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2006年9月28日 (木)

映画「俺たちの世界」クラシック音楽演奏打ち合わせ

さて、かねがねお知らせしている映画「俺たちの世界」で使われるクラシック音楽4曲についての打ち合わせをリハーサルを兼ねて新宿で行った


バイオリンは斎木なつめさん。既にリリーズのコンサートでごいっしょしているのでもう気心知れている。ピアノは音大を卒業したばかりの早川さん。監督自身のご紹介でした。

中島監督立会いの元 以下の音楽のリハを行いました

ヴィッターリのシャコンヌ
ドヴォルザーク 「母の教え給えし歌」
ベートーベン 「月光」ソナタ一楽章
       「悲愴」ソナタ第二楽章

なつめさんは映画のシーンに合わすべく監督と演奏のイメージについて入念な打ち合わせをしてくれました。リリーズのコンサートの時もそうでしたがシチュエーションに柔軟に対応してくれるので助かります。やはり真のプロに頼むと仕事は楽になる。監督は特になつめさんのヴィッターリのシャコンヌの演奏を気に入っていました

まあ音楽はかなり監督のイメージ通りのものになりそうです。クラシックはいずれもカタルシス的な場面で使われるので見ている人は印象に残ると思います。クライマックス部分で「悲愴ソナタ」のニ楽章がでますがとてもせつない感じになります。

明日じゅうにレコーデイングの日程を決定したいと思います

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2006年9月25日 (月)

俺たちの世界=テーマプレ公開!!

「俺たちの世界」の中島良監督が来室。今回の音楽についての擦り合わせを行った。
基本的なイメージはOKだったが、音楽の使用位置の差し替え、編集、位置の変更といやー 監督の指示は細かかった。それだけしっかりしたイメージを持っているということだが、午後一に来て夜までかかった。これでもいくつかの部分については保留が出た。どのみちクラシック曲のレコーデイングの関係。そしてまた監督自身映像をさらに編集しているのでまだまだ完成まではほど遠い。むしろ音楽のプロセスとして始まりの部分といっていいだろう。

しかし作った音楽は基本的にかなり気にいってもらったのでよかったと思っている。ということで今回の音楽の主なものを2曲、特別に公開しよう

 今回の映画のテーマである「管理社会」のテーマ曲ーバロック音楽をモチーフにして息苦しい現代社会を表現しました
 社会に居場所がない登場人物の悲しみのテーマーちょっと久石譲的な音楽になってしまいました。

映画音楽らしい曲にはなったと思います。まだまだ映画の完成には時間がかかりますが、音楽の作業が完成しただけでもクオリテイの高い作品になるだろうと自負しています。既に中島監督は海外の映画祭にも出品する準備をしています。これは私を初めスタッフがこの作品は海外の方が高い評価を得るのではないかという話が出ているためです。

尚、音楽の作業が終わったらポストプロダクション作業(実はこれが一番大変)があり来年の3月には下北沢のアートオンで試写会を予定しております。ぴあフェステイバルには7月頃上映の予定です

それにしても今日改めて中島監督の映画に対する情熱、そしてその姿勢に感心させられました。とても23歳の若者には見えません。自分が同じ年齢の時にはあんなにしっかりはしていなかったと思います。

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2006年9月24日 (日)

今週の動き

しばらくあまり大きな動きがなかったが今週はいくつか大きな動きがあるかもしれない。

まず明日映画「俺たちの世界」の中島良監督が来室して今回の音楽に関する打ち合わせを行う。一応前回「さわり」を聞かせた段階では監督には好評だったが果たしてどうか。明日どういう報告をこのブログでできるか楽しみ
もし大きな修正がなかったら今回のテーマ曲のいくつかを公開しようと思う

あと久々リリーズ情報!!!

すでに公式サイトでは掲載済みだが10月24日にリリーズが原宿のBlue Jay Wayでライブを予定しているがその打ち合わせを火曜日に予定している。今回はそれほど多くの作業を必要といないと思われるが、前回と全く曲が同じということはたぶんないと思われるので早めに決めてもらわないと、結局は自分にしわよせがふりかかることになる。あとミュージシャンのブッキングの都合上ももう今が限界である。というわけでこちらの方の情報も何かわかるかもしれない。

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トランス音楽の原点ーインド音楽コンサート

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先日久々に会ったプレームダーサ・ヘーゴタ(写真)のインド音楽のコンサートが横浜中華街の「シルクロード舞踏館」というスペースで行われた。初めての場所だったが座布団で座る形式のアットホームなスペースで100人も入らない。それだけにリラックスしながらインド音楽を聴ける

インド音楽はアメリカの黒人音楽と並んで現代の音楽に大きな影響を与えた音楽である。ロック音楽や環境音楽、クラブミュージックのトランス系もルーツはこのインド音楽である

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編成は中央の写真の通りで写真が小さくて見えにくいだろうが前の2人が打楽器のタブラー 中央がシタールのプレームダーサ、右側はタンブーラである

タンブーラはインド音楽の低音楽器でインド音楽の雰囲気をバックで支える楽器。目立たないが重要な楽器である。ギーンギーンと後ろで鳴っていてまるでアナログシンセのスイープ系の音ーそう実は故モーグ博士もインド音楽のファンで電子音でこれを再現しようとしていたのだ。それが今我々が当たり前に使っているアナログのLFO系、Q系の音である。

タブラーはヤギの皮でできた打楽器(左写真)、アフリカのトーキングドラムと同様通信にも使われた楽器なのでインドでは英国の植民地時代に使用が禁止されたが、インド音楽ではかかせないパーカッションである

そして右がかの有名なシタールである。実物を見ると思ったより大きい。何といっても弦が20本もある。通常のギターと違いフレットが曲がっているのだ。それが独特のサウンドを生む

それらの楽器で演奏会は行われた。インド音楽は全て即興である、最低限の決まりだけ決めて曲もいつ終わるかわからない。しかしあの独特の包み込むようなサウンドは時間を忘れさせ自然に人間をトランス状態へ誘う。何千年の歴史がある音楽なのだ。

私は基本的にミュージシャンは即興ができなければならないし、才能があれば即興はできるはずというのが持論である。クラシック音楽も実は19世紀の少なくとも中頃までは即興する演奏家が沢山いたし本来音楽はそうあるべきである。ジャズなどは即興ーアドリブができなければ話にならんし、ロックも同様だ、音大の演奏教育は(即興=悪)という教育をしているが、楽譜に忠実ードイツ語でSachlich(ザッハリッヒー即物的)がよいなどという教育はクラシック音楽を駄目にしたと考えている。この即物志向が支配した時点で西洋の古典音楽は死んだのだ。

インド音楽は会場と一体化して展開される音楽なので本人たちもどうなるかわからない。今日プレームダーサは途中で日本の童謡「さざんか」のフレーズをもじったインプロビゼーションを行った。わざとやったのかプレームダーサに聞いたら本人も意図しないまま自然に日本のメロデイが出てきたという。別にファンサービスではなかったらしい。そしてサウンドはちゃんとインド音楽になっていたのだ。不思議な体験だった

ふーむ インド音楽は深い

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2006年9月22日 (金)

京王閣ー本日はLittle Anemity

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ということで久々の京王閣は7月に続いて2回目の出演のLittle Anemityです。
今回はCD 君といたいを持参しての出演

うめなっちゃんとSolaさんのコンビですが、髪を切ったばかりのSolaさんは今日だけ自称奈美悦子さんでした(笑)

ライブ慣れしているお二人のやりとりが受けましたが
今日は人の入りが今ひとつだったかな?

とにかくLittle Anemity のお二人さん。
お疲れ様でした m(_ _)m

というわけで取りあえず京王閣は一区切りなんですが
10月の大きなレースがあるので何か考えてくれとH報堂側
よりいわれています。考えてくれはいいんだけど「予算をちゃんと出してくれよ、」と喉まで出掛かりました。

リリーズ再出演をなんて話もありますが、ふーむ、もう一度
友情出演してくれ、なんていえないしなあ。

というわけで今後はまだ何も決まっていませんが、すんなり抜けさせてくれそうにないです。困ったな(^^;)

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2006年9月21日 (木)

劇伴や映像のための音楽

今日は一日仕事場で作業をして例の映画音楽もほぼ取りあえずは完成。後程監督に見せて修正が必要であれば引続き作業をするが一ヶ月以上に及んだ基本的に作業にめどが立つ

「癒し系」とか「ヒーリング」とかのイメージが強い私だが実は劇伴や映像音楽の方がキャリアが長い。学生時代に既に小さな劇団の音楽や大学のサークル関係で音楽を作っていたりしたからそういうのを入れるともう四半世紀になる。その間、CM、企業用VP(仕事の数ではこれが圧倒的に多い)、美術館やイベントの展示映像、ゲーム。ドラマやドラマCD, そして映画と仕事の数だけはこなしてきた

映画は少ない、今回で4作目、しかもうち1作は未だ完成せず、あとの2作はいずれも短編ー一番長くて「戦慄の閉鎖病棟」の1時間だから今回の「俺たちの世界」が今までで一番長い。(108分ー但しエンドロール抜きでの話) まあ日本では映画の仕事自体が少ないので仕方ないかもしれないが...

前にも書いたが作曲というのは基本的に誰でもやろうと思えばできる。一定の訓練をつめば必ずできる。しかし劇伴や映像音楽をやるにはやはり適性がある。誰にもできるわけではないーいわばスペシャリストの能力が要求される。従って日本の劇伴作家を見るとわかるがだいたい決まったメンツである。久石譲、小禄礼次郎、渡辺岳夫、etc etc

どういう能力が必要かというと

1.アレンジ能力が必要
  アレンジャーというこれも適性が必要な職業だが基本的にこの能力がないと劇伴や映像音楽は出来ない

2.場面やシチュエーションに柔軟に対応
  基本的に劇伴も映像音楽もある特定の場面。シチュエーションのために音楽を作る。従ってその場面、シチュエーションに適応したサウンドを作る能力が必要。つまり「自分のために」しか曲をかけない人にはこの仕事は向いていない。

3.仕事がある程度早くできる
  だいたい映画、CM,ドラマ等では音楽制作の作業は一番最後になる。そしてほぼ例外なく時間的余裕がない。非常に限られた時間の中で大量の作業をこなせる能力がないとできない、平たくいえば仕事が速くないとこの仕事はこなせないのだ。

尚、誤解して欲しくないがこれら3つができるできないは才能のあるなしとは無関係である。単なる個人的な適性に過ぎないのでこれができないからといって落ち込む必要はない。

また上記2にもあるように「映像」や「劇伴」のために音楽を書くのに職人的作業が必要なことから、それらは芸術ではなく商業音楽を書くのと同じだなどという一部の音楽評論家がいるがいうまでもなくそんな議論はナンセンスである。それなら全てのオペラだって考えようによっては商業音楽になってしまう。また「雨に歌えば」とか{My Favorite thing」のように元々は劇伴音楽だったことを忘れさせるほど名曲として定着していったものも少なくない。

大事なことは劇伴だろうがCMだろうがそこから音楽文化として定着しうる作品ができるかどうかである。今回の私の仕事がそうなるかどうかはこれから皆さんの判断にゆだねなければならない。しかし作る過程がどうであろうと大事なのは形ではない、できあがった音楽そのものである。うたものだろうが劇伴音楽だろうが関係ないはずである。






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2006年9月20日 (水)

映画音楽ミックス作業開始

映画「俺たちの世界」の映画音楽のミックス作業を開始

全部でM43まであり、うち純然たるクラシックは7箇所、
内訳は

「月光」1楽章  3箇所
「悲愴」2楽章  2箇所
「母の教え給えし歌」 
「シャコンヌ(ヴィターリ)」  各1箇所

あとベートーベン第九のシンセ風アレンジ
6箇所(うち1箇所はアレンジというよりフレーズを変形したオリジナル)

あと30曲がオリジナルだが同じ曲で映像に合わすためにアレンジを変えたりということを頻繁にしているので実質的には7-8曲になる。

ミックス作業だけで結構時間かかるが一両日中には仕上がるだろう。あとは監督に見せて修正等あれば(たぶんあるだろう)その作業を続ける

曲数は思ったより少なく清んだ。
だいたい映画というのは実際の倍以上の曲をつくることになるがそれが結構面白かったりする

とにかくようやくメドが立った

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2006年9月18日 (月)

映画「俺たちの世界」オリジナル音楽完成間近

映画「俺たちの世界」オリジナル音楽のあと数曲を残しほぼ完成します。今週中に監督と打ち合わせができればと思っております。音楽はなるべく多彩に彩りにしましたがやはり基本テーマの使用が一番多いです。同じ音楽でも場面、場面で微妙にアレンジを変えています

クラシック音楽の演奏家もほぼ決まり来週くらいに打ち合わせができるように調整中です。来月の上旬にレコーデイングできればと考えております

尚、言い忘れましたが今回の映画では北野武の"BROTHER"に出演して脚光をあびた俳優の村上連さんが友情出演、その他いろんな面で協力をしていただいております。今回の映画の主演が村上さんの劇団のメンバーの谷口吉彦さんという関係もあるようです。

どこに出しても恥ずかしくない映画になると思います

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2006年9月14日 (木)

癒着と談合の間に

今日はあるプロジェクトの関係で某大手電機メーカーのクライアントの所にその電機メーカーの担当者といっしょに行った。その電機メーカーは今後の展開によってはうちの大きなクライアントになりうる会社だが、実はその電機メーカーー私が大学を卒業後に短い間だが就職-在籍していた会社だ。そう短い間だが私にもサラリーマン時代があったのだ。そして今また仕事上のつきあいをしようとしている。

名前をいうとわかっちゃうのであえてここで伏せるが実はその電機メーカーの関連会社である某大手レコード会社は一時は実質的に私がそこの専属に近い状態で仕事をしていたところである。その会社は大手映画会社の映像のデイストリビュートもしているので今後のCD不況がどうなろうと間違いなくこの会社だけは生き残るくらいの超大手である。よほど私はこの会社と縁があるとしかいいようがない

さて、長い間つきあいがあるとそこにある種の癒着が生まれる
波入るコンテンツ会社の中でこのプロジェクトにうちが入れたのもその関係だ。内容については商売として決まったらここで知らせる。

さて、その電機メーカーの担当者は本職は音響システムの人で実にいろんな会社、業界とのつながりがある。そして話の中でどうやって仕事の話を作るかという話になるのだが、その話を聞いているうちにどの業界にも癒着や談合に近いことが行われていることを改めて実感する。例えば某業界の大手3社の社長は実は親友同士で、月1回彼らだけで飲み会をやり、その酒の席で業界の「配分」が決まっているという。市場の末端では競争をしているようにみえても実はトップレベルでそういうことが行われている。建設業界と同じようなものだ。どこの業界にも多かれ少なかれある。私の会社で作ったCD-ROMも食品業界でこの業界も結構ドロドロとしたところがある。

どうもこういうのは日本人の特質らしい。結局日本人の場合「情」の部分が仕事の中でも入っているためにこうした癒着、談合というのがどうしても消えないのだろう。これを考えると欧米の会社からみたら日本のシステムが「排他的」に見えるのもわからなくはない。

ちなみに私はアメリカの例を知っているので述べるがビジネスとなるとアメリカ人は良くも悪くも徹底的にドライである。そこは契約社会、夫婦だろうが親子だろうがそうだ。何事も情に流される日本人では理解できないだろう。

しかし一方ではアメリカ人はネットワークー人のつながりはものすごく大事にする。つまり仕事をするにもいかに沢山人脈ネットワークを持っているかが物を言う。会社というのは単なるいすに過ぎず、日本人がいまだに大事にする会社の忠誠心よりも自分のネットワークの方を重要視する。だから会社などは簡単に移ってしまう。アメリカ人の場合同じ会社に長い間勤めているほうが寧ろ珍しい。
しかしそのため意外に知られていないが「コネ」というのが日本以上に物を言う社会でもある。とくにショウビズの世界などはコネがなければ仕事をするのは殆ど不可能である。

どちらがよいという問題ではない。だが癒着は明らかに日本の方ができやすい。そしてその癒着と談合の間で仕事をしなければならないのだ

音楽業界などは癒着でなりたっている最たる例だ。その癒着の関係が構築できない人間はコンペとかタダ同然で仕事するといった「一方的に利用される」立場に甘んじるしかない。そして利用されるだけ利用されて用済みになったら棄てられる。経験上言うが「ヒットしたら君にこの分を返してあげるよ」なんて甘い言葉をかける奴は十中八九大うそつきだ。「一方的に利用される」側に留まらせるための方便に過ぎない

私はそういう嫌な面を嫌と言うほど見てきた。だからこんなくだらない奴らに弄ばれるような人生を送るくらいなら自分で全部やってしまおうと思い自分で制作会社を立ち上げた。となると日本社会である程度の実績をつくるためには癒着、談合のシステムをある程度甘受するしかない。かつて癒着とか既得権益保持とかで他人を批判した自分がその批判された人間と同じ存在になってしまうことを覚悟しなければならない。

だが大事なことは何か。やはりプロとして質のよい仕事を心がけるしかない。いまやメジャーですら最低限のクオリテイを保てなくなっている。とにかくどういう業務のシチュエーションであろうと自分が高いクオリテイと信じるものを作り続けるしかないだろう。それが近道かもしれない

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2006年9月11日 (月)

Vocoder-ヴォコーダー

PFFの映画「俺たちの世界」の音楽制作ーだいたいメドがたちいよいよ作業も佳境に入っている。

今回はいろいろクラシック音楽を使うが、1曲だけ悩んでいる問題がある。それは監督のイメージで「時計仕掛けのオレンジ」に使用されているウエンデイカルロスのベートーベン第九をかなりウエンデイカルロスの原曲に近い形でアレンジしようと思っているのだが監督は、この曲のVocoderの合唱のサウンドをすごく気に入っている。しかしこの音はVocoderでないと出せない音なのだ。一応サンプリング等でそれっぽい音は出せるのだがやはり何か違う。

ご存じの通りVocoderを製造した会社はもう存在しない。楽器の中古屋を探したってそう簡単にみつかるものではない。

これだけが難問だ。それ以外の音楽は全て何とかなるメドがたっているのだが...
Vocoderをどこかで借りれるといいのだが..

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9.11から5年

今日は日が日だけに暗い話です。読みたくない人はとばして下さい

あの忌まわしい9月11日のテロから5年がたった。
ニューヨークの「グラウンドゼロ」では追悼式典が行われている。7年くらいニューヨークに住んでいた人間としてWTCのツインタワーがなくなったマンハッタンがいまだに信じられない

しかしそれから勃発したアフガニスタン、イラクでの戦争、しかもイラクの戦争の大義名分は全て大嘘だったことが判明した。しかもアメリカ内では9.11の陰謀説ーアメリカの自作自演説までまことしやかに論じられている。その真偽は別としてそれだけ政府に対する不信感がアメリカ人の間でも増大していることを示している。

あの事件からアメリカはすっかり変わってしまった。メデイアは事実上政府にコントロールされていた状態だったしリベラル派は政府、行政は勿論メデイアからも大半が追放された。政府やイラク戦争に批判的な言動をした人間は職場から追放されたか、されなくても窓際に追いやられた。その中には誰かに監視されている感じがすると訴えた人間もいる。事実とすれば今のアメリカは警察国家になっていることになる。イラクや北朝鮮のことなど同様ー事実上の独裁国家だ。

そして、何よりもあれから罪のない人間の何人が死んだのか。
更にあの戦争によって確実にもうけた連中が存在するという事実、そしてそのもうけた連中がブッシュの支持母体であるという事実。

何度も言うがアフガニスタンでもイラクでも実際のテロリストより一般市民の犠牲者の数の方が圧倒的に多い。アメリカのメデイアはそのことに殆ど触れていないがそれは紛れもない事実である。(実際殆どのアメリカ人がそれを知らない)

アメリカ人は海外で現地の人間がどれだけ死んでも眉一つ動かさないが、アメリカ人が外国で一人でも惨殺されたらヒステリックになる。大半のアメリカ人にとって外国で何が起きようと知ったことじゃないと考えているのが現状だ。アメリカ政府などはもっとひどい。アメリカ一国の利益さえ守られればいい。あとは知ったことじゃない。逆らう国は全部つぶすぞ。そういう国になってしまった

アメリカは私に自由と民主主義のすばらしさを教えてくれた国である。その国がこんな風になってしまったのは悲しいしやりきれない。

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2006年9月 7日 (木)

キューブリック映画と「俺たちの世界」の音楽記号論

さて、「俺たちの世界」の音楽も一応順調に進んでいるが今回実は音楽の構想、組み立てを行うのに相当苦労した。というのはところどころクラシック音楽をキューブリック的な使われ方をしているためで、そこの所と自分の音楽の組み立て方の整合性を作るのにずいぶん苦労した

キューブリックの映画の中での音楽の使い方は本当に独特で他のどの監督とも違う。普通このシーンではこの音楽は使わないだろと思う使い方をしてそれが不思議に映像とマッチしているのだ。「時計仕掛けのオレンジ」でのベートーベンの第九やレイプシーンで使う「雨に歌えば」、「2001年宇宙の旅」でのツアラトウストラはかく語りき等

実は「俺たちの世界」でも「時計仕掛けのオレンジ」でのベートーベンの第九を何とレイプシーンに使っている、それ以外に
以下の音楽が使われる
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ピアノソナタ「月光」一楽章
冒頭部分、殺人シーン、

ピアノソナタ「悲愴」二楽章
いじめられっ子が反撃するシーン、ふんぎりつかない人間が
泣き叫ぶシーン

エリーゼのために
公園で泣くシーンー但しこれは僕の作ったオリジナルに差し替えられる可能性が出てきた

ヴィターリ のシャコンヌ
主人公が車でさまようシーン、もう1人の主人公の高校生が親と姉を殺すシーン

ドヴォルザークの母の教え給えし歌
主人公が仲間にせきたてられて強制的にレイプさせられるシーン
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これだけ述べるとなんでこのシーンにこの音楽と思うだろう。そこが一番悩んだところだ

植島啓司の対談集「デイスコミュニケーション」には新しい情報の認識のありかたとして「文化の記号化」のありかたを説いている。細川周平も「音楽の記号論」で同等のことを述べているが、上記の音楽を主人公の心理状況を「記号化」したものとして考えるとわかりやすくなる

つまり

ピアノソナタ「月光」一楽章ー主人公の絶望的心境、状況を表す(それゆえ普通の月光よりも重く暗くゆっくりと演奏されなければならない)

ピアノソナタ「悲愴」二楽章 ー精神の開放、自分で押さえ込んでいた感情、行動をあらわにしてしまう

ヴィターリ のシャコンヌ ー主人公の心の旅立ちー決心の象徴

ドヴォルザークの母の教え給えし歌ーあーとうとうやってしまった。後戻りできないことをしてしまうことに対する記号化

ベートーベンの第九ー管理社会の中で生きていくメタフォア、意味合い的には「時計仕掛けと同じ」

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キューブリックの映画も同じ使われ方がしている。それゆえキューブリックの映画では同じ曲が違う映画で使われることもある。例えば「時計仕掛け」のあのバロック風テーマは「シャイニング」でも使われている。

その記号化路線を睨みながら僕は主要な3種類の音楽を考えた

俺たちの世界「管理社会のテーマ」ー時計仕掛けのようなバロック調の音楽

俺たちの世界ー居場所のない人間のテーマー生きる方向性、希望を持てない人間の心境ー悲しい感じの音楽ーちょっと久石譲敵な音楽になってしまったが

俺たちの世界ーいじめ、虐待ー何とアバンギャルドタッチのモダンジャズ風にしました。いかも不協和音ばりばりーバッドパウエルやセロニアスモンクでもここまではやっていないと思う

できあがったら公開しようと思っています

映画のテーマはまさに宮台真司がいっていた「終わらない日常ー永遠の退屈」そこを実にうまくえぐっている。しかもヨーロッパ的な映画のタッチで...
というわけでお楽しみに







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2006年9月 1日 (金)

映画「俺たちの世界」音楽構想固まる

さて先日より作業を始めている映画「俺たちの世界」の音楽の構想がだいたい固まった。いくつかのシーンで有名クラシック曲を使うがそれでも一応テーマらしきもの作った

イメージは「時計仕掛けのオレンジ」のテーマのようにバロック音楽をモチーフとした感じ。管理社会のおぞましさを表現した音楽だ。ただ「時計仕掛けのオレンジ」はWカルロスがイギリスのバロック音楽作曲家のパーセルからテーマを借りたのに対し、今度の曲は私の完全なオリジナルである

全体的に暗くなりすぎないように配慮はしたつもりだがテーマが結構重い感じではあるのでどうだろうか?

それにしても映画2時間近くをQuicktimeの映像を見ながら今は作曲ができる。マックG5は問題なくできるが前のG3だとすぐに重くなってしまい、思ったようにQuicktimeみながら作業なんてことはできなかった。(結局VHSか何かをみながらやった)しかしG5になると打ち込みの段階から映像をみながら作業ができるのでやりやすいのでありがたい。

ちなみに9月にキーポイントとなるクラシック曲の演奏家のオーデイションを開催し、10月の上旬にレコーデイング予定。その時に場合によってはその他のBGMも録音する

生ピアノが録れてpro toolsで録音できるスタジオが平塚にあるのでそこで録音する予定
というわけでいよいよ本格的な作業開始!!

映画「俺たちの世界」のホームページ
http://peijafilm.nightfall.jp/

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