Kyoji "metanature"
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2006年4月21日 (金)

アレンジまずは1曲終了

昨夜元アイドルグループの新曲"Karinga"のアレンジを
とりあえず終える

先方にmp3を送り、本人たちには好評だった模様
詳細を詰めるため来週の水曜日に来室予定

何度も書くが昔のアイドル時代の曲のイメージは
かけらもない。同じアーチスト名でも曲は全然違う
これに歌をどうやってかぶせるか

それによるだろう
最終的に何曲やるのか、まだわからない

とりあえずミックスを含め完成したら当ブログに
アップします

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2006年4月20日 (木)

私のもう1つの面(秘密暴露)

実は今まで公開するのをはばかってきたが
私のもう1つの面をお見せしよう

勿論これは仕事ではなく純粋に遊びで作ったものである
題して「シモネタ童謡替え歌」
ちなみに女性の方は聴かないで下さい。お下劣なので(^^+)

尚、以下の曲はいずれもJASRACの信託期間が終了したもの、つまり著作権が消滅したものです
従って違法にはなりません。念のため

<>
原曲名 大きな栗の木の下で
試聴 「sampleketsu.mp3」をダウンロード 「samplechinpo.mp3」をダウンロード 「sampleohkina.mp3」をダウンロード

ただの冗談です

笑ってやってください

ちなみにこういうことをやっていい場合は以下の場合に限られます

1. 原作者である作曲家及び作詞者が没してから50年を経過した曲であること。(但し欧米の一部の国では”戦時加算”によって没後65-70年過ぎないと消滅しないものもあります)

2.作曲者及び作詞者不祥、つまり誰が書いたのかわからない曲

この2つのいずれかに概当するものは著作権が消滅、つまり著作権が存在しないことになります。いわゆる文部省唱歌、民謡、マザーグースの歌等の殆どは上記2の場合に概当し、今回のような替え歌を作ることが可能になるのです。今回の「月」「鳩」「大きな栗の木の下で」はいずれも作曲者及び作詞者不祥に概当するので替え歌にしても著作権上全く問題になりません。
ご存じでしたか?

尚、蛇足になりますがこれらの曲に著作権がないからといって、レコード会社から発売されているこうした童謡を自由にコピーしたり転売できるわけではありません。というのは現在発売されているCD、レコードには原盤権というものが存在するからです。これは音源そのものに関する権利で音源を制作した会社なり個人が持っている権利です。よくこの原盤権と著作権を混同する人がいますが両者は全く違う権利であることを覚えておいて下さい。

ついてに申しますと当サイトの替え歌の原曲には確かに著作権はありませんが、替え歌にした曲、つまりこのサイトで流している音源には著作権が存在します。これは過去の曲を編曲、変更することによって新たな著作物にするというもので、これは「編曲著作物」としてJASRACにも明確に規定されているものです。これは権利上、通常の著作物と全く同じ扱いを受けます。当サイトの替え歌は全て「編曲著作物」に概当いたします。

と、ながながと講釈を垂れて堅い話になってしまいましたが、要はこの行為は著作権の侵害をしているわけじゃありませんよということがいいたかっただけなのです。

とにかく堅いことをいわずに替え歌を聴いて大笑いしていただければそれで結構です。
楽しんでいって下さいネ。(^^)

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2006年4月17日 (月)

pro tools Digi002 復活♪

先週の金曜日の深夜突然ダウンしたpro toolsの
Digi 002 rack

本日、赤坂のAvidに午前中に直接持っていったら
午後3時頃には修理が完了

その間、知っている事務所に顔を出したりして
時間をつぶしていた
夕方帰宅後、電源を入れたら無事動いた
よかったー ♪

これで仕事を再開できる

ちなみにこのケースはpro tools LEでは
よくある故障らしい。もうAvid社はこちらの
症状を説明しただけで、ちなみにこのケースはpro tools LEでは
よくある故障らしい。もうAvid社はこちらの
症状を説明しただけで、対応が早かった

何でも内部の電源ケーブルの不良との事でその
ケーブルの交換をしたようで、買ってまだ一年
たっていないので修理代も無料。

とにかく一安心♪

Apple Store(Japan)

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2006年4月15日 (土)

pro toolsダウン!

さて せっかくうちのスタジオの写真をアップしたと思ったらトラブル発生!!
昨夜作業中に突然 カチッという音とともに
Digi 002のサンプリングの緑のLEDが消灯、Mac上からも
突然表示が消えてしまった
Digi002自体を認識しないし、当然接続のHDも認識しない

電源を入れなおしたりいろいろしたが回復しない。
困った これでは作業が出来ない

pro toolsのSNSのコミュを見ていたら他の人も購入後
半年ー1年くらいに同じ症状が起きているようだが
よりによって週末 Avidはやっていない(!!!!)

サポートしてもらうにしても月曜日を待つしかない
何てこった。

mixiのpro tools専科のコミュによると何でもDigi002の
電源部分に不具合があるらしい。同じ原因ですぐ直ると
いいのだが... いよいよアレンジを本腰で、と思っていた
矢先のできごと。
週末だけど少々精神的ショックが大きい

それにしてもここ一ヶ月、母親は入院するし業者とは
請求書の内容でやりあうし、そして今度は機材ダウンと
ろくなことがない。
厄払いでもしようかな

Apple Store(Japan)

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2006年4月11日 (火)

次のアレンジ着手

実は大昔のアイドルユニットの復活のための曲のアレンジを引き受けることになった

いろんな都合でまだ名前はいえないが、かつて一世を風靡した双子のアイドルユニット
としておこう。(それだけでわかる人もいるかもしれない)

このお二方、一度は芸能界を引退し、「普通の人」に戻ったが
音楽に対する情熱は衰えず、久々の復活に向けて水面下で動いている

しかし曲は昔のイメージはかけらもない。
いわゆる環境音楽やニューエージにイメージ的には近い。
だから私に依頼がきたのだろう

とりあえずアイデアとしてのmidiファイルをもらったがこれをどう料理しようか
とりあえず頭中であれこれ考え始めている段階

このブログで発表できるのはいつ頃になるだろうか?

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2006年4月 9日 (日)

廃盤なのにいまだに問い合わせが来る曲

もう15年前の仕事になるのだが私はNHKの元歌のおにいさん
の田中星児のために曲を書いたことがある。
その中で実はラップで九九を覚えるという「ラップ九九」
なる曲を書いた
ファミコンっぽい音とややヒップホップ風のリズムで
九九を楽しく覚えるという曲で、小学館とのタイアップで
シングルも出たことがある

ご興味がある方は聴いてみてください(JASRAC登録曲ですが
44秒以上聴かしています)
ちなみにバックコーラスは後の売れっ子声優の岩男潤子さんです

ラップ九九         

ご興味ある方は大野のCDページへ


実はもう廃盤になって長いのだがいまだに問い合わせが
よく来るのだ。そのためここだけの話、個人的に安く
お客様に直接お分けしているのが実情である

問題はこの原盤は発売元のビクターエンタテインメントが
持っていて私の自由にならない点である。従ってリバイバル
発売ということも考えてなくはないのだが現状では難しい
しかしいくら問い合わせが来るといっても今のV社が
原盤復活に動くとは思えない。非常に難しいところだ

何か名案はないものだろうか?

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2006年4月 7日 (金)

{コラム]なぜ私は「現代音楽」をやめたか

皆さんは「現代音楽」なる音楽のジャンルがあることをご存じだろうか
知らなくても決して恥にはならないし、この音楽を一生知らなくても損することは何もない

「現代音楽」とはアバンギャルドの流れ、もしくはクラシック音楽の近代以降の流れを踏襲している。音楽で、一応建前上は「最先端の感覚、時代の先を行く音楽」のことをいう。実はあの坂本龍一氏や久石譲氏もかつてはこの音楽をやっていたことは意外に知られていない。
私はクリエイテイヴに生きるということというコラムでも書いたが私自身作曲家、音楽家として生きようと決心した時にとにかく「クリエイテイブ」な人間ー音楽のクリエーターでありたいという思いは強かった。今でも基本的にはそれは変わっていない。
その「クリエイテイブ」な人間でありたいという思いが、もう20年も前の話になるが私に「現代音楽」なるものに向かわせた原因でもある。

しかし私ももうやめてしまった。そしておそらく二度と戻ることはないだろう

なぜ、やめたか? いろんな理由がある。こんな音楽をやっていたら「食えない」というのも勿論理由の1つでないとはいわない。しかし最も大きな理由は「現代音楽」というものが本当に「最先端の感覚、時代の先を行く音楽」なのかという点である。

はっきりいおう。「現代音楽」というやつは何やらすごく高度なことをやっているように見えても、とにかく大半の曲は聴いていてつまらない、聴くこと自体が苦痛ではっきりいって一度聴いたら二度と聴きたくない曲が殆ど。なかにはジョンケージといった人のさるまねでとても音楽とはいえないものもあった。(ちなみにジョンケージは私にいわせれば「音の思想家」であって「音楽家」ではない)何よりも「現代音楽」という名前でも殆ど聴いていて少しも現代を感じない、寧ろ古臭いものすら感じたのがすぐに離れてしまった理由である。

勿論収穫が全くなかったわけではない。音楽の視野が広がったし私が関わっている環境音楽などは間接的にミニマリズムの影響を受けている。実際ステイーヴライヒ、テリーライリーといった"ミニマル音楽"はいわゆる「現代音楽」というものの枠を超えて様々な音楽に影響を与えている。例えばクラブミュージックのトランス系等はミニマリズムをクラブ音楽風に料理したに過ぎない。またアンビエント、環境音楽はミニマリズムの変形という見方もできる。

また先ほど話が出たジョンケージのコンセプトも気がつかないうちに我々は影響を受けている自然音を音楽に取りいれたり、空き缶や新聞紙をパーカッションで使う(子供音楽の楽団によくあるやつーこれってなんて云ったっけ?)等はジョンケージが始めたことである

しかしそれも今から30-40年前の話、実はそれ以降本当の意味で新しいものは生まれていないのだ。またクラシック系の「現代音楽」についていえばアカデミズムが入り込んで「現代音楽」という1つの形になってしまった。こうなるともう音楽の表現は死んでしまう。
一方でアバンギャルド系はアバンギャルド系で「わからん奴らはバカだ」といったひとりよがりな態度をあらわにしている人間が多く、こちらも幻滅してしまう。いずれにせよこれを自分の生涯の仕事にするのは馬鹿馬鹿しいというのが私の結論である。

一方でそれじゃ今のいわゆる大衆音楽(私はこの言葉が大嫌いだーだって音楽って大衆のものでしょ?)や商業音楽の現状を肯定しているかというとそれはまた別の話だ。こちらの方も大きな問題を抱えている。音楽業界が1998年から現在に至るまで8年連続前年割れという市場の状況が全てを物語っている。その問題について話すととても紙面では足りないのでまた別の機会にしよう

最後に私が理想としている状態は何か?
それはコマーシャリズムと芸術性がバランスよく保たれ、ある特定の音楽を聞きたい人に音楽が自由に届く状況商業的にも芸術的にも成功している作品のことである1960-70年代のロック音楽や1980年代のニューウエーブ、テクノといった音楽の時代にはそうした時期が確かにあった。またクラシック音楽で今、古典となっている音楽の多くは一部の例外を除き彼らが存命時代に商業的にも成功している音楽である

そうした状態に戻すにはどうすればよいか。それが今の私たちの課題である。
ネットを中心とした社会がそうした時代を復活させてくれることを私は期待している

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