2008年音楽業界滅亡を前提にー何をすべきか
早いもので1月ももう終わってしまう。既にニュース等でさんざん報道されているようにアメリカのサブプライム問題を発端に加え、異常な原油高、そして円高、更には例の「新建築基準法」による政府と行政の不手際による問題と残念ながら2008年はこのトリプルパンチで景気後退に入るのはほぼ避けられないという見通しで経済の専門家の見解はほぼ一致している。普通私はあまりエコノミストのいうことは信用しないのだが確かに経済の現状ははたから見て深刻なのは素人の私でもわかる。このトリプルパンチが来たらただでさえ体力のない音楽業界はもうひとたまりもないだろう。
加えてこのブログでも再三再四、音楽業界の問題点について論じてきたが残念ながら2008年は事実上音楽業界の既存の体制が滅亡するのは避けられないだろう、というのが大方の見方だ。実はもう既に数年前から音楽CD業界は殆ど業界の体をなしていない。本当に一握りのアーチスト以外、作曲家や音楽家の大半は事実上「ワーキングプア」状態になっており、殆どの人間が「副業」なしには食べていけない状態が続いている。
特に深刻なのが次々に閉店するレコード店の現状だ。経営状態の悪化の噂が耐えないHMV, そして昨年十二月十日の渋谷のCISCOの閉店、と音楽産業の売り上げの回収機能の崩壊が始まっていること。決定的なのはやはり10-20代の若者がCDというものを本当に買わなくなっている(pdf資料で特に12ページ参照)ということだろう。
CDを買わなくなっているのはファイルコピーのせいだ、などと相も変わらず業界関係者はいっている。勿論それは全くないとはいわないが、携帯に何万も使ってお金がない、という理由の方が大きいだろう。しかし私はそれよりもっと根本的な、音楽のマーケテイングの部分に理由があると見ている。次の私の疑問を見て驚く人もいるだろう。
それはそもそも音楽産業は本当に音楽が好きな人、音楽ファンを対象にCDを売り続けていたのだろうか? という根本的な疑問である。「音楽が好き?」と聞かれて「嫌い」という人は少ないだろうが、CD業界が頂点を極めた頃からの音楽の売られ方を冷静に分析してみると、実は音楽産業は本当に音楽好きな人をメインターゲットにしていたのではないことがわかる。
実は音楽ー特にJ-popの大半は一般人にとって単なるコミュニケーションツールに過ぎなかった。勿論純粋にアーチストを支持した音楽ファンもいるにはいたがいつのまにかそういう人たちは音楽産業のメインターゲットからはずされたのだ。この傾向は10-15年前あたりから顕著になってきた。その頃から売れていたCD、音楽とはドラマやCMのタイアップ曲だったりカラオケで歌いやすい曲だったりした(ヒット曲がカラオケで歌われるのではなく、カラオケで歌われる曲がヒットした)。特にいわゆるトレンデイドラマ全盛の時は若者であれば「誰もが見るもの」であり、メーカーはそのドラマタイアップ獲得のため湯水のようにお金を投入していた。
学校や職場の友達や同僚とドラマの話をし、カラオケに遊びに行く、音楽はそのための単なる道具に過ぎなかった。音楽はコミュニケーションのネタであり、関係性を築くための道具であり、そのため「みんなが聞いているから」というのがCDを買う理由となった。いかにも日本人らしい音楽の買い方だと私見では思う。本人たちはそのタイアップの音楽が好きというつもりで買ったかもしれないが、実際はその曲の音楽性ではなく、単なる「学校や職場で孤立をしないための」ものであった。
しかし携帯が特に若者のコミュニケーションツールにとって変わるとコピーで事足りる音楽に金を使うものなどいない。そして10-15年前と違いCDを聞いてもモテない、友達は出来ない。と周囲のコミュニケーションツールとしての役割を音楽が果たせなくなった状態では売れなくなって当たり前だ。
20年前は「アーチストのファン」のためにCDを作った、いつのまにか音楽業界自体はその行為を事実上放棄した。次の時代の新人が育たないのは当たり前だ。そもそも音楽を本当に好きな人を対象にしていないのだから、いつのまにか「音楽の好きな人=マニアックな人」という短絡したマーケット感が定着し、現在もそれを基本的に変えようとしていない。音楽をコミュニケーションツールとして売り続ける路線に固執する以上どんどん業界は沈んでいく。そしてどうやらその通りになってしまうようである。
ここで根本的な問いかけをもう一度する。音楽ファン相手の音楽CDビジネスは本当にもうからないのだろうか? 少なくとも現在のいわゆるメジャーレコードのデイレクターと呼ばれる人の大半はそう考えているようだ。その証拠に殆どの関係者は「ただのコアなファンだ」のひとことで片付けてしまう。しかし私はやはりそれは違うと思う。私も双子のリリーズのサポートとかやって目の当たりにしたが、アーチストの真のファンはアーチストがCDを出せば配信やコピーがあろうが買ってくれるのである。問題は私は以前のコラムでも書いたが音楽業界はいつのまにかそういう人たちを大事にしなくなったことにある。それが音楽業界が犯した根本的な過ちだと私は考えている。
だがもう今さら変わるまい。ちなみにメジャーというがもうメジャーとインデイースの区別など実質的にとっくの昔になくなっている。両社に差があるとすればレコ協がからむかどうか、そして宣伝費の違いくらいなもので、私がみたところこと制作される音楽のクオリテイという面では寧ろ一部のアーチストは逆転しているといっていい。
また世の中が本当に見えているプロダクション、制作会社の社長はもうメジャーとインデイースなどというこだわりを捨てていて、それぞれの戦略で生き残りを測ろうとしている。アキバ系に走る会社(イロモノではあるが実はこれ結構オイシイ)もあれば、グラビア系に行くところもある。うちは好き嫌いは別として癒し系、ヒーリングが得意分野となっているのでそこを伸ばすしかないだろう。というわけで癒しの音楽チャンネルというネット放送をはじめ、ヒーリング癒し系の音楽をいかに有効にプロモーションするかについて現在考えている。
とはいえ大多数はメジャーという音楽業界の村社会的な自己満足の肩書きにこだわっている。残念ながらそういう会社は沈み行く音楽業界と運命を共にするしかないだろう。いわゆる有名レコード会社も会社自体は形として残っても実質的機能が死んだ状態になってしまうだろう。
勿論、レコード会社の経営者でもわかっている人はわかっている。だがもはや打つ手がなくタイタニックの船長のように沈没するのをわかっていても何もできない、という状態というのが本当のところだろう。残念ながら2008年はその沈没=滅亡の年になる可能性が極めて高い。
以上のことを前提としてじゃあどうやってこの2008年を乗り切ろうか、ということになる。しかし既成の音楽業界の体制が崩れても音楽そのものがなくなるわけではない。いや、寧ろ我々のような新興勢力にとっては寧ろ都合がよいかもしれない。音楽業界、CDの流通体制という枠内だけで見るから、音楽業界がつぶれても音楽が残るというのは嘘だなどという議論が出てくる。だがそれは違うと私は思う。なぜなら既成の音楽業界はそもそも本当の音楽愛好家の味方にはなってはいなかったのだ。それならそういう体制を作り直すしかない。云うのは簡単だが...
生き残り方は会社によってさまざまだろうが、結局各社の得意分野、特徴を最大限生かすしかあるまい。然る後どうやって音楽をアーチストのファンにいかに効率的に届けるか、それしかあるまい。
あともう一つ、これだけ音楽のファイルコピーが日常化している現状では作られた音楽の内容がかなりよくないと、あるいはアーチストそのものがよほど魅力的でないとそれらの音楽はただの聞き捨てBGMでしかなくなってしまう、ということになる。その場合ネットラジオで充分になってしまうだろう。つまり音楽の、アーチストのクオリテイが高い、本当に魅力的な音楽でないと音楽事業として成り立たなくなってしまう。もしそうだとしたらある意味、これは音楽文化にとって健全化するプロセスといえるかもしれない。あとはプロデユーサーの腕次第だ。
今まではメジャーでも結構くだらない曲が売れた。でもこれからはそういうことはもうないだろう。だとすればこれは音楽文化にとって必ずしも悪いことではない。制作者にとってはかなり大変な作業だが、 自戒をこめて私も自分の作品一つ一つに自分が考える最高のクオリテイの音創りを心がけたいと思っている。だとすれば2008年の音楽業界滅亡は新たな音楽の世界の夜明けになる可能性もある
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ブログのKyojiが経営する制作会社の将来を嘱望されている所属アーチストです。。





コメント
はじめまして。東京でヴァイオリン弾いているインディーズミュージシャンのkigasと申します。ブログの内容にとても共感を覚えたのでコメントさせていただきました。
自分はmyspaceで英語ブログを書いて海外のインディーズミュージシャンと交流を持っているのですが、国を越えたアンチメジャーのインディーズシーンの大連立が出来上がりつつあります。
この最先端の動きは多国籍国家のオランダを中心にあります。
業界は変わるべくして変わっていくと思います。
投稿 kigas | 2008年3月14日 (金) 17時03分