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2007年7月11日 (水)

今日は何の日?-ジョージガーシュウィン没後70回目の命日

今日がアメリカが生んだ最も偉大な作曲家 ジョージガーシュインの命日と答えられた人がいたらその人はよほどのジャズ通だろう。アメリカのジャズクラブでは結構ガーシュインナイトのような催しはあるようだが、日本ではこれといった記念イベントが開催されているという情報はない。クラシック関係にいたっては皆無といってよい。昨年のモーアルトの生誕250周年でクラシック界での大騒ぎぶりに比べればまさに雲泥の差である。わずかにユニバーサルミュージックがガーシュインの記念商品を発売しているくらいである

ジョージ・ガーシュウィン (George Gershwin, 1898年9月26日 - 1937年7月11日) は『ラプソディ・イン・ブルー』(題名でわからなければドラマ「のだめカンタービレ」のエンデイングテーマとなった曲といえばわかる人も多いだろう)を代表作とするシンフォニックジャズと呼ばれる音楽の作曲家であり、同時に「スワニー」「アイゴットリズム」といったポピュラーソングのヒット曲の作家としても知られる。私的には20世紀最高の作曲家の一人だと考えているが同時にその功績に比べて不当なほど評価が低い(英語でいうmost underrated)作曲家だと考えている。アメリカでは「アメリカ音楽の父」という評価があるのと対照的にイギリスなどを除くヨーロッパ諸国、特に音楽史家からの評価はまだそれほどでもない(日本も似たようなもの)というのが実情である。

なぜだろうか? これはおそらく音楽史家、といわれる人の大半がいまだにクラシック音楽中心の音楽観しかもっておらず、いまだに「ヨーロッパ音楽の伝統」という狭い枠でしか音楽を論じない人が多いからだろうと思われる。実際ガーシュウィンのシンフォニックジャズを大半の音楽史家は「ジャズとクラシックを融合させた音楽」とか「クラシック音楽にジャズの語法を導入した」という程度の認識しか持ってない。その観点からガーシュウィンの音楽をー特にガーシュウィンの傑作の一つでヨーロッパの古典的な形式をふまえたピアノコンチェルトヘ調を題材に上げー「ジャズ」なのか「クラシック」なのかというくだらない論争を続けていることからも彼らの音楽史観がいかに狭いかがわかる。

ガーシュウィンの音楽がジャズなのか、クラシックなのかーはっきりいってそんなことはどうでもいいことである。大事なことはガーシュウィンの音楽がジャズという新しいイデイオムによって新しい芸術の流れを作ったことである。彼が後のジャズ音楽には計り知れない影響を与えているし、オペラ『ポーギーとベス』はミュージカルの流れに大きな影響を与えた。ガーシュウィンがいなければオスカーピーターソンもロイドウエーバーもいなかっただろう。映画音楽のジョンウイリアムスもガーシュインの影響を認めている一人である。

またガーシュウィンは同時代の新しい音楽表現を模索していた作曲家からも一目置かれていた。「あなたはすでに一流のガーシュウィン」と評価していたラベルをはじめ、バルトークもジャズやガーシュウィンの作品に大きな関心を持っていた。バルトークなどは「クラリネットとピアノのためのラプソデイー」で明らかにジャズの語法を取り入れようとしていた(初演は何とあのベニーグッドマンである)。

但し面白いことに同時代の作曲家たちの評価は真っ二つだった。前述のラベルやバルトークは評価していたし、ストラビンスキーもガーシュウィンが天才であることは認めていた(但し自分より数倍収入の多いガーシュウィンをねたんでいたといわれる)一方ではプロコフィエフやシェーンベルクなどはガーシュウィンの音楽を毛嫌いしていたという。ちなみに意外だがガーシュウィンは十二音技法にも関心があったといわれている。とても面白い話である。惜しむらくはあまりにも早死にだったこと、1937年7月11日、脳腫瘍のため、ハリウッドにて急逝した。まだ38歳9ヶ月の若さであった。この後十二音や無調とジャズや他の語法と組み合わせた新しい音楽をもっと作っていれば彼は今日のような偏った不当ともいえる評価に甘んじなかったかもしれないと思うと残念である。

いずれにせよガーシュウィンの音楽がその後クラシック系の音楽よりジャズをはじめとするポピュラー系の音楽に対する影響が後世に強かったことがガーシュウィンという作曲家を音楽史家が正当に評価することを妨げたということができる。それがガーシュウィンは「アメリカ音楽」の作曲家という評価にしてしまったが、実際ポピュラーソングもジャズももはやアメリカのみのものでないことは明らかである。(ちなみにミュージカルをアメリカの文化と考えている人がいるようだが、現在の大ヒットしているミュージカルの台本も音楽も実は大半はイギリスで書かれている。一概にアメリカのものとはいえない)

そしてこれだけはわかってもらいたいのだが、ガーシュウィンはポップソングのヒットメーカーとしての功績(当時は今のようなチャートはなかったが、「スワニー」などは間違いなくヒットチャート一位になっていた曲と思われる)と『ラプソディ・イン・ブルー』、『パリのアメリカ人』といった芸術音楽の分野での功績両方の分野で功績を残した歴史上殆ど唯一の作曲家である。ガーシュウィン自身それを最初から目指していたし、彼は通称『完璧な音楽家』といわれていた。

この「完璧」とはどういう意味だろうか? それは彼の功績を見れば明らかである。ポップソングライターとしての功績ー興業ビジネスとしての成功、と高い芸術性を持った音楽作品ー芸術家としての成功。両方を手にするということである。

ガーシュウィンはそれが可能であることを身をもって示してくれた作曲家である。
また芸術音楽家として黒人音楽の価値を世に知らしめた功績も大きい。ガーシュウィンがいなければジャズのここまでの発展はおそらくなかったであろうし、ジャズから生まれたR&B ソウル、ファンクなどといった音楽もここまでメジャーになっていたかどうか。ちなみにガーシュウィンの葬儀には黒人白人関係なく彼の死を悼む人の列が絶えなかったという。まだ人種差別が根強くあった時代の話である。

だからもっと彼の作品を聴いて、ガーシュウィンの本当の価値を理解して欲しいと願うばかりである。
ちなみに私は今 バーンシュタインのピアノ・指揮ニューヨークフィルの演奏でラプソディ・イン・ブルーを聴いている

 

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