイは日本もアメリカもヨーロッパもそう大差ない。

しかし決定的に日本と違う点がある。しかもその違いは日本の音楽産業にとってある意味致命的だ。

それはアメリカもヨーロッパも日常生活に音楽が根付いているところだ。アメリカの白人はカントリー、黒人はR&B ソウルが基本、そして勿論その両者の音楽的要素が往来し、白人がソウルやラップをやることも珍しくなくなった。いずれにせよ「生活」の中に音楽がしっかり入っている。

日本は残念ながらそうではない。着メロ?カラオケ?それがあるから日本でも生活に音楽が入っているじゃないか。と思っている人がいたらそれは生活の中に音楽文化があるというのはどういうことか理解していない人だ。特にJ-popしか聴かない人に顕著だが日本の場合音楽は単なる、友人や職場のコミュニケーションツールに過ぎない。実際そういう人たちが音楽のルーツのゴスペルやブルース、ロックンロールといった「自分たちのルーツの音楽」についてきちんと理解している人たちはどれだけいるだろうか?日本という国できちんとそういったバックグラウンドを持って、日常や生活の中に音楽を文化として持っているのは私の知る限り沖縄県の人たちくらいである。

要は日本では「音楽文化」といっても「作られた」ものだ。日常生活にはゴスペルもなければロックンロールもない、いわんやジャズもクラシックもない。ただ「流行っている」からそれをコミュニケーションの道具として考えているに過ぎない。カラオケBOXにいってレパートリーがないと恥ずかしいから、というものでしか存在理由がない。はっきりいってまだ演歌の方が田舎にいけばまだ生活に根付いているだろう。あとはみんな表面上のできごとに過ぎない。

つまり残念ながらせっかくあれだけ多くの音楽の情報が流れ込んでいながら結局、どれ一つとして本当の意味で「音楽文化」として根付いていないのだ。アメリカにもヨーロッパにもそれがあるだけ日本よりははるかにましである。

勿論音楽クリエーターの端くれとしてそれを作って来なかった、作れなかった私自身にも忸怩たる思いがある。今状況が深刻だけにグラミーを見ても寧ろ憂鬱な気分になってしまうのであった



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2008年2月 6日 (水)

見て欲しい(聴いて欲しい)の原点を忘れるな!!ーさすが吉本!!

吉本ファンダンゴの社長のコラムです。さすが世の中をよく見ていてきちんとした戦略を持っています。だからエンタテインメントでも最前線にいられるんでしょうね。
正直言って吉本の芸人は好きでないのも多いけどやはりエンタテインメントの原点にたっています。地上波テレビの有効性を認めながらもネット配信にも積極的に展開しているメデイア戦略をしているのがわかります。

・「見て欲しい」の本質忘れるな--吉本が語るネット時代の権利者像
(吉本ファンダンゴ社長 中井秀範氏)
http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000055923,20366279,00.htm

私は以前から音楽業界はもっとネットを使って積極的にダイレクトマーケテイングや配信を臆することなくやるべきだと主張してきました。しかしそのことによって私があたかも「コンテンツの権利」そのものを放棄している、否定しているかの誤解をしている人が一部にいたようですが、勿論そんなことはありません。コンテンツビジネスはコンテンツの権利のビジネスなのですからそれを否定するはずがありません

以下いくつかの部分の引用します
「高度なビジネスモデルが構築された地上波テレビにおいても、創業以来の精神を忘れたわけではありません。放送事業者から得られるギャランティは、広告会社、広告主を経ているとはいえ元々はコンシューマーが負担しているものであり、テレビを通じて芸を提供させていただく。これもひとつのBtoCモデルであると考えてきました。

 ところが、通信インフラとテクノロジの発展によって、わざわざ人の手を借りずとも、直接お客様に芸を届けることができるようになってきました。そこで、従来の劇場展開同様のダイレクトマーケティングサービスに乗り出したわけです。

 中間流通を飛ばすことで余計な手数料をお支払いいだだかなくなったこともさることながら、著作権・肖像権を自由自在に操れるようになったことが大きいのです。地上波番組の場合、いくら弊社所属の芸人が出演していたとしても100%自由に権利を持つわけではありません。いわば「製造直販」が可能になったことで、ようやく自分たちのコンテンツを持てつようになりました。」


制作会社、プロダクションは本来コンテンツホルダーである。そのため自らのコンテンツの権利を管理するのは当たり前のこと。それを音楽の場合はJASRACに過剰に依存していた部分があります。インターネットはそんなものとは関係なく直接自分の権利を管理できるし。実はそれほど難しいことではありません。 自分で実際やっていますからわかります。

さらにネットに情報を配信することに否定的ー人によっては生理的に拒絶反応を示す人すらいますがーそんな人たちに以下の文を引用したい

「YouTubeに関していえば、「中に入ってこそできることがある」という考えが念頭にあります。弊社所属タレントも関係する違法コンテンツが数多く存在しているわけで、それらを削除してもらうにあたって内側から改善要求した方が効果的と考えたわけです。

 また、権利者と運営者の議論を見ていて思うことですが、原則対原則のぶつかりあいを続けていても事態は動かない。特に権利者側の方は、ネットが進化するスピードに置いていかれかねない。だからといって、一権利者として放置していくわけにもいかず、正式にパートナーとなることを選びました。」


残念ながら音事協にもレコ協にもここまで前向きな考え方をしている人間は殆どいないでしょう。違法コピーの元凶を本当に断つつもりならここまでやるくらいの覚悟が必要だと思いますが、「ネットは諸悪の根源」と非難するだけで根本的な対策を殆どやってこなかったツケが今来ているような気がします。無策が結局自分たちの首を絞めたということに音楽業界の殆どの人間は気づいていません。

最後に中井氏は以下の文章で締めくくっている
「こうした取り組みができるのは、優れたコンテンツを作るための芸人を多く抱えていることもさることながら、やはり権利関係を自由にできる出口を自ら持ったことが大きい。地上波番組は権利が錯綜していて、いくら弊社がGoサインを出してもネット提供はできません。「ファンダンゴ」そのものの成果はともかく、大枠で捉えた効果は計り知れないものがありますね。」

地上波は本当に利権の巣窟でやりたいことなんかできたもんじゃない。
だからこそネットで配信することも必要なのだが、音事協もレコ協もJASRACも事実上メジャーアーチストの参加ができないようにしている。

少しはこの考え方を見習って欲しいと思いますが、今さらもう手遅れか....
あわれ滅び行く業界


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2008年2月 5日 (火)

人間の耳ー聞くことと認識(サブリミナル)の話

現在以前お話した万引きを防止する防犯BGM機器についてのテスト設置等発売の追い込み作業をしていますが、これがサブリミナルの原理を利用したものであるため、どうもこの分野に手を染めるとどうしても誤解する人や偏見で話を聞く人が出てきてしまいます。そのため今回から何回かに分けてこの防犯BGMについての理論的な解説を行って行きたいと考えています。

まず最初に人間の耳ー聞くということに関してのお話をします。残念ながらこれから先に申し上げることは必ずしも全ての科学者からの同意を得られないとは思いますが、全く根拠のない理論に基づいているわけではありません。しかし私はサブリミナル現象というのは立派な心理学精神物理学の現象であるという考え方を持っています。科学者の人の中には特に心理学を科学と認めない人がいますが、科学というのはいつも単純明快な答えを出してくれるわけではありません。どうも最近世間の人にそういう先入観を持っている人が多いのは困ったものですが、本当に科学的な分析をしようとしている人はそう簡単に単純明快な答えは出してくれないものです。ちなみに既に多くの人が引用しましたがNHKの視点・論点の先生は実に明快に「科学的」というものを解説しています

・まん延するニセ科学
http://www.youtube.com/watch?v=sCKPIzb3ajA

まあこんなことをいうと私が取り組んでいるサブリミナルこそニセ科学じゃないか、なんていう反論が出てきそうですが、その前にこれから申し上げるお話を聞いていただければ幸いです。

まず皆さんは周波数特性という言葉をご存じでしょうか?電気工学や音響工学等を勉強した人なら必ずこの測定をやらされますが実は音も光も波^つまり波動現象であります。両者の違いはその周波数であり、音は一般に20-20KHZの帯域、光ー人間が見える範囲を可視光線といいますがーは一般に385THZ(テラヘルツといいます)ー3PHZ(ペタヘルツといいます)の範囲といわれます。(但し音は縦波、光は横波ですが) つまり波というのは固有の周波数を持っており、その周波数によってさまざまな特徴を示すわけです。

さて、ここでは便宜上「音」についてのお話になりますが、先に申し上げたように人間の可聴範囲は一般に20-20KHZといわれています。それは耳の周波数特性からそういわれているわけですが、実は私たち音楽制作や録音の仕事をしている者にとっては「周波数特性は同じなのに実際に聴くと音が違う」というのはよく経験することなのです。例えば20KHZまで再生できるスピーカーと30KHZまで再生できるスピーカーを人に聞き比べてもらいますとほぼ全ての人が30KHZまで再生できるスピーカーの方が音が良いと答えると思います。これは今までの業務の経験からわかることですが、人間が本当にその周波数特性通りに20KHZまで聞こえないのであれば両者の違いは感じないはずなのです

一般に今皆さんが聴いているCDは44.1KHZのサンプリング周波数でノイズをカットするために22KHZ以上の音はデジタルフィルターでカットされています。スペクトラムアナライザーでCDの再生音を見ますと20KHZでスパッと落ちているのがわかります。しかしそのためにもし昔のアナログ盤のマスターをCD化しますと20HZ以下、そして22KHZ 以降の周波数成分は永遠に失われることになります。私はアナログの音を聴いてきた世代の人間だからやはりCDの音には何か物足りなさというかいまひとつ心地よく音楽を聴けないというのが正直なところです。

確かにSN比(信号に対するノイズの比率)だけ取ればデジタルサウンドの方がいいですが「良い音」というのは単なるSN比だけでは語れない部分があります。例えばクラブミュージックではいまだにCDの前に存在していたアナログレコード盤が健在ですが、これはやはりCDではアナログレコードのようなビート感、特にドラムの強烈なサウンドが出ないからでこの点はどのクラブDJもほぼ一致した見解を持っています。これは音の世界で飯を食っている私も全く同意見で、ヒップホップのあの協力なビートはCDではなくアナログレコードだからこそ出るものですこれが一人や二人の一部の人間の単なる思い込みの現象だったらアナログレコードはとっくに絶滅しているでしょう

これらは人間が本当に20-20KHZの範囲でしか聞こえない、認識していないという考えでは説明できない現象です。この周波数特性の数字は人間の耳の器官だけを取った数字なのでもし人間が20KHZ以降の周波数の情報を聴取、認識しているとすれば、それは聴覚以外の何らかの別の方法で情報を得ているという仮説も成り立ちます。勿論、これはまだ実証されているわけではありませんが、動物では象が足から地面を通して遠くの音の情報を得ていることがわかっており、人間も例えば皮膚等の何らかの場所を通してそうした情報を得ているということがあっても不思議ではありません。少なくともその可能性は否定できません。ちなみに私はホール録音の仕事を何度もしたことがありますが、人が誰もいないホールと人が満杯な時のホールでは明らかに音が違うことは一度でもホール録音を経験した人間ならわかると思います。具体的にいえば人が多いと音を吸うんですね。つまり人間はある意味吸音材なんです。これは音に関する情報を人間が耳以外にも吸収していることを示しています。

実は最近父親が持っていたアナログレコードを家でよく聴いているのですが本当に聴いていて気持ちがいいんですね。反対にCDだと何か薄っぺらなつまらない音に聞こえてしまう。

しかしここで耳の周波数特性だけを考えますと、確かに30KHZの信号だけを発信させてもその信号自体を認識できる人は殆どいないでしょう。コウモリの超音波や犬笛も同様です。しかし先ほどの話のようにCDよりはアナログレコードの音の方が気持ちよく聞こえる。私自身は論文を確認していないが、一部の研究で20-50KHZのに存在する音の情報は、人間に安心感をあたえるという研究もあるようです。つまりここでいえるのは私たちが直接耳で聴取している「音」の情報(通常の20-20KHZ)とそれ以外の周波数帯域の音の情報は聴取している器官も違い、脳への認識の過程(経路)が違うと考えないとこの現象は説明できないと思うのです。 私たちが耳を通して聴取した音の情報は直接脳の方に情報が行きます。しかしそれ以外の音の情報はもしかしたら違うかもしれません。その経路として考えられるのが潜在意識です。

Icon_hyozan 潜在意識というものを発見したのはオーストリアの心理学者フロイド(Sigmund Freud1865-1939)で、潜在意識とは簡単にいえば私たちが持っている無意識や本能的な部分であります。実は日常生活で私たちは無意識に多くの情報を取り入れていることがわかっております。これらの情報はいわゆる私たちの五感からさまざまな種類の情報が入っております。顕在意識(私たちの通常の意識)と潜在意識の力関係は、良く左図のように氷山を例えに出して説明されます。海に浮かぶ氷山は、水面に出ているのはほんの一部分に過ぎず、大部分は水面下に存在しています。私達の意識も同じように表に現れない潜在意識の部分が大部分を占めているのです。そういった点からこれはあくまで仮説ですが、音に関しての20-20KHZの帯域以外の情報はこの潜在意識を通して認識されている可能性が高いと考えます。

ちなみに潜在意識などというものが本当にあるのか?とおっしゃる方が日本には少なくないのでもし潜在意識というものがなかったらあなたはどうなるか簡単に述べましょう。潜在意識とないということは顕在意識潜在意識の差がないわけですから、

1.まず「理性」というものがない猛獣同然の人格になるでしょう。本能のまま生きる、そう知的動物だからこそ潜在意識というものがあるのです

2、就寝時に夢を見るということがないでしょう。

3.「何かを思い出す」などということがないでしょう。それどころか昔経験した「思い出」というもの自体があなたの意識から消えていきます。

4.「無意識」がなくなるわけですから「癖」とかがなくなります

いかがですか?私は潜在意識というものがあってよかったと思いますが皆さんはどうでしょう?

しかし、これらを分析したにしても定性分析はあっても定量分析にはなりません。先ほども行ったように日本では特に「定量分析できなければ科学ではない」と考える人たちが非常に多いために何とか万民が納得できる理論体系が構築できればとも考えております。そのため現在この現象を精神物理学、と心理学両方から分析できないかと考えております。精神物理学、という学問の名前はあまりなじみがないかもしれませんが、これは外的な刺激と内的な感覚の対応関係を測定し、また定量的な計測をしようとする学問で、ドイツの物理学者であり哲学者のグスタフ・フェヒナーが創始した学問です。従来の考え方では定量化が不可能とされていた感覚の数値化を行った人で心理量Rというものを定義しフェヒナーの法則(あるいはヴェーバーフェヒナーの法則)というものを発見しました。
これは気づくことができる最小の刺激差は基準となる基礎刺激の強度に比例するというもので少々難しいですが基本的な刺激と感覚の関係は、心理的な感覚量(心理量:R)は、物理的な刺激の量(物理量:S)の対数に比例するというものです。

R(心理量)=k・logS (常用対数、kは感覚定数*) という式で定義されます

*感覚の種類によって違います

最近になってステイーブンスという人が新しい測定法で

        n
R=kS

の式で表現される「スティーヴンスのべき法則」を導きました。痛みなど危機的な刺激はn>1であり、逆にその他の感覚等はn<1をとるとしました。つまり対数則ではなく指数則だとしたんですね。

しかしここで大きな問題はいずれも顕在意識を対象とした計算であるということです。ステイーブンスの式を潜在意識にあてはめると刺激量Sは通常の刺激より小さくなり、心理量Rは非常に小さい値になってしまいます。個人的にはフェヒナーの対数則の方が潜在意識に対しては有効な気がしていますがそれはまた改めて研究していきたいと思います。

以上長々と書きましたが要は私たちの耳、そしておそらく目(視覚)や鼻(嗅覚)も今わかっている特性以上の情報を私たちは取り入れていて、そしてその大部分は潜在意識に行っているという仮説で考えれば実は多くの現象が説明できると考えています。

どうも潜在意識とかサブリミナルという言葉の響きだけでアヤシイ、とかスピリチュアル系、トンデモ系という風に日本では決め付けられる傾向がありますが、以前のブログでも記したように私自身はそういう類の人たちより多大な迷惑を蒙っており、明確にそういった人たちとは決別しております。あくまでサブリミナルという現象を科学的に分析しそれを人類のためにサブリミナル工学として役立てようというのが私自身のスタンスですのでその辺りは是非ともご理解いただければ幸いです


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