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  • 奥津恵 プロモショット

    私がプロデユースしているアーチスト「奥津恵」のプロモショットです。よろしければご覧下さい
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    このブログの作者 大野恭史の公式サイトです

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2007年2月26日 (月)

オスカーとアルコア

今年もいろんなサプライズがあったオスカーだった。作品賞と監督賞は既に報道されている通りマーチン・スコセッシのDeparted(香港映画のリメーク),スコセッシ悲願の受賞だった。また日本人の菊地凛子が"Babel"で日本人女優として49年ぶりにノミネートされたり、全編日本語で作られた「硫黄島からの手紙」が作品賞、監督賞にノミネート(これ自体物凄い異例であるーアメリカ人は字幕があるというだけで見ない人が殆ど)される等日本人もだいぶからんでいた

ちなみに海外最優秀作品50周年に渡辺謙がカトリーヌ・ドヌーブとともにプレゼンターをやっていたが、ネイテイブな発音ではないけれど綺麗な発音で上手にプレゼンター役を務めた。世界一外国語を覚えるのが下手な国出身の俳優としては上出来である。

ちなみに今回功労賞を受賞した私の尊敬する映画音楽作家エンニオ・モリコーネ先生(名前は知らなくとも「ニューシネマパラダイス」や「アンタッチャブル」の音楽の作曲者)は受賞時に最初の"Thank you"以外はイタリア語でスピーチしていた。プレゼンターのクリント・イーストウッドが通訳をしていたのが面白かった(イーストウッドはかつてマカロニウエスタンのスターなのでイタリア語は少しわかるはず)

このオスカーでもうひとつの話題は元副大統領のアル・ゴアの出演した「不都合な真実」が最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したが驚いたのは最優秀主題歌賞(と日本ではいうのかな?-要はBest Songs)なのだが、Dream Girlsが受賞するのかと誰もが思ったが受賞したのはそのアルゴア出演の「不都合の真実」の 主題歌ーメリッサ ・エッサーリッジの”I need to wake up"だった。

これはオスカーアカデミー特有の政治的メッセージかどうか頭をよぎったが、単純にBest SongsはDream Girsの曲が3曲もノミネートされて票の食い合いになったのが原因かもしれない。

ちなみにアルゴアは今でも冗談で「一瞬だけ大統領になった者です」といっているが2000年の大統領選挙は今でも怪しいと私も感じている。CIAか軍組織が裏で何かした可能性がどうしても捨てきれない。アルゴアが大統領になっていたとしたらかなり今とは間違いなく違った社会になっていただろう。少なくとも京都議定書にアメリカがサインしていたのは間違いない。もしかしたらイラク戦争もなかったかもしれない。そうした事態はアメリカの石油産業としても軍需産業としても絶対に避けたい事態のはずである。

アメリカ社会は実質的に軍需産業とエンタテインメント産業が表から裏まで力を持っている。前者は共和党、後者は民主党寄りだ。ブッシュ政権は例のクリアチャンネルの関係もありエンタテインメント業界を実質的に敵に回している。それが共和党が最近劣勢な背景だが、共和党も持ち直すだろうからまだまだ余談を許さない。

だが「不都合な真実」が受賞しかなりアメリカ社会に浸透していくことによって環境意識に関するアメリカ人の意識が代わってくれればと思っている。何せ世界のCO2の約半分をアメリカ一国だけで排出しているのだから...

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2007年2月25日 (日)

奥津恵ーデスペラードステージ終了


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い感じでしたが、多くのアーチストの歌声に交じってうちの奥津恵が元気に歌いました。

今回は全部カラオケでやるつもりでしたが、会場のCDプレーヤーが業務用でCD-Rを読まない(認識しない)ことがわかり仕方なくThink of YouやFeely等CDに入っている曲のみカラオケにし「明日への扉」と「上を向いて歩こう」(スキヤキソング)は急きょ会場にあるキーボードで私が弾くことにしました

今日で奥津恵、2回目のライブですが前回よりは少し落ち着いて歌えたかなという感じがします、しかしまだブレスの取り方等課題も多いのでその辺りは追い追い直していこうと思います。とにかく人前で歌う経験をできる限りつけさせたいとは思いますが同時にこれから曲をもっと揃える作業も必要です

次は京王閣にて歌います。今度は今までのような内輪なライブでなく不特定多数の人に野外ステージで歌います。これでステージ度胸をつけてもらえばと思います

奥津恵公式サイト
http://www.o-megumi.net

そんなわけで引続き皆様の応援をよろしくお願い申し上げます

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2007年2月24日 (土)

本日奥津恵朝霞デスペラード・ステージ

かねてからお知らせいたしておりました埼玉県朝霞市のデスペラードステージでうちの奥津恵が出演いたします。先日も日記で書いたLittle Lovers2のテーマ曲「明日への扉」を初披露いたします。

日時:本日16:30~20:30:
場所;朝霞市デスペラードステージ

埼玉県朝霞市根岸台6-10-41 第二トモエレジデンス 1F
(東武東上線 朝霞駅北口より徒歩5分)
048-451-3241
駐車場有り
http://www.desperadostage.shop-site.jp/top.html

出演者(順不同,敬称略):
・はるち
・スウィート・ワイルド・フラワー
 (なんしー,池内正太郎)
・mama
・奥津 恵
・スケサン
・hiro
・まっつん
・ロッツ
・&

多少時間は前後しますが奥津恵出演は18時前後だと思います。

よろしくお願いします

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2007年2月22日 (木)

10周年ーかつて一世を風靡(?)した作品発売十周年飲み会

かつて人気を博したシミュレーションゲーム"Little Lovers"の関係者の飲み会が発売10周年を記念して新宿で行われました

ご存じない方のために説明しますと一時流行った女の子と「同居」シミュレーションゲームで同じく人気を博した「ときめきメモリアル」と同じようなシミュレーションゲーム。但し我々の"Little Lovers"の方が発売は早かった(と思う)


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左がその"Little LoversI" 当時は「声優ブーム」だったこともあり主演は人気声優の吉田古奈美さん、菅原祥子さん、笹本優子さんの3人、真ん中はヒットしたため好評のためアクセサリー(スクリーンセーバー) そして右が"Little Lovers2"で主演が今も人気声優として活躍中の坂本真綾さんです。テーマソングとゲーム音楽はいずれも私の手によるものです。

この時はゲーム音楽も結構作り甲斐があったんですね。今は音にお金をかけるゲームは全体のほんの一部、殆どは音大や音大専門学校の子たちをアルバイト同然で雇って作らせているのが現状。それもあってこの仕事は私にとっても忘れられない仕事の一つになっている。

今回の集まったメンバーで唯一ゲームの仕事をし続けているのはじろっくすざん一人だがまた何かいっしょにできる機会ができればいいのだが...

ちなみに既にご案内していますが"Little Lovers2"のテーマソング「明日への扉」はうちの奥津恵のヴォーカルによってリメークする予定です。これから何回か人前で歌わせて自分のものにできるように練習させます。









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2007年2月19日 (月)

昔の曲のリメーク決定

実は5年くらい前からあるバラード曲のリメークを考えていた。この曲は一時人気を博したシミュレーションゲームのテーマ曲で某人気声優の歌で今から9年くらい前に発売された。ゲームのユーザーからは大変な好評を博したが、プロジェクトの力及ばずゲームプロジェクトが実質的に解散状態になってしまった。

私としては自分の作曲した曲としてかなり思い入れも強くこのまま引き出しにしまってしまうのは忍びなかった。そこで何とか別のヴォーカリストでリメークを考えていてこの曲の歌い手を捜していた。そして苦節5年、ようやくリメークで歌うヴォーカリストが決まった。何を隠そううちの奥津恵である。

一部の人から熱狂的な支持をいただいた。ちなみにゲーム音楽とそのキャラクターによるPVがYou tubeにアップされていますので興味ある人はご覧下さい。
Little Lovers 2 曲名:明日への扉
http://www.youtube.com/watch?v=jZmOhtTDY04

なお、I wishというグループに同名の曲があるが全く別物。ややこしいことに作曲者名が「大野愛果」というために余計に一部の方に混乱を生じさせたようだが、これ全くの偶然である。ちなみに曲の発表は1998年の7月ですから私の方がかなり早いはずである。

実際に同じ曲でも違うヴォーカリストが歌うと全く違う印象の曲になるから不思議である。アレンジも最終的にはギターやバックコーラスとかは差し替えるつもりでいる。

その曲の第一回のお披露目を今週の土曜日の24日、埼玉県朝霞市のデスペラード・ステージにて行う予定。奥津恵は他にThink of you と Feely そしてスタンダードナンバー1曲を歌う予定

日時:2007年02月24日(Pm4時開演~)
場所:埼玉県 (朝霞Desperado Stage)
   埼玉県朝霞市根岸台6-10-41 第二トモエレジデンス 1F
   (東武東上線 朝霞駅北口より徒歩5分)
    048-451-3241
   駐車場有り

http://www.desperadostage.shop-site.jp/top.html

出演は夕方の6時くらいの予定です

とにかくこれで長年の懸案にひとつメドが立ちました。長かったですけど結局自分のところのアーチストが歌うのが一番スッキリしますね

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2007年2月12日 (月)

アメリカの良心はまだ生きていた!!今年のグラミー(長文注意)

今回のグラミーはデイクシーチックスが主要部門を制覇した。彼女たちの基本ジャンルがカントリーだけに日本人にはいまひとつ馴染みがないし、私自身も正直カントリーにはそんなに興味があるわけではない。しかし彼女たちが受賞したのはとてもうれしい気持ちである

実はこのディクシー・チックス3年前にブッシュを批判して全米で彼女たちのCDの不買運動が起こり、ラジオでも放送禁止を食らった。それだけでなく彼女たちは生命の危機にも立たされた

具体的にどういうことがあったかというと

実はカントリーシンガーの殆どは寧ろ戦争支持の歌を発表しており(ブッシュの支持者は田舎の方が圧倒的に多い)このことにより多くのカントリーのラジオ局でプレイリストから外された。またブッシュの息がかかった、というよりは’98年にテキサスレンジャーズを、当時のオーナー だった現ブッシュ大統領から購入しブッシュが州知事時代からブッシュ一家とビジネスの関係にある全米1200のラジオ局を傘下に持つクリアチャンネルの副会長トム・ヒックス(ブッシュの広告塔の役ーこの人物は現代のゲッペルスと呼ばれている)はチックスをプレ イリストから外す命令を出した。 「我々の街とリスナー、そしてアメリカ軍兵士へ敬意を示すため、ディクシーチックスをプレイリストから外しました。」
(フロリダ州ジャクソンビルの二つのカントリーラジオ局でプログラミングディレクターを務めるゲイル・オースティン)

さらにCD潰し集会ルイジアナ州のカントリーラジオ局KRMDでは「ディクシーチックス廃棄デー」を開催。”元”ファンから集めたCDなどをトラクターで潰したあと、集まった人たちが踏みつけた。メンバーのエミリーは自宅玄関を壊される。24時間警護が必要になった。右翼系紙のコメンテイターは彼女たちを裏切り者と批判し、”ディキシーの尻軽”、”サダムズ・エンジェル”と呼んだ。


実はカントリーは白人の音楽だ。全部が全部とは言えないにしても、保守&右派が中心というのは否めない。

しかし彼女たちも負けてはいなかった。カントリー肌と"離婚"してロック系の人たちと協力した。またリーダーのナタリー・メインズが歓声とブーイングの入り交じる中、一通り感謝の言葉と言論の自由について話したあと次のような発言をしているのが印象的だった

「最後に、私のことを嫌いな人にお礼を言います。あなた達のおかげで、私は強くなれたし、色んなことに関心を持ったし、誇りを持つようもになった。あと、いい知らせも。来週、新しいCDとDVDが出るの。よかったね。あなたたちまた、焼いたり踏んづけたりできるわよ」

アメリカ国内でもこの頃から、戦争終結後も治安が収まらず米兵の犠牲者が増え続けるイラクと、依然見つからない大量破壊兵器の件もあり戦争疑問視の声も取り上げられるようになっていた。そうした中ロック系のミュージシャンとともにポリティカルバンドの仲間入りを果たし、2004年の大統領選挙には反ブッシュキャンペーンをR.E.Mやパールジャムとともに活動、そしてふだん政治の場には現れないブルース・スプリングスティーンまでこの運動に参加した。結果的にはアメリカ南部や地方の保守層を切り崩すことができずブッシュ再選を阻止は出来なかったが..

しかしイラクでの戦況が泥沼化し、結局大量破壊兵器がみあたらなかったことがわかると「ナタリーは正しかった」という雰囲気が増加してきた。

さらに2005年に入ると政界から強力な支持も出てきた。グループのマネージャーでイギリス出身のサイモン・レンショウが、アメリカ議会委員会を前にラジオ産業の今後について証言してからだ。 彼は所属事務所が死の脅迫を受けたことを明らかにし、右翼団体がそういった運動を指揮している証拠も示した。そしてグループの合衆国憲法修正第一条(言論の自由)に基づいた権利が侵害されていることを非難し、芸術の自由と文明開化、そして政治議論の自由が侵されていると主張した。
多くの人が賛同した。委員会のメンバーの一人、カリフォルニア州選出の民主党上院議員バーバラ・ボクサーは、今回の組織的なラジオからの締め出しをナチスドイツや50年代のマッカーシズムにたとえ、”人々の口をつぐませるための、ぞっとするようなメッセージ”と呼んだ。

これがターニングポイントだったかもしれない。それが今回の、「テイキング・ザ・ロング・ウェイ」の最優秀アルバム受賞、「ノット・レディ・トゥ・メイク・ナイス」の最優秀ソング受賞につながった。グラミーの会場はいずれも彼女たちに対して暖かく、彼女たちも今までの苦境を驚くほど明るく語っていた。受賞時にナタリーはおどけながら「この受賞を聞いてチャンネルを回した人もいるでしょうけど..」と発言。会場の笑いを誘った

アメリカというのはとにかく極端な方向に流れることがよくある。今回の911以降のアメリカの行動はそうだ。しかし反ブッシュとして槍玉に上がっていた彼女たちをこういう形で評価し賞を受賞するというのは、まだアメリカの良心が残っている、まだ社会として健全な部分が残っていることを感じている。

この「ネオコン」-私は新しい形のファシズムとすら呼んでいるが、後の時代からマッカーシズムと並ぶくらい否定の対象になってほしいとも思う。ちなみに先ほどのクリアチャンネル、現在経営難で身売りしている。ざまあみろといいたい。

女性3人組バンド グラミー5冠
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007021200160

私はアメリカ生活が長いので平均的アメリカ人の考えがわかるがアメリカ人は基本的に外国に興味がない。海外で大規模なデモの様子もあまり報道されたことがないし、イラクやアフガニスタンでテロリストよりも一般市民の方が多く殺されているなどということもアメリカのメデイアは全くといっていいほど報道しない。それだけにアメリカという国が世界にどれだけ迷惑をかけているかについて殆どのアメリカ人は知らないし、関心もない。しかしネットがこれだけ普及しているこの時代に本当にそれでいいのかということは声を大にしていいたい。(アメリカ人は日本人よりメデイアリテラシーがあるというのは大嘘である)

長文になってしまいました。とにかくディクシーチックスには心からおめでとうといいたい。

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2007年2月11日 (日)

日本史から見る日本人のブランド観

連休中だし、今割りと落ち着いているので普段とは違った話題をこのブログに書いて見ようと思う
息抜きを兼ねたつぶやきだと思ってください

皆さんは自分のルーツって考えたことがあるだろうか?
日本人って割と家系図とか殿様の末裔がどうしているといった類の話が好きだが。私の大学の先輩にも一人大名の末裔がいる。久留米有馬藩の末裔でおじいさんが有馬頼寧氏で競馬の「有馬記念」の創設者、お父さんの有馬頼義氏は第31回直木賞作家というサラブレッドである。その先輩、現在はどういういきさつか水天宮権爾宜で神主をされているようで、ご活躍されているようでなによりである。その先輩とは今でも年賀状のやりとりをしている。

まあそういう家柄はそれはそれでいろいろと大変だろうと思う。幸いにして私のルーツなどたいしたことない
どうでもいいことと思う人もいるだろうが、せっかくなので現在わかっている範囲で書こう。

私の父親の実家は新潟市で豆腐業を営んでいた(現在は廃業)代々商家で祖先は茅野屋といった。茅野屋というと長野県諏訪市が本拠だと思うが何らかの関係で新潟市、昔の越後市にたどりついたのだろう。ただ事業は必ずしも芳しくなかったようである。
明治時代に入り、越後藩の大倉氏と茅野屋との縁談が成立しその期に茅野屋から双方の姓一文字を取って現在の「大野」となった。したがって和歌山ー奈良方面もしくは東京の板橋、練馬方面に大野という姓が多いがその「大野」さんと私は全く無関係である。 この大倉氏というのがどういう家柄だったのかについてはわからないが、越後藩ではそれなりの家柄だったようだ。どうやら実態は事業が思うように行っていない茅野屋が「ブランド」を手に入れるために大倉氏と結びつき、大倉氏は廃藩置県で食い扶持を失ったため食うために商家と「政略結婚」をした、ということらしい。どうやら明治の中期辺りには割りとそういうことが行われていたらしい。
現在の大野家の宗家はこれから6代目に当る。現在の当主は新潟市で団体職員をしているが、法事等で接触がある程度。父親が他界した今では疎遠になっていく運命にある

ちなみに私の母方についてわかっている範囲でいうと元会津若松藩士で戊辰戦争で新潟市に落ち延びてきたらしい。云ってみれば賊軍だったわけだが、その後もいろいろあったらしく実はいまだに詳しい話はわからない。母方の母親(つまり私の祖母)の写真は見たことがあるが、母方の祖父の写真など見たことがない。いろいろと事情がありそうだが聞こうかどうしようか迷っている。

また音楽の血はどうやら母方かららしく祖母は三味線の名手だったし大叔母が月子という民謡歌手としては少しは知られた存在だった。一昨年その月子さんは94歳の天寿を全うしたが葬式には出身地の新潟県寺泊市の市長も出席しているくらいの人だった。母も若い頃は三味線をやっていた、私は和の古典楽器ではなくピアノの方にいってしまったが...

そこでこの「賊軍」ということにスポットを当ててみたい。

日本の歴史を振り返ってみると天皇が味方するかどうかで全てが決まっている。平安時代以降この傾向が強い。源氏が鎌倉幕府を開いたのも一応形上は天皇が味方したからだが、しかし後の承久の乱のように天皇が3人も配流される事件があることを見るとまだ現在のような絶対的な権力、ブランドだったかどうかはわからない。但し天皇のお墨付きという名目は必要だった。天皇が実際に親政したのは奈良飛鳥時代までで平安時代以降は、形式上の認可をするのみに既になっていた。この辺りから天皇が味方すれば「官軍」天皇の敵は「賊軍」というようになったようだ。

鎌倉幕府が滅んだのも後醍醐天皇の綸旨があってこそ、その綸旨が出た瞬間北条氏は賊軍となり足利新田連合軍に滅ぼされるきっかけとなった。その後の南北朝などはいずれも自分が「官軍」であることを主張しているというややこしい事態となった。ちなみに南朝をいまだに正統な流れとしているがそれは後の権力機構が南朝の後醍醐天皇と楠正成の浪花節的な忠義話が権力にとって都合がよかったための方便に過ぎない。現在の天皇は実は北朝の流れなのだから、こんなまやかしをいまだに押し通しているのは不思議である。

しかしいずれにせよ天皇は「誰の味方か」これによって歴史は決まっていった。江戸時代は勿論、明治維新にせよ薩長同盟が天皇を味方にしたことによって「官軍」になれたのだ。戊辰戦争で薩長が菊の錦の御旗を掲げただけで幕府に味方した諸藩は戦意を喪失した。それだけの力があったのだ。

現在もテレビ等で皇室に関する関心は高い。これは何故かいろいろ考えてみるとおそらく天皇というのは日本人が殆ど唯一持っている「絶対的なブランド」だからではないだろうか? 日本人のブランド好きは有名だが殆どは海外のもの、Gucci Chanel etc etc、しかし皇室だけはとりあえず日本のものである。しかも確かな所では奈良飛鳥時代からは確実につながっている。(現在の資料では雄略天皇が歴史上確実に存在が確認されている天皇である) ギネスにも載るくらい世界でも稀有な存在であることは確かだ。それが日本人に対して大きな影響を与えているようだ

人によってはそのため天皇のブランドそのものが自らのアイデンテイテイであるかのような意識を持っている人がいる。だから天皇にまつわる話だと感情的になる人がいる。そういう人たちは私の理解の範囲を超えた人たちだがあまりこの点に触れると過激な反応やテロ行動などを起こしかねない人間もいるのでこの辺にしておく。

ただ私が危惧するのは海外でブランド品を買いあさる人たちも天皇をいまだに神のようにあがめ、天皇の存在自体を自らのアイデンテイテイであるかのように考える人たちも自分以外の他人に脳みそを預けているという点では同じではないかという点である。それは思考停止そのものであり、権力機構にいとも簡単に操られてしまう危険性がある。最近の関西テレビの納豆の捏造問題で納豆が店から消えたなんていう現象も、「単純明快(に見える)答え」を鵜呑みにしてしまい、脳みそをメデイアに預け、実質的に思考停止が行われている点では同じである。これらは非常に危険なことであり世の中を間違った方向に導く可能性がある。

いずれにせよ皇室が日本が古来から持っているブランドであることは事実である。しかし以前ほどではないにしろ先ほどの有馬家の話ではないが、日本に昔からある名家もある種ブランドであろう。

話を戦国時代に戻すと下克上が盛んだった戦国時代では自らの家系を「ブランド化」するために家系図のでっちあげが盛んに行われた。だいたい源氏、平氏、藤原氏のいずれかだがその大半は怪しいものである。特に藤原氏でもいわゆる魚名流の藤原氏は不明な部分が多いだけによく利用された

ちなみに藤原魚名は藤原北家の藤原房前の五男で謀反に連座したとかで配流され、地方に子孫が散らばったという、その子孫が平将門の乱を平定した藤原秀郷といわれそこからいくつかの家が分立したというが実際どのくらい分立したのかまだよくわかっていない。伊達氏、上杉氏などはこの流れのようだがこれも実際のところどうなんだろうか?

もっとすごいのは徳川家康だ。一応新田氏の流れを組む世良田親氏を祖としていて、この親氏の流れは得河を名乗っていたというが、家康は何回か「藤原家康」とも称している。新田氏の子孫と認められたのは幕府を開く頃だというからかなり怪しい。実際この世良田親氏なる人物の実在がまだ確かめられた訳ではないし、仮に実在していたにしても源氏とは名ばかりの乞食坊主だったろう。いずれにせよ戦国のように下克上が激しい時代はそうした方法で自らの「ブランデイング」を行うしかなかったのである。

ちなみに現在の企業社会もある意味戦国時代に似ている。名家のような「ブランド」とて下克上で滅ぼされる可能性はある。実際私たちは既に大手有名企業の倒産を数多く見てきた。現代ではIT系や新興のベンチャーがいわば自らを「ブランデイング」するためにさまざまなことをやろうとしているが、しかしあざとい方法だけはしないようにして欲しいものだが...

結局特に日本の場合はそうなのかもしれないが「ブランデイング」をいかにするかということでしのぎを削らなくてはならないということだろう。自分のルーツの話から結局「ブランド」という話に発展してしまった。結局いつの時代の日本人の考えることは同じなのだろうか。だが「ブランド」というもので過剰に判断するのは先ほども言ったとおりある種思考停止になるのではないだろうか? もう少し自分で自分なりに価値を判断するという習慣を日本人は身につけてもよいのではないだろうか? 今日は建国記念日ということもありこんなことも考えてみました





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2007年2月 7日 (水)

CDマスタリング

私の会社の業務でCDプレス+マスタリングの仕事を受注したので久々にマスタリングスタジオに出かける。クライアントもうちの会社に3年ぶりに発注をくれたのだが、こちらのことをよく覚えておいてくれた。期待に答えてよいクオリテイのものにしなくてはならない。

さて、マスタリングとはご存じCDのプレスマスターを作るための作業で実は録音と同じくらいCDを作るときは重要な作業となる。いつも使う東京築地のマスタリングスタジオのエンジニアはもう20年以上のつきあい、お互いペーペーの頃からよく知っている仲なので仕事はしやすい。(よく録音の作業と混同する人がいるが全く別の作業である)

ところで最近のCDマスタリング、業界的にはSteinberg社の"WaveLab"が現在主流になりつつあるが、やはり音的にはMacのSonic Solutionの方が音がいいように感じる。Sonic SolutionはOSX用は一時はもう出ないのではと思われたが今年中には発売するらしい。

そこでやはり時節柄こういう話が出た。今後CDはどうなるのかという話、私もそのエンジニアもCDが完全になくなるとは思っていない。しかしこれからはCDに焼く作業は減り、ファイル納品というのは増えてくるだろうという認識では一致した。とはいえmp3のレベルでは知れている。しかし「よい音」を追求する動きはなくならないと思うし、なくしてはならないとも思う。そのためにマスタリングという作業はやはり必要であり続けると思う。 とにかく最高の音で商品にするための最終段階だからだ。

今私が進めているコンテンツプロジェクト、「音の出る商品」の状況もふまえ、やはり現場としては「音の職人」というのは大事にしていかないと業界自体に未来がないだろう。

これは音楽業界に限らないが最近の会社は「技術のある」人間ーテクノクラートを切って事務屋ばかり残している傾向がある。やることが逆だ。これからの会社はノウハウをどれだけ持つか、ノウハウを持った人間のネットワークをどう作るかが大事なのだ。それを理解できない会社はいずれ滅びるだろう

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