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2008年1月29日 (火)

中島監督の「俺たちの世界」がロッテルダムでソールドアウト(売り切れ)!!

大野が音楽を担当した映画作品「俺たちの世界」(中島良監督)、現在主演の谷口君と共にオランダのロッテルダムに行っていますが、何とヨーロッパのプレミアが即ソールドアウトになったそうです。 3回上映して三回とも満席だったそうです。

実は日本独特の現象である「引きこもり」(これも実は英語になりかけています)についてヨーロッパでも関心が高く、かなり注目をされていたようです。

詳しくは
・通り魔事件の被害者が主演、元引きこもりが監督作品がソールドアウト!【ロッテルダム国際映画祭】 (Yahoo 映画)
http://movies.yahoo.co.jp/m2?ty=nd&id=20080129-00000019-flix-movi

[シネマトゥデイ映画ニュース] 
http://cinematoday.jp/page/N0012690
俺たちの世界の海外上映、まだまだ続きます。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンWEBチケットストア

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2008年音楽業界滅亡を前提にー何をすべきか

早いもので1月ももう終わってしまう。既にニュース等でさんざん報道されているようにアメリカのサブプライム問題を発端に加え、異常な原油高、そして円高、更には例の「新建築基準法」による政府と行政の不手際による問題と残念ながら2008年はこのトリプルパンチで景気後退に入るのはほぼ避けられないという見通しで経済の専門家の見解はほぼ一致している。普通私はあまりエコノミストのいうことは信用しないのだが確かに経済の現状ははたから見て深刻なのは素人の私でもわかる。このトリプルパンチが来たらただでさえ体力のない音楽業界はもうひとたまりもないだろう。

加えてこのブログでも再三再四、音楽業界の問題点について論じてきたが残念ながら2008年は事実上音楽業界の既存の体制が滅亡するのは避けられないだろう、というのが大方の見方だ。実はもう既に数年前から音楽CD業界は殆ど業界の体をなしていない。本当に一握りのアーチスト以外、作曲家や音楽家の大半は事実上「ワーキングプア」状態になっており、殆どの人間が「副業」なしには食べていけない状態が続いている。

特に深刻なのが次々に閉店するレコード店の現状だ。経営状態の悪化の噂が耐えないHMV, そして昨年十二月十日の渋谷のCISCOの閉店、と音楽産業の売り上げの回収機能の崩壊が始まっていること。決定的なのはやはり10-20代の若者がCDというものを本当に買わなくなっている(pdf資料で特に12ページ参照)ということだろう。

CDを買わなくなっているのはファイルコピーのせいだ、などと相も変わらず業界関係者はいっている。勿論それは全くないとはいわないが、携帯に何万も使ってお金がない、という理由の方が大きいだろう。しかし私はそれよりもっと根本的な、音楽のマーケテイングの部分に理由があると見ている。次の私の疑問を見て驚く人もいるだろう。

それはそもそも音楽産業は本当に音楽が好きな人、音楽ファンを対象にCDを売り続けていたのだろうか? という根本的な疑問である。「音楽が好き?」と聞かれて「嫌い」という人は少ないだろうが、CD業界が頂点を極めた頃からの音楽の売られ方を冷静に分析してみると、実は音楽産業は本当に音楽好きな人をメインターゲットにしていたのではないことがわかる

実は音楽ー特にJ-popの大半は一般人にとって単なるコミュニケーションツールに過ぎなかった。勿論純粋にアーチストを支持した音楽ファンもいるにはいたがいつのまにかそういう人たちは音楽産業のメインターゲットからはずされたのだ。この傾向は10-15年前あたりから顕著になってきた。その頃から売れていたCD、音楽とはドラマやCMのタイアップ曲だったりカラオケで歌いやすい曲だったりした(ヒット曲がカラオケで歌われるのではなく、カラオケで歌われる曲がヒットした)。特にいわゆるトレンデイドラマ全盛の時は若者であれば「誰もが見るもの」であり、メーカーはそのドラマタイアップ獲得のため湯水のようにお金を投入していた。

学校や職場の友達や同僚とドラマの話をし、カラオケに遊びに行く、音楽はそのための単なる道具に過ぎなかった。音楽はコミュニケーションのネタであり、関係性を築くための道具であり、そのため「みんなが聞いているから」というのがCDを買う理由となった。いかにも日本人らしい音楽の買い方だと私見では思う。本人たちはそのタイアップの音楽が好きというつもりで買ったかもしれないが、実際はその曲の音楽性ではなく、単なる「学校や職場で孤立をしないための」ものであった。

しかし携帯が特に若者のコミュニケーションツールにとって変わるとコピーで事足りる音楽に金を使うものなどいない。そして10-15年前と違いCDを聞いてもモテない、友達は出来ない。と周囲のコミュニケーションツールとしての役割を音楽が果たせなくなった状態では売れなくなって当たり前だ。

20年前は「アーチストのファン」のためにCDを作った、いつのまにか音楽業界自体はその行為を事実上放棄した。次の時代の新人が育たないのは当たり前だ。そもそも音楽を本当に好きな人を対象にしていないのだから、いつのまにか「音楽の好きな人=マニアックな人」という短絡したマーケット感が定着し、現在もそれを基本的に変えようとしていない。音楽をコミュニケーションツールとして売り続ける路線に固執する以上どんどん業界は沈んでいく。そしてどうやらその通りになってしまうようである。

ここで根本的な問いかけをもう一度する。音楽ファン相手の音楽CDビジネスは本当にもうからないのだろうか? 少なくとも現在のいわゆるメジャーレコードのデイレクターと呼ばれる人の大半はそう考えているようだ。その証拠に殆どの関係者は「ただのコアなファンだ」のひとことで片付けてしまう。しかし私はやはりそれは違うと思う。私も双子のリリーズのサポートとかやって目の当たりにしたが、アーチストの真のファンはアーチストがCDを出せば配信やコピーがあろうが買ってくれるのである。問題は私は以前のコラムでも書いたが音楽業界はいつのまにかそういう人たちを大事にしなくなったことにある。それが音楽業界が犯した根本的な過ちだと私は考えている。

だがもう今さら変わるまい。ちなみにメジャーというがもうメジャーインデイースの区別など実質的にとっくの昔になくなっている。両社に差があるとすればレコ協がからむかどうか、そして宣伝費の違いくらいなもので、私がみたところこと制作される音楽のクオリテイという面では寧ろ一部のアーチストは逆転しているといっていい。

また世の中が本当に見えているプロダクション、制作会社の社長はもうメジャーインデイースなどというこだわりを捨てていて、それぞれの戦略で生き残りを測ろうとしている。アキバ系に走る会社(イロモノではあるが実はこれ結構オイシイ)もあれば、グラビア系に行くところもある。うちは好き嫌いは別として癒し系、ヒーリングが得意分野となっているのでそこを伸ばすしかないだろう。というわけで癒しの音楽チャンネルというネット放送をはじめ、ヒーリング癒し系の音楽をいかに有効にプロモーションするかについて現在考えている。

とはいえ大多数はメジャーという音楽業界の村社会的な自己満足の肩書きにこだわっている。残念ながらそういう会社は沈み行く音楽業界と運命を共にするしかないだろう。いわゆる有名レコード会社も会社自体は形として残っても実質的機能が死んだ状態になってしまうだろう。

勿論、レコード会社の経営者でもわかっている人はわかっている。だがもはや打つ手がなくタイタニックの船長のように沈没するのをわかっていても何もできない、という状態というのが本当のところだろう。残念ながら2008年はその沈没=滅亡の年になる可能性が極めて高い。

以上のことを前提としてじゃあどうやってこの2008年を乗り切ろうか、ということになる。しかし既成の音楽業界の体制が崩れても音楽そのものがなくなるわけではない。いや、寧ろ我々のような新興勢力にとっては寧ろ都合がよいかもしれない。音楽業界、CDの流通体制という枠内だけで見るから、音楽業界がつぶれても音楽が残るというのは嘘だなどという議論が出てくる。だがそれは違うと私は思う。なぜなら既成の音楽業界はそもそも本当の音楽愛好家の味方にはなってはいなかったのだ。それならそういう体制を作り直すしかない。云うのは簡単だが...

生き残り方は会社によってさまざまだろうが、結局各社の得意分野、特徴を最大限生かすしかあるまい。然る後どうやって音楽をアーチストのファンにいかに効率的に届けるか、それしかあるまい。

あともう一つ、これだけ音楽のファイルコピーが日常化している現状では作られた音楽の内容がかなりよくないと、あるいはアーチストそのものがよほど魅力的でないとそれらの音楽はただの聞き捨てBGMでしかなくなってしまう、ということになる。その場合ネットラジオで充分になってしまうだろう。つまり音楽の、アーチストのクオリテイが高い、本当に魅力的な音楽でないと音楽事業として成り立たなくなってしまう。もしそうだとしたらある意味、これは音楽文化にとって健全化するプロセスといえるかもしれない。あとはプロデユーサーの腕次第だ。

今まではメジャーでも結構くだらない曲が売れた。でもこれからはそういうことはもうないだろう。だとすればこれは音楽文化にとって必ずしも悪いことではない。制作者にとってはかなり大変な作業だが、 自戒をこめて私も自分の作品一つ一つに自分が考える最高のクオリテイの音創りを心がけたいと思っている。だとすれば2008年の音楽業界滅亡は新たな音楽の世界の夜明けになる可能性もある


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2008年1月28日 (月)

年賀状お年玉くじ

昨日年賀状のお年玉くじの当選番号が発表された。

http://www.post.japanpost.jp/whats_new/2008/0127_01.html

例年、だいたい成人の日辺りに発表されるのだが今年はなんと一月下旬、民営化になり年賀状を出せる期間を伸ばした結果のようだが、それにしてもいくらなんでも遅すぎると思ったのは私だけ?
年賀状なんてせいぜい成人の日の数日前には普通やりとりは終わると思うので今まで通り、成人の日を抽選日にしてもよいと思うのだが..

基本的に年賀状を出すのなら松のうちに出すのがマナーでしょう。
こんなに遅いと忘れてしまう。

ちなみに昨年は何と切手シートですら、一枚も当たらなかったが今年は2枚出た。よく「年賀状くじ占い」なんてものがあるけど、冗談抜きに私の場合切手シートすら当たらない年はたいていよくない年になっている。昨年は正直私にとって良い年とは決していえなかった。

今年ものっけから入院、仕事のドタキャンと新年から散々だがこれで悪い流れが変わってくれるといいな、なんて思っている。

とりあえず二年連続当たりくじなし、という事態だけは避けられた。今年はこれから良い方向に動いてくれることを期待したい




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2008年1月27日 (日)

弊社及び私へのお仕事依頼について-スピリチュアル系、宗教系の方のご依頼はご辞退させていただきます

さて、私は音楽家であると同時に会社の経営者でもあるわけですが、

特にヒーリング音楽という分野に手を染めていると普通の音楽家と違い音楽とは違う分野の人とコラボレートする機会が多くなります。その意味で普通の音楽業界に閉じこもっている人よりは広い視野でものを見ることができたと自負しております。今まである面ではそれが大きくプラスに働いてきたと思っております

しかし残念ながらいつもそれがプラスに働いているとは限らないのも事実です。

実は一昨日ある仕事の件、ある分野の人からの発注を全く理解不能な理由でドタキャンを食らいました。CDのマスタリング作業にサブリミナル作業をするというものですが、音源の具体的な形ができたのは前日、それまで当然どういうものができるかわかりようがありません。それで明らかになった時点で「確認」やお願いをしたわけですが、それが「なんで土壇場でそんなことをいう」と来る。また今回のマスタリングの事前に「確認」や「覚え書き」等も提出していた。ところがよくわからないのですがそれが先方が気に入らなかったようです。しかも全く初めて聴く内容についても「以前話したでしょう」の一転張り、情報が一方通行でこちらの言い分も聴く耳もたず、とこれだけいえば「まともな人でない」のは明らかだと思います。普通の制作の確認のプロセスが気に入らないというのなら話になりません。

だいたい音源が前日になってできたのにどうやって「事前にもっと早く言え」というんでしょうね? 超能力でわかれとでもいうんでしょうか?

我々音楽の世界ではドタキャン、それも当日のドタキャンというのは一番やってはいけないことであります。これをやったら業界内で信用をなくし、ドタキャンした会社名が業界に流れれば音楽業界の人間と仕事をするのは難しくなります。制裁の意味で名前を公開してもいいのですが... 

実は今回のこのことがきっかけで残念ではありますが以後次の分野の方とはいかなる分野でもうちの会社でも私個人でもお仕事をお受けしないことにいたしました。実はこの分野の人とのトラブルは今回が最初じゃないんですね。それでも今までは何とか紆余曲折があったにせよ納品までたどり着いたわけですが、今回はこういうドタキャン、さすがの私も今回は切れました。

以下の分野の方のいかなるお仕事の依頼もご辞退させていただきます。

1.いわゆるサイキック系、もしくはスピリチュアル系、オカルト系(いわゆるトンデモ系)と思われる人たち

2.新興宗教、もしくは弊社もしくは私が「カルト的」と判断した団体、法人

私は「サブリミナル」とか「催眠」というメソードにも関っていましたし、ヒーリング音楽の音楽家として活動はしてきましたが、上記の2つの分野の人たちとは今まで一線を画して来ました。それでも音楽のプロとしてマスタリング、音質調整、CDのパッケージ製作とかを会社として何回か請け負ったことがあります。単純に請負の仕事としてやっていました。しかし必ずトラブル、いざこざ、無理難題ーそれも殆ど実現不可能な要求、とかがありました。

まあ一人や二人なら、「たまたまそういう人に当たった」だけと思えますが、今までうちがつきあったスピリチュアル系(いろんな人がいましたよ、超能力から気功、チャネリング etc etc)全てがなんらかのトラブルが起きるとなると単なる偶然とはいえないですね。

この上記の分野の人、私が会った人を見ると共通点があります。勿論、全ての人がそうだとはいえないかもしれませんが、私が今まであってきた人は見事なまでにあてはまります。

1.第一点は極めて思い込みが激しい人たちであること。 
 そのためこちらの説明や言い分を受け付けないということがよくありますね。こういう人は必ずどこかでトラブルを起します。特にスピリチュアル系や宗教系の人は殆ど危険なレベルまで思い込みが激しいです。また今回も顕著でしたが、「聴いた覚えがない情報」を「以前言った」と強硬に主張する場合が多く、当然いった言わないという不毛な話になります。しかも始末に悪いのは自分が絶対正しいと思い込んでいるために話し合いにすらならない場合が多いです。

2、二点目は社会常識に少し欠けている人が多い
 結局上記の部分常識的なビジネスの論理が簡単にひっくりかえることがよくあります。また話が知らない間に180度変わる、なんてことも珍しくありません。はっきりいってこういう人たちとは恐くて仕事ができません。

この2つの理由だけでも仕事をしない理由としては充分だと思います。過去3-4回、トラブルがありながらもキャンセルを食らわずに何とか納品したクライアントがありますが、はっきりいいます。この人たちとも二度と仕事をしたくありません。

まあサブリミナルというものに関っているため、どうしてもこの筋の人たちとの接触があったりもするんですが、世の中はサブリミナルというものを正しく理解していない人があまりに多いために、こういうわけのわからない方向にいっちゃうんですね。特にサブリミナルはいつか詳しく述べますが魔法でもオカルト現象でもなくれっきとした心理現象なんですね。また私は現在万引きを防止する防犯BGMシステムという分野でサブリミナルな刺激による行動学の実験を行っております、はっきりいってこの面ではどこの大学の先生よりも実験回数を重ねていると自負しています。それでサブリミナル刺激による行動学ーサブリミナル行動学といいますが、その刺激によるサブリミナル効果の強さ、限界というのが少しずつ見えてきました。それについては近日このブログで発表する予定です。

特に声を大にしていいたいのは、ニューエイジ、ヒーリングにしてもサブリミナル、催眠にしても安易な神秘主義やオカルテイズム的な観点ではなく、もっと客観的に科学の目で語る必要があるということです。もう精神医学や心理学、社会科学の分野では1メソード、現象として普通に論じられています。そういう時代なんですね。そろそろ日本はこういう「とんでも」系の人を相手にしない風土を作るべきですね。かえってヒーリングや「サブリミナル」をはじめとする心理現象というもののイメージを悪くしていますから

ついでにいえば私は世の中にある「トンでも本」に関しては極めて批判的な見解、というか論ずる価値すらない低俗な書物だと考えています。今度の世界滅亡は2060年だって? よくもまあ都合よく世界滅亡の日がくるくる変わるもんです。ノストラダムスとかどこいっちゃんたんでしょうかね?そんなに世界が滅亡して欲しいんでしょうか? たいした根拠のない「資料(なかにはでっちあげもかなりあるでしょう)」で終末観を煽り、社会不安を煽り(これってちなみにカルト宗教の常套手段ですーオウム真理教参照)そういう阿漕な手段で金儲け。
最低の連中ですね。

たぶんこれだけでスピリチュアル系、宗教系の人たちのかなり人たちとは相容れない部分があると思います。
相容れなくて結構、 はっきりいって「サブリミナル」に関っているというだけでこういう人たちと同類に見られるのが私は死ぬほど嫌なんですね。

というわけで繰り返しますが、サイキック系、もしくはスピリチュアル系、オカルト系、宗教系、のみなさんからのいかなる分野の依頼は弊社ハイブリッドミュージックといて、そして私個人としてもお受けすることができません。
仮にお問い合わせいただいてもご返信しない場合もございます。
あしからずご了承下さい

本当は今年は景気後退が間違いなく起きる年、あまりお客を選んでられないはずだけど、仕事上でトラブルが起きるのはもっと願い下げなので、だって他の仕事に影響しますからね。

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2008年1月20日 (日)

映画「俺たちの世界」 海外上映日程詳細

さて、私が音楽を担当した映画で昨年のぴあフィルムで3部門受賞した映画「俺たちの世界」の中島監督、現在次回作制作に向けて現在脚本を鋭意執筆中のようです。何でも台湾ロケも考えておられるようでどんな映画になるか楽しみです。いずれにせよスターダストピクチャーズで劇場公開映画を少なくとも一本は撮るでしょう。くれぐれも中島監督の個性が全面的に出る作品になって欲しいものです

さて、そんな中島監督の出世作の「俺たちの世界」は何と海外の4つの映画祭で上映が決定しています。まあ全てが高いレベルの映画祭とは限りませんが、アワード受賞作品がいきなりこれだけ海外で上映される例はあまりないといってよいのではないかと思います

1.第37回ロッテルダム国際映画祭
http://www.filmfestivalrotterdam.com/

上映日  1月25日21:30- 、 26日13;00- 会場: Pathe4
     1月29日17:15- 会場:Cinerama7

俺たちの世界紹介ページ(英語)
http://www.filmfestivalrotterdam.com/eng/programme/film_az/film.aspx?ID=7b3b60cc-6c1f-4c8c-9d16-9428ce2050b3

2.第10回サンフランシスコ・インディペンデント映画祭
http://www.sfindie.com/

上映日  2月10日  ビクトリア劇場  21;30-
2月11日  ロキシーシネマ  21:30-

俺たちの世界紹介ページ(英語)
http://sfindie08.withoutabox.com/festivals/event_item.php?id=13135

3 第5回メキシコ市国際近代映画祭
http://www.ficco.com.mx/ (メキシコなのでスペイン語です)
上映日 未定

4.第14回ブラッドフォード国際映画祭
http://www.nationalmediamuseum.org.uk/bff/2008/ 上映日 未定


以上の4つの海外の映画祭です。こちらでもどんな評価が出るか楽しみです。ロッテルダムでも私のクレジットが載っていましたのでよかったです。





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2008年1月15日 (火)

2008年は景気後退の年?-更に厳しい状況の音楽業界

さて、入院中は割と時間がありましたのである程度手術から回復した後は新聞や雑誌、文庫本の読書三昧の生活を送りました。その中で季節柄「今年の景気見通し」といった経済関係の記事やそれに関するコラムも多数ありました。一応経営者の端くれなので当然そうしたものを熟読したわけですが....

それで今年の景気の見通しですが、

残念ながらどの文献やアナリストの見解を見ても明るいものは一つもない、というのが正直なところ。皆さんご存じの通り東京証券取引所の大発会の史上最大の下げ幅が象徴的ですが、実はあらゆるデータを見ても既に景気拡大局面は終わり景気後退が始まっているというのがどうやら実情のようです。

きっかけは昨年の6月に施行された「新建築基準法」で例のマンションの不正構造事件をきっかけに急遽決められた法律ですが、これが実は欠陥だらけとのことです。建築関係の専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、要は申請に必要なソフトウエアを官側がまだ完成しておらず、しかもかなり効率の悪い申請方法でしかも時間がかかる、とかで折角建築の計画を立てても認可がおりず、どこの建築現場の日程も大幅な遅延を余儀なくされている。経団連もこの「政府と行政の不手際」を早急に改善するよう打診したが、正常化できるのがいつになるのかまだ全くわかっていないようです。

すでにこれが元で倒産した建築会社や不動産会社も少なくなくあり、建築や住居関係のニーズは冷え込んでいるようです。これがかなり景気の足を既に相当引っ張っている。説明されている内容通りだとすればこれは政、官による失政が招いた景気後退といわれても仕方ないでしょう。

実は今年の景気の懸念はこれだけではありません。

第二にこれまたご存じの通りの原油高をはじめありとあらゆるものが価格高騰していることによる消費の冷え込みです。結局身の回りの者多くが石油がなんらかの形で製造工程に関わったり、何よりもガソリンが高くなることで輸送費も影響受けているのが実態。
加えて「格差」によるワーキングプアの大量出現、また中小企業にも相当な経済的しわよせが来て何とか「景気拡大」を維持してきたわけだから、この人たちが余計お金を使わなくなったらどうなるか? そう。個人消費の冷え込みの実態は本当に深刻です

第三に大企業に最もダメージを与える「円高」。既に昨日1月14日のロンドン市場は1ドル=107円まで上がり今日の東京市場もそれに影響されて107円に。これは輸出企業にとって深刻な問題です。万が一一ドル=100円近くまで上がった場合は為替差損が出る可能性があります。

経団連の御手洗会長は「春頃には景気がよくなるだろう」なんて能天気なことを云っていましたが、こんな人が会長で大丈夫なんですかね?

まあそれはさておき最悪の場合この1.建築基準法 2.個人消費冷え込み、3.円高不況  のトリプルパンチを2008年は食らう可能性があるということですが、もしそうなった場合既にヨレヨレの音楽業界などひとたまりもないですね。

いや、仮にトリプルでなくこの3つのうちの1つでも本格的景気後退に導けば今の音楽業界にその流れに贖う力などありません。「そんなこと関係ねえよ、 売れるサビの曲作りゅあいいんだよ}なんておっしゃっている音楽事務所の社長のあなた!! それで生き残れれば超ラッキーですよ。

と冗談はともかく、残念ながら非常にここ数年ない厳しい環境になることは避けられないでしょう。今までは辛うじて持っていましたが今年はどうでしょうか?非常に心配です。「え? ここが?」という大手の音楽プロダクションがつぶれる、なんていう事態が起きても私は驚きません。
まあタイアップの広告費を回収できるうちはまだいいですが、これから回収できるという保証はどこにもないですからね。今までこれでうまくいっていたからこれからもうまくいくはずだ、なんて考えは捨てたほうが賢明でしょう。
かくいう私の会社みたいな所は吹かなくても飛ぶような弱小プロですから「非常事態」を想定した動きを考えています。

しかし私がこんなことをここで書いても「何云っているんだ。けっ!!」という感じの反応をする音楽関係者の方がおそらく圧倒的多数なのが現実です。特に音楽業界で「おいしい」思いをした体験が大きければ大きいほど、今の音楽業界の実情に対して鈍感になっている傾向があります。私はいうだけ無駄だと思っていますから最近何も云いませんけどね。

そんなことより自分がこの2008年をいかに乗り切り生き残るか、その方が大事ですから...




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何とバリウムが緊急入院の原因ーブログ更新できませんでした

実は先週の9日、突然朝から腹痛を覚えまさかノロウイルスかと思い町の医院に出かけ薬をもらったのですが、全く効果なし、痛みは増す一方なのに、吐き気や下痢の症状は全くないので思い切って家の近くの病院の夜間救急に行きました。

それでCTやレントゲンを取ってみたら、何と、憩室炎(けいしつえん)と虫垂炎を併発していることがわかり緊急入院。ということで結局盲腸でした。それもかなりひどい虫垂炎だったようで処置が遅れたら腹膜炎となり命にかかわる事態になった可能性がありました。
おかげで新年会や打ち合わせ、収録等の予定を全てキャンセルしたりしなくてはならず新年早々入院という事態になってしまいました。

その後手術、(幼少時の脱腸以来)点滴という毎日で丸々一週間過ごしました。特に9日-11日の三日間は全く何も食べず、点滴のみという辛い時期を過ごしましたが何とか本日無事退院の運びになりました。

実は今回のこの虫垂炎の原因がとても意外なものだったのでこのブログに書きます。

私は年に一回は人間ドックにいって胃カメラでバリウムを飲みます。
これをやった人なら分かると思いますが終わった後必ず下剤と大量の水分を飲みますよね。
一応それをしっかりやっていたつもりだったのですが........
だがCTスキャンとレントゲンて憩室(けいしつー大腸の表面のくぼみ)と虫錘にバリウムが入り込み炎症を起こしたというのです。

こういう事は時々起きるようで。健康のためにやったことが逆に病気の元になってしまった、というのが今回の緊急入院の原因でした。皆さんもバリウムを飲む時は気をつけましょう。

実はこの病院の医師の話だと私のようなケースは月に一度くらいの頻度であるようです。

まあ今回のケースは薬害C型肝炎のようなケースとは違うし、医療事故ともいえないかもしれませんが、問題はバリウムを使った検査にはこういうリスクがあるということが人間ドックの説明やがん検診の説明のどこかに書いてあったという記憶がないのです。

私の周囲でそれを知っている人は一人もいなかったし、おそらく一般社会的にもバリウムのリスクというものが認知されているとは思えません。

勿論バリウムを飲めば誰もが私のような症状になるわけではありません。ですから即バリウム=危険、といっているわけではありませんが今回のようなリスクがあるということは注意を喚起するなんらかの方法は講じるべきでないでしょうか?

薬害エイズなどは言語道断の事件でしたが、薬害C型肝炎も要は官僚の怠慢が招いた事態です。 今回のバリウムの件もそうした厚労省の体質が反映されているような気がしてなりません。どうも厚労省の官僚には基本的に患者への視点が欠けているように思えます。





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2008年1月 2日 (水)

新春コラムーデジタル技術は「コンテンツ制作現場」を理想的にしたか?

明けましておめでとうございます

このブログー音楽制作、音コンテンツの制作者のブログで特に「音楽業界」について述べてきましたが、今回もいささかIT関係者に対してやや刺激的なタイトルになってしまいました。

まあ先日世間にはびこっている「IT革命論」に対して批判的なコメントをした上で、今回のコラムのこのタイトル、これで私を「守旧派、保守派」「昔の方が良かった論者」であるかのようにレッテルを貼られ、私を誤解する人もいらっしゃると思いますので、あらかじめお断りさせていただきますが、私は日常の業務でDTMやDTPを行っている人間であります。MACなどはMac Classic以来20年来のユーザー、ClassicからSE30 Power Mac LCからG3 そして現在のG5 Dualで五台目になる。ほぼ4-5年に一度は機種変更をしている計算になる。
インターネットなどは殆ど中毒状態で長い間ネットやメールチェックしないと不安になる方だ。 ちなみに地上波のテレビは一週間でおそらくトータルしても四時間も見ないだろうが、ネットは少なく見積もってもその十倍の時間は見ている。そんな人間である。

そんな人間なら無条件で現在のデジタル化した社会やインターネットの可能性について諸手を挙げて賛同するであろうと思ってしまうだろう。勿論ネットの可能性やデジタル技術の恩恵などは人に云われるまでもなく人一倍認識している。ネットを含むデジタル技術のさまざまな恩恵については今ここで改めて述べるまでもない。また音楽を職業としている私を含めクリテイテイブな仕事をする人間が、業界の中で最前線で仕事をするためにはデジタル技術、DTM,DTP技術は必要不可欠といってよい。これがないと実際本当に仕事にならない。

尚、ここでお断りをさせていただくが、ここではあくまで制作現場、つまりコンテンツプロバイダーの立場からの視点で述べさせていただくものである。勿論、最終的にはそれはユーザーやそのマーケットにはねかえってくる問題ではあるのだが、クリエーターの生活現場環境が悪ければクリエイテイビテイや作品のクオリテイに悪影響を及ぼすのは必至だ。だがその点について巷にあふれているIT関係の書籍やメデイアに登場するデジタル社会の著作について、的確にその問題点も指摘している文書が驚くほど少ない。特に音楽制作、デザイン、写真等のクリエイテイブな分野の現場についての問題点を指摘した書籍は私の知る限り殆どない。

一般にデジタル技術によってコンテンツ制作の現場では少なくとも2点においてメリットがあるといわれている。

第一点は表現の可能性ー特に映像面においてはデジタル技術によって不可能が可能になった点は多いのは今更いうまでもない。

第二点は業務の効率化である。以前では一日作業だったのが半日で済んだり、といった作業の効率化が大幅に進んだ。当然それはコストダウンにも結びつき、実際大幅なコストダウンが画像、映像、音楽、デザイン等のコンテンツ制作の現場で実現した。これはユーザーにとって何よりのメリットだ。

だが実際にはその本来はコンテンツプロバイダーにとってもメリットであるはずのこの2点の裏にはいくつか問題がひそんでいる。そしてそれがかなり本来「理想的」な環境にするはずだったものが実際には寧ろ逆の方向に状況を誘導している。勿論業界によってやや事情が異なる面もある。特に上記の第一点は映像や画像の表現の可能性を拡大した。(特にCGの分野について) しかし第二点については多かれ少なかれどの業界にも共通していると私は思う。

ちなみに音楽の世界に限って云えば上記の第一点のメリットについては機能しているとは云いがたい。音楽のデジタル技術というとサンプリング音源やシンセ、特にソフトシンセの分野だが、皮肉なことに機材が充実した現代の方が、シンセサイザーや電子音楽の草創期の作品などと比べるとイマジネーションや表現力という点で残念ながらやや後退しているといえる。草創期には機材がなかっただけに作曲家、クリエーターが自分のイメージに合った音楽を作るためにさまざまな創意工夫があった。現代はボタンを押せばプリセットの音源で殆どの場合事足りてしまうという事情があって、プリセットの音源を大幅にいじって新たな音源を、などという工夫をしている人は寧ろ少ない、特に最近は曲制作に締め切り等の時間で余裕がないからかつてのように制作で膨大な時間をかける、ということが難しくなってきている。そのため創意工夫、イマジネーションという点ではこと音楽に関して言えば寧ろ後退しているだろう。寧ろ音の「演出力」という点ではDJ連中の方がよっぽど心得ていると思えるのが、音楽クリエーターの端くれとしては寧ろ悔しい

そして第二点のコストダウンー実はこれが大きな問題なのである。デジタル技術は音楽、写真、映像、デザイン等の制作の大幅コストダウンを実現した。特に90年代中頃からのデジタル技術の進歩は凄まじく加えて90年代末kらの長いデフレ期間は特に出版業界や音楽業界の制作単価を大幅に下げた。これはすなわちそれらの制作に従事している会社の売り上げを必然的に大幅に下げることにもなった。特に音楽業界についていえば音楽業界が好調でピークだった90年代初頭に比べアーチストのアルバムの制作費が大幅に減った

89-94年 一アルバムにつき  600 - 1000万
95-98年 一アルバムにつき  400 - 600万

現在   一アルバムにつき  100万-150万

ピーク時に比べなんと1/10近くである。最近はメジャーレコードでも製品に(!!) (そう、プリプロやデモではなく製品にである)宅録(pro tools等の機材で自宅で作れないかということ)で作れなどと平気で要求するデイレクターもいる始末。それがどういう意味か、わからずに、である。最近のデイレクターはスタジオでもどういう作業をしているのか把握していないで、単なる弁当の手配屋になっている場合が多い。当然こんな状況だから現場で仕事をしているスタッフの収入は寧ろ減っている。

コストダウンはユーザーにとってはよいことである。コストパフォーマンスも重要であることは確かだ。だが、コンテンツは物品ではない。クリエーテイビテイが反映している手作りのソフトである当然コストを過剰に落とせばクオリテイは落ちてしまうものなのだ。そこを忘れている人間が多すぎる

加えて既にこのブログで何回も述べているように音楽業界の慢性的な不況、その状況がさらに事態を悪化させた。

特に仕事によっては一曲千円とか、殆どアルバイト、それもかなり割りに合わないアルバイトの仕事もある。当然そんな仕事はプロがやる仕事ではない。そこそこの利益を出すためには仕事の量をこなすしかないが、量をこなすにしても限界がある。

何度もいうように「コストは際限なく下がる」なんていうのは幻想だ。 コストパフォーマンスには限界がある。加えてデジタル化によるコストダウンの波は作曲家、や音楽家、プレーヤーたちの生活を大幅に圧迫している。私の友人にカメラマンやデザイナーもいるが彼らの状況も似たようなものである。

つまり、デジタル技術はコンテンツ制作現場をどう変えたか?


答え;現場の人間の生活が苦しくなった。 である。



特にほんの一部の人間を除き、作曲家、アレンジャー、プレーヤー(演奏家)などは殆どワーキングプア状態といってよい

ついてにいえば「デジタル化」に対応するために、大幅に設備投資をした上で、仕事の量はたいして減らずに「売り上げが大幅に下がった」というのが実態だ。これはたまったものではない。

しかし残念ながら一度こういう傾向が始まったらもうこの流れはとまらないだろう。デジタル世界は地球全体をフラット化する、というのはこういうことである。これに対処するにはコストカット競争をし極限にコストダウンしたものを作るか、他人と違ったことー何か他と違う付加価値をつけたもので売るかのいずれかしかなくなる。しかしコストダウンはもはや限界を超えていることは明らかだから、やはり自分の仕事にいかに付加価値をつけるかー他人を明らかに差別化したコンテンツを作るかーしか生き残る道がなくなるだろう。

しかし音楽業界、特に日本の音楽業界とはおかしな業界で「他人と違った仕事をする」ことを是としない業界である。特に「売れセン」などというおかしな言葉が使われてから尚更「他人と違ったことをする」ということを極端に嫌うようになった。今の音楽業界はある傾向のサウンドが受けると業界全体がそれのマネをする、そしてそれがマーケテイングという大勘違いをもう十年以上続けているのだ。だがそういった考えではおそらくこれからのデジタル化によるグローバル社会では生き残れないだろう。私は以前から再三再四この点を指摘してきた。

そうした点を見るにつけ私はある結論に達した。デジタル化の波ではコンテンツプロバイダーが生き残るためには請負中心に仕事していてはおそらく未来はない、ということである。勿論そういう請負系の仕事がなくなることはないだろう。しかしそれで一財産を築けるなんてことはありえないし、安い単価の仕事を大量にこなしても「ワーキングプア」の状態から脱しきれまい。特にこの時代を生き残るためには「いかに人と違ったことをするか」「いかに人と差別化できるコンテンツを供給できるか」これしかあるまい。つまりデジタル化というものは、クリエーターの生き方まで大幅に変わらざるを得ない状況を作ってしまったといえる。

クリエーターとして生き残るためには発想を転換しよう。人から仕事をもらうことだけ考えては未来がない。残念ながらそれが現実のようだ。




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