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2004年8月28日 (土)

ヒーリングミュージックについて

私は確かに多くのいわゆるヒーリング音楽と呼ばれる曲を書いて来ました。だからヒーリング音楽の作曲家 と云われる事は否定しません。しかしクリエーターというのはレッテルを張られるのを嫌うものです。 特に日本では一度レッテルを張られるとなかなかとれないので.....

  実のことをいいますと、私は"ヒーリングミュージック"なる言葉は大嫌いなのです。音楽を"癒し"に使うことに疑問を持つ人もいるようですが、実はよい音楽を聴いて心が癒されることは不思議なことでも何でもありません。要はジャンルに関係なく静かで美しい音楽であればどんなものでもヒーリング効果はあります。ですからヒーリング音楽という”特殊”なジャンルがあること自体本来おかしいのです。

  "ヒーリングミュージック"はいわゆる環境音楽(アンビエント)、ニューエージミュージックといった音楽が 主体になっておりますが、いわゆるセミクラシックという音楽から本物のクラシック音楽まであります。いずれも静かなインストルメンタルな音楽をいいますが、こういった物だけがヒーリング効果があると断じるのは必ずしも正しくはありません。何度も云いますがジャンルに関係なくゆったりとした美しい音楽、人々の心をうつものであればヒーリング効果はあるのです。エンヤなどはボーカルですが立派にヒーリング効果はあります。

 音楽でヒーリングを行う行為については実は昔から行われていたことで、例えばクラシックの中の宗教音楽等は一種のヒーリング音楽という捉えかたもできるのです。特に19世紀以前、民衆が権力者たちによって抑圧されていた時代では宗教というのが民衆の心の癒し役であった面は否定できません。そうした中でミサ、カンタータといった宗教音楽が、ヒーリング音楽としての役割を担ったことは確かでしょう。(アフリカ系アメリカ人たちにとってのゴスペルも同じことが言えます)このように音楽が気持ちをリラックスさせる、ヒーリング効果を与えることは不思議なことでも何でもないことがおわかりいただけると思います。

  

  なぜこうなったかというと単純にマーケット性の観点から"ヒーリングミュージック"という風にジャンルを分けておいた方が”売りやすい”という理由、何か有名なお医者さんか何かの名前を使っていかにも”音薬”であるかのような体裁にした方がマーケット性があるという考え方に基づいています。もうひとつは”音楽療法”という言葉から「癒し」(ヒーリング)のための音楽と名打った方がわかりやすいという点です。しかし前記事の”音楽療法について”でも述べますがこの”音楽療法”なる言葉は非常に誤解を呼び正しい理解を阻害している面は否定できません。

  そうしたことを踏まえて申しますが、「音楽歴」の項でも述べましたが私は突き詰めるとプログレの人間です。しかし作品そのものはアンビエントの曲が多いと思っております。但し今までのCDの企画内容によってはニューエージミュージックと受け取れる音楽も随分書いています。しかしそれは単に結果としてそのようなスタイルの音楽のように見えるだけであって、私自身は単に自分の音楽を聴いて気持ち良かった、もう一度聴きたいと思っていただければそれで充分です。私は音楽療法等の知識は一応それなりに持っていますが、あくまでもアンビエントを主体とした曲を作る一作曲家に過ぎません。

  ところで皆さんの中にはアンビエントとニューエージミュージックは同じようなものと思ってる方もいらっしゃると思いますが実は両者は全く違うジャンルの音楽です。確かにどちらも静かなインスト曲という点では同じなんですけど、ニューエージ音楽は結構メロデイがあって、やや乱暴な分け方かもしれませんがどちらかというとイージリスニングに近い所があります。それに対してアンビエントはテクノやミニマリズムの影響があってかなり音楽よりは環境音に近いかもしれません。「音楽歴」の項で述べたようにやはり私はブライアンイーノの影響が強いこともあってニューエージよりはアンビエントを志向しているようです。ちなみに日本で作られているヒーリングCDの殆どはニューエージかセミクラシックに近いものです。そこに私と他のヒーリング音楽を作っている人との音楽的な違いがあるかもしれません。

  改訂前の原稿で私はごく一部のアーチストをのぞき、私は他人の作ったいわゆるヒーリングミュージックにはあまり興味がないと書きました。何故だかわからなかったのですが結局"ヒーリングミュージック"なるくくりで作られた音楽にあまり興味がなかったということでしょう。自分自身そういったくくりのCDを沢山作っているのですごい自己矛盾ではありますが、好きでないものは仕方がない。ただ私のCDの音楽についてはヒーリング的なくくり、切り口のような物で売られてはいますがあくまで自分の音楽のスタイルを貫いているつもりです。他の人もそうなのかもしれませんが、私は"ヒーリングミュージック"ではなく自分の音楽を作っている点は崩していません。確かに多少、CDのコンセプトに合わせている部分はありますが、結局他の人の作る"ヒーリングミュージック"と私の音楽のスタイルの違いから興味がないと感じるのかもしれません。

  もう一つ、ヒーリング音楽を特にスピリチュアルな面を突き詰めようとすると宗教に走ったり、山奥に住んで仙人のような生活をしたりという方向に行きがちです。私の知り合いにも何人かそういう人物がいます。それはそれで人の生きる道だから何もいいませんが、私にはできません。私はあくまで都会人の立場を貫くつもりですし、都市空間の中の環境からインスパイアされるヒーリング音楽があってもいいじゃないかというのが私の考えです。というよりも私の音楽の体質といった方がよいかもしれませんが......

  だがそんなことはどうでもよいかもしれません。私の音楽が他人とどう違うかについては実際に皆さんに聴いて判断していただくしかありません。表面的には確かに同じようなものに見えるかもしれませんが、どこか違うことがわかっていただくと幸いです。
   私は確かに多くのいわゆるヒーリング音楽と呼ばれる曲を書いて来ました。しかし実はしばらくこの方面を休もうと考えております。というのも私の中でヒーリングミュージックについてだいたい音楽的な面でやることはやってしまったという感があるのと、ここ10年この方面に深く関わり過ぎたせいか、何となく狭い枠に閉じこもっている気がしているからです。わたしは結構気が多い方なのでヒーリング音楽だけをやっている訳ではありませんし、それだけに自分の活動を限定したいとも思ってません。これは純粋に音楽家としての問題で、いわゆる先程の音楽療法についての問題とは無関係です。やはり私は基本的には作家で、やはり作曲家としてまだやりたいことがある。いや、実はまだ作曲家、音楽家としてやるべきことを殆どしていないという意識があるのかもしれません。

   ヒーリング音楽にせよ、私がゲーム、映画、ビデオの音楽を核にせよ単に自分の音楽を聴いて気持ち良かった、楽しんでいただいたのであればそれで充分です。これでもう永久にヒーリング音楽をやらないという意味ではありません。また気が向いたらリハビリ音楽の作曲家として活動を再開するかもしれません。先のことは誰にもわからないですか


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