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2008年2月11日 (月)

2008年 グラミー受賞結果とその雑感(ネタばれ)

今年は50回目のグラミー、そうグラミー賞がもうけられてもう半世紀なのだ。まさにポピュラー音楽歴史そのものだ。グラミーは受賞可能な部門数だけでゆうに100を超えるので主だった賞の今年の受賞者は以下の通り

・最優秀アルバム 
River: The Joni Letters & Herbie Hancock

・最優秀レコード
Rehab:Amy Winehouse

・ソングオブザイヤー
Rehab:Amy Winehouse

・新人賞
Amy Winehouse

・最優秀女性ヴォーカリスト
Amy Winehouse

・最優秀男性ヴォーカリスト
Justin Timberlake

・最優秀グループ
Maroon 5

詳しくは(英語です)
http://www.grammy.com/GRAMMY_Awards/50th_show/list.aspx

尚、ちなみにグラミーはどんなマイナーな分野でも"CD"である以上受賞のカテゴリーをもうけていて、今年は大統領選のさなかで何と民主党のオバマ候補がナレーションの入っているCDを対象にした "Best Spoken Word Album" でグラミーを受賞している。グラミーの分野の深さ、裾野の広さを示しているといえよう。

それにしてもエミーワインハウス、露出狂とかかなり頭ヤバイんじゃないかとかいろいろいわれたけど、これだけ受賞できてよかったね。しかしグラミーでのパフォーマンスを見てもかなり「キテル」感じがした。数年前のジャネットジャクソンのような「オッ○イポロリ」はなかったけどね...

グラミーを見て面白いのはアーチストのパフォーマンスだ。全部あげるとキリがないが、私のブログにも書いたが昨年はガーシュウインの没後70周年ということでハービーハンコックとラン・ランとオーケストラの共演による「ラプソデイーインブルー」の演奏。全曲演奏すると17分にもなるので、勿論一部をはし折って(実際には全曲の2/3近くをカットしている)の演奏だが、アメリカが出した最も偉大な作曲家に対する敬意を忘れていないパフォーマンスだった。
 そしてジョンフォアガテイ、ジェリーリールイス、そしてリトルリチャードといったロック音楽の草創期に活躍したアーチストも出演。「古典的」なロックンロールだが、これが基本なんですよ。ここをきちんと把握していないとポピュラーミュージックの基礎を理解したことにはならない。それにしてもリトルリチャードは75歳(!!)というのにまだまだ結構歌える、まあ全盛期と比べりゃ声量は落ちているだろうけど...

ちなみにあくまで噂でマ○ケル○クソンがサプライズ出演するというのがあったが、結局出てこなかった。

まあお祭りなんで楽しくやろう、でいいのだがここからは真面目な話
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今まで何度も深刻な音楽業界の状況について述べてきたがアメリカもヨーロッパも基本的な部分は変わらない。ある意味ではアメリカの音楽産業は日本以上にロコツにネットメデイアとかをつぶそうとしている。それはCRBという著作権の管理徴収団体がインターネットラジオ局に対して 直接著作権使用料の徴収を2006年1月からに遡って行うという内容でしかも、この法案はすでに可決されており、各ネットラジオ局やYahoo!など多数の団体からの異議申し立てについても、それを認めない決定を同年の4月17日に行っている。これは事実上メジャーアーチストの曲をネットラジオでオンエアするのを事実上不可能にする法律である。

日本は既にJASRACの規定によって事実上JASRAC信託曲はネットラジオで流せない体制が続いている。私の「癒しの音楽チャンネル」もそのためJASRAC信託曲はネットで流すことができない。(著作権消滅曲は別だが)

またラジオ業界も深刻だ。日本のラジオ業界はもともと駄目だが、アメリカのラジオ産業もイラク戦争以来、崩壊している。はっきりいえばネオコンとそれを支持する人たちが事実上アメリカのラジオの公正さ、音楽のプロモーション機能を事実上崩壊させてしまった。アメリカの音楽文化を支えていたメデイアがその機能を果たせなくなったのだ。

そんな状況でアメリカの音楽産業もかなり深刻な状況ではある。日本人は文化の面では海外なら何でも日本よりいいだろうと考えがちだが音楽業界人のメンタリテイは日本もアメリカもヨーロッパもそう大差ない。

しかし決定的に日本と違う点がある。しかもその違いは日本の音楽産業にとってある意味致命的だ。

それはアメリカもヨーロッパも日常生活に音楽が根付いているところだ。アメリカの白人はカントリー、黒人はR&B ソウルが基本、そして勿論その両者の音楽的要素が往来し、白人がソウルやラップをやることも珍しくなくなった。いずれにせよ「生活」の中に音楽がしっかり入っている。

日本は残念ながらそうではない。着メロ?カラオケ?それがあるから日本でも生活に音楽が入っているじゃないか。と思っている人がいたらそれは生活の中に音楽文化があるというのはどういうことか理解していない人だ。特にJ-popしか聴かない人に顕著だが日本の場合音楽は単なる、友人や職場のコミュニケーションツールに過ぎない。実際そういう人たちが音楽のルーツのゴスペルやブルース、ロックンロールといった「自分たちのルーツの音楽」についてきちんと理解している人たちはどれだけいるだろうか?日本という国できちんとそういったバックグラウンドを持って、日常や生活の中に音楽を文化として持っているのは私の知る限り沖縄県の人たちくらいである。

要は日本では「音楽文化」といっても「作られた」ものだ。日常生活にはゴスペルもなければロックンロールもない、いわんやジャズもクラシックもない。ただ「流行っている」からそれをコミュニケーションの道具として考えているに過ぎない。カラオケBOXにいってレパートリーがないと恥ずかしいから、というものでしか存在理由がない。はっきりいってまだ演歌の方が田舎にいけばまだ生活に根付いているだろう。あとはみんな表面上のできごとに過ぎない。

つまり残念ながらせっかくあれだけ多くの音楽の情報が流れ込んでいながら結局、どれ一つとして本当の意味で「音楽文化」として根付いていないのだ。アメリカにもヨーロッパにもそれがあるだけ日本よりははるかにましである。

勿論音楽クリエーターの端くれとしてそれを作って来なかった、作れなかった私自身にも忸怩たる思いがある。今状況が深刻だけにグラミーを見ても寧ろ憂鬱な気分になってしまうのであった

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