2012年5月23日 (水)

ある心ある有名プロデユーサーのコメントーもはや日本は音楽の最後進国

本日、とある有名音楽プロデユーサーのコメントで全面的に共感できるコメントがあったのでここで引用させていただきます。但しfacebook上でこの方は原則友人のみの公開している現状を踏まえ、なおかつ本人に迷惑がかからないためにあえて名前はこのブログでは公開しません。名前をいえばある程度日本の音楽を聴いている人であれば誰でも知っている有名音楽プロデユーサーSさんとしておきましょう。

私はこの方のコメントに全面的に共感、支持をするものです。

以下その有名音楽プロデユーサーのコメントです。

最近ある人物と”日本の音楽がアジア圏においていかに生き残れるか?”(とても大雑把に言えば)の様なやりとりをしている。


時を同じくして韓国の音楽業界の重鎮とも言える方や政府機関の方
とも会う機会があり色々話しをした。
僕的な結論を簡単に言ってしまえば非常に残念ながら「もう手遅れ
」「無理」な話しになってしまう。日本は完全に遅れてしまった感がいなめない。

その理由の根源は”ビジネスとして”の話しではなく音楽的クオリ
ティの話しだ。(もちろんビジネスとしての捉え方の甘さもあるが

やりとりをしている友人はシンガポールはまだ食い込める余地があ
る(音楽的に未成熟的な話し)という話しを聞いて、シンガポールのヒット曲をチェックしてみた。
これも残念ながら日本の音楽(ジャンルは限定されるが)では太刀
打ちできないと感じた。純粋に音楽的クオリティにおいて。

何故にいつの間にかこれほど日本の音楽の質は落ちてしまったのだろう。

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2012年5月18日 (金)

日本の音楽業界少しずつ変わりつつある? 海外売り込みとソーシャルネットランキング

日本の音楽売り込め 上海で商談会
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120514/k10015092811000.html

当ブログでもインターネットで世界中がつながっている時代にいつまでたっても日本国内市場しか見ようとしない日本の音楽業界のありかたを批判してきたが

日本の音楽業界には真の意味の「グローバリズム」は必要 http://bit.ly/KrqGPH+

遅まきながら、だけどやっと真面目に考えるようになったんだなという感想。

ちょっと前はこんなことをいおうもんなら「非現実的だ」とか「時間がかかる」とか間違いなく否定的な答えがレコード会社あたりから帰って来たんだけど...

だけどしかし本当にアジアに売り込もうとするなら今のような音楽のクオリテイじゃ長続きしないと思うね。以前のkatuunのケースのようにコンペでシロウト同然の奴らの曲をパクって作っているようじゃ駄目だ。

新しいことをすることを極端に嫌う日本の音楽業界だがようやく少し変化に向けて重い腰を動かしつつあるということだろうか?

一方ではこんなサービスも出現した

■ソーシャル音楽ランキングサイト「BeatCaster.net」オープン
http://release.vfactory.jp/release/48195.html

Twitterでつぶやかれる音楽タイトルとアーティスト名を分析し独自の音楽ランキングをインターネットで提供するスマートフォン向けソーシャル音楽ランキングサイトだという。「ランキングを買う」というのが半ば常識となっている業界状況を考えると、ユーザーの正直な音楽ニーズの反映ができるのであればそれは少しは健全な方向に向っている、ということだろう。音楽事務所系はそういう「公正」さ極端なほど嫌ってきたから

少しは面白い動きが出てきた、と考えるのは期待しすぎだろうか?

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また偉大なボーカリストの訃報ードナサマー肺ガンで死去

今年の始めのホイットニーヒューストンの訃報にもとても悲しい気持ちになりましたが、モータウンの「顔」といってもいい偉大なボーカリストがまた逝ってしまいました。

とても残念で悲しいニュースです。

■ドナ・サマー、死去 http://www.barks.jp/news/?id=1000079703

木曜日(5月17日)、ドナ・サマーが亡くなった。63歳だった。肺癌を患っていたと伝えれている。

<中略>

彼女に訃報にはやくもミュージシャンから多くの追悼の言葉が寄せられている。エルトン・ジョンは「とても悲しい。彼女はディスコ・クィーン以上の存在だっ た。彼女のレコードはいまでも素晴らしい」と追悼。デュラン・デュランのニック・ローズ(Key)は「1つの曲を聴いて、音楽に対する見方が変わるなんて ことはすごく珍しい。“I Feel Love”はそれを成し遂げた」、プロデューサーのクィンシー・ジョーンズは「ドナは大変革をもたらした人。彼女の声は時代のハートビートでありサウンド トラックだった」と称賛している。

そのほか、アレサ・フランクリン、バーバラ・ストライサンド、カイリー・ミノーグ、グロリア・エステファンらから追悼の言葉が上がっている。
サマーはグラミー・アワーズを5回受賞。ロック部門(1980年最優秀ロック・ヴォーカル・パフォーマンス「Hot Stuff」)を受賞した最初の黒人女性シンガーだった。

心からご冥福をお祈り申しあげます

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2012年5月 7日 (月)

音楽雑誌の危機的な状況と業界馴れ合い解消のすすめ

音楽関連メディアの凋落が言われて久しい。かくいう私自身も何回か音楽雑誌に寄稿した経験があるのでこの記事は身につまされる問題でもある。

「まるでファンクラブ会報!?」専門誌は絶滅寸前――音楽系メディアの由々しき現状
http://www.cyzo.com/2012/05/post_10516.html

音楽関連メディアの凋落が言われて久しい。中でも、“絶滅寸前”とささやかれるのが音楽雑誌。部数の減少だけでなく、広告収入の落ち込みが止まらないという。

「1990年代には10万部以上出ている音楽雑誌もありましたが、現在では比較的売れている情報誌で数万部、グラビア中心の専門誌では数千部しか売 れていません。その上、雑誌運営の柱でもある広告が、レコード会社の予算縮小でほとんど入らなくなり、編集協力費名目で一企画あたり数万円入る程度。人件 費を削るなどして、赤字幅を減らそうと汲々としているのが現状です」(音楽雑誌編集者)

 収入が数万円程度でも、タイアップはタイアップ。誌面に登場する歌手やバンドに迎合したインタビュー記事やコラムばかりが掲載され、音楽誌はさながら「ファンクラブ会報の寄せ集め」のような状態に。

「最近、ミスチルは3,000部持っているとか、嵐は4,000部持っているという言い方も耳にします。彼らが表紙を飾れば、それだけの部数が見込 めるという意味ですが、逆に言えば、現在の音楽雑誌には固定読者がほとんどいなくなってしまったということなんです」(前出・編集者)

<中略>

実際、歌手やバンドの間では「稼働しても効果が見込めない」と、音楽関連のメディアから距離を置く動きも始まっている。約30万人のファンクラブ会員を抱 えるGLAYは近年、メディア露出を極力控える方針に転換。CDの売上は低下しているものの、ファンクラブ向けの特別ライブを行うなどして、安定した収入 を確保しているという。固定ファンをつかんでいるベテランや中堅の間では、今後こうした活動スタイルが広がりそうだ。

実際問題として今音楽雑誌で真の意味の音楽評論などもはや10年前からなくなっている。

 

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2012年5月 1日 (火)

日本の音楽業界には真の意味の「グローバリズム」は必要

5月に入りました。
一応、プロモーター、マネージャーの仕事を「辞任」した私ですが、いろいろと「後始末」をしなければなりません。この「後始末」に一年くらいは覚悟しないといけないでしょう。

さて私は先日の記事で日本には地上波テレビとのタイアップの状況があるためにライセンシングに関して権利のマネージメントの観点では世界的には異常な状況になっていることを述べました。実際JASRACという公的権利信託機関の「公認」のもとで行なわれるわけですが最近はこのタイアップの規制もさらに大幅に緩和される動きになっており、もはや日本の音楽のメデイアで日本の音楽をライセンシングするのはよほどの条件がそろわない限りほぼ不可能に近い状況になりつつあります。

日本の音楽界は世界の中の北朝鮮のように本来異常なことが「正常」になってしまっているわけですが、さらにこのタイアップに基づき「利権構造」ができてしまい弊社のような小さな会社がその中に割って入るなどということはほぼ不可能に近い状況になっております。

しかし、  です。

最近地上波のタイアップがあったからCDや配信が売れる、などという時代はもはや終わりました。タイアップが有効なのはドラマその他で音楽が極めて効果的な背景で使われた場合ーつまりその音楽が好きになるシチュエーションを作るーのみに限られており、いわゆるバラエテイ番組のエンデイングテーマで流れる、などという程度で音楽が売れる、などということはほぼ、ありえない状況になっております。

しかもシチュエーション作りーに適したタイアップの可能性があるものは

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2012年4月27日 (金)

映画「I AM..」韓流アーチストたちの努力と島国体質から一向に脱却しようとしない日本の音楽業界

すみません。今日は久々に吠えます (笑)

予告編ですけどこれ見て日本の音楽界が実に情けなく思えてしまったので....
まずはこれを見て下さい

こういうのを見ると日本の音楽界は本当に甘い,と思ってしまいますね。

そもそも韓流がどうのこうの、韓流ばかり放送するのはけしからん、などと云っている以前に彼らが自分の国以外のマーケットに売り込むのにどれほど死ぬほどの努力しているか、ということをもっと評価しないといけないと思います。

今やインターネットの時代で文化も音楽コンテンツも国境、人種に関係なく伝わります、いいものだったら韓流だろうがなんだろうか国境を越えて評価されるのは当然だしそうあるべきだと思います。

なのに日本の音楽界の島国体質何とかならんのかね、と思いますね。いつまでたっても閉鎖された日本のマーケットしか見ていないし、それ以外見ようとすらしていない。

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2012年4月26日 (木)

スタジオは「営業」のためではなく、制作利益確保のため

先月の中旬あたりからかかりきりになっていた案件を今日無事に納品。とはいっても音楽の教材の制作なのでたぶん何らかの形での修正があると思います。またこの件は今後もシリーズとして続きますので、今回の制作は単なる始まりでしかありません。いずれにせよこの案件で多忙を極めたためしばらくブログ更新ができない状態でした。まあブログの記事自体もうそんなには書くつもりはないんですが..

今回は他の多くの仕事がそうであるようにボーカルやナレーションの収録を自宅のスタジオで録りました。一昨年の秋に工事をしましたが、今や生音をふんだんに録るとか、アーチストの関係とか、然るべき理由がない限り外部のスタジオを使うことは殆どありません。

Hybrid_s1Hybrid_s2

一応このスタジオ、必要に応じて希望者がいれば格安で貸しております。原則一人専用ボーカル兼ナレーションブース(無理すれば二人も不可能ではないですが、あまりやりたくはありません) 一時間\4500(税別) です。

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2012年4月 7日 (土)

ショパンにワルツが19曲もあったなんて

しばらくブログ記事を書かないつもりだったけどちょっと面白い話なので...

私は一応幼い頃からピアノをやっているのでクラシックピアノも当然私はやっている。ショパンの曲も当然やらされていたわけで、ショパンのワルツは必ず通る道だ。
しかし今日娘のピアノの楽譜を見て目からうろこが出た。

自分の中ではショパンのワルツって14曲しかないと思っていたが実は19曲あったという話

実は15-17番で15番は早くから存在が知られていたらしいが、16-17番はは20世紀になって発見され出版されていたらしい。(16番は1902年、17番は1908年)しかしショパンの若い頃の作品らしいのでショパンの正式な作品群に入れないことが多く、実際現在出版されている楽譜の殆どが14曲止まりだ。

18番、19番はショパンが友人に献呈したものらしいが、世に出て発表されることもなく、めぐりめぐってなぜかイギリスやフランスの個人がショパンの自筆楽譜を所蔵していた。そのうち18番といわれているのは題名すらついていない。一応ワルツ的な性格をおびているのでワルツの中に入れられているが、別のジャンルに入れるべきという説もあるためValse(イタリア語でワルツのこと)の隣に? マークがついているのがおわかりだろうか?

Chopin18

19番も最近加えられたものらしいが、いずれにせよ自分がワルツをやった○十年前に知らなかったことがあったとは

これが19番の楽譜です。

Chopin19

私は別にショパンは好きではないが、一応昔よくやらされたけど、こういうことは知らなかった。

うーんクラシックはまだ深いな。

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2012年3月26日 (月)

ソフトシンセとハードシンセ併用

現在の受注案件。短い曲ですが大量の曲数の編曲をしなければならず現在その作業中です。

ここしばらくレコーデイング作業はソフトシンセの起用を中心にしていましたが最近またハードシンセの音源モジュールも多用しています。

Ongen_module

というのもソフトシンセ、確かに便利だし音源も豊富なんですが前にも書きましたようにどこか音質として線が細い、といいますかどこか物足りなさを感じているのと、使いなれているハードシンセの音が私自身の体になじんでいる、という事情もあります。特にピアノの音は以前別の記事にも書きましたが、Kurzweil K-1200の音ははずせません。

とはいえpro toolsに装備されているソフトシンセモジュールを始めKontakt player 4.0Vienna Instruments ドラムだとBFDといったソフトシンセは表現の幅を広げる意味で大きな力を持っており重宝しています。音楽制作環境ではpro tools8は導入してよかったと思っています。もっとも最近のpro toolsは(特に10以降は)殆どMA用ソフトになったといっていいくらい設計思想が全く違うので、もしかしたら当分pro tools8の状態で作業するかもしれません。

いずれにせよソフトシンセと使いなれているハードシンセ両方を併用することによってアレンジ、表現力の幅は広がりますが実は1つ大きな問題があります。

それはソフトシンセとハードシンセの間に遅延時間による「ずれ」が生じてしまう点です。

これはソフトシンセはMAC PRO内でDAWmidiのプロセッシングを処理するためほぼ時間差なしで処理されますが、ハードシンセは外部の機器にmidiケーブル経由で繋がっていますから、どうしてもそのケーブルによる遅延時間による「ずれ」が生じてしまいます。特にリズムセクションで両方を併用しますと顕著に現れますが、結局物理的な接続が原因のため結局波形編集で時間軸をあわせるしかありません。しかしこのことによって余計な手間が発生してしまうので何かよい方法はないか、現在考えているところです。

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2012年3月24日 (土)

音楽業界と自分の今の心がけ

音楽業界の現状を憂い、業界に対する批判記事も書き始めてもう長い。ただ幸いにして音楽業界でも「裏街道」を歩いているせいか、それほど強力な圧力はきていないが、音楽ソムリエ協会のS氏に対しては相当強い風当たりがきているようである。

ただ一応私は取るに足らない力程度しかないが、業界の一員でもあり実際に音楽制作その他の業務を行なっている者であり、その面でただ批判するだけの評論家でいることはできない。それじゃ2ちゃんmixiあたりで無責任に荒らし誹謗中傷をしているヒマ人連中と本質的に何ら変わらなくなる。

もう今の音楽業界はこのままじゃいかん、なんていうことは議論する段階などとっくに過ぎており私を含めて生き残るためにどうすればいいか、を真剣に考えなくてはいけない時期だ。正直他人のことなんかかまっていられない。自分がこれからどうするか、について考えて行動する時である。そのためには私と私の会社自身がじゅうぶんな力を持たなくてはならないのである。そして昨年辺りから「ネット偏重路線」を改めそれに向って進んでいたし、これからも進んでいくつもりだ。

ちょうど今NHKの大河ドラマ平清盛をやっているがそこでだいぶ前の放送に中井貴一扮する清盛の父忠盛(ドラマ上では育ての父親となっているが)が源為義に闇討ちになった時の発言を思い出す

「源氏と平氏どちらかすぐれているかの勝負はもう少し先に取っておけぬか? それは武士が朝廷に対して充分な力を持ってからでいいのではないか?」

そう自分自身が力をつけなくてはどうにもならんのだ。いくらこのブログで批判したところで負け犬の遠吠えでしかない。平忠盛がドラマで「わしは王家の犬で終わりたくはないのだ」と発言したように、私も負け犬で終わりたくはない。

実際にそれが実現できるかはまた別の話だが、最後の最後までその目的に向って動き出す所存である。

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2012年3月17日 (土)

インターネットラジオと真の意味のグローバリズム

最近私が運営していた(一応今もサイトは残っていますが)ネットラジオ癒しの音楽チャンネル
http://www.iyashi-channnel.com/
の放送終了を惜しんでくださる方が非常に多いとのご連絡をいただきました。非常にありがたいですし、私もそれだけで4年間続けてよかったなとは思っています。一時は8万3千人を超える登録リスナー(延べ人数だとは思いますが)に登録していただいた同ネットラジオ。まあ手前味噌ではありますが、日本のネットラジオの中では成功した部類なのかもしれません。

しかし仮に宣伝目的というものであったにしてもビジネスとして成り立たないとやはり続けることは難しいです。そのためにコミュ二テイFMを始め「リアルな」メデイアとの連携を模索しておりましたが、結局そこの部分を構築することができませんでした。一方ではパーソナリテイーの奥津恵毎週レギュラーで出演していたFM戸塚 83.7MHZ"BIGTIME Music Cocktail”を半年間オンエアしておきましたが、詳細なデータは得られていませんが弊社が実感した様子ですとおそらくはネットラジオ癒しの音楽チャンネルの方がリスナーの実数としては多かったのではないかと推察します。(それでもコミュ二テイとはいえリアルなメデイアでオンエアできた意味は小さくなかったと考えています)

日本最大のpodcastサイトであったniftyのPodcasting Juiceの閉鎖というのもかなり放送存続に影響したのも事実です。また民放ラジオ各局がサイマル放送を開始したのも大きいですね。

しかし最近もっと大きな問題が日本のネットラジオの発展の根本的な障害になっていることがわかりました。

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2012年3月10日 (土)

欧米のインデイースシーンで使われている音楽プロモーションツール

↓下の記事の続き

実は何で急にこんなことを言い出したかというと、私は元々そういう欧米の音楽プロモーションツールのアカウントをいくつか持っていた。しかし日本国内で立ち上げようとしていたさまざまなプロジェクト関係(多くは失敗に終わったが)やこのブログで何回も述べたがこれから自分の人生の勝負に出るためのさまざまなプロジェクト。それらについて頭がいっぱいだった関係で、そうしたプロモーションツールを長い間放ったらかしにしておいてしまっていたからである。

しかしよく考えればそれは大変損をしていることに気づいた。改めてそうしたプロモーションツールをよく見ているうちにもっと前から積極的にやっておけばよかった、といえるようなものがたくさんある。

そして今自分がやろうとしていること。

音楽に関する全く新しいコンテンツの開発これはいずれ今までにない作品を世に出すことを目的としている。

そして先日も私がフィルムスコアした作品がカンヌ映画祭に提出されたが、作曲家としては映画劇伴音楽作家としても動こうとしている。

これらはいずれも最終的には日本国内だけでなく、いずれは世界じゅうに対してプロモーションしなくてはならないプロジェクトである。その場合日本国内の業界の常識など全く無意味である。その際にはアメリカの音楽のプロモーションツール、欧米の音楽のプロモーションやアーチストのインキュベーションのメカニズムをもう一度検証し、理解することはこれからの自分の音楽人生にも極めて重要なことだと考える。この場合はっきりいって日本の音楽業界の常識などクソくらえである。

なぜ欧米社会では地上波のテレビのタイアップもない、いわゆるシチュエーション作りもない状態で音楽がプロモーションされているのか、なぜ次から次へと新人アーチストが育ちインキュベートされているのか?

それは欧米のアーチスト向けのインデイース、新人アーチストのプロモーションツールが非常に充実している。というのも大きいと思う。日本もいわゆるインデイース市場が大きく伸びているが、欧米ではそれ以上にどんどん伸びているのはそのためである。

それではどんなプロモーションツールがあるかというと

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2012年3月 9日 (金)

欧米では地上波のタイアップが殆どない点とインデイースのツール充実の現状を見て

ご存じの通り日本で音楽をプロモーションする場合、地上波テレビとのタイアップで音楽を露出させる、ということが一般的である。少なくとも日本国内では必須といっていい。

だが今頃になって気がついたのだがよく考えてみれば欧米ーアメリカでもヨーロッパでもー音楽を地上波テレビの番組やCM等でアーチストの楽曲をタイアップでプロモーションする、などということは殆どない。勿論有名アーチストの音楽をCMその他で使うことがあるが、それは多くの場合ライセンシング(権利使用許諾)で寧ろ例外的事象といっていい。ライセンシングだからマイケルジャクソンコカコーラCMにせよ、ローリングストーンズWindowsのCMにせよ、スポンサーから莫大なライセンス使用料が各アーチスト側に支払われている。

これに対して日本の場合、アーチストの楽曲をタイアップとして使用する場合はこうしたライセンス料は勿論のこと、著作権使用料も「プロモーション目的」という項目JASRACに例外事項として認められるためアーチスト側にも作曲家にもビタ一文の費用が支払われない。しかも一度タイアップとして使用されると多くの場合スポンサーからみの縛りが出てくるので、あとで二次使用したくてもなかなかできない等、アーチストの権利がいろんな意味で制限される。

はっきりいって日本のこの現状の方が異常である。

欧米で行なわれているライセンシングの現状が本来の姿であり、コンテンツ、ソフトが権利ビジネスであるという現状を考えると、本来こちらの方が当たり前なのである。

つまり日本と欧米ではアーチスト側と地上波のメデイア関連との力関係ー取り分け権利に関する力関係が完全にあべこべになっているのだ。

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2012年3月 2日 (金)

制作の「方程式」「マニュアル」とクリエイテイビテイ

さて、既にご存じの通り私はちょっと人が今まで創ったこともないような音楽作品を作ることを計画していますし、一方では先日カンヌ映画祭に私がフィルムスコアした短編映画が提出されましたが、こうした劇伴、映画音楽の仕事でも世界に出ようと考えています。一見前者は私のクリエイテイブな作品で後者はプロとしての仕事、という風に見えますが、実は私の中で両者はそんな形の線引きはされていません。

勿論映画、劇伴音楽は「映像のための音楽」であり映画監督の考え方等で大きく変わったりその他いろんな面での制約があります。その意味では前者と比べ自由度は少ないという見方もできますが、それでも世界で通用する「創造性の高い」作品を作りたいという考え方に変わりはありません。

ところで最近感じているのは、映画でも何でもそうですが作品の作り方の姿勢について私とは全く相容れない考えで作品を作ろうとしている人たちがいることがわかりました。それは作品の作り方には「マニュアル」「方程式」があり、それに従わないで作る姿勢を「シロウト的」と決めつけ、既存の方程式以外での作品作り方以外は受け付けない人たちです。本人たちはそのやり方を「絶対的に正しい」と思っているらしく、そういう人たちと話をしても全く話がかみ合わないですが、まあ長い間作家生活をやっていますが正直私の理解の範囲を超えた人たちです。

私が見るところクリエーターには大きく分けて2つのタイプがいると思います。一つは特定のジャンルの音楽に自分の世界を絞り、「狭く深く」自分の世界を追求するタイプ、そしてもう1つはジャンル等や特定の世界に自分を縛ることなく、幅広く自分が面白いと思う世界を取り入れる「広く浅く」自分の世界を追及するタイプ。私は明らかに後者に入るのですが、今の「マニュアル」「方程式」にこだわる人たちは必ずしも前者のタイプとも言い切れない部分があります。寧ろ作品を作る、製作するという姿勢に根本的に私にいわせると違う、と思う部分があります。

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2012年2月27日 (月)

少しずつだがCDショップ大賞で変わりはじめているCDショップと音楽業界

一部の方は既にご存じの通り本日「第4回CDショップ大賞2012授賞式」が行なわれました。受賞者は以下のとおり

大賞   : ももいろクローバーZ 「バトル アンド ロマンス」

準大賞  :  星野源   「エピソード」

地方賞

●北海道ブロック賞
サノトモミ『ミッドナイト エクスプローラー』

●東北ブロック賞
熊谷育美『その先の青へ』

●関東ブロック賞
玲里『KISS AND FLY』

●甲信越ブロック賞
Negicco『GET IT ON!』

●東海ブロック賞
cinema staff『cinema staff』

●関西ブロック賞
N’夙川BOYS『PLANET MAGIC』

●中国四国ブロック賞
宇宙人『お部屋でミステリーサークル』

●九州ブロック賞
mahos『icicles』

まだご存じない人もいると思うので書きますが、CDショップ大賞とは全国のCDショップ店員の投票のみで各賞が選ばれる賞で、『本屋大賞の音楽版』ともいわれています。「この国には、過小評価されている音楽が多すぎる。」という問題意識の下、CDショップ店員が勧める音楽や客に聴いてもらいたいという観点からおすすめのCDを選んでもらう、というユニークな発想の賞です。これは「NPO法人ミュージックソムリエ協会」が事実上運営しています。この大賞の仕掛け人は私とは旧知の仲ですが私自身はこのコンセプトに大いに賛同し、影ながら応援しておりました

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2012年2月15日 (水)

誰がホイットニーを殺したのか?何が彼女に死に追いやったのか?

衝撃的なホイットニーヒューストンの訃報のショックからまだ冷めていないが、いまだに正式な死因は発表されていない。部屋には違法薬物は発見されなかったが、処方薬の過剰摂取か浴槽での溺死かいまだにわからない。もし前者が原因だったら限りなく自殺に近い。

You tubeでは死の2日前のホイットニーヒューストンのグラミーの前夜祭での事実上最後の人前の演奏模様の映像がある。ケリープライスのステージでの競演だが、会場のファンの声援を割り引いても、これがあのホイットニーかと疑うほど声が出ていない。

あれほど世界じゅうを魅了した彼女に一体何が起きたのか?

勿論真相は彼女にしかわからないだろうが、間違いなくいえるのはホイットニーがかなり精神的に病んでしまった。という点である。その精神が受けたダメージがホイットニーの持つ才能やキャリアを台無しにしてしまった。という点。

ターニングポイントは1992年のボビーブラウンとの結婚、この結婚は明らかに失敗だった。 それでも最初の7-8年はまだマシだったが、ボビーブラウンの度重なるDVや女性関係等がホイットニーの精神を蝕んでいったのは確かであろう。そしてそれが彼女を薬物に向わせてしまった。離婚騒動や薬物騒動、それに伴うパパラッチの報道合戦もかなり精神的ダメージになってしまっただろう。

ようやく成立したボビーブラウンとの離婚も状況を好転することにはならなかった。2009年に復活アルバムを出すも、既にその時我々が知っているホイットニーヒューストンではなくなっていた。あの凄まじい肺活量も声も影を潜めてしまった。

これほどの精神的な病、そして失ってしまった声、ここまでホイットニーを追い詰めたのは一体なんだったのだろう?何か原因があるはずだが、一体誰がホイットニーを殺したのか?死に追いやってしまったのか?

せめてホイットニーの心のケアをできる人間が近くにいれば今回の突然の死は回避できたのではないか? そう思うと残念でならない。 

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2012年2月13日 (月)

グラミー2012年 Whitney Houston永遠に、ビーチボーイズ、マッカートニー

既にご存じのようにグラミーの前日にホイットニーヒューストンの訃報という非常に悲しいニュースが飛び込んできました。

ホイットニー・ヒューストン、死亡当時の状況が報じられる
http://www.mtvjapan.com/news/music/20514

そうした追悼モードの中、第五十四回グラミーが開催され、ミュージシャンたちの楽しいパフォーマンスもたくさんありました。とくに二十数年ぶりに結成された伝説のバンド、ビーチボーイズ、やポールマッカートニー(今年70歳!!)のパフォーマンス、そしてポールを紹介した時のステイービーワンダーがポケットからハーモニカ取り出して、ビートルズのラブ・ミー・ドゥーの一節を吹いた等話題が多かったですね。(しかし正直いってポールの声、私はかなり衰えを感じてしまいました。声がもうお爺さん声になり始めている)

あとトニーベネット{85歳!!)がキャリー・アンダーウッド「デユエッツ」のナンバーを披露していましたが、本来ならエミーワインハウスとの共演を見たかったですね。今年一年、音楽関係者の訃報が多すぎました。

そして今年一年でなくなった人たちー墓銘碑コーナーにステイーブジョブズが入っていました。itunesやipodによる変革で大迷惑を被った人もいる筈なのにちゃんと称える姿勢はさすがですね。たぶんオスカーでもちゃんとリスペクトすると思います。ITの世界の人間で芸術の世界でここまで尊敬されるのは彼ぐらいのものでしょうね。ただ、気がかりなのは最近のi-cloudは音楽の権利を阻害する可能性も出てきている点。この辺りをAppleはどう展開させるんでしょうか?

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2012年2月 9日 (木)

ピアノ音源ーソフトシンセとハード音源に関して

私は一応基本はピアニストなのでピアノの音に対するこだわりは強いつもりだ。

以前私は制作にあたりソフトシンセはハードの音源モジュールより音がどこか細いと書いた。しかしそうはいっても手軽な面から現在音楽制作に関しては完全にソフトシンセがメインになりつつある。その中で私が頻繁に使うピアノでもpro toolsMini Grandもあるが、Vienna Instrumentsの中にあるベーゼンドルファーのピアノ音源がある。

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私はピアノの音としてはスタインウエイよりはベーゼンドルファー派なので一時この音源があることに喜んだ。確かにベーゼンドルファーならではのあの柔らかい暖かい音源が再現されてはいる。

しかし、 だ。 

やはり何か違うのだ。どこか音がこもっているというか何か本物のベーゼンドルファーを弾いた時のようなあの音の広がりが今一つ感じられない。

かつて楽器フェアで最高級のピアノの弾いた時の感触と比べるとやはり違う。500万のベーゼンドルファーを試弾した時は正直ずーっと弾いていたいと思うくらい気持ちがよかった。同じく600万のベヒシュタイン、800万のザウターを弾いた時も音源の温かみ、広がり、音質全てがいうことなしだった。

結局ソフトシンセの限界はそれなんだろう。Vienna Instrumentsは各楽器を44.1KHZの16bitでサンプリングしているが、そのレベルのサンプリングだとやはり本物と比べると落ちてしまうのはやむをえないのかもしれない。Vienna Instrumentsを使ってオーケストラのサウンドを作ってはいるが、結局どんなに本物らしく聴こえるものでも所詮ソフトシンセフェイク(贋物)以上のものではないということだ。

だから本物のオーケストラで録音する機会は決してなくならない。但し予算が膨大にかかる。少なくとも数百万の予算、ジョンウイリアムス級の大オーケストラだと1000万は見ないといけない。そこがネックだ。日本国内でそんな予算が出る仕事など一年でも片手に数える程度の数しかないだろう。従って現実は殆どの案件ではソフトシンセを使わざるを得ない。

ただピアノに関しては私は結局昔から愛用のKurzweil K-1200の音源を使っている。

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Kurzweilスタインウエイの音をベースにしているが私の予想では単にサンプリングしただけではない、何かプラスアルファの要素を音源に加えていると思う。だからサンプリングやソフトシンセにありがちな「音の篭り」が感じられないのだ。だから結局このKurzweilを多用することになる。今でも私の自宅レコーデイングの殆どのピアノ音源はKurzweilである。一応この音なら私自身の一定のこだわりの許容範囲に納まる音質だからである。

しかし可能であればいつかベーゼンドルファーベヒシュタインザウターといったピアノでレコーデイングする機会を持ちたいものだ。

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2012年1月 7日 (土)

作曲家の林光先生がお亡くなりになりました。

長瀬君の訃報にも驚きましたが、こちらも驚きました。
続けて訃報の記事を書くことになろうとは
作曲家の林光さんがお亡くなりになりました。

林光氏が死去 「原爆小景」など作曲
http://s.nikkei.com/wAfrsV

若い頃私は青島広志の門をたたいていた時期があったのですが、林光氏は青島さんの先生に当たります。コンサートには何回か行った記憶がありますが直 接お会いしたことはありません。青島さんが世にでたのも「和製オペラ」の作品がきっかけですが、林光先生もその日本語のオペラにこだわった人で「こんにゃく座」の音楽監督を長く勤められました。

個人的には大河ドラマの「花神」(司馬遼太郎原作)のテーマ音楽がとても好きでした。

心からご冥福をお祈り申しあげます

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長瀬弘樹君自殺ーHNの「やわらかムーミン」がなぜ?

先ほど耳を疑うニュースが飛び込んできた、今年の最初の音楽記事が訃報とは

作曲家の長瀬弘樹君が亡くなった。自殺だという。彼とは直接会ったことはない。しかしmixiの音楽関係の掲示板で音楽業界や音楽文化について激論をかわした仲である。

正直いって彼とはお互い考え方は全く違い相容れない部分も多々あった。しかし日本の音楽文化を良くしたいという思いは同じだったと思う。まだまだ今後の音楽について議論してみたかった。特にあれから僕自身かなり理論武装したから

とても残念。とても悲しい。

正直に話そう。

実は当ブログのこの記事 
■新春コラムーいわゆるポストモダン時代のルーツ音楽の存在(例によって長文です)

この中に書いてある「知り合いの作曲家」とは実は長瀬弘樹君のことである。

実は私の知り合いの作曲家でこの東氏のシュミラークルの考え方を応用した試みをしようとしている人間がいる。昨今の音楽のありかたについて、オリジナル=ルーツ音楽と考え、ルーツ音楽のシュミラークルが増殖することによりかつては、「あるジャンル」とちゃんとわかるように」引用されていたものが、ゼロ年代においては、あるジャンルを構成する要素がばらばらに解体されて、R&Bのリズムでロック的なギターが入り、ラップをする、といういったような様相を帯びてくる。「ジャンルを構成する要素がばらばらデータベースに解体される」。それによってルーツ音楽の価値というものが事実上意味をなさなくなり、全ての要素は相対的なものでしかない。

よって彼は、「ルーツを知らなければいけない」という論には反対の立場をとりますが、「ルーツを尊重すべきだ」という論には賛成という立場を取り、それらのデータベースによる差異化をどう上手くやるかによって今後クリエーターの価値が出てくると考えているようだ。そしてそれは最近のJ-POP系のクリエーターのかなりの人間がそのように考えているようである。

さて、これに関する私の考え方を述べさせていただく。

まず東氏の昨今のネットや同人系の動きに関する分析に関しては確かに当たっている面はあるが、いくつかの疑問もある。

1. オリジナル作品とシュミラークルが作品的に同等というが、そもそもオリジナルが「それなりの魅力」を持っていなければそもそもシュミラークル自身が発生しないであろう。その「魅力」(例えばなぜ「萌える」のか、なぜ「はまる」のかについて)のデータベースについてはこの本では触れられていない。

2.もしシュミラークルな作品がオリジナルをしのぐとしたらそれはどのような場合なのか、そもそもシュミラークルな作品は「オリジナルと同等」と勘違いされているだけで作品クオリテイ的にオリジナルと本当に同等なのか。(例えて云えば宝石のニセモノを本物であるかのように消費者が買うのと同じなのでは?)

あと上記の作曲家のようにデータベースによる音楽について話をしよう。シュミラークルの 理論からすると、ロックもジャズもR&Bもクラシックも全て「相対化した」音楽の手法というデータベースの一種に過ぎないという。つまりそれらの データベースの「組み合わせ」に過ぎないのだが私が考えている大きな疑問の1つに、ではその「組み合わせ」によって人を動かせるほどの表現になるか、とい うことである。

音楽手法のデータベースというのは単なる作曲技法のエクリチュールに過ぎず、それは単なる表面的なものである。しかしその組み合わせで本当に「ノリ」とか「音楽の即興性」とかを表現できるものであろうか?ーつまり魅力」というものがデータベース化(オタク文化で云えばえばなぜ「萌える」のか、なぜ「はまる」のか、に当たる)できるのか?ということである、東氏はできると考えているようだが文化というのはそんな単純なものではない。

音楽に関していえば作曲技法のエクリチュールの機械的な組み合わせで確かに理論的には音楽ができる。だがそれは音楽の中の表面的な部 分に過ぎず、それが「カッコイイ」「ノリのいい」音楽になるかはまた全く別の話である。コンピューターミュージックの黎明期にイリアック組曲という音楽史 上初めてコンピューターで作られた音楽があった。それは音楽のデータベースを元にその組み合わせと情報理論を用いて作られたものであるが、歴史的には意味はあるものの音楽的にははっきりいってつまらないものである。

つまり私がいいたいのは表面的なデータベースだけを取り入れてもそれはその音楽のデータベースの本質「エッセンス」を理解したことにはならない。ということである。これは私が以前警鐘を鳴らした現代の情報社会の「わかったつもり症候群」にも通じている。「わかったつもり症候群」というのは断片的情報のみで判断する傾向のことをいい、データベースの表面的な部分だけを見てそれでそのデータベースの全ての部分を理解している、と勘違いしてしまうことをいう。例えば音楽でブルースは12小節で構成されているという基本中の基本を知らないで、昨今のJ-popの「R&B風のデータベース」で作られた音楽を聴いて自分がR&Bの全てを理解している、と錯覚してしまう点である。実際最近の若者にこういう人間が少なくない。勿論R&Bに限らない、ロックを始め他の音楽でも同様の傾向が見られる。

実はこれに関して彼から何らかの反論が来るかどうかも期待していた。かれは「やわらかむみん」というハンドルネームでmixiに参加していたがいつのまにか退会していたようである。

それにしてもどうして? 何も死ぬことないのに。 頭もよく才能もある男がなぜ自らの命を絶たなければならなかったのか? 本当に残念のひとことである。

遺書には「楽曲を歌ってもらって、もう満足した」と書かれていたという

心からご冥福をお祈り申しあげます。

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