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2006年9月14日 (木)

癒着と談合の間に

今日はあるプロジェクトの関係で某大手電機メーカーのクライアントの所にその電機メーカーの担当者といっしょに行った。その電機メーカーは今後の展開によってはうちの大きなクライアントになりうる会社だが、実はその電機メーカーー私が大学を卒業後に短い間だが就職-在籍していた会社だ。そう短い間だが私にもサラリーマン時代があったのだ。そして今また仕事上のつきあいをしようとしている。

名前をいうとわかっちゃうのであえてここで伏せるが実はその電機メーカーの関連会社である某大手レコード会社は一時は実質的に私がそこの専属に近い状態で仕事をしていたところである。その会社は大手映画会社の映像のデイストリビュートもしているので今後のCD不況がどうなろうと間違いなくこの会社だけは生き残るくらいの超大手である。よほど私はこの会社と縁があるとしかいいようがない

さて、長い間つきあいがあるとそこにある種の癒着が生まれる
波入るコンテンツ会社の中でこのプロジェクトにうちが入れたのもその関係だ。内容については商売として決まったらここで知らせる。

さて、その電機メーカーの担当者は本職は音響システムの人で実にいろんな会社、業界とのつながりがある。そして話の中でどうやって仕事の話を作るかという話になるのだが、その話を聞いているうちにどの業界にも癒着や談合に近いことが行われていることを改めて実感する。例えば某業界の大手3社の社長は実は親友同士で、月1回彼らだけで飲み会をやり、その酒の席で業界の「配分」が決まっているという。市場の末端では競争をしているようにみえても実はトップレベルでそういうことが行われている。建設業界と同じようなものだ。どこの業界にも多かれ少なかれある。私の会社で作ったCD-ROMも食品業界でこの業界も結構ドロドロとしたところがある。

どうもこういうのは日本人の特質らしい。結局日本人の場合「情」の部分が仕事の中でも入っているためにこうした癒着、談合というのがどうしても消えないのだろう。これを考えると欧米の会社からみたら日本のシステムが「排他的」に見えるのもわからなくはない。

ちなみに私はアメリカの例を知っているので述べるがビジネスとなるとアメリカ人は良くも悪くも徹底的にドライである。そこは契約社会、夫婦だろうが親子だろうがそうだ。何事も情に流される日本人では理解できないだろう。

しかし一方ではアメリカ人はネットワークー人のつながりはものすごく大事にする。つまり仕事をするにもいかに沢山人脈ネットワークを持っているかが物を言う。会社というのは単なるいすに過ぎず、日本人がいまだに大事にする会社の忠誠心よりも自分のネットワークの方を重要視する。だから会社などは簡単に移ってしまう。アメリカ人の場合同じ会社に長い間勤めているほうが寧ろ珍しい。
しかしそのため意外に知られていないが「コネ」というのが日本以上に物を言う社会でもある。とくにショウビズの世界などはコネがなければ仕事をするのは殆ど不可能である。

どちらがよいという問題ではない。だが癒着は明らかに日本の方ができやすい。そしてその癒着と談合の間で仕事をしなければならないのだ

音楽業界などは癒着でなりたっている最たる例だ。その癒着の関係が構築できない人間はコンペとかタダ同然で仕事するといった「一方的に利用される」立場に甘んじるしかない。そして利用されるだけ利用されて用済みになったら棄てられる。経験上言うが「ヒットしたら君にこの分を返してあげるよ」なんて甘い言葉をかける奴は十中八九大うそつきだ。「一方的に利用される」側に留まらせるための方便に過ぎない

私はそういう嫌な面を嫌と言うほど見てきた。だからこんなくだらない奴らに弄ばれるような人生を送るくらいなら自分で全部やってしまおうと思い自分で制作会社を立ち上げた。となると日本社会である程度の実績をつくるためには癒着、談合のシステムをある程度甘受するしかない。かつて癒着とか既得権益保持とかで他人を批判した自分がその批判された人間と同じ存在になってしまうことを覚悟しなければならない。

だが大事なことは何か。やはりプロとして質のよい仕事を心がけるしかない。いまやメジャーですら最低限のクオリテイを保てなくなっている。とにかくどういう業務のシチュエーションであろうと自分が高いクオリテイと信じるものを作り続けるしかないだろう。それが近道かもしれない

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