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2012年12月13日 (木)

インド音楽のラヴィ・シャンカールさん死去

昨日は作業で多忙な状態に北朝鮮のミサイル発射とか、連続殺人の角田美代子容疑者が自殺とかいろんなニュースが飛び込んできましたが、音楽のニュースとしてはやはりこれでしょう。

■世界文化賞受賞のラヴィ・シャンカール氏死去 インド民族楽器「シタール」第一人者
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/121212/ent12121213580011-n1.htm

世界中にインド音楽の素晴らしさを広め、ロック始めポピュラー音楽に莫大な影響を残しました。ジョージハリスンにシタールを始めインド音楽の手ほどきをしたのは有名ですし、ビートルズだけでなくレッドゼッペリン(この発音の方が英語の発音に近いです)やプログレロックなどに大きな影響を与えました。

ノラジョーンズのお父さんとしても知られていますし、妹のシタール奏者、アヌーシュカも有名です。

そのアヌーシュカさんの結婚式と思われる写真でラビシャンカール先生とノラジョーンズがいっしょに写っている珍しい写真がありますので掲載させていただきます。

Rabishankarnorajones


離れて育ったので、親娘の関係は微妙だったらしいですが、姉妹は仲良しになったそうです。

とはいえ、私の友人でラビシャンカール先生に師事したシタール奏者がいますが、彼は幼い頃のノラジョーンズを知っていたそうです。既に異常といっていいほどの才能を見せていて、まだノラジョーンズがデビューすらしていない時に「あの子は天才だからいずれ出てくるよ」と言っていましたが、その後の彼女の活躍は書くまでもありません。シャンカール先生の血をうけついでいたんですね

心からご冥福をお祈り申し上げ、故人が残した音楽文化への偉大な功績に心から敬意を表すものであります。

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2012年11月22日 (木)

タワーレコード渋谷新装オープン前日に行ってきました

本日業界仲間に誘われてタワーレコード渋谷の新装オープン(実際のオープンは明日の23日)に行ってきました。

最近レコード店に行かなくなった人が多い中でどのような店つくりで魅力的なレコード店にしようとしているのか、見てみました。実は私自身もタワーレコード渋谷に行くのはすごい久しぶりです。何年行ってないかなあ。

店内の売り場にはほぼ1メートルおきのタブレットによる音楽試聴機が据えられております(場所によってはタブレットでないところもあります)

Tower5

今でこそ当たり前に試聴機がありますが、つい10年前これを置くだけでレコード会社はもう反発、反対したんですね。ちょっとでも新しいことをやると過剰反応する、そんな体質がいろんな意味でレコードショップの発展も阻害してきました。

ついでに先日の記事で紹介したスマートフォンのアプリ CoverARt Playerが定着すればこれだけ多くの試聴機を置かなくてもいいとは思いますが、まだそれは時間かかるでしょうね。

かつては上の階にあったカフェが二階に移りました。なかなかいい感じのカフェで落ち着きます。すぐ横に洋書や音楽やアート関係の書籍売り場もあります

Tower2

今日はプレスや業界関係の人対象の入場でしたが、カフェでは食事や飲み物が出されました。
なかなか食事もおいしいのでカフェを二階にしたのは正解かもしれません。やすらぎのひと時を過ごせます

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2012年11月21日 (水)

新曲ができました、これからPV作ります

もう先週の話ですが、とあるペット用品の広告代理店の依頼で販促用の曲が一曲できあがりました。

この会社とはペットミュージックというCDで以前いっしょに仕事をしたのですがそれはペットと飼い主のためのヒーリングを目的としたものですが、今回はペットと飼い主を想定はしていますが、ちょっとおしゃれなポップスとして作りました。

というのもこの広告代理店がプロモートしている愛犬用シャンプーその他のペット用品ですが主にセレブ、かそれに近い女性をターゲットとしている商品のためにそのイメージソングとして今回は歌われています。歌っているのはミュージカルや舞台で活躍している吉田裕美さんです。

Hiromi_yoshida_2

曲名は"So happy Dream"  かなりおしゃれなボサノバタッチの曲です。

そしてこの曲のPV(プロモーションビデオ)を作ることになりました。

今日はメイン撮影会場のロケ班です。今回はクライアントが音楽とか映像とか作った経験があまりないためいろいろとうちの会社で対応しました。その関係で今回は撮影にも立ち会うことになりました。

会場はこんな感じです。
おしゃれなボサノバのイメージに合ういい感じの場所です。

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2012年11月14日 (水)

InterBee2012(プロオーデイオ)

仕事が一段落したのと、一応毎年行っていることもあって恒例の国際放送機器展(Inter Bee)に行ってきました。

121114_141001


家から幕張までどうがんばっても二時間近くドアtoドアでかかってしまうのと、今年は私が期待した立体音響関係の会社が都合により出展を見合わせた、というのもあり、行こうかどうか迷っていたんですが、まあ貴重な情報を得られれば、というのがあり結局行くことにいたしました。

私の場合は職業柄、プロオーデイオの分野に限られます。映像機器関係の記述はありませんのであしからず

かつてプロオーデイオで中心的な存在だったSSLことSolid State Logic レコーデイングスタジオではpro toolsに主役を奪われてしまいましたが、まだ放送局用コンソールとして健在のようです。

Ssl_interbee2012

それでもいくつか面白いのだけピックアップしますと

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2012年11月13日 (火)

記事「作曲家とレコード会社が骨肉の争いを繰り広げ…」について

例によって興味深い記事を見つけました。そういわれてみればキャンデイースの曲がラジオから消えましたが、こういうことだったんですね。

キャンディーズ「春一番」がカラオケから抹殺されていた
http://www.asagei.com/9137

「作曲家とレコード会社が骨肉の争いを繰り広げ…」

 キャンディーズの往年のヒット曲「春一番」と「夏が来た!」が、カラオケから突然消えてしまった。その背景には、レコード会社と作曲家のバトルがあったというのだ。

 発端は今年の3月31日まで遡る。「年下の男の子」や「微笑がえし」などキャンディーズの数々の楽曲を手がけてきた穂口雄右氏が、「日本音楽著作権協会」(JASRAC)を退会したことがキッカケだった。

 本来、楽曲の著作権を管理するJASRACから離脱することは、著作権の管理を穂口氏自身が独自で管理することを意味する。

 穂口氏が語る。

「『春一番』『夏が来た!』の2曲は私が作詞作曲しているため、一人の判断でファンの皆さんに安心して低価格で楽しんでいただけるよう、自己管理としました」

 ところが、こうした穂口氏の対応に周囲の反応はさまざまだった。NHKはすぐに年間契約に合意したものの、ソニーグループが「春一番」の音楽配信を止めるなどの措置を講じた。

 つまり、カラオケなどでキャンディーズの一部の楽曲が、歌えなくなってしまっているのだ。

 だが、穂口氏が、このタイミングで音楽業界に一石を投じたのには理由があると言う。

「テレビ局が特定の曲を優先的に放送してヒット曲を作り出したり、CDに『握手券』をつけることで、作品の完成度とは無関係に売り上げを伸ばそうと する業界の体質に疑問を感じました。そうしたことが可能なのも、広告代理店系列の音楽出版社がJASRACが管理する多くの楽曲の著作権を取得しているか らです。音楽著作権を1社で20万曲も集め、これを武器にアーティストや楽曲の囲い込みをやっている。こうした行為は音楽産業を衰退させるだけです」

 つまり、楽曲の著作権を独占的に管理する音楽業界の体質を問題視しているのである。

<後略>

まあ私のブログを読んでいただいている方は私がどのような結論を出すかおわかりでしょう

私は穂口先生の上記の発言を全面的に支持します。

但し、先生はtubefireの違法ダウンロード問題にもかかわっており、そこにレコード会社との訴訟もからんでいますので話はそう単純ではないですが..

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2012年10月 4日 (木)

アナログ復権?ユニバーサルミュージックが超高音質LPレコード「100% Pure LP」を発売!!

このブログでは現在音楽がmp3というはっきりいってジャンクフードレベルの音質しか氾濫していない現状が音楽文化しいては音楽産業のありかたに悪影響を与えてきたと述べてきたが、そんな折、ユニバーサルミュージックが注目すべき商品をリリースする。

■ユニバーサルミュージックが超高音質LPレコード「100% Pure LP」を発売

http://amass.jp/11633
以下プレスリリースより

100%Pure LPはマスター・素材選びからプレスまでの全工程を徹底的に音質管理にこだわった世界で初めてのハイエンドなLPシリーズです。アナログレコードならでは の温かみのある音質をそのままにより、クリアで奥行きのあるサウンドを届けることが可能になりました。


新配合!無着色ヴァージン・ヴィニール (180グラム重量盤)を採用

通常のレコード(黒盤)の材料には、主原料となる塩化ヴィニールの他に再利用の観点から、カーボンなど着色のための染料が添加されています。

ピュアLPには、音に影響を与える着色物をすべて排除し、成型の安定性と音質を考慮し低重合度のストレート塩化ヴィニールを特別に配合しています。

やや黄色がかった透明のLP盤は原料のヴィニールそのままの色です。


メタルマスター・プレスによる忠実な溝の成形を実現

通常レコードを量産する場合、カッティング後にラッカー盤(凹)メタルマスター(凸)メタルマザー(凹)スタンパー(凸)の4工程を経てプレスに至ります。

ピュアLPはメタルマザーとスタンパーの2工程を省き、メタルマスターからダイレクトにプレスし、より忠実な溝の成形を目指しました。

●高音質音源DSD (Direct Stream Digital)ファイルを採用

マスター音源には2010年より発売されているSA-CD(Super Audio CD)〜SHM(Super High Material)仕様の高音質CDシリーズにも使用されているDSDファイルを採用しています。

アナログ・テープからのフラットトランスファーを基本にしていますが、経年によるダメージ部分を可能な限り修正した望みうる最高のデジタル・マスターです。音の鮮度とダイナミックレンジを重視したマスターに忠実な音作りを目指します。

●特設サイト

http://www.universal-music.co.jp/genres/international/100purelp

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2012年10月 1日 (月)

10月に入りある誓いー作曲において「パクり」をしない宣言(笑)

まあ本来こんなことを宣言すること自体アホらしいことなんですが、わざわざこんな宣言をしなければならないほど今の音楽制作ーことにJ-pop関係の音楽制作の現場ははっきりいって腐ってます。
そしてただでさえ私のブログは今の音楽業界のメインストリートを歩いている人からは悪く思われていますがまあここまではっきりいってしまうともう決定的でしょう、(笑) レコード会社関係からは間違いなく総スカンを食らうことは覚悟しています。

しかし先日のタイアップ廃止を呼びかける記事でもそうですが、もう日本の音楽業界の常識とやらを片っ端から否定することから始めないと音楽業界がよみがえることはないでしょう。そのためには我々音楽制作の現場にいる人間がきちんと音楽に取り組む姿勢を見せる必要があります。

そもそもこの「パクり」というのはもう歌謡曲の時代から日本のポップス制作現場では「当たり前」のように行われてきた手法で、いろんな音楽の「おいしいところ」「コラージュ」してキャッチーなメロデイを作る手法です。ベテラン大御所の作曲家の中ではこの「おいしいところ」「コラージュ」の手法が卓越していてメロデイのどの部分がどこの曲からの「パクり」か第三者が判断するのは極めて難しい(ほぼ不可能?)な場合もあります。(この大御所いわく「自分の作品は「パクり」芸術である」) 
 まあ「コラージュ」力のクリエイテイビテイを否定するものではありませんが、しかし最近のJ-pop関係「パクり」ははっきりいってこの大御所の「コラージュ」力のクオリテイと比べると質が格段に落ちてしまっているーはっきりいえばろこつ過ぎる「パクり」になっているーことがいえます。こうなるともうクリエイテイビテイなどかけらもない、という感じになります。

最近の制作体制を見てもJ-pop関係はコンペにしてもきちんと提出された曲が聴かれているか甚だ疑問ですし、レコード会社のデイレクターもそんなに音楽を聴いているとは思えません。何よりもこういう制作体制が日本の音楽のクオリティを著しく落としているということができます。まあとにかく最近の現状を見ると傍から見ても本当にひどいです。音楽が衰退したのは違法コピーとかいろんな話がありますが、やはりメジャーの音源のクオリティの低下が最大の原因ではないか、と考えています。

そんなわけでこういう「パクり」をいったんやめさせないといけない、と思いますのでまずは私がこの「パクリをしない宣言」をしようと思います。勿論、結果的に作った曲がどこかの曲に似ていた、ということはこれは十分にありうることだと思います。心地よいメロデイとかは案外限られたりしますので...
ですが「結果として(偶然)似てしまった」場合と「パクり」は違うと思います。前者は偶然の産物ですが後者の「パクり」「確信犯」ですので、一見結果は同じように見えますがプロセスは全く違います。

今後私の曲が結果的にどこか誰かの曲に「絶対に似ない」と断言することはできません。いや、たぶんそういうことは起きると思います。しかし「確信犯」的に「誰かの曲に意図的に似せる」ということはしません。

私は作曲家を志したころからクリエイテイブな作家でありたいと思っていました、これからもその志は変えるつもりはありません、

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2012年9月 8日 (土)

音楽教育と「裏拍」(アフタービート)

退院して徐々に体力も回復しています。まだ100%とまではいかないですがすでに業務に完全復帰し、作業も順調に進んでいます。

現在、今年4月に制作した日本の音楽教材の海外向けバージョンの修正、及び追加作業の制作を行っています。追加作業というのは当初なかった作業で末端クライアントの要求で追加で歌の収録等を行うものです。

末端クライアントは香港の会社らしいのですが、勿論東南アジアや台湾等、華僑系が経済に大きな影響をもたらす国を始め、当然ながら中国本土をにらんでのマーケット展開になります。今後の展開次第ではさらに大きな事業展開の可能性があります。

私どもは「注文を受けて」制作をするので基本的には末端クライアントの要求どおりに制作、及び修正を行うのですが、今回のクライアントの修正要求その他で全般的に次の傾向があることに気付きました。

それは

・曲のリズムの中で裏拍(アフタービート)を嫌い、リズムでそれを排除する要求が多く出ている点

裏拍(アフタービート)とはたとえば4分の4拍子だと1拍目、二拍目ちょうどのタイミングをビート(拍、または拍節)といい、裏拍は一拍目から8分休符ずらした時のビートをいいます。

つまり 拍節だとビート  

    ♩      ♩     ♩      ♩

これが裏拍(アフタービート)だと 

8分休符+ 8分休符+ 8分休符+ 8分休符+♪

となります。

今回制作中の音楽教材は基本的に幼児用なので、まずは拍節ーつまりビートの頭をきちんと合わせる練習をまずさせる、というのが意図のようです。
その中で私も正直戸惑ったのは、ドラムのフィルを末端クライアントが「裏打ち」とか「シンコペーション」という表現をしてきた点です。 まあ確かにそういわれればそうなるかもしれないんですが、我々の世界ではドラムのフィルとは普通に入っているもんなので、これには面喰いました。

要は裏拍(アフタービート)を徹底的に排除する、というクライアントの意思のようで、現在そのための作業を行っています。

まあ私は音楽教育の専門家ではないので「専門家がこうだ」といわれれば「ああ、そうですか」というしかないんですが、ちょっと個人的には引っかかる面もなくはないです。

というのは日本人をはじめとする東アジアの人間は裏拍(アフタービート)に合わせることを基本的に苦手としています。 これは大人である程度音楽の経験をしている者でも裏でノリをあわせる、ということがきちんとできない人間が少なくないんですね。だから日本人はR&Bレゲエといった裏拍が重要な位置をしめる曲の演奏は一般的に苦手としています。
(ちなみにEXILE等をはじめとするJ-popの連中が自らの音楽をR&Bなんていっていますが、あれは全然違いますよ。あれをR&Bだなんていったらアフリカ系アメリカ人は怒ります。((実際かなりバカにされてますよ、日本の「自称R&B J-popって」))

これに対し、同じ東アジアでも沖縄は唯一の例外で沖縄の音楽はむしろ裏拍が重要な位置をしめています。だから沖縄系のミュージシャンは裏拍(アフタービート)にそんなに苦労しません。

それを考えると裏拍(アフタービート)をそんなに毛嫌いすることもないんじゃないかな、という気がしますけどね。沖縄の子供たちのように小さいころから裏拍に親しむということもあっていいんじゃないか、と思いますが、

まあこれは専門家ではなく、一音楽家としての所感です。(~~)

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2012年8月25日 (土)

長調と短調と作曲家のきまぐれ

気がつけば8月も最終週に明日から入ります。まだ暑い日が続いていますがそろそろ夏休み気分を取り払わなければなりません。

今年からとある大手楽器メーカーの海外の音楽教室のために音楽教材の制作をしていますが、そこにはピアノの音階や音程を覚えるための曲のアレンジ等をやっています。今年の春やったものの修正や追加作業をこれからやりますが、まあ当初想定した以上に作業があるのでどうやって効率よく進めるか思案中です。

さて、音楽の勉強の際、必ず長調、短調というものを習います。今回は子供用の教材なので基本はハ長調イ短調をはじめとしてフラットやシャープが少ないキーの曲のみですが、調性(ハ長調とイ短調etc)は理論上は長調短調含め24種類あります。

バッハに「平均律クラービア」という曲集がありますがこれは、24種類の調性による曲があります。(これ以外にショパンの前奏曲24種類の調性の前奏曲で作られています)

このようにクラシック曲は20世紀の初頭くらいまでは「交響曲第九番ニ短調」といったようにいわゆる器楽曲には必ずナニ長調(もしくは短調)という調性がついていました。

ところが実はこんな曲があります。この曲はベートーベンのバイオリンとピアノのためのソナタ「クロイツェルイ長調作品47ですが



この曲の第一楽章ですが、イ長調なのはバイオリンソロのイントロ(序奏)部分のみであとは明らかにイ短調になっています。これってイ短調のソナタといってもいいんじゃないか? と思うんですが要は作曲がこの調性だといえばそうなっちゃうんですね。作曲家がイ長調といえばイ長調なんです。(笑)

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2012年8月23日 (木)

違法配信対策!! インターネット上でアーティストの権利を守ろう!

一応音楽業界人の端くれですので以下の映像を貼り付けます。ぜひ皆さんでご覧になってご理解を賜りたく

私たちの愛する音楽は、アーティストの才能やクリエイティビティから生まれたかけがいのない財産です。
ところが、近年、インターネット上において、楽曲の違法配信等アーティストの権利を侵害する行為が氾濫しています。

CPRAでは、アーティストの権利保護のため、アーティストの権利や、インターネットで禁止されている行為などを正しく理解してもらうため"MUSIC GUARDIANS"と銘打って、普及啓発活動をしています。

私のブログを毎回読んでくださっている方は音楽業界の体質にいろいろと問題がある点を指摘しているのはご存じのとおりだと思います。また音楽コンテンツのありかたを含め、ビジネスモデルの変革についても言及してきました。

しかしそれは音楽のインターネットにおける権利放棄やアーチストの権利を守るという行為を否定するものでは全くありません。ビジネスモデルの変革を主張してもコンテンツビジネスは権利ビジネスです。この基本を取り違えてはいけません。

一部の論調にネット内で音楽等の権利のコントロールを放棄すべきだ、とか音楽はコピーし放題にすべきだ、などという主張がいまだに根強くありますが、権利ビジネスである以上商材をコントロールするのは当たり前の話です。それをけしからんなどという主張の方がおかしいと思いますし、そもそもコンテンツビジネスの本質を理解していない発言だと思います。

ぜひ皆さんのご理解をよろしくお願いします

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2012年8月18日 (土)

Sting -The Soul Cages

先日のSting Live in Berlin を聴いて の記事でも書きましたがお盆期間中なのでポリスやStingのソロアルバムをいろいろと聴きまくりました。

その中でStingのアルバム"The Soul Cages について述べようと思います。

Soulcages

このアルバムは1991年に発表されたアルバムですが、なんで二十年も前のアルバムを今更レビューするのか、とお思いの方も多いと思いますが、実は結構個人的な事情も入っています。

このアルバムはStingが父親の死をきっかけに作られたアルバム、ということもありStingのアルバムの中では比較的暗く、重いという評価があるのですが、私はStingの作品の中でも最高傑作の1つではないか、と考えます。

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2012年8月10日 (金)

Sting Live in Berlin を聴いて

もう一昨日の話になりますが、WOWOWで2年前に行われたStingのベルリンでのライブのオンエアを見ました。

スティング ライブ・イン・ベルリン
http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/051530/

いやー素晴らしかったですね。久々に本物のアーチストのパフォーマンスを見せてもらいました。やっぱりいい音楽を聴いているといい気分になりますね。

そしてしばらく忘れていたことを思い出させてくれたステージでした。

最近のStingを見ると古いルネッサンスの曲を歌ったり、クラシックオーケストラを使ったりしたり「クラシック志向」が強くなっているようなイメージがあります。しかしこのベルリンのオーケストラのパフォーマンスを見ていて何となくステイングが何をしようとしているのがわかったような気がします。Stingがソロになってから私が一番好きな曲の"What shall I cry for you?"を見るとわかります。

ポリスを解散してソロになりはじめた時の「ブルータートルの夢」はステイングがジャズのアルバムを作ったと勘違いしていた人が多かったようですが、実際はファンダメンタルな部分は全く変わっておらず、単にジャズやクラシックのいいエッセンスを貪欲に吸収していたようです。それは今回のクラシックオーケストラライブで特にソロになってからよくいっしょにやっていたサックスのブランフォードマルサリスをツアーメンバーに入れていることからもわかります。

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2012年8月 6日 (月)

避暑地でブラームスを思う

珍しくクラシックの話題です。

暑い日が続きますので上越の方に避暑に行ってきました。
車で移動しましたが東京から高速飛ばして3時間半、結構近いです。

Joetsu3

CDはロック系も多数持参しましたが、避暑地に行くということで結構ブラームスとか持って行っています。

私はいわゆるロマン派の「前期」といわれている作曲家ーショパン、メンデルスゾーン、シューマンetcーとかはあまり興味がないんですが、なぜかブラームスは昔から聞きます。ロマン派の中の「古典派」とかいわれているんですがなぜか肌に合うんですね。同時代のワーグナーが「音楽の表現を大きく変えた」と音楽史家から評価されているのと比べると地味ですが、なぜか私は好きです。もっとも最近は再評価され始めて、ワーグナーとは別の意味で新しい表現を開拓した、という評価も出ています。(きっかけはシェーンベルクの評論ですが...)

しかし正直そんなことは私にとってどうでもよくて、要はブラームスの曲にどこか避暑地的な雰囲気があるように感じるからでしょう。事実ブラームスの最盛期の作品の大半は避暑地で書かれています。それが何となく作品の雰囲気に反映している感じがするんですね。

実際山の風景とブラームスはよく合います。特に交響曲第一番の四楽章、交響曲第二番なんかはまさに山荘での避暑地という感じがしますね。

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2012年8月 2日 (木)

(批判覚悟の上)あえて提案する。音楽の地上波タイアップ廃止のすすめ

以前こういう記事を書いた。

欧米では地上波のタイアップが殆どない点とインデイースのツール充実の現状を見て
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2012/03/post-34a2.html

地上波のテレビに有名アーチストの音楽が使われるのは欧米でも別に珍しいことではない。
但しその条件、背景は日本と欧米では根本的に違う。

改めてここで言うまでもないが日本の場合は音楽事務所乃至レコード会社が地上波,BSのテレビで音楽を露出するために「プロモーション目的」と称してJASRACの「特例事項」の中にあてはめ著作権料や原版の使用料を辞退するだけでなく、
事務所側が「協賛金」と称して莫大な金額の広告料を放送局側に支払うシステムだ。(NHKとて例外ではない) この場合言うまでもないがアーチストにも作曲者にも権利料はビタ一文支払われない。

それに対し欧米では、いや日本以外の殆どの国ではアーチストの音楽を番組テーマを使うのに「ライセンシング」といって放送局からアーチスト側に使用料(内容によってはかなりの金額)が支払われる。本来音楽を始めとするコンテンツビジネスというのは「権利ビジネス」でもあるのでこれが本来、当たり前の姿なのである。金額はケースバイケースだがこの場合メジャーアーチストもインデイースも基本的に関係ない。映画、テレビ、CMその他でアーチストの音楽の使用されればその使用料が必ず発生する、のが本来のありかたである。そしてそれはアーチストの重要な収入源にもなったりしている。

つまり前にもいったが日本のこの現状の方が異常なのだ。

いくら
「プロモーション目的」と称しても、この本来のありかたとはあべこべになっている状態は「権利ビジネス」という観点からしても異常である 。しかもこれはJASRACという公的信託期間の承認のもとに行われている。こんなバカなことをしているのは世界中でも日本だけである。ほかの国で同じことをしている、という例は私は聞いたことがない。あったら教えてほしい。

上記の例からアメリカではたとえメジャーでない、いわゆるインデペンデントのアーチストでも
「ライセンシング」の収入を得ることは珍しいことではない。
しかし日本ではこの「タイアップ」があるために
インデペンデントのアーチストが「ライセンシング」の収入を得るなどほぼ不可能といっていい。

これが結果的に日本のアーチストの権利や収入を結果的に制限しているのも事実。いい加減やめさせないともはやアーチストの生活は成り立っていかないところまで来ている。

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2012年7月26日 (木)

現代の音楽リスナーはひどい音質で満足させられているーニール・ヤング、最近の音楽の音質に「腹が立つ」の記事より

さて当ブログでもすでに何回かデジタル技術が進んでいるにもかかわらず、市場に出回るのがCDより音質の悪いmp3が主流になっている点を問題視してきた。

まさかもうmp3の音質がCDの音質と同じなどというバカなことを云う人はいないと思うが、かつてのようにいい音楽をいい音質で楽しむ、という行為が現代人の生活からすっかり遠のいてしまっていることが昨今の音楽文化の衰退の風潮に大きく寄与している点は否定できない。

i-pod、スマホは勿論のことPC上での音楽再生の環境、そして電気屋の「オーデイオコーナー」で細々と売られている「コンポ」にしたってはっきりいってひどい音である。昔のラジカセの方がまだマシな音質を再生している。

そんな中偉大なミュージシャンのニールヤングがこうした状況に対して苦言を呈した。

■ニール・ヤング、最近の音楽の音質に「腹が立つ」
http://www.mtvjapan.com/news/music/20356

ジョナサン・デミ監督の新作ドキュメンタリー「Neil Young Journeys」のプロモーションのため、米ユタ州にて開催中のインディペンデント映画祭「スラムダンス映画祭」に参加した伝説的フォーク・ロッカー、ニール・ヤングがMTV Newsの取材に応じ、昨今の音楽の音質に懸念を抱いていることを明らかにした。

「最近の音楽の音質には少々困っているんだ。俺は気に入らない。とにかく腹が立つ。これは音楽自体の質の問題ではない。俺たちは21世紀に生きているというのに、音質は史上最悪だ。78(RPM=レコードの毎分回転数)よりもひどい。天才はどこにいるんだ? 一体何が起きた?」と語ったヤングは、MP3にはマスター音源の5パーセントのデータしかフィーチャーされていないと訴えた。

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2012年7月17日 (火)

また偉大なミュージシャンの訃報 ジョン ・ ロード

あまり訃報の記事は書きたくないと思っていたんだけど、ちょっとこの方の訃報は私にとってショックです。

Deep Purple Co-Founder Jon Lord Dead At 71
http://www.mtv.com/news/articles/1689747/jon-lord-deep-purple-dead.jhtml

Jon Lord, keyboard player with seminal hard rock act Deep Purple, dies
http://edition.cnn.com/2012/07/16/showbiz/jon-lord-obit/index.html

元ディープ・パープルのジョン・ロード氏死去
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120717-OYT1T00423.htm

We are all deeply saddened by the news that Jon Lord has passed away today at the age of 71 after suffering a pulmonary embolism. He had been suffering from pancreatic cancer and was surrounded by his family at the London Clinic. Our most heartfelt sympathies go to his family. Jon Lord, a giant among men.(FB Deep purple ページ)

この人のオルガンはパープルの絶妙な味を出していました。、この人が私にハモンドの良さ、カッコよさを教えてくれた人です。 デイープパープルというとリッチーブラックモアのギターの方に目がいきがちですが、この人のオルガンはパープルのサウンドに欠かせないものでした。

すい臓癌とはショックです。

心からこの偉大なミュージシャンに敬意を表すると同時にご冥福をお祈り申し上げます

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2012年7月14日 (土)

音楽の海外プロモーション活動をして余計に日本の中の音楽のありかたに嫌気が指す自分が..

さて今年度から私のアンビエントアルバム metanature と奥津恵「未来」を日本国内ではなくあえて海外向けのプロモーションを行っている。

大きく分けると3つのプロモーションのチャンネルがある

1 jango airplay    http://airplay.jango.com/

全世界で700万人のリスナーを抱える世界最大のインターネットラジオ

2 music SUBMIT  http://www.musicsubmit.com/

全米のairplayやインターネットラジオだけでなく実際のFM局に対するプロモーション。ラジオはアメリカだけでなくヨーロッパ、南米、中東、インドと世界中のラジオに対してプロモーションができる。

3. Sonicbids   http://www.sonicbids.com/  or CDBABY http://www.cdbaby.com/ のライセンシング(テレビ映画での音楽使用)

断っておくが日本のように「お金を払ってタイアップ」するのではない。実際にテレビや映画に使ってもらって「使用料」をもらうのだ。前にもいったがこれが本来当たり前の形日本の方が異常なのだ。

さて、三か月本腰を入れて感じたこと。それは

どうしてもっと前から本腰でやっておかなかったのだろう?

という強烈な後悔の念だ。

たとえばjangometanature と「未来」をオンエアした。metanature は過去10196回オンエアして"likes (FBの「イイね」にあたる)"が631回、ファン(リスナーが音楽を聴いて自主申請)が158人出た。この数字が人数の割にいい反応かどうかは評価が分かれるところだが、リスナーの反応はいわゆる欧米だけでなく、イスラエル、アルゼンチン、インド、キプロス、ロシア等、本当に世界中から反応が来た。ちなみに奥津はオンエア数はまだ1084回のみだがlikes"が22回、ファンが21人出ている。日本語の歌詞なのできちんと反応が出るか不安だったが以外に聴かれているのだ。

 music SUBMITの方も反応はよく私も奥津もすでに2ケタの数のラジオ局のプロモーションを行っている。私のアンビエント曲は実質インストだ。そして恵は日本語のJ-popそれでも海外で流して反応は悪くない。正直手ごたえを感じている。

これらのプロモーションをやって感じているのは、世界中の人は余計なことを考えず、純粋に音楽の質、音楽そのもののクオリテイを聴いて評価をしてくれている、という点である。日本のようにこれはどこのテーマソングなのか、とか有名な作曲家やプロデユーサーが関わっているのか、とかいった観点は一切ない純粋のその音楽を聴いてよかったか、悪かったかというその評価のみである。

本来これが当たり前なのだ。しかし日本の音楽人はそういう「業界的聴き方」に耳が毒されてしまいいい音楽を普通に評価する、などという当たり前のことが日本の業界人は勿論、一般のリスナーも絶望的にできないのである。

日本の音楽界はマスに売るという一点のみに執着し、音楽を普通に評価する術を失っている。

そして残念ながら日本人の多くがそうした「業界的聴き方」に毒されて、いい音楽を普通に評価するということができなくなってしまった。音楽業界がそういうリスナーを作ってしまったのだ。

だからこそ「ミュージックソムリエ」のような人たちが今必要なのだ。CDショップ大賞などはそのための賞だ。しかしこの賞がいまだに業界の中で叩きまくられているのは周知のとおり。

道のりは遠い、といわざるを得ない

海外のこうしたプロモーションツールを使って、日本の音楽、音楽文化そのものに対して余計に嫌気が指してしまっている。残念ながらそれが現実である。

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2012年7月 7日 (土)

音楽制作の仕事の中でのとあるアーチストとの一幕

今日の記事もちょっと毒を吐く内容になっています。

今年の3月よりとある大手楽器メーカーがクライアントで海外向けの音楽教材制作の仕事を行っている。内容は細かい修正等はこれから発生するものの、概ねクライアント側には好評で無事第一回目の納品ができた。このプロジェクトは今後数年ほぼ数ヶ月から半年にかけて順時制作案件として発生する。

海外向けで英語なので、3人のネイテイブなボーカリストを採用していた。男声一人、女性二人で片方の人間には声優もやってもらった。
そしてそのうちの声優をお願いしていたボーカリストの方を今後の当プロジェクトからはずすことにした。理由はいろいろあるがひとことでいえば今後の協力関係、信頼関係を維持し続けるのは不可能と判断したためである。

その女性ボーカリスト兼ナレーターはテレビやラジオでもよく出演していてある程度名前は知られている関係で実名を公表すると影響が大きすぎるためにここでは実名を伏せるが、要はこのアーチストのポリシーとして英語に対して並々ならぬこだわりを持っているという点で今回はそれが非常に悪い方向に発展した。というのは前回クライアント側から提出されたナレーション原稿や歌詞に対してクレームを云ってきたのだ。勿論こちらは受注する側なのでナレーション原稿も明らかに間違いの部分はともかく、クライアント側から提出されたものをこちらで勝手に変更する権限などない。だからそれをうちに対して云われても、というのが正直なところだが一応私も英語なら少しはわかるので細かい内容についてはそのアーチストの云っている内容は理解できるつもりだ。そしてその内容はクライアント側にも伝えた。

しかし前回驚いたのはそのアーチストは原稿を英語のわかる私でもどこを読んでいるかわからないほど原型をとどめない内容に勝手に変えてきたので、私の方である程度なだめて比較的原文に近い内容の修正にとどめた。

いま考えるとそのアーチストはそれが気に入らなかったらしい

それで今回の続編の話でこちらとしては、それほど原稿に対してこだわりがあるのであれば、翻訳料を払うからそれを含めた形で再度オファーを行った。この環境なら英語にこだわりを持っているアーチストでも受容可能な内容だと思ったからだ。

それにたいしてアーチスト側の要求は明らかにこちらで受け入れ不能なギャランテイーアップの要求

念のため、翻訳といってもせいぜいA4で6-7枚程度。それも殆どが短い文章の会話である。

これは芸能事務所がよくやる手口で要するに「お前とは仕事なんかしねえよ」という意味でこちらが受け入れられない条件を百も承知の上で出してくるーつまりオファー拒否のメッセージだ。

さすがに今回は俺もぶち切れた。即刻代役を探すことにした
現在代役候補が二人おりそのどちらかになると思う。どちらもボーカリストとしても優秀だし声優の仕事をこなすことも可能だ。

懸念すべきは前回の修正内容がまだ今日の時点で見えていないこと。今回は続編の収録といっしょにその作業も行う予定だったが最大の懸念はそのアーチストの歌った曲に「ボーカルを録り直さなければならない」内容の修正が来た場合、どうするか、だ。万が一その事態が発生した場合は新しい代役に丸々歌い直してもらうしかない。

あえていわせてもらえれば今音楽業界、音楽制作の仕事を予算的にも時間的にも余裕のある状況で仕事をしている人間は私の知る限り殆どいない。みんなギリギリの状態で仕事をしている。先日の佐久間正英さんの記事にもあるように佐久間さんほどの人でもかなりギリギリな状況で仕事している(正直佐久間さんはまだいい方だ)その中でみんな厳しい状況で協力しながら「いいものを作ろう」ということで動いている。

だがそのアーチストからは自分のポリシーに対する主張やクレームをいうことがあってもそういういいものを作ろう」という協力の態度を最後まで見ることができなかった。そのあげくが先ほどのメッセージである。

あえていわせてもらえれば 何様だおまえ
といいたくなる。

今度の新しい人はどちらになってもそういうことはないだろうと思う。そう信じたい。

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2012年7月 1日 (日)

録音スタジオの相次ぐ閉鎖の危機的状況

一昨日私がかつて根城のようにしていた音楽のレコーデイングスタジオが閉鎖される報を聞きショックを受けた。メーカー系のスタジオではなくある音楽事務所系が運営していたスタジオだがさすがに運営の限界を超えてしまったということだろう。生音や6-4-2-2の弦楽合奏とかを録るには充分なスタジオだった。私がビクターエンタテインメントで発売した作品の大半がこのスタジオで録音されたものである。

実際昨今の信じられないほどの音楽制作予算の削減、殆どの音楽が打ち込みベースで宅録に毛の生えたようなスタジオで録音しているという現実、かくいう私も自宅の仕事場に一畳程度のボーカル/ナレーションブースを作り今や殆どの仕事をここで行なっている。やりたくてそうしているのではない、昨今の状況でそういう仕事をやりかたをせざるを得ないのだ。一人何役こなしながらpro tools片手に音楽制作やサウンドコンテンツ制作に取り組んでいる現実がある。

だがいくらソフトシンセが発生しようとも生のオーケストラ、生音を録るという需要は必ず発生する。バンドの録音も多重録音ではなくバンドがいっぺんに録音する一発録りの方がいい音でしかもパワフルなテークが録れたりする。

だがこれだけスタジオ閉鎖が相次ぐとそもそもそれらの作業を行なうことのできるスタジオ自体fがなくなるという危機的な状況にもなりかねない。

メーカー系スタジオだからいいとは限らない、一口坂スタジオも閉鎖したし東芝のテラスタジオなんてものも今はない。

長引く音楽不況は音楽制作のインフラ自体も危機的な状況に追い込んでいるのだ。そして一番危機感がないのがメーカー系の連中だ、というのももっと困ったことだが

とにかくこの状況も何とかしないといけない。、


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2012年6月29日 (金)

音楽で人生の節目を語る

最近このブログでややネガテイブ的な記事が多かったような気がするのでたまにはポジテイブな記事を

■人生の節目、音楽通し語る TV番組続々
http://www.asahi.com/showbiz/tv_radio/TKY201111010372.html

人生と音楽を切り口にしたテレビ番組が相次いで始まった。登場人物が、人生の節目と結びつく曲を挙げ、語りで掘り下げる点で共通する。テレビ局にとっては番組の新スタイルを探る試み。ネットの発達で音楽があふれかえる中、聴き手本位の新たな聴き方ガイドという側面もある。

■歌ゆかりの場所へ心の旅

 著名なミュージシャンの音楽人生を、ゆかりの場所を巡り紹介する「ミュージックトラベル」が10月、BSジャパンで始まった。本人が挙げた「大切な10曲」にまつわる心の旅、といった仕掛けだ。

 <中略>

 星俊一プロデューサーは「歌だけやバラエティー仕立ての音楽番組は飽きられている。出演者の曲だけでなく、影響を受けた曲のような周辺情報、旅感覚も入 れて、お得感を出した」。大げさな演出のない落ち着いたつくりはターゲットの40~60代を意識した。音楽で人生を振り返れるだけの経験を重ねた世代だ。

 さきがけは、NHKのEテレが7~9月に放送した「ミュージック・ポートレイト」。歌手の今井美樹と作家の村山由佳、バレエダンサーの熊川哲也と歌舞伎 役者の市川亀治郎など、表現者2人が「青春の影」「運命の出会い」など10のテーマで選んだ曲を聴きながら、体験を語り合う。

 

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2012年6月19日 (火)

海外と日本を見てー脆弱な日本のラジオのメデイアのプロモーション能力

以前の当ブログの記事にも書いたように自社の音楽を海外でプロモーションを行なうための作業を開始しています。そのために以下のサイト

http://www.musicsubmit.com/

でプロモーションを開始しています。具体的には欧米のラジオ(FM局)とネットラジオ、音楽のライセンシング等に音源を提出(submit)しています。弊社の以下の商品を行なっております。

Metanature_2

私のテクノアンビエントのアルバムです。

いろんな意味で実験的に作ったんですが、大昔mp3.comなるサイトでアンビエント部門で第一位を取ったことがあります。今回のプロモーションも結構反応が返って来ています。

Music submit内でのmetanatureサイト

Kyoji metanature


Meg_mirai_s_2

 ご存じ弊社のアーチスト奥津恵の「未来」です。
 J-popなんか海外に持ってってもしょうがないのでは?
とお考えの方も多いでしょうが、ここはあえて駄目元でやってます。

それでも上記のmetanatureほどではないですが反応は返って来ています。
Music submit内での奥津恵サイト

奥津恵「未来」

本日Musicsubmit経由で海外のラジオに資料を送りました。日本は世界で一番CDを売っている国といわれていますが音楽配信が音楽の中心のメデイアになっている欧米でもラジオ局は放送用に結局CDを送ることを要求します。こちらもmp3レベルの音質をオンエアされるよりはCDの方がいいに決まっているので送ります。もっともネットラジオは殆どmp3になってしまいますが...


日本と欧米、とりわけアメリカの音楽事情で日本との最大の違いはラジオでしょうね。日本のラジオは現在本当に悲惨な状況であり、いわゆるキー局といわれているところでもスポンサーが今なかなかつきません。そして日本の若者は殆どラジオを聴かないのが現状ですが、アメリカの若者は違います。

ラジオというのはご存じのようにメデイアとしては非常に古いものです。

そしてインターネット時代にも関らずアメリカでは音楽の宣伝メデイアとしては一番古いラジオがまだ健全に機能しており音楽のプロモーションで大きな役割を担っています。日本の場合はラジオというメデイアが一部の放送局を除き殆どプロモーションチャンネルとして残念ながら殆ど機能していません。そのため<地上波テレビの影響力が突出してしまい、レコードメーカー各社が宣伝用に地上波テレビでの露出のタイアップ獲得に血眼になる大きな要因ともなっています。

かくして以前の記事にも書きましたが日本では地上波のテレビのタイアップのからみで異常な状態になっています。これは地上波のテレビ以外のメデイアのプロモーション力がないという事情もあります。

やはりその状況を打開するには

日本のラジオ、もっとがんばってくれー

ということでしょうか

そのためには

若者がもっとラジオを聴いてくれるような番組制作を考えるべきでしょう。それなしに日本のラジオの復活はないといっても過言ではありません。

あとアメリカのDJ,パーソナリテイーのように少々あくが強いが存在感のあるパーソナリテイーがやはり必要かもしれません。正直日本のラジオのパーソナリテイーはやはり「おとなしすぎる」ように思いますが...

尚、今回の作業でインターネットラジオについても思うところがありましたので別記事が書きます。

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2012年6月17日 (日)

あるプロデユーサーの発言2『音楽家が音楽を諦める時』について

反響がものすごかったので既にご存じの方も多いだろう。
音楽プロデユーサー佐久間正英さんのブログのこの記事である。詳細の内容は実際に佐久間さんのブログを読んでいただければいいのだが、最近はそのクリック1つすら惜しむ人が多くなっているので、音楽制作とは何たるかをより多くの方に知っていただきたいという意味で文章の一部を抜粋して引用させていただく。

■音楽家が音楽を諦める時
http://masahidesakuma.net/2012/06/post-5.html

ここしばらく「そろそろ音楽を止める潮時かな」と漠然と考えている。

ここで言う音楽とは自分の職業としての音楽のこと。趣味に近いたまにやるライブであったりバンド活動だったり毎晩作っている”おやすみ音楽”だったりのことでは無く、職業演奏家・作曲家・編曲家・レコードプロデューサーとしての音楽との関わりのことだ。

音楽制作の現場においていつの頃からかその制作費の締め付けが厳しいモノへと変わって来た。それは当然だ。単純に作った商品が売れなくなってしまったからだ。売れなくなった理由・考察はこの場では割愛するが、現実としてそういう状況だと。
すると単純に今までやって来た(培ってきた)技術・方法は使えなくなって来る。どんな形であれ音楽制作には経費が派生する。その経費は”音の作り方・クオリティそのもの”に正比例する。

僕らはよりよい音楽(音)を作ろうと日々努力する。そういう仕事だから当たり前のことだ。
よりよい環境(スタジオ等)を求め、よりよい機材で、よりよいやり方を試行錯誤し。知らない方から見れば「何でそんなことに?」と思える様な些細な部分にも注視し努力を続けて来た。
ところがあるボ−ダーラインを越えてしまうとその努力もやりようが無くなってくる。

例えば10年ほど前まで一枚のアルバムを作るには1200~1500万の予算がかかった。今の世代の方からは「バブル!」と一蹴されるかも知れないがそれは違う。
ちゃんと真面目に音楽を作るにはそういう金額がかかるのだ。僕らのギャラが高かった訳でもスタジオが法外に利益をむさぼった訳でも無駄な時間をかけた訳で もない。録音作品を真面目に作るとはそういう事なのだ。(ちなみにプロデューサーとしては印税契約だったので僕のギャラはその制作費には入っていない)も ちろんこの予算にアーティストの取り分も含まれていない。純粋に録音物の制作にかかる費用だ。
<中略>

そんな風に良い音を録るため、それを商品にするには先に述べた様に色々な部分に大きなコストがかかる。

近興味と楽しみのためにインディーズ(と言ってもほぼ自主制作)のレコーディングのプロデュースをしたりしている。
アルバム制作費で言えば例えば60万程だったりする。彼らにとっての60万は大金だ。ライブ会場で1500円で販売して400枚売ってやっとリクープだ。それでも僕に依頼して来るのは大変な決意・熱意なのだと思う。
こちらも長年の経験があるプロなのでその予算でと言われれば不可能では無い方策で関わる。
何枚かやってみて、どれも到底所謂インディーズレベルでは無い良い作品に仕上がっていると思える。予算が1500万でも60万でも僕に出来ること・やるべきことに違いは無いのだから。

ただ確かに良い作品は作れるが、その”良さ”には限界がある。
僕らはもっともっと”良い音楽”を作って行かなければならないと思うからだ。それには60万の予算はあまりに制約が多すぎる。

 

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2012年6月 6日 (水)

総選挙の日だからあえて書いてやる。もはや日本人にとって音楽はゴミでしかない、ということだ。

AKBの総選挙? はっきりいってそんなもの俺にとってはクソ食らえだ、

下の一連の写真を見て欲しい

Tc3

Tc4

Akb_gomi_cd

これはCDから「投票用紙」だけを取ったCDの成れの果てだ。

大量にゴミとして捨てられているAKBのCD....

音楽はずーっと音楽産業の戦略として消耗品として売られてきた。

しかしこれを見るともはや消耗品ですらないってことだ。

もはや日本人にとって音楽はゴミ同然なんだ、と思った。
そしてこんなコンシューマを育てたのは日本の音楽産業そのものってこと

これが日本の今のミリオンセラーである。

これって、もはや何かがおかしい、なんていうレベルではない

もはや日本人にとって音楽は無用の長物に過ぎない、ということをこの現実は証明している。例え口先で「音楽は好き」なんていってもそれは大嘘で実は単にトレンドに乗り遅れないためのツールでしかない。

この国には音楽文化なんか最初からない、ということだ。

音楽を心から好きな人はいるけどそれは日本社会の中では圧倒的少数派。

残念ながらそれが現実だ

私は秋元康氏のAKBの戦略に対しては一定の評価をしてきたつもりだが、聴かれることもなくこれだけの大量にゴミとして捨てられるCDを見てもはや日本人にとって音楽はゴミ同然でしかないということがわかった。

何度でもいう。

音楽を消耗品にしたのは日本の音楽産業だがもはや日本人にとって音楽は消耗品ですらない、ということだ


悲しくなるね。音楽をやっている人間として
何か本当にこの国で音楽をやるのが嫌になったね。音楽をゴミとしか思わない国なんかに住みたいと思わないよ。

<追記>です
■大量買いされた『AKBのCD』のヒドい末路 http://matome.naver.jp/odai/2133826050573002201

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2012年5月26日 (土)

音楽産業のマーケット調査不足ー中二病について

さて5月も終わりに近づきました。現在業務もさることながら会社の決算作業の大詰めだったりして相も変わらず慌しい日々を過ごしていますが、とにかく不況に加え音楽業界の厳しい状況等もありとにかく新たな対策が急がれている現状もあります。

そんな中友人より非常に面白い記事を教えてもらいました。ITメデイアの記事ですが作家・堀田純司さんの記事です。

■「中二」という病(やまい)と音楽産業
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1205/21/news073.html

一部記事を抜粋で引用させてもらいますが、非常に面白いので上記の記事をクリックして一読されることをお勧めいたします。

私が末席を汚す出版分野もご多分にもれず低迷がささやかれ、人様のことを心配している場合ではないのですが、音楽産業も「若者のCD離れ」といった話題で、不振がしばしば報じられます。原因は複雑だろうと思いますが、私はその理由のひとつとして、音楽産業が「中二病」の変化に対応できていない。現代の「中二病」にキャッチアップしていないのが大きいのではないか、と思っています。

「中二病」。それは思春期を過ごす少年少女の特有の、肥大した自我についてまわる青い妄想や幻想を指します。ネットを通じて流通し、今では一般社会 にまで浸透するようになった言葉だと感じますが、しかしもともとこうした思春期の「イタい心情」は、人間の歴史に普遍的に見られるものであり、昔から発症しアウトブレイクしてきた病でした。そして本来、音楽産業はこうした思春期的心情をよく汲み上げ、いわば思春期産業として機能してきたものでした。

 しかしかつての中二病。「中二病」という言葉が成立する以前の中二病は、今と変わらないようでいて、結構違います。それは「若さゆえの理想主義」 「社会への反発」「反逆ののろし」といった空気が濃厚で、「反抗期」などとも呼ばれました。そしてこうした気分は、もちろん娯楽分野にも濃厚に反映されて いました。

 たとえばアニメーションの巨大ロボットもの。中でも1979年に放映された「機動戦士ガンダム」などでは、少年が白い巨人と出会うことで、愚かな大人たちが起こした戦争に反発しつつも、巻き込まれる。そして社会を変革する(かもしれない)力を手に入れます。

<中略>

 

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2012年5月23日 (水)

ある心ある有名プロデユーサーのコメントーもはや日本は音楽の最後進国

本日、とある有名音楽プロデユーサーのコメントで全面的に共感できるコメントがあったのでここで引用させていただきます。但しfacebook上でこの方は原則友人のみの公開している現状を踏まえ、なおかつ本人に迷惑がかからないためにあえて名前はこのブログでは公開しません。名前をいえばある程度日本の音楽を聴いている人であれば誰でも知っている有名音楽プロデユーサーSさんとしておきましょう。

私はこの方のコメントに全面的に共感、支持をするものです。

以下その有名音楽プロデユーサーのコメントです。

最近ある人物と”日本の音楽がアジア圏においていかに生き残れるか?”(とても大雑把に言えば)の様なやりとりをしている。


時を同じくして韓国の音楽業界の重鎮とも言える方や政府機関の方
とも会う機会があり色々話しをした。
僕的な結論を簡単に言ってしまえば非常に残念ながら「もう手遅れ
」「無理」な話しになってしまう。日本は完全に遅れてしまった感がいなめない。

その理由の根源は”ビジネスとして”の話しではなく音楽的クオリ
ティの話しだ。(もちろんビジネスとしての捉え方の甘さもあるが

やりとりをしている友人はシンガポールはまだ食い込める余地があ
る(音楽的に未成熟的な話し)という話しを聞いて、シンガポールのヒット曲をチェックしてみた。
これも残念ながら日本の音楽(ジャンルは限定されるが)では太刀
打ちできないと感じた。純粋に音楽的クオリティにおいて。

何故にいつの間にかこれほど日本の音楽の質は落ちてしまったのだろう。

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2012年5月18日 (金)

日本の音楽業界少しずつ変わりつつある? 海外売り込みとソーシャルネットランキング

日本の音楽売り込め 上海で商談会
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120514/k10015092811000.html

当ブログでもインターネットで世界中がつながっている時代にいつまでたっても日本国内市場しか見ようとしない日本の音楽業界のありかたを批判してきたが

日本の音楽業界には真の意味の「グローバリズム」は必要 http://bit.ly/KrqGPH+

遅まきながら、だけどやっと真面目に考えるようになったんだなという感想。

ちょっと前はこんなことをいおうもんなら「非現実的だ」とか「時間がかかる」とか間違いなく否定的な答えがレコード会社あたりから帰って来たんだけど...

だけどしかし本当にアジアに売り込もうとするなら今のような音楽のクオリテイじゃ長続きしないと思うね。以前のkatuunのケースのようにコンペでシロウト同然の奴らの曲をパクって作っているようじゃ駄目だ。

新しいことをすることを極端に嫌う日本の音楽業界だがようやく少し変化に向けて重い腰を動かしつつあるということだろうか?

一方ではこんなサービスも出現した

■ソーシャル音楽ランキングサイト「BeatCaster.net」オープン
http://release.vfactory.jp/release/48195.html

Twitterでつぶやかれる音楽タイトルとアーティスト名を分析し独自の音楽ランキングをインターネットで提供するスマートフォン向けソーシャル音楽ランキングサイトだという。「ランキングを買う」というのが半ば常識となっている業界状況を考えると、ユーザーの正直な音楽ニーズの反映ができるのであればそれは少しは健全な方向に向っている、ということだろう。音楽事務所系はそういう「公正」さ極端なほど嫌ってきたから

少しは面白い動きが出てきた、と考えるのは期待しすぎだろうか?

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また偉大なボーカリストの訃報ードナサマー肺ガンで死去

今年の始めのホイットニーヒューストンの訃報にもとても悲しい気持ちになりましたが、モータウンの「顔」といってもいい偉大なボーカリストがまた逝ってしまいました。

とても残念で悲しいニュースです。

■ドナ・サマー、死去 http://www.barks.jp/news/?id=1000079703

木曜日(5月17日)、ドナ・サマーが亡くなった。63歳だった。肺癌を患っていたと伝えれている。

<中略>

彼女に訃報にはやくもミュージシャンから多くの追悼の言葉が寄せられている。エルトン・ジョンは「とても悲しい。彼女はディスコ・クィーン以上の存在だっ た。彼女のレコードはいまでも素晴らしい」と追悼。デュラン・デュランのニック・ローズ(Key)は「1つの曲を聴いて、音楽に対する見方が変わるなんて ことはすごく珍しい。“I Feel Love”はそれを成し遂げた」、プロデューサーのクィンシー・ジョーンズは「ドナは大変革をもたらした人。彼女の声は時代のハートビートでありサウンド トラックだった」と称賛している。

そのほか、アレサ・フランクリン、バーバラ・ストライサンド、カイリー・ミノーグ、グロリア・エステファンらから追悼の言葉が上がっている。
サマーはグラミー・アワーズを5回受賞。ロック部門(1980年最優秀ロック・ヴォーカル・パフォーマンス「Hot Stuff」)を受賞した最初の黒人女性シンガーだった。

心からご冥福をお祈り申しあげます

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2012年5月 7日 (月)

音楽雑誌の危機的な状況と業界馴れ合い解消のすすめ

音楽関連メディアの凋落が言われて久しい。かくいう私自身も何回か音楽雑誌に寄稿した経験があるのでこの記事は身につまされる問題でもある。

「まるでファンクラブ会報!?」専門誌は絶滅寸前――音楽系メディアの由々しき現状
http://www.cyzo.com/2012/05/post_10516.html

音楽関連メディアの凋落が言われて久しい。中でも、“絶滅寸前”とささやかれるのが音楽雑誌。部数の減少だけでなく、広告収入の落ち込みが止まらないという。

「1990年代には10万部以上出ている音楽雑誌もありましたが、現在では比較的売れている情報誌で数万部、グラビア中心の専門誌では数千部しか売 れていません。その上、雑誌運営の柱でもある広告が、レコード会社の予算縮小でほとんど入らなくなり、編集協力費名目で一企画あたり数万円入る程度。人件 費を削るなどして、赤字幅を減らそうと汲々としているのが現状です」(音楽雑誌編集者)

 収入が数万円程度でも、タイアップはタイアップ。誌面に登場する歌手やバンドに迎合したインタビュー記事やコラムばかりが掲載され、音楽誌はさながら「ファンクラブ会報の寄せ集め」のような状態に。

「最近、ミスチルは3,000部持っているとか、嵐は4,000部持っているという言い方も耳にします。彼らが表紙を飾れば、それだけの部数が見込 めるという意味ですが、逆に言えば、現在の音楽雑誌には固定読者がほとんどいなくなってしまったということなんです」(前出・編集者)

<中略>

実際、歌手やバンドの間では「稼働しても効果が見込めない」と、音楽関連のメディアから距離を置く動きも始まっている。約30万人のファンクラブ会員を抱 えるGLAYは近年、メディア露出を極力控える方針に転換。CDの売上は低下しているものの、ファンクラブ向けの特別ライブを行うなどして、安定した収入 を確保しているという。固定ファンをつかんでいるベテランや中堅の間では、今後こうした活動スタイルが広がりそうだ。

実際問題として今音楽雑誌で真の意味の音楽評論などもはや10年前からなくなっている。

 

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2012年5月 1日 (火)

日本の音楽業界には真の意味の「グローバリズム」は必要

5月に入りました。
一応、プロモーター、マネージャーの仕事を「辞任」した私ですが、いろいろと「後始末」をしなければなりません。この「後始末」に一年くらいは覚悟しないといけないでしょう。

さて私は先日の記事で日本には地上波テレビとのタイアップの状況があるためにライセンシングに関して権利のマネージメントの観点では世界的には異常な状況になっていることを述べました。実際JASRACという公的権利信託機関の「公認」のもとで行なわれるわけですが最近はこのタイアップの規制もさらに大幅に緩和される動きになっており、もはや日本の音楽のメデイアで日本の音楽をライセンシングするのはよほどの条件がそろわない限りほぼ不可能に近い状況になりつつあります。

日本の音楽界は世界の中の北朝鮮のように本来異常なことが「正常」になってしまっているわけですが、さらにこのタイアップに基づき「利権構造」ができてしまい弊社のような小さな会社がその中に割って入るなどということはほぼ不可能に近い状況になっております。

しかし、  です。

最近地上波のタイアップがあったからCDや配信が売れる、などという時代はもはや終わりました。タイアップが有効なのはドラマその他で音楽が極めて効果的な背景で使われた場合ーつまりその音楽が好きになるシチュエーションを作るーのみに限られており、いわゆるバラエテイ番組のエンデイングテーマで流れる、などという程度で音楽が売れる、などということはほぼ、ありえない状況になっております。

しかもシチュエーション作りーに適したタイアップの可能性があるものは

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2012年4月27日 (金)

映画「I AM..」韓流アーチストたちの努力と島国体質から一向に脱却しようとしない日本の音楽業界

すみません。今日は久々に吠えます (笑)

予告編ですけどこれ見て日本の音楽界が実に情けなく思えてしまったので....
まずはこれを見て下さい

こういうのを見ると日本の音楽界は本当に甘い,と思ってしまいますね。

そもそも韓流がどうのこうの、韓流ばかり放送するのはけしからん、などと云っている以前に彼らが自分の国以外のマーケットに売り込むのにどれほど死ぬほどの努力しているか、ということをもっと評価しないといけないと思います。

今やインターネットの時代で文化も音楽コンテンツも国境、人種に関係なく伝わります、いいものだったら韓流だろうがなんだろうか国境を越えて評価されるのは当然だしそうあるべきだと思います。

なのに日本の音楽界の島国体質何とかならんのかね、と思いますね。いつまでたっても閉鎖された日本のマーケットしか見ていないし、それ以外見ようとすらしていない。

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2012年4月26日 (木)

スタジオは「営業」のためではなく、制作利益確保のため

先月の中旬あたりからかかりきりになっていた案件を今日無事に納品。とはいっても音楽の教材の制作なのでたぶん何らかの形での修正があると思います。またこの件は今後もシリーズとして続きますので、今回の制作は単なる始まりでしかありません。いずれにせよこの案件で多忙を極めたためしばらくブログ更新ができない状態でした。まあブログの記事自体もうそんなには書くつもりはないんですが..

今回は他の多くの仕事がそうであるようにボーカルやナレーションの収録を自宅のスタジオで録りました。一昨年の秋に工事をしましたが、今や生音をふんだんに録るとか、アーチストの関係とか、然るべき理由がない限り外部のスタジオを使うことは殆どありません。

Hybrid_s1Hybrid_s2

一応このスタジオ、必要に応じて希望者がいれば格安で貸しております。原則一人専用ボーカル兼ナレーションブース(無理すれば二人も不可能ではないですが、あまりやりたくはありません) 一時間\4500(税別) です。

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2012年4月 7日 (土)

ショパンにワルツが19曲もあったなんて

しばらくブログ記事を書かないつもりだったけどちょっと面白い話なので...

私は一応幼い頃からピアノをやっているのでクラシックピアノも当然私はやっている。ショパンの曲も当然やらされていたわけで、ショパンのワルツは必ず通る道だ。
しかし今日娘のピアノの楽譜を見て目からうろこが出た。

自分の中ではショパンのワルツって14曲しかないと思っていたが実は19曲あったという話

実は15-17番で15番は早くから存在が知られていたらしいが、16-17番はは20世紀になって発見され出版されていたらしい。(16番は1902年、17番は1908年)しかしショパンの若い頃の作品らしいのでショパンの正式な作品群に入れないことが多く、実際現在出版されている楽譜の殆どが14曲止まりだ。

18番、19番はショパンが友人に献呈したものらしいが、世に出て発表されることもなく、めぐりめぐってなぜかイギリスやフランスの個人がショパンの自筆楽譜を所蔵していた。そのうち18番といわれているのは題名すらついていない。一応ワルツ的な性格をおびているのでワルツの中に入れられているが、別のジャンルに入れるべきという説もあるためValse(イタリア語でワルツのこと)の隣に? マークがついているのがおわかりだろうか?

Chopin18

19番も最近加えられたものらしいが、いずれにせよ自分がワルツをやった○十年前に知らなかったことがあったとは

これが19番の楽譜です。

Chopin19

私は別にショパンは好きではないが、一応昔よくやらされたけど、こういうことは知らなかった。

うーんクラシックはまだ深いな。

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2012年3月26日 (月)

ソフトシンセとハードシンセ併用

現在の受注案件。短い曲ですが大量の曲数の編曲をしなければならず現在その作業中です。

ここしばらくレコーデイング作業はソフトシンセの起用を中心にしていましたが最近またハードシンセの音源モジュールも多用しています。

Ongen_module

というのもソフトシンセ、確かに便利だし音源も豊富なんですが前にも書きましたようにどこか音質として線が細い、といいますかどこか物足りなさを感じているのと、使いなれているハードシンセの音が私自身の体になじんでいる、という事情もあります。特にピアノの音は以前別の記事にも書きましたが、Kurzweil K-1200の音ははずせません。

とはいえpro toolsに装備されているソフトシンセモジュールを始めKontakt player 4.0Vienna Instruments ドラムだとBFDといったソフトシンセは表現の幅を広げる意味で大きな力を持っており重宝しています。音楽制作環境ではpro tools8は導入してよかったと思っています。もっとも最近のpro toolsは(特に10以降は)殆どMA用ソフトになったといっていいくらい設計思想が全く違うので、もしかしたら当分pro tools8の状態で作業するかもしれません。

いずれにせよソフトシンセと使いなれているハードシンセ両方を併用することによってアレンジ、表現力の幅は広がりますが実は1つ大きな問題があります。

それはソフトシンセとハードシンセの間に遅延時間による「ずれ」が生じてしまう点です。

これはソフトシンセはMAC PRO内でDAWmidiのプロセッシングを処理するためほぼ時間差なしで処理されますが、ハードシンセは外部の機器にmidiケーブル経由で繋がっていますから、どうしてもそのケーブルによる遅延時間による「ずれ」が生じてしまいます。特にリズムセクションで両方を併用しますと顕著に現れますが、結局物理的な接続が原因のため結局波形編集で時間軸をあわせるしかありません。しかしこのことによって余計な手間が発生してしまうので何かよい方法はないか、現在考えているところです。

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2012年3月24日 (土)

音楽業界と自分の今の心がけ

音楽業界の現状を憂い、業界に対する批判記事も書き始めてもう長い。ただ幸いにして音楽業界でも「裏街道」を歩いているせいか、それほど強力な圧力はきていないが、音楽ソムリエ協会のS氏に対しては相当強い風当たりがきているようである。

ただ一応私は取るに足らない力程度しかないが、業界の一員でもあり実際に音楽制作その他の業務を行なっている者であり、その面でただ批判するだけの評論家でいることはできない。それじゃ2ちゃんmixiあたりで無責任に荒らし誹謗中傷をしているヒマ人連中と本質的に何ら変わらなくなる。

もう今の音楽業界はこのままじゃいかん、なんていうことは議論する段階などとっくに過ぎており私を含めて生き残るためにどうすればいいか、を真剣に考えなくてはいけない時期だ。正直他人のことなんかかまっていられない。自分がこれからどうするか、について考えて行動する時である。そのためには私と私の会社自身がじゅうぶんな力を持たなくてはならないのである。そして昨年辺りから「ネット偏重路線」を改めそれに向って進んでいたし、これからも進んでいくつもりだ。

ちょうど今NHKの大河ドラマ平清盛をやっているがそこでだいぶ前の放送に中井貴一扮する清盛の父忠盛(ドラマ上では育ての父親となっているが)が源為義に闇討ちになった時の発言を思い出す

「源氏と平氏どちらかすぐれているかの勝負はもう少し先に取っておけぬか? それは武士が朝廷に対して充分な力を持ってからでいいのではないか?」

そう自分自身が力をつけなくてはどうにもならんのだ。いくらこのブログで批判したところで負け犬の遠吠えでしかない。平忠盛がドラマで「わしは王家の犬で終わりたくはないのだ」と発言したように、私も負け犬で終わりたくはない。

実際にそれが実現できるかはまた別の話だが、最後の最後までその目的に向って動き出す所存である。

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2012年3月10日 (土)

欧米のインデイースシーンで使われている音楽プロモーションツール

↓下の記事の続き

実は何で急にこんなことを言い出したかというと、私は元々そういう欧米の音楽プロモーションツールのアカウントをいくつか持っていた。しかし日本国内で立ち上げようとしていたさまざまなプロジェクト関係(多くは失敗に終わったが)やこのブログで何回も述べたがこれから自分の人生の勝負に出るためのさまざまなプロジェクト。それらについて頭がいっぱいだった関係で、そうしたプロモーションツールを長い間放ったらかしにしておいてしまっていたからである。

しかしよく考えればそれは大変損をしていることに気づいた。改めてそうしたプロモーションツールをよく見ているうちにもっと前から積極的にやっておけばよかった、といえるようなものがたくさんある。

そして今自分がやろうとしていること。

音楽に関する全く新しいコンテンツの開発これはいずれ今までにない作品を世に出すことを目的としている。

そして先日も私がフィルムスコアした作品がカンヌ映画祭に提出されたが、作曲家としては映画劇伴音楽作家としても動こうとしている。

これらはいずれも最終的には日本国内だけでなく、いずれは世界じゅうに対してプロモーションしなくてはならないプロジェクトである。その場合日本国内の業界の常識など全く無意味である。その際にはアメリカの音楽のプロモーションツール、欧米の音楽のプロモーションやアーチストのインキュベーションのメカニズムをもう一度検証し、理解することはこれからの自分の音楽人生にも極めて重要なことだと考える。この場合はっきりいって日本の音楽業界の常識などクソくらえである。

なぜ欧米社会では地上波のテレビのタイアップもない、いわゆるシチュエーション作りもない状態で音楽がプロモーションされているのか、なぜ次から次へと新人アーチストが育ちインキュベートされているのか?

それは欧米のアーチスト向けのインデイース、新人アーチストのプロモーションツールが非常に充実している。というのも大きいと思う。日本もいわゆるインデイース市場が大きく伸びているが、欧米ではそれ以上にどんどん伸びているのはそのためである。

それではどんなプロモーションツールがあるかというと

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2012年3月 9日 (金)

欧米では地上波のタイアップが殆どない点とインデイースのツール充実の現状を見て

ご存じの通り日本で音楽をプロモーションする場合、地上波テレビとのタイアップで音楽を露出させる、ということが一般的である。少なくとも日本国内では必須といっていい。

だが今頃になって気がついたのだがよく考えてみれば欧米ーアメリカでもヨーロッパでもー音楽を地上波テレビの番組やCM等でアーチストの楽曲をタイアップでプロモーションする、などということは殆どない。勿論有名アーチストの音楽をCMその他で使うことがあるが、それは多くの場合ライセンシング(権利使用許諾)で寧ろ例外的事象といっていい。ライセンシングだからマイケルジャクソンコカコーラCMにせよ、ローリングストーンズWindowsのCMにせよ、スポンサーから莫大なライセンス使用料が各アーチスト側に支払われている。

これに対して日本の場合、アーチストの楽曲をタイアップとして使用する場合はこうしたライセンス料は勿論のこと、著作権使用料も「プロモーション目的」という項目JASRACに例外事項として認められるためアーチスト側にも作曲家にもビタ一文の費用が支払われない。しかも一度タイアップとして使用されると多くの場合スポンサーからみの縛りが出てくるので、あとで二次使用したくてもなかなかできない等、アーチストの権利がいろんな意味で制限される。

はっきりいって日本のこの現状の方が異常である。

欧米で行なわれているライセンシングの現状が本来の姿であり、コンテンツ、ソフトが権利ビジネスであるという現状を考えると、本来こちらの方が当たり前なのである。

つまり日本と欧米ではアーチスト側と地上波のメデイア関連との力関係ー取り分け権利に関する力関係が完全にあべこべになっているのだ。

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2012年3月 2日 (金)

制作の「方程式」「マニュアル」とクリエイテイビテイ

さて、既にご存じの通り私はちょっと人が今まで創ったこともないような音楽作品を作ることを計画していますし、一方では先日カンヌ映画祭に私がフィルムスコアした短編映画が提出されましたが、こうした劇伴、映画音楽の仕事でも世界に出ようと考えています。一見前者は私のクリエイテイブな作品で後者はプロとしての仕事、という風に見えますが、実は私の中で両者はそんな形の線引きはされていません。

勿論映画、劇伴音楽は「映像のための音楽」であり映画監督の考え方等で大きく変わったりその他いろんな面での制約があります。その意味では前者と比べ自由度は少ないという見方もできますが、それでも世界で通用する「創造性の高い」作品を作りたいという考え方に変わりはありません。

ところで最近感じているのは、映画でも何でもそうですが作品の作り方の姿勢について私とは全く相容れない考えで作品を作ろうとしている人たちがいることがわかりました。それは作品の作り方には「マニュアル」「方程式」があり、それに従わないで作る姿勢を「シロウト的」と決めつけ、既存の方程式以外での作品作り方以外は受け付けない人たちです。本人たちはそのやり方を「絶対的に正しい」と思っているらしく、そういう人たちと話をしても全く話がかみ合わないですが、まあ長い間作家生活をやっていますが正直私の理解の範囲を超えた人たちです。

私が見るところクリエーターには大きく分けて2つのタイプがいると思います。一つは特定のジャンルの音楽に自分の世界を絞り、「狭く深く」自分の世界を追求するタイプ、そしてもう1つはジャンル等や特定の世界に自分を縛ることなく、幅広く自分が面白いと思う世界を取り入れる「広く浅く」自分の世界を追及するタイプ。私は明らかに後者に入るのですが、今の「マニュアル」「方程式」にこだわる人たちは必ずしも前者のタイプとも言い切れない部分があります。寧ろ作品を作る、製作するという姿勢に根本的に私にいわせると違う、と思う部分があります。

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2012年2月27日 (月)

少しずつだがCDショップ大賞で変わりはじめているCDショップと音楽業界

一部の方は既にご存じの通り本日「第4回CDショップ大賞2012授賞式」が行なわれました。受賞者は以下のとおり

大賞   : ももいろクローバーZ 「バトル アンド ロマンス」

準大賞  :  星野源   「エピソード」

地方賞

●北海道ブロック賞
サノトモミ『ミッドナイト エクスプローラー』

●東北ブロック賞
熊谷育美『その先の青へ』

●関東ブロック賞
玲里『KISS AND FLY』

●甲信越ブロック賞
Negicco『GET IT ON!』

●東海ブロック賞
cinema staff『cinema staff』

●関西ブロック賞
N’夙川BOYS『PLANET MAGIC』

●中国四国ブロック賞
宇宙人『お部屋でミステリーサークル』

●九州ブロック賞
mahos『icicles』

まだご存じない人もいると思うので書きますが、CDショップ大賞とは全国のCDショップ店員の投票のみで各賞が選ばれる賞で、『本屋大賞の音楽版』ともいわれています。「この国には、過小評価されている音楽が多すぎる。」という問題意識の下、CDショップ店員が勧める音楽や客に聴いてもらいたいという観点からおすすめのCDを選んでもらう、というユニークな発想の賞です。これは「NPO法人ミュージックソムリエ協会」が事実上運営しています。この大賞の仕掛け人は私とは旧知の仲ですが私自身はこのコンセプトに大いに賛同し、影ながら応援しておりました

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2012年2月13日 (月)

グラミー2012年 Whitney Houston永遠に、ビーチボーイズ、マッカートニー

既にご存じのようにグラミーの前日にホイットニーヒューストンの訃報という非常に悲しいニュースが飛び込んできました。

ホイットニー・ヒューストン、死亡当時の状況が報じられる
http://www.mtvjapan.com/news/music/20514

そうした追悼モードの中、第五十四回グラミーが開催され、ミュージシャンたちの楽しいパフォーマンスもたくさんありました。とくに二十数年ぶりに結成された伝説のバンド、ビーチボーイズ、やポールマッカートニー(今年70歳!!)のパフォーマンス、そしてポールを紹介した時のステイービーワンダーがポケットからハーモニカ取り出して、ビートルズのラブ・ミー・ドゥーの一節を吹いた等話題が多かったですね。(しかし正直いってポールの声、私はかなり衰えを感じてしまいました。声がもうお爺さん声になり始めている)

あとトニーベネット{85歳!!)がキャリー・アンダーウッド「デユエッツ」のナンバーを披露していましたが、本来ならエミーワインハウスとの共演を見たかったですね。今年一年、音楽関係者の訃報が多すぎました。

そして今年一年でなくなった人たちー墓銘碑コーナーにステイーブジョブズが入っていました。itunesやipodによる変革で大迷惑を被った人もいる筈なのにちゃんと称える姿勢はさすがですね。たぶんオスカーでもちゃんとリスペクトすると思います。ITの世界の人間で芸術の世界でここまで尊敬されるのは彼ぐらいのものでしょうね。ただ、気がかりなのは最近のi-cloudは音楽の権利を阻害する可能性も出てきている点。この辺りをAppleはどう展開させるんでしょうか?

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2012年2月 9日 (木)

ピアノ音源ーソフトシンセとハード音源に関して

私は一応基本はピアニストなのでピアノの音に対するこだわりは強いつもりだ。

以前私は制作にあたりソフトシンセはハードの音源モジュールより音がどこか細いと書いた。しかしそうはいっても手軽な面から現在音楽制作に関しては完全にソフトシンセがメインになりつつある。その中で私が頻繁に使うピアノでもpro toolsMini Grandもあるが、Vienna Instrumentsの中にあるベーゼンドルファーのピアノ音源がある。

120208_141801_2

私はピアノの音としてはスタインウエイよりはベーゼンドルファー派なので一時この音源があることに喜んだ。確かにベーゼンドルファーならではのあの柔らかい暖かい音源が再現されてはいる。

しかし、 だ。 

やはり何か違うのだ。どこか音がこもっているというか何か本物のベーゼンドルファーを弾いた時のようなあの音の広がりが今一つ感じられない。

かつて楽器フェアで最高級のピアノの弾いた時の感触と比べるとやはり違う。500万のベーゼンドルファーを試弾した時は正直ずーっと弾いていたいと思うくらい気持ちがよかった。同じく600万のベヒシュタイン、800万のザウターを弾いた時も音源の温かみ、広がり、音質全てがいうことなしだった。

結局ソフトシンセの限界はそれなんだろう。Vienna Instrumentsは各楽器を44.1KHZの16bitでサンプリングしているが、そのレベルのサンプリングだとやはり本物と比べると落ちてしまうのはやむをえないのかもしれない。Vienna Instrumentsを使ってオーケストラのサウンドを作ってはいるが、結局どんなに本物らしく聴こえるものでも所詮ソフトシンセフェイク(贋物)以上のものではないということだ。

だから本物のオーケストラで録音する機会は決してなくならない。但し予算が膨大にかかる。少なくとも数百万の予算、ジョンウイリアムス級の大オーケストラだと1000万は見ないといけない。そこがネックだ。日本国内でそんな予算が出る仕事など一年でも片手に数える程度の数しかないだろう。従って現実は殆どの案件ではソフトシンセを使わざるを得ない。

ただピアノに関しては私は結局昔から愛用のKurzweil K-1200の音源を使っている。

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Kurzweilスタインウエイの音をベースにしているが私の予想では単にサンプリングしただけではない、何かプラスアルファの要素を音源に加えていると思う。だからサンプリングやソフトシンセにありがちな「音の篭り」が感じられないのだ。だから結局このKurzweilを多用することになる。今でも私の自宅レコーデイングの殆どのピアノ音源はKurzweilである。一応この音なら私自身の一定のこだわりの許容範囲に納まる音質だからである。

しかし可能であればいつかベーゼンドルファーベヒシュタインザウターといったピアノでレコーデイングする機会を持ちたいものだ。

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2012年1月 7日 (土)

作曲家の林光先生がお亡くなりになりました。

長瀬君の訃報にも驚きましたが、こちらも驚きました。
続けて訃報の記事を書くことになろうとは
作曲家の林光さんがお亡くなりになりました。

林光氏が死去 「原爆小景」など作曲
http://s.nikkei.com/wAfrsV

若い頃私は青島広志の門をたたいていた時期があったのですが、林光氏は青島さんの先生に当たります。コンサートには何回か行った記憶がありますが直 接お会いしたことはありません。青島さんが世にでたのも「和製オペラ」の作品がきっかけですが、林光先生もその日本語のオペラにこだわった人で「こんにゃく座」の音楽監督を長く勤められました。

個人的には大河ドラマの「花神」(司馬遼太郎原作)のテーマ音楽がとても好きでした。

心からご冥福をお祈り申しあげます

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長瀬弘樹君自殺ーHNの「やわらかムーミン」がなぜ?

先ほど耳を疑うニュースが飛び込んできた、今年の最初の音楽記事が訃報とは

作曲家の長瀬弘樹君が亡くなった。自殺だという。彼とは直接会ったことはない。しかしmixiの音楽関係の掲示板で音楽業界や音楽文化について激論をかわした仲である。

正直いって彼とはお互い考え方は全く違い相容れない部分も多々あった。しかし日本の音楽文化を良くしたいという思いは同じだったと思う。まだまだ今後の音楽について議論してみたかった。特にあれから僕自身かなり理論武装したから

とても残念。とても悲しい。

正直に話そう。

実は当ブログのこの記事 
■新春コラムーいわゆるポストモダン時代のルーツ音楽の存在(例によって長文です)

この中に書いてある「知り合いの作曲家」とは実は長瀬弘樹君のことである。

実は私の知り合いの作曲家でこの東氏のシュミラークルの考え方を応用した試みをしようとしている人間がいる。昨今の音楽のありかたについて、オリジナル=ルーツ音楽と考え、ルーツ音楽のシュミラークルが増殖することによりかつては、「あるジャンル」とちゃんとわかるように」引用されていたものが、ゼロ年代においては、あるジャンルを構成する要素がばらばらに解体されて、R&Bのリズムでロック的なギターが入り、ラップをする、といういったような様相を帯びてくる。「ジャンルを構成する要素がばらばらデータベースに解体される」。それによってルーツ音楽の価値というものが事実上意味をなさなくなり、全ての要素は相対的なものでしかない。

よって彼は、「ルーツを知らなければいけない」という論には反対の立場をとりますが、「ルーツを尊重すべきだ」という論には賛成という立場を取り、それらのデータベースによる差異化をどう上手くやるかによって今後クリエーターの価値が出てくると考えているようだ。そしてそれは最近のJ-POP系のクリエーターのかなりの人間がそのように考えているようである。

さて、これに関する私の考え方を述べさせていただく。

まず東氏の昨今のネットや同人系の動きに関する分析に関しては確かに当たっている面はあるが、いくつかの疑問もある。

1. オリジナル作品とシュミラークルが作品的に同等というが、そもそもオリジナルが「それなりの魅力」を持っていなければそもそもシュミラークル自身が発生しないであろう。その「魅力」(例えばなぜ「萌える」のか、なぜ「はまる」のかについて)のデータベースについてはこの本では触れられていない。

2.もしシュミラークルな作品がオリジナルをしのぐとしたらそれはどのような場合なのか、そもそもシュミラークルな作品は「オリジナルと同等」と勘違いされているだけで作品クオリテイ的にオリジナルと本当に同等なのか。(例えて云えば宝石のニセモノを本物であるかのように消費者が買うのと同じなのでは?)

あと上記の作曲家のようにデータベースによる音楽について話をしよう。シュミラークルの 理論からすると、ロックもジャズもR&Bもクラシックも全て「相対化した」音楽の手法というデータベースの一種に過ぎないという。つまりそれらの データベースの「組み合わせ」に過ぎないのだが私が考えている大きな疑問の1つに、ではその「組み合わせ」によって人を動かせるほどの表現になるか、とい うことである。

音楽手法のデータベースというのは単なる作曲技法のエクリチュールに過ぎず、それは単なる表面的なものである。しかしその組み合わせで本当に「ノリ」とか「音楽の即興性」とかを表現できるものであろうか?ーつまり魅力」というものがデータベース化(オタク文化で云えばえばなぜ「萌える」のか、なぜ「はまる」のか、に当たる)できるのか?ということである、東氏はできると考えているようだが文化というのはそんな単純なものではない。

音楽に関していえば作曲技法のエクリチュールの機械的な組み合わせで確かに理論的には音楽ができる。だがそれは音楽の中の表面的な部 分に過ぎず、それが「カッコイイ」「ノリのいい」音楽になるかはまた全く別の話である。コンピューターミュージックの黎明期にイリアック組曲という音楽史 上初めてコンピューターで作られた音楽があった。それは音楽のデータベースを元にその組み合わせと情報理論を用いて作られたものであるが、歴史的には意味はあるものの音楽的にははっきりいってつまらないものである。

つまり私がいいたいのは表面的なデータベースだけを取り入れてもそれはその音楽のデータベースの本質「エッセンス」を理解したことにはならない。ということである。これは私が以前警鐘を鳴らした現代の情報社会の「わかったつもり症候群」にも通じている。「わかったつもり症候群」というのは断片的情報のみで判断する傾向のことをいい、データベースの表面的な部分だけを見てそれでそのデータベースの全ての部分を理解している、と勘違いしてしまうことをいう。例えば音楽でブルースは12小節で構成されているという基本中の基本を知らないで、昨今のJ-popの「R&B風のデータベース」で作られた音楽を聴いて自分がR&Bの全てを理解している、と錯覚してしまう点である。実際最近の若者にこういう人間が少なくない。勿論R&Bに限らない、ロックを始め他の音楽でも同様の傾向が見られる。

実はこれに関して彼から何らかの反論が来るかどうかも期待していた。かれは「やわらかむみん」というハンドルネームでmixiに参加していたがいつのまにか退会していたようである。

それにしてもどうして? 何も死ぬことないのに。 頭もよく才能もある男がなぜ自らの命を絶たなければならなかったのか? 本当に残念のひとことである。

遺書には「楽曲を歌ってもらって、もう満足した」と書かれていたという

心からご冥福をお祈り申しあげます。

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2011年11月26日 (土)

立体音響のアプリケーション

以前このブログでTPPとかグローバリズとかの問題をいろいろと書きましたが、とりあえずこれから来るであろう荒波に対抗する一環としてコアコンピタンスを強化しようということで動いております。

つまり同業者とかが多くすぐに「替わりが見つかる」仕事ではなく、そう簡単にマネできない、付加価値をつける仕事。

その一環として私の場合立体音響のノウハウが揚げられます。

一口に立体音響といいましてもさまざまな方法論があります。ダミーヘッドを使ったバイノーラル録音、そして劇場などで使われるドルビーサラウンド そしてもう1つはデジタル技術を駆使したデジタル3Dサウンドプロセッシングで、以前はRolandRSSというシステムを多用していましたが、現在はARNIS社のSound Locusを採用しています。

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マウスかゲームのコントローラーを使って定位をいろいろ動かします。

111125_203702

近々異業種での事業案件ですが、「たぶん」やることになるだろうと思われる立体音響の案件がありますので、その準備も行なわなければなりません。

何度もいいますがネットに情報を流して、付加価値がつくなんていうのは幻想です。いまだにその幻想にしがみついている人がいるようですが、

人のやらないことをやる。そして効果的に付加価値をつける。
それは自分でどんどん行動してノウハウを蓄積するしかないと思います。付加価値の付け方は個人個人で違うと思いますが、とにかくこれからのコンテンツ事業者はその付加価値がないと生き残れません。

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2011年11月 8日 (火)

ソフトシンセと実際の楽器

さて私の音楽制作の現場ではすっかりソフトシンセが定着しましたが...

pro toolsのmidi作業もだいぶ慣れましたが、まだやり辛さはありますね。
MOTUのDigital Performerだったら簡単にできることができなかったりします。
(シンコペとかタイとか)

それでもソフトシンセ環境が充実しているので結局二度手間になるよりはpro toolsでmidi作業をしています。但しフレーズによっては手弾きの方が早いので臨機応援に対応しています。

現在私はソフトシンセはpro toolsのプラグインシンセであるXpand!2kontakt player 4.0 , Vienna Instruments そして生ドラム音源のBFDを主に使っています。
まあよほど特殊な音でない限りはこの4つでたいてい事足ります。ちなみにkontakt playerは旧EAST WESTの音源を殆ど取り込めるので私も以前愛用したQuantum leapのCollossusをkontakt playerを通じてまだ使っています。

これ以外に高音質オルガンソフトDB-33トーンホイール・オルガンやKurzweilがあるので殆ど使ってませんがグランドピアノの音源もあります。

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ソフトシンセのXpande! 2

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Vienna Instruments

まあ確かに音もかなりリアルになりましたし、使い勝手もものすごくいいんです。特にkontakt playerは自分のオリジナルの音源を作り出すことができるので重宝していますが、やはりハードシンセと比べるとどこか音が細い感じがするんですね。

例えばそろそろソフトシンセのオルガンの音に慣れ始めたんですが、先日楽器フェアで鈴木ハモンドのブースでXBシリーズを弾きましたけどやはりこちらの方が断然音がいい。同じ音質のはずなのにやはり違いますね。やはりサンプリング音源は所詮はフェイクであることがわかります。フェイクの音だけ使っていますとだんだん耳が悪くなる、感性が後退していく可能性がありますから生の楽器の感覚というのを忘れないように心がけたいとは思っております。

とはいえ、コストパフォーマンスが格段に上がるのは確かですけどね。しかしやはり本物の楽器を使った方が間違いなくよい音になります。コストは跳ね上がりますけどね。なんといってもオーケストラほどお金がかかるものないですから..

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2011年9月13日 (火)

セプテンバーコンサート2011年模様

今年は銀座「月夜の仔猫」での模様です。
こちらでは大野もピアノを弾いております。"911とその後の戦争の犠牲者に捧ぐ"
この曲は大野がセプテンバーコンサートでしか演奏しない曲です。

次は 「君の笑顔を見てみたい」です。
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、二番の歌詞を間違えて一番を続けて歌ってしまいました。 正しい歌詞はi-tunesで聴くことができますので、よろしかったらダウンロードしてみてください。

http://itunes.apple.com/jp/artist/id314176779

これで恒例のセプコンが終了してしまいました。何か終わってしまうと個人的には寂しい思いがしますが、911で犠牲者になった人、そして大震災で家族を失った人には終わりが来ません。平和と復興への祈りは続きます。

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2011年9月 8日 (木)

FMラジオの今後の可能性ーネットとの連動

昨日FM戸塚 83.7MHZの10月編成に関してのパーソナリテイーミーテイングがFM戸塚の本社で行なわれた。

番組に関する紹介とかパーソナリテイーの心構えといった内容だったが、興味深かったのは今回64年ぶりに放送法が改正され、それに伴いコミュ二テイFMとはいえ、社会的責任が大きくなった(新しい放送法でいう「基幹放送」という位置づけになった)ことが報告された。

FM戸塚を始めとする多くのFM局が現在インターネットのサイマル放送(同時放送)を始めたことによって表面上既存のラジオといわゆるネットラジオの差はなくなったかのように見える。しかしネットラジオと既存のラジオと根本的に違うのは放送免許が総務省から交付される、という点。そうネットラジオは誰でもできるが、既存のラジオを立ち上げるには免許が必要なのだ。

実はこのたった一点の差が両者を決定的に違うものにしている。
そして不思議なことではあるが、その
放送免許というリアルなメデイアがあることによって不思議に「社会的信頼」、「安心感」というものをどこかに与える。

インターネットではそれを既得権益という枠組みにはめ、忌み嫌う風土がある。
既存のラジオ=マスゴミといった決め付け的な言質が2ちゃんとかに飛び交う。勿論最近のマスメデイアの一部の報道には本当にひどいものもあるし、マスメデイアの報道の内容も信頼感が落ちている。

しかしながらネットでは
いまだに既存のメデイアよりネットの方が優れている、とかネットを中心とした新たなシステムは既存のメデイアやシステムを凌駕するといった類の言質でないと納得しない人間が少なくない。

そうした観点は根本的なところを見逃している。

それは 
リアルがあるからこそバーチャルがある、 という点

そうインターネットは所詮バーチャルでありサイバー空間での話に過ぎない。、実はネット小僧で「俺はテレビなんて見ないし興味ない」などといっている奴に限ってブログを見たらテレビで話題になっていることしか書いていなかった。などということが少なくない。アメブロでFCでも芸能系、社会系、テレビ番組等の記事を書いたものがアクセスの上位を占めている。これはネット小僧がどんなに否定しようが紛れもない事実である。

よく考えれば当たり前の話である。バーチャルがリアルを超えるなんてことはありえないし、ポストモダン論者がいう、シュミラークルがオリジナルをクオリテイで超える、なんてこともありえない。にもかかわらずネットではいまだにそういう類の話が大真面目に論じられている。冷静に考えれば本当にばかげた話である。

今回FM局の幹部といろいろ話ができたことは有意義だった。ラジオは斜陽産業とか旧態依然の産業とかいう人がいるが、それだけに彼らの危機感は相当なものである。今回のサイマル放送(同時放送)が実現(これは特にコミュ二テイ放送にとっては悲願だった)したのも業界団体がJASRACやレコ協に粘り強く交渉してようやく実現したものである。(特にレコ協はこの導入に関して終始消極的で本当にしぶしぶやっと了承したという感じだった)

業界が衰退してもいまだに危機感らしい危機感を示さず、従来の方針に固執しているどこかの業界とはえらい違いだと思った。ラジオはもはやもうかる産業とまでは行かないかもしれないが、彼らなりに必死である。

こんな言い方をすると私がネットを否定しているかのように勘違いするおバカさんが時々いるのでいうが、とんでもない。いくら
サイマル放送(同時放送)があったとはいえ、ラジオは本当に聴かれなくなっている。特に若い世代のラジオ離れは深刻である。

だからこそバーチャルなツールも多く導入しないといけない。幸いにしてネットにはfacebook,、twitterを始めYou tube , U-stream等殆ど無料で使えるツールがたくさんある。タダで使えるんだからこれは使わない手はない。

要は1つのリアルなメデイアをベースにどれだけこうしたツールを使って最大限の効果を得ることができるか、と考えるのが重要なのだ。リアルをベースにネットツールを使って可能な限り広げる努力をする。勿論権利を配慮しての話だ。当たり前だが

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2011年9月 5日 (月)

Freddie Mercury 生誕65周年

今日は偉大なアーチスト、Freddie Mercuryが生きていれば65才目の誕生日に当たる。
今年は没後20年にもなり、何となくその情報を聞いて感慨を新たにした。

私も「ロックオーケストラ」「オーケストラアラカルト」なるコンサートでQueenの曲をオーケストラとバンドでアレンジをしたコンサートを行なったが、今思うと余興の域を出ていないかもしれない。次の映像を見たらやはりFreddie Mercuryの替わりはFreddie Mercuryしか勤まらないのがわかる。

突然の訃報から20年、改めてフレデイの冥福を祈らずにはいられない。

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2011年9月 4日 (日)

人間の五感は元々アナログである。そのことが忘れられている気がする

台風が来て今朝方早朝に地震、本当に気分的に落ち着かないし今日は日曜日ということもあるので、久々にアナログレコードでクラシックを聴いた。
なんとシンフォニーを二曲聴いた

・ベートーベン交響曲第五番ハ短調「運命」 
  ブルーノワルター指揮 コロンビア交響楽団

・ブラームス交響曲第四番ホ短調
 ヘルベルトフォンカラヤン  ベルリンフィルハーモニー

ワルターの「運命」は歴史的な名演といわれる名盤で、個人的にはフルトヴェングラーの第五番より好きである、カラヤンの演奏は演奏の良さというよりはその録音方法、サウンドを楽しんだ。

アナログ盤は確かに針のパチパチという音はするが、やはり音の伸び、広がりは全然違う。特にストリングスの音はやはりCDとは全然違う。ソフトシンセの弦は確かに以前と比べかなりリアルにはなったが、このアナログ的な伸びのある音はさすがに出ない。

カラヤンは演奏についてはいろんな人が言っているが他のクラシックと違うのは、他のクラシックは殆ど一発録りが多いが、カラヤンはそこにミキサーを導入した。まだマルチトラックなどという概念すらない時代に多チャンネル的なミックスを取り入れた。だから他のクラシックよりは音が厚いし、ブラームスはトランペットは二本しかいないはずなのにどう聴いても4本のトランペットが演奏しているように聴こえる。日常的にミックスをやっている自分としてはアナログのサウンドを聴きながらいろいろと考えるところがあった。

当たり前だがCDは耳の可聴周波数の上限といわれる20KHZで切っている。アナログは高い周波数帯まで音が伸びているわけだが、経験上人間は必ずしも耳だけで音を聴いているわけではない、ことが最近の研究でわかってきている。だからCDは確かにSN率はアナログレコードよりはるかにすぐれているが、音の豊かさという点ではCDは絶対にアナログにはかなわない。スペクトラムアナライザーという周波数分析の測定器を使えば両者の差は歴然としている。

そんなわけでデジタル側としてはそのアナログの良さに近づくべく様々な革新を行なった。そもそもCDの44.1KHZ 16bit というのはデジタル草創期の四半世紀前に決まった仕様でもはや時代遅れのスペックなのだ。

我々が録音に使うpro toolsは理論上は96KHZ 24bitまで可能だが、私は標準を48KHZ24bitにしている。これは今使っているデジタルミキサーO2Rの都合もあるが、実は一度だけ96KHZ 24bitで録音した経験の感想をいうと「いい音のような気がする」というレベルでしかなかった。勿論数字上はサンプリングは48KHZと比べ倍のサンプリング周波数ー分解能ーがついているのだが48KHZ24bitと比べ音が倍良くなったかというとこれはなかなか難しいところである。理由はわからないが、おそらく人間の耳の分解能の限界を96KHZ 24bitという数字は超えているような気がするのだ。

ちなみに時々勘違いする人がいるのでいうが48KHZとか96KHZというのはサンプリング周波数であって音そのものの周波数帯域とは全く違う。サンプリング周波数でいうのはアナログの音をピックアップ(サンプリングという)する周波数で48KHZなら48KHZの周波数で音をピックアップ(サンプル)する速さのことをいう。音そのもの帯域ではない。当たり前だがデジタルである以上48KHZだろうが96KHZだろうが同じ20-20KHZの周波数帯域であり当然ながらアナログの周波数帯域よりはるかに狭い。

ここで「分解能」といったのはサンプリング周波数が細かいほど音の「決めの細かさ」が高くなる、つまりわかりやすくいえば映像の解像度のようなものがよくなるだけである。それが96KHZの帯域だと人間の耳の分解能に限界がある可能性がある。少なくともとてつもなくいい音になったという印象は得ることはできなかった。(ちなみに64KHZだと確かにいい音という感じはする)

このことを見て思うのは、結局デジタルでどれだけ「数字上」いい音であるはずだというデータがあっても、実は必ずしも人間が実際に聴感上の感覚に正比例するとは限らない、という点。つまり忘れられがちだが人間の五感はアナログである、という点である。

情報社会の現代は得てしてデータ偏重ー数字が全てであるかのような議論に行きがちである。だが実際には最終的にそれを享受するのはアナログ的な要素を持つ人間である、ということも忘れられがちだ。デジタルは確かに便利だが一方で人間の感覚を退化させる方向性に誘導する危険性があるように思う。

勿論我々はもはやアナログ主体には戻れない。だがアナログをあたかも石器時代の遺物のように蔑む態度はやはりいかがなものかと思う。

アナログ的な音の良さ、それを再評価する社会も重要だと思う。音楽を単に聞き流すBGMとしてではなくじっくり鑑賞する、そんな風潮がすっかり途絶えてしまったことを感じている。(実は先ほどのアナログのシンフォニーを聴いているうちに家族からうるさい、といわれた(笑))

そしてそういう風潮も音楽文化、音楽産業が衰退している一因になっているような気がしてならない。

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2011年8月30日 (火)

FM戸塚収録に庄野真代さんがいらっしゃいました。

9月4日オンエア予定のFM戸塚 83.7MHZ"BIGTIME Music Cocktail”はスペシャルゲストの庄野真代さんをお迎えしました。

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庄野真代さん(右から二番目)

今回は庄野さんの「国境なき楽団」が主宰するセプテンバーコンサートが戸塚東口駅前のペデストリアンデッキにて9月10日と11日に開催される関係で戸塚市民の皆さんに広くセプテンバーコンサートについて知っていただこうという主旨でお招きしました。

庄野さんの平和に対する思いと音楽がいかにそれに多大な貢献をすることができるか、といった信念を強く感じることができ、そばでインタビューを聴いていましたが感動しました。番組としても非常にいいものができたということができるんじゃないでしょうか?

今回は庄野さんのコーナー関係で"BIGTIME Music Cocktail”の事実上の特番状態でしたが、とても充実した内容になったのではないかと思います。番組では庄野さんの「飛んでイスタンブール」の新バージョンもオンエアします。お楽しみに

ご来場お待ちしております

4571283990051 庄野真代「リミニッセンス」
庄野さんの往年のヒット曲がリメークされてます

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2011年7月24日 (日)

エイミー・ワインハウス自宅で遺体で発見

自分の誕生日の日に、(一般的にはアナログ放送終了の日?(笑)) 訃報の記事を書くことになろうとは

■R&B歌手、エイミー・ワインハウスさん死亡
http://bit.ly/qNfR07

■Singer Amy Winehouse found dead
http://bit.ly/oJr7qg

兼ねてからアル中、薬物中毒といわれ先日のセルビアでのコンサートも泥酔状態でステージに上がりファンからブーイングを受けたという。リハビリ施設から出所して二週間もたたないうちにこのようなことに。死因は不明というが原因は明らかだろう。やはりどうしてもやめられなかったらしい。

奇しくもジャニスジョっプリン ジミヘン、カートコバーン、ジムモリソンといった音楽の伝説的アーチストと同じ享年、でも残念ながらまだ彼らのレベルに達しないまま故人となってしまった。才能があるのに本当に残念である。

今年は本当に訃報の記事を書くことが多い。

心からご冥福をお祈り申しあげます

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2011年7月22日 (金)

中村とうようさんを悼む

昨日はライブイベントだったのであまり書けませんでしたが、音楽業界にとって大変悲しいニュースが飛び込んできました。

音楽評論家の中村とうようさん、自宅から飛び降り自殺か
http://www.asahi.com/national/update/0721/TKY201107210520.html

知る人ぞ知る「ミュージック・マガジン」を作った人、エスニックやワールドミュージックを積極的に日本に紹介し、日本の音楽界に多大な功績がある方でなぜ自殺? 何かの間違いではとも思ってしまいます。

私も「ミュージック・マガジン」の愛読者の1人で、正直必ずしもとうようさんの評論、特に知る人ぞ知る「とうようズ・トーク」、にいつも賛同したわけではなかったんですが、それでも音楽に対する多くのデイベートを巻き起こし結果的に日本の音楽のさまざまなムーブメントを巻き起こした方でした。2010年12月に「ミュージック・マガジン」社を退社されましたが、昨今の音楽業界の惨状におそらくさまざまに思うところがあったのではないでしょうか?

79歳という高齢でなぜ自ら命を絶つ行為に及んだのかわかりませんが、非常に残念です。

心からご冥福をお祈り申しあげます。と同時に故人の音楽文化に対する多大な貢献に心から敬意を表するものです。

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2011年7月 9日 (土)

KONTAKT4.0をようやく本格稼動

先月、MACのスノーレパード環境に移ってから過去のEAST WESTのColossusバンドルを利用可能にするためにソフトサンプラーのKONTAKT 4.0を導入。

しかし実はインストールDVDデイスクがご覧の通りでロードしてもエラーの状態(キズがあるのがわかりますでしょうか?)

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結局部分インストールのみにしておいて、欠陥のあるインストールDVDデイスクのReplacementをNative Instrumentにおくってもらい。先日ようやく完全な形でインストール。稼動しました。

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KONTAKT 4.0はソフトシンセ音源のプリセットも豊富です。まだ全部の音を聞いたわけではありませんが、結構使い勝手がよさそうです。実は現在CGショートアニメ"Legend"の音楽を手掛けていますが、、早速いくつかのプリセットを使いました。

しかしこのKONTAKT 4.0を導入した目的は、単にプリセット音源を再生するソフトシンセではなく、自分でオリジナル音源、プリセットを作ることができるソフトサンプラーのユニットであるという点です。

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音源はCDから直接ではなく、いったんPeak Studio Prowavaiffに変換しなければなりませんが、

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無事自分の作りたい音源を取り込み、編集することも可能です。E IIIなきあと、そういう機能のあるソフトサンプラーの導入の必要性が生じていました。実はこの機能は先日企画会議で通ったある番組のコーナー企画に絶対必要なものでした。

今回のCGショートアニメ"Legend"のテーマ曲もpro toolsでmidi打ち込みを行い、KONTAKT 4.0Vienna Instruments のソフトシンセをフルに使いました。

何にせよ音楽制作環境がパワーアップしました。

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2011年6月30日 (木)

ビクターエンタテインメント「K2HD MASTERING+HQCD」を7月20日発売

ビクターエンタテインメントが新高音質CD、まず洋楽10タイトルを発売(日経トレンデイ)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/news/20110628/1036567/?fb&rt=nocnt


■ビクター、「K2HD」マスタリングの高音質HQCD-洋楽10タイトル。「ガラスCD」の技術を投入(AVwatch)
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20110623_455319.html

私のように一時ビクターの青スタに入り浸っていた人間からするとK2という言葉の響きだけで「懐かしい」と思う。まだマスタリングをU-maticのテープでやっていた時代からある方式だ。(U-maticといっても知らない人が多いだろう。昔の3/4インチビデオテープをデジタルオーデイオのマスターとして長く使っていた時代があった)

まだがんばっていたんだな、と思うと何となくうれしい気分になるが、問題はこれが普及するかどうか、だ。私は兼ねてから16bit 44.1KHZというCDのオーデイオスペックはデジタル草創期のものでありもはや時代遅れになっているといってきた。しかしSonyのBlue spec CDも普及する兆しを見せないし、もはや24bit以上が当たり前になっている現在のレコーデイング現場を考えると、その高音質をどうやって消費者に届けるか、というのは大きな課題であった。mp3じゃどうがんばったって高音質になりようがないからだ。(最近さすがにmp3とCDが同じ音質などとバカなことをいう人間はいなくなったが..)

この「K2HD」は最高100kHzにおよぶ広帯域の24bit高分解能情報をCDフォーマットのマスターに収める「K2HDコーディング技術」を採用し、それをメモリーテックが開発したHQCD(液晶パネルに使われるポリカーボネートをディスク基板材料に使用し、反射膜には従来のアルミニウムの代わりに耐久性/耐熱性に優れた独自の特殊合金を用いたもの)でプレスすることを念頭においたものである。従来のCDプレーヤーで再生でき「通常のCDやHQCDとは別次元の表現力を実現した」そうである。

何にしてもパッケージが現在の市場状況では、なかなかCDに替わる新プラットフォームができない状況だが、(やってもSonyのSACDと同じ運命を辿る)とにかく44.1KHZ 16bitなどというデジタル草創期でない高品位のサウンドを一般コンシューマーに届ける方法を考えないと音楽好きがどんどん減ってしまうのではないだろうか?

青スタのマスタリングスタジオ「FLAIR(フレア)」での作業だが、私が時々使うMergingのPyramixと比べてみたい気がする。

ちなみにメモリーテックは先日旧東芝のプレス工場だったToemiと完全に合併して世界でも最大級のプレス会社になった。弊社は実はToemiとのつきあいがあるので、このHQCDを作ることは可能です。ご興味ある方はお問い合わせ下さい。

http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_press.htm

■CDプレス料金表  
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_price.htm

■CDプレスセット料金(マスタリング+ジャケットデザイン)
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/setpricecd.htm
■DVDプレス料金表
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/dvd_price.htm

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2011年6月11日 (土)

スノレパ環境の音楽制作で思案中

先日のG5 Dualがダウンした関係で現在Mac ProOSX スノーレパード環境にて復旧作業し、Pro tools環境、そして波形編集のbias peak Studioのインストール及びオーサリゼーション作業が終了し、とりあえずスタジオのレコーデイングならびに編集環境は完全復旧した。

Pro tools8.0.5スノーレパード環境にて動く最も古いバージョンだが従来の7.3.1と比べてもプラグインがかなり豊富で特にリバーブ環境はかなり音場作りの面で改善しているし、何よりも今回でソフトシンセ環境が大幅に強化された。今回導入を決めたKontakt 4.0(kontaktの1000種類の音源+旧East WestColossus音源も同時に使用可能)を始めBFD(生ドラムの音源), Vienna Instruments (オーケストラ音源)に加え DB-33(ハモンドのB3の音源)やDrum'n Bass やトランス等のドラム音源のBoom等含む都合9種類のソフトシンセが装備される。これだけでかなり強力だ。特にKontakt 4.0はサンプラーとしてwavやaiff等の自分の好きな音源を取り込みオリジナルのサウンドライブラリーも作成可能になる。ちょっと前までスタジオに一杯だったハード音源以上の内容だ。

今までのG5 DualだとCPUへの負担が大きくソフトシンセをそれほど大々的に使えなかったが今回はCPUが4つのquadraなのでそれほど心配する必要はない。メモリーは8G装備。G5 Dualの時と同じだ。

さて、この環境で一つ思案していることがある。つまりこれだけソフトシンセ環境が強化された段階だがスタンドアローンモードで使えるのはKontakt 4.0 BFD Vienna Instrumentsのみである。あとはハードシンセのみだが、ここで今までのシーケンスソフトとして使っていたデジタルパフォーマーを導入する必要があるか、どうかだ。

実はMOTUのソフトはまだパフォーマーといっていた時代からもう20年以上使っている関係で、打ち込み作業に関してはこのソフトにものすごく慣れている。というかハッキリいってPro toolsのmidi打ち込みより使いやすい。そのため今まではデジタルパフォーマーでmidi打ち込みを行なってそれをSmf(スタンダードmidi file)に変換してPro toolsにインポートさせていた。しかし工程としては明らかに無駄に見える。だがPro toolsのmidiは私にとってやはり使い辛いのだ。だからどうしてもデジタルパフォーマーでmidiをやろうと考えてしまう。

しかし一方で先日かなり細かい音符の打ち込み作業でデジタルパフォーマー経由でSmf変換する際にクオンタイズの精度の違いから連符が変わってしまっている事態は発生した。そして今回Pro toolsのクオンタイズの精度も上がったようなので、この事態を避けるためにはやはり直接Pro tools内で打ったほうがいいのかな、とも思ってしまう。実は先日、Pro toolsで打とうとして挫折して結局デジタルパフォーマーで打ってしまったのだがまた再チャレンジしてみるか。

とりあえずデジタルパフォーマーが現在品切れでまだかかるし、懸案のLegendの「B案」(たぶんこちらになる可能性が高い)も二週間近く作業が遅れてしまっている関係でとりあえずPro toolsだけで全ての作業ができるように再チャレンジしてみようと思っている。

ちなみに楽譜ソフトのFinaleのバージョンアップも考えていたけど、Sibeliusの方がPro toolsのプラグインにもなるし最近評判いいので、そちらへの変更も考えている。まあ楽譜ソフトはそんなに急がないので少しゆっくり検討しようと思う。


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2011年4月27日 (水)

ソフトシンセに関する備忘録

3月から映画劇伴(いずれも短編)を3本手掛け、いずれも昨年導入したViennaを始めソフトシンセをフル稼働させた。結局pro toolsで作業することを考えるとソフトシンセのシステム内の充実はもはや避けて通れない。

特に昨年長年愛用していたE-muを手放すのは苦渋の選択だった。単にサンプリングライブラリーにとどまらず自分のオリジナルなサンプリングライブラリーも多くかなりの面で重宝した。サンプリングライブラリーに関してはViennaEAST WESTのバンドルの一種であるQuantum LeapColossus, そしてドラム音源のBFDがあるが、アレンジのさまざまな状況に対応可能にするためにまだ3-4のソフトシンセの導入を検討している。先日のMPJのお茶会で知り合いのアレンジャー、作曲家とのさまざまな情報交換の中で検討する必要性を感じた。

しかしそれらのソフトシンセは所詮プリセットをそのまま使うもので、要は音源の種類のみをあらわしている。実はどのソフトシンセでもそうだがだいたい使うプリセットサウンドというものは決まってくる。使わないものは全く使わないのだ。Quantum LeapColossus,は音源が幅広いのでだいたい一通りの状況に対応可能ではあるが、やはり使うサウンドは決まっている。BFDにいたってはライブなドラムサウンドにしたいときだけに使っている。使うスネアやキックもだいたい決まってくる。

しかしそれらは単なるプッシュボタン的なサウンドだ。そんなのはソフトシンセ環境を整えれば誰でもできる。

やはり今自分に一番不足しているのは自分なりのサウンド、ライブラリーを作れるソフトシンセ環境であるE-muを持っていた時はかなり自分なりのオリジナルサウンドライブラリーがあったが、今は使い勝手の悪いハードサンプラーにそれを代用させている。現在考えているテレビ番組の企画を続けるにはこの環境をまず整えなければならない。

いわゆるプリセットサウンドによるソフトシンセも3つくらい考えているが、まずはそこを充実させようと思っている。新しい制作体制を作り上げるためにもどうすれば一番理想的な環境になるかを考えようと思う。やらなければならないことはわかっている。


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2011年4月17日 (日)

音楽の「価値観」の破壊を目指す

皆さんは音楽にありかたでB.G.Mバックグラウンドミュージック というものがあるのはご存じだと思う。

というか今「音楽の使われ方」というものをよーく分析してみると、カラオケで歌う、着メロといったものを除いたら今、殆ど音楽というものはそういう使われ方をされていないだろうか?

車でドライブでもそうだし、何か事務作業をしたり、料理をしたり、家に帰ってくつろぐてもいい、今B.G.Mとして音楽はあちこちで使われている。

かくいう私もかつてBGM制作会社で働いていた時代があった。店内放送やラジオCM,
チャイム、ジングル、それだけでなくヒーリングミュージック環境音楽、いわゆるB.G.Mの中のB.G.Mといわれるようなものを作ってきた。おそらく業界で仕事している人間でも私にとって特にこの分野はある意味「専門分野」といっていいかもしれない。

今、手がけている映画のフィルムスコアも考えようによってはB.G.M制作といえるかもしれない。また自分でもこの劇伴、映像音楽分野は得意分野の1つだと自負している。ただ私は映画音楽を手掛けるにしても単なる映像のBGM制作に終るつもりはない。だがそれはまた別の機会に書くことにする。

つまり私の音楽人生を振り返るとB.G.M制作そのものかもしれないのだ。

しかし実は今そうしたB.G.Mバックグラウンドミュージック という概念そのものを真っ向から否定、破壊しようと考えている。音楽が産業化し、有線放送その他で町中に音楽があふれる今、その分野に関わってきた私がその根幹であるB.G.Mというものを否定しようとしているのは奇妙に思えるかもしれない。

実は今ある企画を考えている。その企画は現段階では詳細はいえないが、よく見ると昔私がやってきたことのある意味焼き直しのように表面上は見えるかもしれない。しかしベクトルは明らかに逆方向を向いている。勿論そもそも企画自体が通るかどうかもわからないから実現するかどうかわからないが...。

だが冷静に考えてみると自分が今までやってきたB.G.Mという概念真っ向から否定、破壊しようている考え方にもみえるのだ。つまりある意味今まで私が音楽人としてやってきたことそのものを否定、破壊することになるかもしれない。なぜならこの企画によってもしかしたら世の人の「音楽の聴き方」を変えるかもしれないからだ。

実は私はそこに閉塞状況にある音楽そのものの活路になればいいと思っている。新しい音楽のムーブメントを起こすにはやはり、何らかの価値観の破壊、根本的な発想の転換が必要だ。そのためにもこの企画を何とかして実現させたい。

具体的内容はまだいえない。今週打ち合わせがあるけど実現しそうになったら余計いえなくなる。しかしこの企画の目的はまさに音楽の既成概念そのものを破壊することである。

そう考えるとこの仕事は結構楽しい。

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2011年3月17日 (木)

震災、原発クライシスーでもこういう時こそ音楽が必要では?

さて、連日福島第一原発の深刻な映像が伝わっており、「高い放射性物質」なる言葉が独り歩きしていますが、原発のレベルの放射能ならスリーマイルレベルでしたら原発の放射能が東京まで少なくとも健康に影響あるレベルまで飛んでくる、というのはありえないですから、「黒い雨が降る」とか「水道が汚染される」などといったデマのチェーンメールには惑わされないようにしましょう。

そして節電と計画停電の煽りもあり、東京じゅうの繁華街も本当に真っ暗です。コンサートやその他のイベントは軒並み中止、キャンセルのオンパレードでミュージシャンでも急に予定がポッカリあいてしまった人も多いでしょう。

現在先日お話したCGアニメのフィルムスコアの作業をしていますが、結構ピンチのシーンの背景音楽なので、こういう時期なのにかなり不吉な感じの音楽を作ってます。(笑) まあそういうのは別として、しかしこの震災にからみ音楽家として何かできることがないか、と考えています。

私は一般的には「癒しの音楽」の作曲家というイメージになってます。勿論そうでない部分ーといいますか「癒し」とは180度逆の「ホラー」の音楽も作ったことがあります(笑) 勿論被災者の方は心身ともに疲れていらっしゃると思いますので「癒し」も必要だとは思いますが、何よりも元気になってもらえるような音楽、被災者の方を慰め、励まし「必ず立ち上がるぞ」という気になってくれる音楽を提供できれば、と思います。音楽にはそういう力があります。

具体的な方法は現在考え中ですが、近々どこかで発表できればいいな、と思います。


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2011年3月 1日 (火)

ブース改造後の弊社スタジオとレコーデイング

昨年末の記事にて弊社のスタジオブースの改造について書きましたが、その後さまざまなテストや調整等を行い、先月頃からぼちぼち稼動を始めました。

今日もナレーションコンテンツの収録(外部のブッキング)を行ないましたが、ブースはナレーター1人、もしくはボーカル1人に特化したものです。

 

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ナレーション録音時(1人用)でのブース内

ブース自体は正味一畳分なのでまあ無理すれば二人録れなくはないですが、基本的には1人用です。まあ音声コンテンツの仕事の9割は1人のナレーターで済むのでこの程度で充分だということがわかりました。

Pro toolsの録音ができるスタジオで業界最低水準の価格で提供しています。

一時間何と \4500円  (税別)

私が知る限りここまで安いところはないと思います。

但し安いのは理由があって、自宅内に併設していること、そして東京都下で都心から離れていること、そして完全に一人用のブースであること。そうした事情からこの価格にしています。 また私自身でエンジニア、デイレクター そして本職である作曲やアレンジャーなど1人で複数の役をこなしている点もこの価格を可能にしています。これで都内でビル借りて、スタッフも何人いたり、なんて状況じゃとてもこの値段にはできません。

というわけで私の制作スケジュールその他でいつでも借りれるわけではありませんがご興味のある方はお問い合わせ下さい。コストパフォーマンスでは自信があります。

弊社スタジオページ

http://www.hybridmusic.jp/studio.htm

お問い合わせはこちらへどうぞ

http://homepage1.nifty.com/hyb-music/Inquiry.htm

 


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おめでとう トレントレズナー

さて、オスカーから一日明けました。

ここで改めて昨日「ソーシャルネットワーク」のフィルムスコアを担当したトレントレズナーについてふれおきましょう。

トレントレズナーはご存じの方もいらっしゃると思いますがナイン・インチ・ネイルズ のリーダーでアンダーグラウンドのミュージックシーンで注目すべき活動をしてきました。いわゆるインダストリアル・ロックをオーバーグラウンドに持ち上げたバンドといってよく、彼のサウンドはどこか「プログレ」的なエッセンスを私自身は感じますのでかなりサウンド的にも好きなアーチストでした。

もう1つトレントで注目していたのは音楽のネットプロモーションはインターネットの草創期からかなり積極的に行なってきており「先駆け」的な存在でもありました。アルバム無料ダウンロードやツアービデオのBitTorrent配信などを先駆け的に行い。今では当たり前になっているPVのネット公開、やSNSをからめた作品のプロモーションを早くから手掛けていましたが、自分のPCに不正アクセスがあり、データがリークされてしまったたり、トレントが行っていたSNSでのユーザーとの交流を指し、そのSNSにおいて「(ファンである)自分のイメージと実際のトレントが違った」などの理不尽な理由で非難されたり、自身の結婚に対して嫌がらせのような行為を度々行われ、その対策に苦慮したこともあり2009年9月に有名なSNSは「バカが支配している」発言につながりました。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/12/news041.html

ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナー氏は、ネットコミュニティーへの参加は「益よりも害の方が多い」という考えに至った。

そんな関係で彼を注目していただけに今回の受賞はとてもうれしいです。

もっとも昨日「劇伴をやるとは思わなかった」と書きましたが、よく考えればトレントデビッドリンチ「ロストハイウエイ」のサウンドトラックのプロデユースもやっており、トニースコット映画『マイ・ボディガード (Man On Fire)』のミュージックコンサルタントも行なっているので、彼が映画劇伴に関わるのは全く不思議なことではありません。「ソーシャルネットワーク」デビッドフィンチャーはミュージックビデオも多数手掛け、無類のロック好きとして有名だし、そのあたりもあって今回の作品はクラシック系の作曲家アッティカス・ロスと共同で担当しました(このあたりもやりかたがニクイ)がいずれ単独で劇伴を担当することもあるでしょう。

私も劇伴、映画音楽系にこれから主軸を移そうと考えているだけに何かトレントと共通の方向を向いているような気がしますね。ネットプロモーションやロングテール手法の限界を感じると結局「映像」の方に言ってしまう。今まさに私の心境も同じです。

それにしても昨日の授賞式のトレント、ちょっと太ったような気も、 まあ人のことは言えませんが...(汗)

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2011年2月14日 (月)

第53回グラミー インデイースバンドの最優秀アルバムとB'sの松本孝弘受賞

第53回グラミー賞、先ほど閉幕しました。

主な受賞者は以下のとおり。この中で注目すべきは「年間最優秀アルバム」にカナダのインデイースバンドのArcade FireThe Suburbsが受賞。これは誰も予想していなかったでしょう。そしてベストポップのインストアルバムにラリーカールトンとB'zの松本孝弘のTake Your Pickが受賞したことでしょう。

最優秀レコード         Need You Now   Lady Antebellum

最優秀アルバム        The Suburbs       Arcade Fire

最優秀楽曲           Need You Now   Lady Antebellum

最優秀新人賞          Esperanza Spalding      

最優秀女性ボーカル    Bad Romance    Lady GaGa

最優秀男性ボーカル Just the way you are  Bruno Mars

最優秀インスト演奏    Nessun Dorma   Jeff Beck

最優秀インストアルバム Take Your Pick  Larry Carlton Tak Matsumoto(松本孝弘)

このほかにミックジャガーのグラミーステージ初出演やバーバラストライサンドの演奏などもありました。

詳しくは http://www.grammy.com/nominees

これに関する私の感想は続きをご覧下さい。

続きを読む "第53回グラミー インデイースバンドの最優秀アルバムとB'sの松本孝弘受賞"

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2011年2月 7日 (月)

また訃報:ゲイリー・ムーア、死去

スーパーボール観戦時にまた偉大なミュージシャンの訃報が飛び込んできました。

偉大なギタリストのゲイリー・ムーア(Garyなので実際ギャーリーの方が正しいと思いますが)が休暇で滞在中のスペインで亡くなりました。58歳 死因はまだ不明。就寝中にそのまま死亡したとの情報です。

■ゲイリー・ムーア、死去
http://www.barks.jp/news/?id=1000067516

Rock guitar star Gary Moore dies aged 58
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-1237786

■公式サイトでのコメント
http://www.gary-moore.com/

まだ58歳、若すぎます。Gary独特の「泣き」のギター好きでした。心よりご冥福をお祈り申しあげます

まだ二月始まったばかりなのに、ミックカーン、ジョンバリーと偉大なミュージシャンの訃報が続きます。音楽文化が衰退していると同時に偉大な音楽家も逝ってしまう。そして後に続くものは???

非常に危機的な状況です。


続きを読む "また訃報:ゲイリー・ムーア、死去"

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2011年2月 1日 (火)

映画音楽作家のJohn Barry を悼む

2月に入って訃報が入ってきました。
007シリーズや「野生のエルザ(Born Free)」の映画音楽の作曲家で知られるJohn Barry氏がなくなりました。77歳

作曲家ジョン・バリー氏死去、映画「007」シリーズを手掛ける
http://www.afpbb.com/article/entertainment/news-entertainment/2784048/6759695?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics

私が個人的に好きなのは007の「ゴールドフィンガー」「野生のエルザ」そして"Dance with wolves"ですね。それまでクラシックの王道的な映画音楽が主流だった時代にポップな感覚を率先して取り入れた映画音楽作家でオスカーも多数受賞しています。

私が結構お手本にしている作家の1人です。

心からご冥福をお祈り申しあげます

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2011年1月26日 (水)

音楽マーケットは両極化する?ー世界最大級のジャズ専門店「diskunion JazzTOKYO」

世界最大級のジャズ専門店が開店 CD、LP在庫10万枚
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011012601000454.html

昨年11月、「世界最大級のジャズ専門店」をうたい文句に開店した東京・お茶の水の「diskunion JazzTOKYO」。新品・中古のCDからLP、DVD、書籍まで、ジャズに関する膨大な商品を一堂に集めた店内は壮観だ。

 ビルの2階、約330平方メートルの売り場に新品CD約1万5千枚、中古CD約2万枚、LP約2万枚が並ぶ。在 庫を合わせれば約10万枚。平日の午前中からお客さんが続々来店し、熱心にお目当てのものを探すさまは、音楽ソフトをダウンロードすることなど想像もしな かったひと昔前をほうふつとさせる。

 「本当に音楽を好きな人たちは、デジタルだけでは飽き足らず、今もパッケージ(CDやLP)を買っています」と 話すのは、ディスクユニオンでお茶の水ソウル/レアグルーヴ館と新宿ジャズ館の統括責任者を務める塙耕記さん。団塊世代を中心とした昔からの顧客の中に は、1枚10万円以上のLPを買う人もかなりいるという。店頭には35万円以上の値段が付いたLPもあった。

 店名に「お茶の水」ではなく「東京」を冠し、英語表記にしたのは、海外からのお客さんを意識したため。

                                               

私はジャズも結構好きなんだがお茶の水は結構家から遠いためまだ一度も行っていない。音楽不況とかういわれて久しいがこの「diskunion JazzTOKYO」は高い人気を誇っているという。

まあ団塊の世代、それ以上が多いというからある程度納得。おそらくこの店に行く人の大半は配信ダウンロードなどをしない人たちだと思う。しかしだからといって彼らを「時代遅れのアナクロ」と決めつける向きがあるとしたらそれは短絡的な見方といわざるを得ない。

私は「アナログ」の良さもある程度経験してきた世代だからいうが、正直いってデジタルの音ばかり聞いている若い人にも是非騙されたと思って聴いて欲しいと思う。確かにデジタルに比べてSN比は悪いが、高音から低音の音の伸びと豊かな音質はデジタルでは絶対に出ない音である。はっきりいってこの良さがわかってしまうととたぶんmp3の音なんて聴けたもんじゃない、と思うはず。

実際CDが誕生して長いが結局アナログ盤は絶滅どころか最近ではクラブ系、ブートレグ系でしっかり生き残っている。ドラムエンドベースの低音の伸び、ヒップホップの強力なキックはCDで出すのは限界があるからだ。スクラッチにしてもやはりアナログの方が当たり前だがやりやすい。実際クラブ系のみならずアナログ盤自体の復権の傾向はあちこちで見られる。

diskunionの方もおっしゃっていたが「本当に音楽を好きな人たちは、デジタルだけでは飽き足らず、今もパッケージを買っています」というのはアナログ時代を経験した私だからよくわかる。最近は良い音を良い音楽の再生環境で聴くという機会が本当に少なくなってきたが、最近秋葉原の「コイズミ」(コイズミ無線)でスピーカーの試聴会とかに来る人が増えているという情報もあるようだし、まだ昔の「オーデイオマニア」的人種が復活の兆しがあるのかもしれない。

勿論こういう人たちを「マニア」と決めつけるのは簡単だが、この傾向と最近の配信の動向を見るにつけ音楽のマーケットはこれから両極化する可能性が高い、ということである。J-pop等に三文程度の価格しか払わないで配信のみで済ます人たちと、何万円出してもいいから名盤をアナログ盤で楽しみたい、良い音楽良い音質のためにはお金を惜しまない人たちの両極化である。だから本物を良さを知っている人たちのみを対象に付加価値をつけて音楽を売る、という戦略はこれはこれでアリである。

またこれからの音楽文化の復権ということを考えるとこういう人たちを大事にしないといけないと思う。なぜなら消耗品でない音楽の良さ、音質の良さというものを理解している人たちだからだ。その良さを何とか次世代に伝えることができれば、と考えている。

はっきりいって今時のポップスがこういうところで扱われるなんてことはないだろう。少なくとも今のJ-popにはみんな三文程度の価格しか払わないのかもしれない。というのもその程度のクオリテイしかない、消耗品程度の価値しかない、と思われているから。それはここ数年の状況を見れば明らかだ。

はっきりいってJ-pop「名盤」なんてないよな。日本の誰々のアーチストのアルバムは名盤で永久保存版、というのはあまり聞いたことがない。最近のは特にそうだ。今FM等でパワープレイされている曲で10年後大事にされる、なんてことはないだろう。おそらくカバーされるなんてこともたぶんない。 もし「違う、こういうのがある」、というものがあれば教えてください。

いずれにせよ「二束三文程度の価値しかない消耗品の音楽」「名盤」として高いお金を払いたくなる音楽、とこれから両極化するだろう。私自身はどちらの音楽を目指すか、それはいわなくともわかるだろう。後者を目指すに決まっている。


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2011年1月20日 (木)

KAT-TUN側がボーカロイド楽曲の『影響があった事実』を認める 

個人的な事情だが実はいったん頭の中を空っぽにしようと思っていたので、「ネットの時間を最小限にして頭の中を整理したい」と思っていた矢先だったのだが、今朝たまたまブログのアクセスをチェックしたら普段とは桁違いのアクセスがあったことに気づいた。

原因はこれらしい。
■KAT-TUN側がボーカロイド楽曲の『影響があった事実』を認める 「事実を認めて頂き然るべき処遇をして頂く」             

ご存じの方も多いと思うが実は昨年の12月のこういう記事を書いた。

■KAT-TUNのボーカロイド曲盗作騒動に見る制作体制の御粗末ぶり
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/12/kat-tun-3543.html

「影響があった」となどという回りくどい言い方をしているが、上の私の記事で両者を比較しているのでどうにも「言い逃れ」ができなくなった、ということかもしれない。両方聴けば誰の眼にも明らかだからである。

上記の記事を書いた手前、これに関して何か書かなければ、と思ったがもともとが呆れた内容なので「やっと認めたか」としかいえない。現在制作スタッフが大変なことになっているのは想像にかたくない。というかこれどう考えてもプロの仕事じゃないだろ?

何よりも怒りを通り越して呆れるのはプロがどシロウトの曲を盗作した事実に関して何とも思っていないこと。これじゃ日本の音楽制作スタッフがアマチュアになめられても仕方ない。一応プロレベルで仕事している自分としては恥ずかしいとしかいえない。

「円満に解決」はおおいに結構だが、それでは今回の問題の本質を解決したことにはならない。現在の音楽の制作体勢、特にコンペの体制が本質的に機能していないことが今回の事件で明らかになった。それと全部他人まかせ、スタッフの問題意識の欠如、さまざまなことが重なって今回のことが起きた。ここの部分を徹底的に洗い直し制作体制を根本から見直すことから始めないと再発防止にはならないだろう。

何よりもコンペが当たり前になったことでプロの作曲家を尊重する風土、音楽のプロに対して敬意を微塵も払わない風潮が音楽界、芸能界にすっかり定着してしまった点が大きな問題だ。制作される音楽の質がますます低下し、音楽を百均の消耗品のごとく使い捨てにするのが当たり前になった業界。この風潮に対して何の疑問も持たないレコード会社のスタッフ。それら全てをもう一度0から見直すべきだと思う。音楽業界の再建はまずそこから始めないといけない。CDが売れないとか違法コピーがどうのこうのという以前の問題だ、


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2011年1月 5日 (水)

訃報 ミックカーン死去

かねてから癌で闘病中だった元 Japanのベーシスト、ミックカーンが日本時間1月5日未明 午前一時半に自宅で亡くなりました。まだ52歳でした、

治療費の件で募金運動もあり、みんなで支えようとしていただけにとてもとても残念です。
独特なノリを持ったベーシストでした。私の大好きなミュージシャンの1人です。

心からご冥福をお祈り申しあげます。

http://www.mickkarn.net/


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2011年1月 1日 (土)

謹賀新年ー新年最初の話題は日清のカップヌードルのCMのフレデイマーキュリー

    

       あけましておめでとうございます。

Geishunn

皆さん新年明けましておめでとうございます。

お正月いかがお過ごしでしょうか? 新年最初の話題ですが今年に入り日清のカップヌードルのCMに 今年没後20年(早い!!)になるクイーンのフレデイーマーキュリー「出演」しています。ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか?

I was born to love you に日本語で「I Love カップヌードル好きだもーん」と歌わせていますがこれたぶん「合成」ですよね? それともゴーストシンガーに歌わせているンでしょうか? だけどフレデイーと同じ声出せる人なんてそうそういるもんじゃないし...

次のような映像です..


 口の動きも合わせているところを見ますと、声も「合成」だとすると恐ろしく手間がかかっているCMですね。

それにしても今年で没後20年になるフレデイーマーキュリーがこんな形で露出するとは(笑&汗)


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2010年12月26日 (日)

新しい音楽プロモーション考の大半は「神話」であり「絵に描いたモチ」である

昨日うちの奥津恵の今年最後のライブが終了した。実は奥津のプロジェクトを始めるときに従来のメジャー的なプロモーション方法ではない方法で、アーチストのインキュベーションを行なってみようと考えスタートしてみた。

いわゆるロングテールな視点でインキュベーションができないかという仮説であり具体的には以下の内容になる

1. CDが売れなくなったら、ライブで稼げばいい

2. インターネットで音源を自由に聞かせるようにすれば自然に売れるようになる。

3. ブログやSNSを使用してファン層を広げることができる。

勿論従来の「タイアップ」等の古典的なプロモーション方法を完全に放棄していたわけではないが(実際5-6回ほどCM等のタイアップのコンペに参加しているー2-3回程最終選考に残ったことがあるが結果的にNGだった)、上記の3つの観点を中心に私なりにさまざまな「実験」をやってみた。

結論からいおう。少なくとも上記3つのみインキュベーションを行なうことはほぼ不可能である。twitterやSNSを見ていると上記3つの方法さえやればアーチストはやっていけるはずだ、などという言質がいまだに多いが実際にやってみればいかにそれが非現実的な方法であるかがわかる。

まず1.CDが売れなくなったら、ライブで稼げばいい」 という観点、先日NHKラジオに出演した時にも視聴者からそういう意見が出たが、マドンナのように黙ってても武道館クラスの会場を満員にできる超ビッグアーチストならともかく、その辺のインデイースのアーチストがたとえ一年365日全部にライブをしたとしてもたぶんアーチストがそれで食っていくのはほぼ不可能であろう。現場経験から実際にどういうものか説明しよう。

まず「ライブでCDがどんどん売れる」というのは幻想だ。いや、確かにCDは売れる、但しそんな100枚、200枚もライブで、しかも毎回売れるわけではない。うちの奥津が一回のライブで一番売った枚数は14枚、 あるインデイースアーチストで50枚売ったという話を聞いたことがあるがそれは寧ろ例外である。たいていの場合ライフハウスクラスでは売れてもせいぜい数枚程度である。それもライフハウスのノルマを達成した上での話しで、仮にノルマを上回る動員数があったとしてもチャージバックなんて微々たるものだから、それで「食っていく」レベルには到底届かない。何よりもノルマを達成しなければ例えCDが売れても赤字になってしまうのだ。そして年300回以上ライブをしたところで(これ自体かなり非現実的だーやっているバンドもあったようだが毎年こんなに体力が続くはずがない)300回全部にノルマを達成するなど、よほどコア層が多数いるアーチストでないと不可能だ。また仮にそれが達成できたにせよ、諸経費等を考えればそれで「食っていく」レベルまで稼ぐのは極めて難しい。紙の上では可能であるように思う人がいるかもしれないが現実はこうである。

但し
「ライブで稼ぐ」ことはできなくてもそれを通じて「コア層」を育てることは可能である。但しこれは全ての音楽ジャンルで可能というわけではない。もともとロックでいえばHM(ヘビーメタル) パンク クラブ系でいえば音響系(ノイズ系含む) ゴアトランス、ドラムエンドベース、アンビエント等々元々コアのファンで成り立っている音楽ジャンル、そしてアキバ系などは「コア層」を育てるのに非常に向いているジャンルである。これらに関しては「コア層」のファンを蓄積が比較的容易だしCDも売りやすい。

次の
「2. インターネットで音源を自由に聞かせるようにすれば自然に売れるようになる。」についてはもうこのブログで何回も書いたので改めて書く必要はないだろう。「ネットでコピーし放題にさせればプロモーションになる」というのは実は大嘘である。昔は私もそう思っていた時期があり、実際にそれをやってみたが結果は惨憺たるものだった。

実はネットユーザーの殆どは「タダだから聴く、タダだから見る」というユーザーであり、少しでも「有料」である部分を見せただけで9割のユーザーがその瞬間に退いてしまう。これは何回もいろんなことを試してみたがほぼ全てのケースで真実であり実感として感じたことである。この件は既に何回も述べたのでこれ以上は語らない。9割以上の人は「あ、タダでダウンロードできた、ラッキー♪」以上には考えないのである。認めたくない人もいるだろうがそれが現実である。

そして3. ブログやSNSを使用してファン層を広げることができる。」

これに関してはアメリカ、カナダ等では成功例がある。オバマ現アメリカ大統領などは無名の政治家だったのが「草の根」から大統領になった例だし、このブログでも書いたがYour Favorite Enemies のように従来のメジャー的なプロモーションによらずにBillboardチャートにランクインした例もある。

しかし日本でこれで可能かどうかについては別問題である。結論からいって日本のネット事情を見るにつけこれと同じことが日本で起きると期待するのは極めて非現実的である。それは日本のネットの言説が実質的に社会的マイノリテイによって支配されているという現実がある。(詳細は http://d.hatena.ne.jp/KyojiOhno/20101123/1290501330 をご覧下さい。)

勿論、中川淳一郎さんのいうウェブのバカと暇人 が多いのは何も日本だけの事情ではないが、(アメリカも負けず劣らずひどい) ただしアメリカでは日本のようにウエブ論壇が固定していないし、健全的で賢い人たちが集まるサイトも存在するため、アメリカでは「草の根」ツールとして機能している面もある。しかし残念ながら日本のネット事情はそこまで成長していないのが現実だ。賢い人分別のある人の影響力が日本では少なく、社会的マイノリテイによってウエブの言説が支配されているという意味で極めて不健全である。梅田望夫氏の「日本のウエブに失望した」発言はこうした状況を見た上での発言である。

従ってこれも「少なくとも日本では」非現実的といわざるを得ない。

つまり私が数年前に論じた「ロングテールな」観点からのアーチストインキュベーションの挑戦事実上敗北に終わったと認めざるを得ないのだ。

ということで来年から奥津恵のプロモーション方針を根本的に戦略を見直します。今さらですがITだけで革命なんて起きないですね。少なくても日本においては

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2010年12月23日 (木)

クリスマスソングとクリスマスのその他雑学トリビア

はい、明日はクリスマスイブですねえ。 日本ではすっかり彼氏、彼女とのデート+α(!?)の日と化していますが、私も経験がありますが独身の方には厳しい(!?)シーズンかもしれません。

まあ家族がいればいるで、子供のプレゼントで頭を悩ます時期なんでまあ一長一短ですね。不況で会社の業績も良くないのに散財しなければならず頭が痛い(^^::)

せっかくなんでクリスマス、ことにクリスマスソングに関するトリビアについて書きましょう。皆さんどれだけご存じですか?

・教会のクリスマスソングには「讃美歌」と「聖歌」がある。

教会の歌=讃美歌と考える人が多いようですが、実は一般にプロテスタントを中心とする「西方教会」の歌は「讃美歌」、カトリックやギリシャ正教、ロシア正教等の「東方教会」の歌が「聖歌」で両者は同じではありません。「聖歌」はグレゴリオ聖歌に代表するように古代、中世から存在し、「讃美歌」の大半は比較的最近(ルターの宗教改革以降)の作られたもので、我々が良く知っている「きよしこの夜」「もろびとこぞりて」は「讃美歌」になります。但し近年カトリック側もプロテスタント系の曲を多く採用するようになっており、讃美歌の曲集に「聖歌」のタイトルが付けられていたり等、両者の区別に本質的な差異は無い場合も出てきています。各教派の編集の基準も多様化していますので、上記の「讃美歌」「聖歌」として扱っている場合もあります。

・「讃美歌」と「聖歌」にはまだ著作権がある場合がある。

勿論殆どの讃美歌、聖歌は著作権消滅曲ですが、実は日本の場合「訳詞」があり、その「訳詞」の著作権がまだ消滅していない場合があります。ことに日本語の歌詞で歌う曲を扱う時は注意が必要です。消滅曲だからといって安心していると著作権でひっかかる場合もあります。

・「ジングルベル」は本来はクリスマスソングではない

えーっ と思うでしょう?(笑) でもジングルベルのオリジナルの歌詞をよく見てください。実は「クリスマス」という文字はどこにもないんです。一部の日本語の訳詞に意図的に「今日は楽しいクリスマス♪」と入れて無理矢理クリスマスソングにしていますが、オリジナルの歌詞にはそれがありません。元々この歌は「ソリに乗ってる 楽しい♪」という歌で、本来はソリの歌なんですね。ソリに鈴をつけるのは北欧では普通なので、そのソリがサンタクロースを連想させる、ということでいつのまにかクリスマスソングにされてしまったんですね。ですからこの曲、無理矢理クリスマスソングにされてしまった、というのが本当のところです。

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ーさて、ここまではクリスマスキャロルに関してのトリビア、次はクリスマス一般に関するトリビアです

・カトリックには本来クリスマスツリーはない

実はクリスマスツリーの起原は諸説あり>1419年にドイツのフライブルクでパン職人の信心会が聖霊救貧院にツリーを飾った。この記録が、クリスマスツリーをクリスマスに飾る行為が最初とされていますが、一方では宗教改革のルターがドイツの森に無数の精霊が宿るのを見て、それがモミの木で無数に光っているように見えたため、もみの木に飾りをつけたのが始まり、という説もあり、どちらかははっきりわかっていません。

いずれにせよ起原がドイツであることと、宗教改革の動きにそって広まったことから長い間旧教であるカトリックではクリスマスツリーを飾りませんでした。最近でこそカトリック系も飾るようになりましたが、まだスペイン、南イタリア等厳格なカトリック的な風土があるところではクリスマスツリーを飾らない地域もあります。

厳格なカトリック教徒にとってクリスマスは神聖なものであり、厳かな気分で過ごすというのが普通で、日本のように恋人たちのデートやホテルでの宿泊などとんでもない、というのがそういった国の風潮です。

・そして何よりもイエスキリストの本当の誕生日は12月25日ではない(!!)

これは割りと有名な話なのでご存じの方も多いでしょう。実はこの時期になるとキリスト教原理主義者の団体が「聖書がうんたらかんたら」という押し付けがましく、かつうざったいアナウンスを渋谷の交差点で行なったりしていてとても不快な気分にさせられますが、もし彼らがイエスキリストの本当の誕生日が12月25日でない、ということを知らなかったとしたらこれはいかがなものでしょうか?狂信というのは恐ろしいです。しかも最近アメリカでもヨーロッパでも原理主義勢力の影響力が強くなっているというのは懸念すべき事態です。

イエスキリストの誕生日は1月7日という説と4月7日という説もあり正直わかっていません。しかし12月25日というのはヨーロッパの原始宗教であるミトラス教の聖なる日であり、キリスト教はそのミトラス教「融合」する形でヨーロッパ各地に布教されていったという事情もあるようです。そのためいつのまにか12月25日がキリスト教の聖なる日となったようです。

あと意外に知られていませんが、イエスキリストは何とイスラム教においても「聖人」となっています。イスラム教の場合は預言者(ナビー)の1人としてキリストを受け入れているわけですが、元々キリスト教も、イスラム教も。ユダヤ教も「旧約聖書」を出発点とした宗教で源流は同じ宗教なんですね。 だからキリストがイスラム教の中でも聖人であるのは何の不思議もないんですね。なのにあんなに血で血を洗う争いを何世紀を続けているという事実、これは悲しいし、愚かしい話だと思います。

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まあそんなこんなでクリスマスを1人で過ごしたってそんなどうってことないですよ(笑)
もともと日本人は「クリスマス」を口実として騒ぎたいだけの人が多いですから

というわけでみなさん ステキなクリスマスを!!  メリークリスマス!!

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2010年12月19日 (日)

小澤征爾、カーネギーホールで奇跡の復活!! スタンデイングオベーション

小澤征爾、カーネギーホールで完全復活! 奇蹟のライヴが早くも1月に緊急リリース!
http://www.cdjournal.com/main/news/ozawa-seiji/35770

まさしく日本の誇る音楽家である。

私事だがまだ父親が健在だった頃、地元のパルテノン多摩大ホールで小沢征爾の新日フィルの演奏を聴きに行ったことがある。クラシック好きだった父親と今となってはいっしょにいった最後のコンサートとなってしまった。もっと良質なクラシック音楽のコンサートにいっしょに行けばよかったと今となっては後悔している。演奏曲目は確かヒンデミートの「画家マティス」があったように記憶しているがあとのプログラムは覚えていない。しかし十分に楽しめた演奏会だった。とかく「教科書通り」にしか演奏しない音楽家が多いクラシックの演奏家の中で、遊び心も加えた小沢の演奏はやはり一味も二味も違った。一流の演奏家というのはやはりそういうものだろう。

今回のカーネギーホールでブラームスの交響曲第一番を選んだというのは何かわかるような気がする。この曲はブラームスの中でも人生の転機となった作品で、「交響曲」に対する思い入れが人一倍強かったブラームスが満足しうるクオリテイの作品にするまで七転八倒した心境が現れている作品である。最後はベートーベンの「歓喜の歌」を思わせるテーマ曲で自分の中の大きな壁を越えることができた喜びを表現している。(そのためこの曲はベートーベンの第十番交響曲とも呼ばれるーいい意味でも悪い意味でも、だが)

癌という病気を克服という「壁」を乗り越えこれから新たな人生を力強く歩んでいく、という小沢征爾の決意の表れだと捉えたい。おそらくその思いもあって病みあがりにも関わらず力強い演奏だったことは想像に難くない。この演奏は是非聴いて見たい。

カーネギーホールは観客総立ちのスタンデイングオベーションだったという。自分に力を与えてくれる演奏かもしれない。


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2010年12月12日 (日)

「音楽業界が衰退しているのは買いたい音楽がないから」について

久々に音楽業界の現状の話について書きましょう。

このブログは今まで音楽業界の衰退の現状等について、さまざまな観点から論じてきましたが実はこの関係の議論を展開する際に前から少し気になっている議論があります。

それは

「CDが売れないのは曲がよくないから、買いたい音楽がないから」

という議論です。

確かに以前私はこういう記事を書いたことがあります。

音楽業界衰退の原因は「音楽の消耗品化」が主原因
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/04/post-8706.html

これはいわゆる「メジャーレコード」のマーケテイングに特化した議論について述べたものです。
しかし実際現代の世の中にある全ての音楽が「消耗品化」にされているか、といいますと

違います。

実は目立たないですがいい音楽は世の中にはたくさんあります。
特に最近のインデイースのアーチストの作品を見ますとはっきりいって今「メジャー」といわれているアーチストの作品より遥かに高い質の音楽を発表しているアーチストがたくさんいます。

しかしいわゆる「メジャーレコード」の殆どが地上波テレビのタイアップとかキー局でのオンエアとか非常に一般の人に目に付きやすい形で露出されているのに比べ、インデイースのアーチストの作品はなかなか地上波には現れません。そのため一般の人になかなか目につきにくいのです。

それは海外のアーチストの作品も同じです。いわゆる超メジャーのアーチストなら地上波に流れますが、そうでないアーチストはなかなか目に付きません。

そのため 地上のテレビに露出されている音楽が世の中の音楽の全てであるかのように錯覚している人が非常に多いように思います。

しかしもう一度いいますがそれは誤りです。

しかしそういうアーチストの作品はネットは勿論のこと、CSやケーブルでのMTV サウンドシャワーといった放送局では見ることができます。地上波に流れているものだけが世の中の音楽の全てではないのです。

こういうことを云うとまた「昔がよかった」論者のように決め付けられてしまいますが、昔は何か面白い音楽がないか、自分で捜しにいきましたね。昔のデイスクユニオンとかに入り浸ったりとか、 今は情報過多のせいか自分から情報を捜すという行為がすっかりなくなってしまっているような気がします。情報が与えられるのが当たり前、という感覚で殆どの人がいるような印象を持っています。実際「世の中にいい音楽がない、買いたい音楽がない」という人に限って自分から音楽を捜そうという発想を持っていない人が多いような気がします。それこそネットだけでなくMTV サウンドシャワーとかをチェックしようという発想すらない人が殆どですね。

しかしせっかくですからちょっと今までとは違う音楽のチャンネルで音楽を捜してみる、ということをされてみたらいかがでしょう?

ちなみにインデイースに関してはお勧めのサイトがいくつかあります。騙されたと思って覗いてみられてはいかがでしょう。もしかしたらお気に入りの音楽がみつかるかもしれません。

Vibirth
http://www.vibirth.com/

Monstar FM
http://monstar.fm/

CD baby
http://www.cdbaby.com/






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2010年12月 9日 (木)

ジョンレノン没後30年に思う

さて、今さら云うまでもなく30年前の1980年12月8日 ジョンレノンが凶弾に倒れた。日本時間で午後一時に当たる。昨日は恒例に武道館でオノヨーコ氏がライブをやっていたが、20世紀が生んだ偉大な音楽家の1人の音楽も頻繁にラジオ等でオンエアされている。

イマジンの例を出すまでもなく、自らの生命を賭して音楽を通して平和と愛を歌った彼だがあれから30年、世界は良くなっただろうか? 「良くなった」と答える人はたぶん少ないだろう。

ジョンレノン「不穏分子」としてCIAに日常的に監視されていたのは有名な話だが、あれから湾岸戦争、アフガニスタン、イラク戦争と世界から戦火が絶える事がない。そもそもアメリカを実質的に支配しているのは軍産複合体であり、それは大統領ですら逆らえないシステムになっている。つまりアメリカは表向きは民主制をとっているが実質的には軍事政権といってもいいくらい軍産複合体の支配は凄まじい。そしてそれに逆らえばケネデイのような末路が待っている。アメリカにはかつて20年の暗殺のジンクスーテカムセの呪い(テカムセののろい、Tecumseh's curse)というものがあり、第9代ウィリアム・H・ハリソンの肺炎による死去からロナルドレーガンの暗殺未遂まで続いた。なぜかブッシュのバカ息子に対しては何も起きなかったがこれは軍産複合体に守られてきたからだろうか? いずれにせよアメリカ主導の戦争はジョンレノンの時代から収まるどころか拡大する一方である。そして最近の北朝鮮や中国に絡む一連のできごとも同様だ。寧ろ我々日本は世界でも最も危険な地域に位置しているといってもいいかもしれない。

そして音楽産業、音楽文化の状態ーこれはかつてないほどの危機的な状況であることはこのブログでも何回も述べてきたので今さらいうまでもない。その危機の原因は音楽産業側が原因になっている面も多分にあるが、音楽をタダで勝手にコピーするのが当然の権利といわんばかりの輩がネットに多いという厳然たる事実も問題だ。こういう連中は音楽文化を尊重し、アーチストに敬意を表する態度が微塵も見られない。

インターネットは確かに便利なツールであるが、一方では中川さんがいうとおりバカと暇人や一部のIT起業家ITギーグが実質的にネットの言説、論壇を支配しているというマイナスの局面もある。(そして残念ながらこの傾向は強くなることはあっても、弱くなることはたぶんない) そして今までリアルの世界では接蝕しないで済んだバカと暇人一般の社会常識が通用しない輩社会性0の人間等と遭遇してしまい、「荒らし」等の面倒臭いことに時間を取らざるを得なくなってしまうことも度々あった。こういう連中にかける時間は時間の無駄であり極めて非生産的な時間である。最近はネットの便利な面よりこういった負の部分の要素が目立つ。特にここ一年くらいは

ジョンレノンイマジンの世界を単なる「理想主義」と片付けるのは簡単だ。だが我々は時代をよくしようという志を捨ててはならない。おそらくジョンが今の社会の現状を見たら頭を抱えてしまうだろうが、この現状から少しでもよい方向に持っていく努力を放棄したら人類には未来も希望もなくなってしまうからである。

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2010年12月 1日 (水)

KAT-TUNのボーカロイド曲盗作騒動に見る制作体制の御粗末ぶり

KAT-TUNのオリコン1位の新曲がボーカロイド曲を盗作疑惑? 作者「うわっ…そっくりだ。ショックすぎる…」

http://getnews.jp/archives/87223

さて、有名曲の盗作騒動、というのは今に始まったことではない。しかし今までの多くは「メロデイのどこの部分とどこの部分が似ている」という程度のものであり、人の主観によって「何となく似ている、といえなくもない」というレベルだった。それで古くは服部克久氏と小林亜星氏の訴訟等もあった。(もっともこの泥仕合はJASRAC内部や作曲家団体の勢力争いという日本の音楽界のドロドロとした部分もからんでいたのは事実だーだから私は「作曲家協会」とか「作曲家評議会」とかの面倒くさいものには参加していない)

また「パクリ」という言葉がある。これはあるメロデイの「おいしいところ」を取り他のメロデイの「おいしいところ」と組み合わせる、ということでこれは正直よく行なわれている。賛否両論がある手法だが、この「コラージュ力」にはそれなりの創意工夫もある場合がある。名前はいえないがある大御所的作曲家は「自分の曲は「パクリ」の芸術だ」といってはばからない人もいる。

しかし次の例はそのいずれにもあてはまらない。正直ここまでひどい例は私もちょっと記憶がない。

まず、「盗作された」と主張している巡音ルカオリジナル DYEをお聴きいただこう

次にKAT-TUN NEVER x OVER ~「-」 IS YOUR PART~をお聴きいただこう

わざわざ説明の必要はないと思う。

勿論実際巡音ルカオリジナル DYEの作者が告訴しないと「盗作」と法的には認定されない。またそのため作者は膨大な資料も用意しなくてはならないというハードルはあるが、それにしても制作の担当者がイントロまでほぼ同じ曲が存在している点を把握していないだけでそれはおおいに問題である。要はデイレクター連中が全然音楽を聴いていない、制作作業も他人任せ、という最近の業界の体質がこれを生んだ。

実はKAT-TUNのようなアーチストの曲は殆ど無数の作曲家のコンペから成り立っている。だいたいのケースは数百曲くらい集めるが、だいたいそんなに集めてまともに曲を聴いているか疑問だし、どういう基準で選んでいるのかもいつも不明確である。私は先日ある都合でやむを得ずコンペに曲を提出したが普通は原則としてコンペには参加しない。これはゴーストを強要される、という現実もあるし、何よりもそれを作るために作業的に無駄になる可能性の方が高い。

まあ普段はサラリーマンやっていて自分の曲が有名アーチストに採用されてヒットする、などという夢を追いかけたい人はそれでいいけど、我々みたいに仕事でやっている人間はそんなことをやっていた効率が悪すぎてとてもやっていけない。(なかには最初から「採用者」がいないコンペすら存在する)

何よりもこちらの曲を本当にきちんと聴いているか疑問だし、最後はスタッフ連中の単なる趣味で終わるケースの方が多い。何となく自分の曲が「弄ばれている」感じがするから私はコンペに参加しないのだ。今回はうちのアーチストのプロモーションの目的のためにあえて参加したが、結果は期待していないし、こういう特別な事情がない限り二度とやらない。

いずれにせよ何度も云うがここまでひどい例は私もちょっと記憶がない。「メジャー」の制作体勢の質はここまで落ちたか、といわざるを得ない。今「メジャー」の世界から優秀な人材、プロがどんどんいなくなっている。そのうちその辺りのシロウトよりひどくなるかもしれない。


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2010年11月24日 (水)

訃報 深町純さん

作曲家でキーボーディストの深町純さんが11月22日に都内の自宅にて、大動脈解離による心嚢血腫のため64歳で逝去されました。

http://natalie.mu/music/news/41010

日本におけるシンセサイザーミュージックの先駆者的存在であり、大変尊敬していたキーボーディストでした。

ちなみにキリスト教徒だったんですね。
心からご冥福をお祈り申しあげます.。

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2010年11月23日 (火)

歴史に残った音楽はいずれも芸術的にすばらしいだけでなく、大衆にも受けていた

私は以前芸術性と商業性(大衆性)の融合した音楽 という記事をこのブログに書いたがここで、改めて皆さんに聞いて見たいことがあります。次に主張をどう思われますか?

芸術的にすばらしい音楽は大衆がついていけないために商業的、興業的に成功したものはない。

特にクラシック音楽に関してはそのように考えている人が多いのではないでしょうか?

実はこれ、大きな間違いなのです。

モーツアルトは作品が認められず極貧のうちに死んだ、とかシューベルトは生前作品が殆ど演奏されることもなく悲惨な死を遂げた、とか

音大系の音楽史の先生が世間にばらまいた情報ですが、実は最近の研究でモーツアルトは実は大変な高給取りであったことがわかっています。

「近年の研究は、モーツアルトがウィーン時代をつうじて、かなりの高額所得者だったことを明らかにしている。ここではブラウンベーレンス(1986)が計 算した、各年の推定年収を挙げておこう。1781年<962フロリン>(962万円)、1782年<1526フロリン>、1783年<2250フロリ ン>、1784年<1650フロリン>、1785年<1279フロリン>、1786年<756フロリン>、1787年<3216フロリン>、1788年 <1025フロリン>、1789年<2535フロリン>、1790年<1856フロリン>、1791年<3725フロリン>」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・191頁)。

1フロリンは約1万円。35歳で病死した1791年でさえ<3925万円(!!)>というから物凄い。患者を2000人収容できるウィーン総合病院の院長の年俸は3000フロリンだった。モーツアルトはその上を行く高額所得者だったわけです。モーツアルトが極貧というイメージにこだわる人たちはモーツアルトの借金の記録が多いためで、この目的が何の借金だったのかについて論争があるのですが、近年の研究ではおそらく「オペラ」を上演する資金であった可能性が高いといわれています。

オペラというのはご存じのとおり金がかかります。映画を作るのと同じです。同じ総合芸術であるためと、晩年オーストリアがトルコとの戦争の戦費調達の関係でオペラ上演の資金が足りなかった、と考えればこの借金もつじつまが合います。

ベートーベンの作曲料は現在の金額で億単位のギャラをもらっていたこともわかっており、ワグナーにいたっては楽劇のために自らの給料も合わせて国家予算を破綻させるほどのものでした。つまり有名作曲家=極貧、というのは幻想に過ぎないということができます。

さて、話をポピュラーに戻しましょう。クラシック系の人たちはつい最近までポピュラー音楽=商業音楽、と決め付ける傾向がありましたが、(そういう面はない、とはいいませんけどね) 今我々がジャズスタンダードと呼んでいるものはかつてはアンダーグラウンドのクラブの音楽でした(映画;コットンクラブ参照) そして60-70年代のロックもアンダーグラウンドから時代を動かす音楽として強大なムーブメントを起したのは今ここで述べるまでもありません。そうした音楽はいまや「クラシックロック」といわれるようになりましたが、芸術性も高かった点と勿論興業的に大成功しました。

つまり歴史に残った音楽の殆どは芸術表現だけでなく、興業的(商業的)にも成功した音楽だったのです。

勿論作曲家の死後に作品の評価が上がったとか、時間によって作品の評価が変わった、という点があります。また少ないですが確かに20世紀の音楽で今我々が芸術表現として高く評価しているもので興業的に成功しなかったものもあります。そうした一例から「芸術性の高いクリエーター=貧乏」などというイメージが何となく一人歩きしていった、そんな気がします。

そうしていつの頃からか、芸術的価値の高さ、と商業的価値の高さ(=売れる音楽)というのが全く別の世界であるかのように考えられるようになってしまい、それが洋の東西を問わず現在の流れになっています。

私はこうした考えが今の音楽業界を衰退させた、と考えています。

これを打破するのは簡単ではありませんが、今考えている作品の中で少しでもそういう流れに戻せればとも思っています。


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2010年11月12日 (金)

パッケージに関する一考ーCD,DVD等は決してなくならない。

先ほどの記事でもi-tunesが日本でも映画配信を開始したことでますます日本でもパッケージ不要論が台頭すると思われます。もう先月になるがマーケテイング庵というマーケテイングに関する研究会で「音楽産業の現状と今後を研究&トークセッション」に参加した時も参加者の方からCD等のパッケージはもうなくなるだろう、いや「残るわけがない」といった意見が圧倒的でした。

確かに配信が日本では今頭打ちを示しているとはいえ、これだけ普及すればそういう風に見えてしまうのはある意味当然かもしれません。

しかしそれでも私はあえていいます。 

CD, DVD等のパッケージは決してなくなりません。

ただし、

パッケージの商品として位置づけ、意味合いは大きく変わります。

特に今までの音楽業界に関していえばとにかく何が何でもCDというパッケージを売らなければならない、というマーケット観で進んできました。「CD」というパッケージを売ることを主目的としてきたわけです。音楽業界関係者の大多数はいまだにそういう考えを捨てていません。

しかし時代はもはや変わりました。「CD」といえどもアーチストの商品の一ラインアップに過ぎません。つまりアーチストの商品は多様化したわけです。したがって何が何でもCDを売らなければならない、という時代は終わりました。

しかしだからといってCD, DVD等のパッケージはもはや無用の長物なのか?いわゆるIT系の論客が強硬に主張している内容ですが..

違います。

その理由を説明する前にまず私が以前書いた記事で、アーチストのファン層について述べた部分を再度ここで触れます。もう4年前に書いた記事ですがこのブログで一番アクセス数の多い記事です。お読みになった方も多いでしょう。

コラム「音楽業界の現状と将来、そしてある取るに足りない者からの業界への提言」(長文注意)
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2006/07/post_1324.html

ここで私は「アーチストのファン層」は大きくわけで3つある。と述べています。つまり

A層:いわゆるコアな層: アーチストの真のファン アルバムは必ず買ってくれコンサートにも極力来てくれる人たち
B層:中間層:コアというほどではないが一定の関心は持ってくれる層;CDもできがよければ買ってくれる
C層:いわゆるミーハー層 真のファンにはならないが「流行っている、みんなが聞いている」というと買う層

   数的にはA層、B層に比べC層が圧倒的に多いことから音楽業界はいつのまにか
C層しか見なくなったことを私は音楽業界が犯した最大の過ちである、と主張しています。この考えは現在も変わっていません。

正直いってこの一番多いとされる
C層が今後パッケージを購入する可能性は極めて低いということは私も認めざるを得ません。しかしA層の人たちは確実に買ってくれるでしょう。なぜならあるアーチストのファンになった経験のある人ならわかりますが、ファンは自分の好きなアーチストのコンサート、イベント等に参加すれば「モノ」-記念品を欲しがるものなのです。

例えばアキバ系などがいい例です。アキバ系はコアなファンで成り立っており、ファンは同じCDを会場別で購入しています。そして各CDにアーチストのサインをしてもらい握手もしてもらいます。また面白いことに必ずそういうファンは「開封していない」同じCDも必ず一枚持っています。
こうして何枚も同じCDを買ってくれるコアのファンが多数いるためにアキバ系の事務所は結構ウハウハだったりします。

そしてそれを憎らしいくらいにうまく戦略として昇華させたのが皆さんよくご存じのAKB48です。
おニャン子をアキバ系という切り口でつつみこんでからスタートさせ、雑誌等の紙媒体という比較的安いメデイアからファン層を広げていった戦略は見事といわざるを得ません。そのことはここで改めて述べるまでもないでしょう。AKB48のファンも例の「握手券」がらみもあり、複数のCDを買っています。だから初期ロットが百万枚単位にすることができたのです。

つまりここで見えてくるのは グッズとしてのCDのありかたです。誤解を呼ぶ表現かもしれませんがTシャツなどと同じような商品の位置になりつつあります。
これは上記のA層の人たちは勿論、内容さえよければB層の人も買ってくれるかもしれません。ファンというのは必ず「モノ」がないと満足しないものなのです。だから配信さえあればあとはいらない、というのはこういうファンベースの現場というものを全く理解していない議論です。

この点はある特定のアーチストのファンになったことがない人は理解しにくいかもしれません。私がネット等でパッケージについて論じるコラム,記事等で不満なのはそういうアーチストのファンクラブの現場を全く理解しない人間、一アーチストのファンになった経験すらない人間が音楽等のパッケージについて論じているケースが多すぎるという点です。 

私はだいぶ前からCDを商品ではなく、「販促品」「グッズ」として作る事業を始めています。結構実績がありますのでご興味のある方はご覧下さい。

オリジナルCD製作のお手伝いをいたします。(販促、ノベルテイ用CD)
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_ordermade.htm

とにかく配信が出てきたからパッケージは無用の長物と決め付けるのではなくあらゆる可能性を考えていただく風土ができれば幸いです。


ちなみに弊社のCDプレス価格表
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/cd_price.htm

DVDプレス価格表
http://homepage1.nifty.com/hyb-music/dvd_price.htm


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2010年11月 9日 (火)

音楽配信に関する一考ーDRMフリーのAmazon配信開始に鑑み

既にご存じの通りAmazonがDRMフリーによる配信サービスを本日開始した。

Amazon MP3、日本版スタート DRMフリーで音楽配信
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1011/09/news030.html


欧米ではすでにDRMフリーの流れが主流になりつつあるがこれに関しては以前私は懸念の意味も込めて記事にしている。

DRMフリーの流れとデジタルミュージックの将来
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji//2010/09/drm-eeb9.html

DRMをなくすというのは権利者から見れば殆ど権利放棄に近い。しかし一方ではユーザーから見れば消費者がそれをいつでも自分の好きな機器で再生できない」DRMはユーザーにとって不便であり廃止すべきだ。という考え方もわかる。欧米では消費者の声が日本より強いため「他社製プレーヤに乗り換えた際も,今まで購入した楽曲を容易に持ち越せるようにすべきだ。」という観点からDRMをはずすメーカーが欧米では多い。そのため欧米のメーカーでは音楽配信よりも自社サイトのアフィリエイトやその他の広告で収益を得ようなどという動きがあるようだがこれはいくらなんでも非現実的である。メーカー、権利者が権利を放棄し権利管理を諦めてはもはや自殺行為である。

そんな中津田大介氏の「DRM音楽フリーの今」での発言をいくつか引用してDRMフリー後の音楽配信のありかたについて一考したい。

「コピーし放題」でも儲かる!? DRMフリー音楽の今

http://ascii.jp/elem/000/000/071/71759/

ポイントは2点ある

まずはDRMフリーによって大幅に増えることが予想される違法コピーについて

DRMはコピー回数を把握するために使うべき

── DRMは、インターネットで楽曲ファイルを違法にやりとりすることを防ぐために導入されたものですよね。結局、DRMを使わなければ、不正コピーは減らせないんでしょうか?

津田 そんなことはありません。例えば、iTunes Plusの楽曲はDRMフリーですが、ファイルには購入者の情報が埋め込まれているため、仮にインターネットに流出しても誰が流したのかはある程度の範囲で分かります。

 現状のDRMのように複雑な制限をかけなくても、ファイルの身元が分かるというだけで、違法コピーに対する抑止力は作り出せるでしょう。

 そもそもインターネットを検索すれば、不正にアップロードされたMP3ファイルはいくらでも見つかります。不正コピーを減らすなら、まずそうしたウェブサイトを減らす対策を取るべきではないでしょうか。

この点に関しては津田氏の主張内容は正しい。誤解している人が多いがDRMフリーになったからといっても、やりたい放題できるわけではない。iTunes Plusでは「誰が違法コピーさせたかわかるようになっている」ため、DRMフリーになったからといって「これでネットに自由に流し放題、コピーさせ放題」なんてうかれているとあとで大変なことになる可能性がある。だからDRMフリーになったからといってあまりはしゃがないほうがいい。

次のポイントは

── 「理想のDRM」は、どんなものになりますか?

津田 DRMは、コピーを制限するのではなく、権利者に著作権使用料を分配する目的で、コピーされた回数などをきちんと把握するために使うのが理想だと思います。

音楽業界は、コピーを無闇に禁止するのではなく、「プロモーションにもなる」とポジティブな面も認めて、その上でビジネスにつなげていくべきでしょ う。例えば、「普通は210円だけど、420円で買うとポッドキャストにも使える」みたいな新しいライセンス体系を用意して、2次配信権込みで楽曲を売る なんて方法もありだと思います。  現状のようにDRMを単に取り払って売るのも悪いとは思いませんが、「デジタルコピーをどうビジネスに生かすか」という次の一手は考えておくべきです。

さて、これに関して二点ほど疑問点がある。

津田氏の主張は確かに一理はあるのだが少し非現実的な部分がある。ここから先は津田氏と著しく意見が違う。

1.ネット内のコピーし放題はプロモーションにならない。

まず、私のようにネットラジオの運営、音楽のネットプロモーションを実際に現場でやってきた人間の実感として「ネットでコピーし放題にさせればプロモーションになる」というのは実は大嘘である、というのが実感である。実は4-5年前は私もそう思っていた。そしてそれを実際にやってみた。

しかし結果は惨憺たるものだった。

はっきりいおう。実はネットユーザーの殆どは「タダだから聴く、タダだから見る」というユーザーである。実際そのあと少しでも「有料」である部分を見せただけで9割のユーザーがその瞬間に退いてしまう。これは何回もいろんなことを試してみたがほぼ全てのケースで真実であり実感として感じたことである。

したがって仮にコピーし放題にしても、そのアーチストを支持したり、応援したり配信その他の購買に結びつく行動について考える(検討する)のは全体でも一割いない、というのが現実だ。つまり9割の人はコピーし放題にしたら「持ってけドロボー」状態になる。これはほぼ全てのケースにあてはまる。残念ながらそれが現実だ。ユーザーとしてアーチストに対して配慮をしてくれる人がネットの大多数ならいいが、9割以上の人は「あ、タダでダウンロードできた、ラッキー♪」以上には考えないのである。津田氏はおそらく認めたくないだろうがそれが現実である。

つまり音楽をコピーし放題にしたら大きなプロモーションになる、というのは幻想なのだ。認めたくない人もいるだろうがそれが現実だ。

したがってコピーし放題にするのはプロモーション用に作った「非商材コンテンツ(あるいは宣伝用コンテンツ)に限定すべきである。

2.コピー回数を把握して配信の2次使用で課金、なんてことが現実にできるのか。

アイデアとしては面白い。しかし技術的には可能かもしれないが、今のユーザーの体質を考えるとこれは現実的にどうだろうか?まず懸念されるのは

1.ユーザー、消費者からの反発が起きる可能性?
 -ただでさえ知財に課金することに抵抗している風土があるのに逆に反対運動が起きないか?これなら逆にDRMをつけたほうがよくないか?二重取りだ、などと騒ぐ輩が必ず出ると思われる

2.二次使用の場合の課金方法は?
これが最大の問題だ。二次使用を把握してアカウントから「追加料金」という風にでもするのだろうか? あと購買のあと二次使用の把握がどの程度の精度でできるのかも疑問である。(必ず抜け道を作る輩が出てくると思われる)

  Amazonに関してはこの「ウオーターマーキング」がどの程度の精度になっているのかもう少し詳しい内容を見てから判断しようと思っている。実は私の音源も奥津恵の音源もAmazonから配信する話はあるが、どうするかはまだ検討中である。

私は、基本的にDRMをはずすことに関しては反対だ。

ただユーザーの使い勝手を考えて、少し緩めのDRMにすればよいのではないか、と思う。要は複数のプレーヤーで再生可能な状態にすればDRMの縛りはそんなに気にならなくなるのではないか、と考えている。しかし違法コピーのことを考えれば「やりたい放題にやられない」ような制限はやはりもうけるべきだと考える。その面ではAppleのiTunesの著作権管理(DRM):FairPlay(フェアプレイ) というのも1つの方法かもしれない。

津田氏のいう「理想のDRM」が単に技術的な面だけでなく、社会環境的に運営可能になればそれはそれで面白いが、やはり現実的なアプローチを考えたい。

しかし絶対に忘れてはならないのは音楽は知財であり、権利ビジネスである。という点である。そこが物品販売などとは大きく違う点である。そこの部分は絶対に変えてはならない。変えてしまったらもはやビジネスが成立しない。その点は声を大にしていいたい。


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2010年10月25日 (月)

10-20代の方へー楽器を持つのは「ダサい」のでしょうか? 音楽家はカッコ悪いのでしょうか?

実は昨日のマーケテイング庵のトークセッションにて一応音楽を生業にしている私として耳を疑いたくなる言質が耳に入りました。

それは

「今の若者(10-20代)は楽器を持っている人間を見るとダサいと感じているようだ。 ミュージシャンはカッコ悪いと思っている子が多い。 みんなDJの方をカッコイイと思っており、だから若い子はHip-Hopに傾倒する傾向が強い」

という内容。

まあ確かにこのブログで音楽業界のひどい状況についていろいろ書いていますが、さすがにこれはもし本当ならば到底看過できるものではない傾向です。

確かに今ミュージシャンを目指しても食えない、という現実がありますので確かに若い人にはあまりミュージシャンになるのは勧められないというのは正直な話しですが、

楽器を持つのはダサい、   というのはさすがに私としては受け入れられない考え方ですね。

特に地方でこの傾向が強い、という話しですがこれ本当なんですかね?

10代ー20代の方に是非伺ってみたいです。
よろしければご意見下さい。

尚、当ブログのコメント書き込みはスパムや荒らし対策のためすぐには表示されませんのでご了承下さい。



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2010年10月14日 (木)

音楽屋はいまや1人何役が当たり前

最近、これから映画、劇伴関係の仕事を強化しようと考えている関係で映画館系、映像関係の人たちとのつきあいが増えている。今後もふえていくだろう。

さて、昨日も話したように現在大マジでCGの短編アニメ部門でのオスカーを狙うべく"Legend(伝説)"という作品を計画し、先日受賞した"Yama-Oni"はそのパイロット版(デモ版)でもあるわけですが、それですら脚本、CG映像制作、そして音楽(私ですが)の3人での作品になる。実際に本作品となるとCG映像は今回のパイロット版とは比較にならないほどの手間がかかるわけで、たぶんCG担当の中村さんにはかなりの人間のアシスタントがつけないどできないことになる。

また普通の実写映画はカメラさんはカメラ、照明さんは照明、メークさん、スタイリストさん当等と役割が決まっている、つまり映像とは絶対に1人では作れないものなのだ。よって分業制が成り立つしこれは絶対にくずれない。

これに比べると音楽は違う。特にDTM DAWの普及でクリエーターがサウンドエンジニアもプロデユーサーも兼ねることは珍しくない。サウンドエンジニアなど、最近はミキサーや録音機器の使い方だけでなく、デイレクションも兼ねられないとギャラが低く抑えられてしまう。そのためもう1人何役はもはや音楽の世界では当たり前になりつつある。自分なんかもう何役こなしているかわからないくらいだ。

特にこれからさらにコスト要求が厳しくなっていくから、もう作曲だけしかできない、エンジニア(オペレート)しかできない、というのは仕事を続けるのにしんどくなると思う。

大昔の作曲家は譜面さえ書ければよかった。しかし今譜面だけ書けたって何にもなりゃしない。サウンドも作ってプレゼンまでできないといけないし、当然録音技術等もある程度の知識が必要とされる。実際これから9割の仕事は自宅でのpro toolsの作業だろう。今ですら大半の仕事がそうだが,,

私などは上記+奥津恵のプロデユースマネージメントまでやっているんだから本当に何役こなしているのか、自分が本当に何屋なのか本当にわからない。いや、もうわからなくていいのかもしれない。

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2010年9月29日 (水)

芸術性と商業性(大衆性)の融合した音楽

最近思うのだが、もともと私が音楽の道を志したのは「高い芸術性を持った音楽を創りたい」という思いからだった。勿論「音楽でもうけたい」などと考えなかったわけではないが、今でも自分の中にはそういったことを志向したい、というおもいがある。

しかし今自分がやっている仕事の内容を見ると愕然とする。

今音楽業界で「高い芸術性の音楽を」などといったら嘲笑と罵倒が待っている。そして音楽をあたかも百均で売る消耗品のように作り発売する。それが今の音楽業界の状況を作ってしまったといえる。

一般的にはこういうイメージはないが歴史に残る音楽の多くは実は「芸術性「商業性」の両面で成功している音楽である。モーツアルトは極貧の中で死んだというイメージが強いが実はかなりの年収を得ていたことが最近の資料でわかっているし、ベートーベンなどは現在の金額で億近い年収があったといわれる。例外といえるのはシューベルトだがそのシューベルトですら売春宿の常連だったというから、それなりに収入は得ていたわけだ。音大系の評論家は歴史に残る作曲家をどうしても極貧というイメージにしたいようだが、現実は違う。

今我々がスタンダードという名前の古典にしているジャズスタンダードナンバーにしても、60年代ー70年代ロックにしても興業的に成功したが「芸術性でも歴史に残る音楽であることはここでいうまでもない。

やはりいいものは当時から受け入れられそして現代にまで引き継がれている。勿論中には作曲家の死後に評価を受けたり、評価が変わったりというケースもある。しかしいずれも「芸術性「商業性(あるいは大衆性)」が融合した音楽であることは事実である。

これは日本に限ったことではないかもしれないが、そうした「芸術性「商業性」の両方の要素を入れることを忘れてしまったのが現在の音楽そのものの衰退の状況を生んでしまったのではあるまいか。

理想論と笑いたければ笑うがいい。だが私は自分の作品に「芸術性「商業性」の双方の要素が入っている音楽を創ろうと思う。それが音楽業界の再生につながるように思うからである。

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2010年9月27日 (月)

向谷 実+中西圭三 の「音楽産地直送」

向谷実さんと中西圭三さんがUstreamで音楽制作の現場を公開し、リアルタイムでで楽曲を完成させていく姿をインターネットで配信する「音楽産地直送」の試みをするという。

TwitterとUstreamで曲が誕生、向谷 実氏が試みた「音楽産地直送」とは

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20100614/1032100/

音楽制作の現場をUstreamを通じて可視化することによって以下のことを行なうという。

    1. 向谷氏自らがUstreamを配信し、Twitterを通じて視聴者とともに放送を作っていく
    2. 中西氏をはじめ、プロジェクトに賛同したアーティストが続々と参加
    3. 打ち合わせなしの作曲現場をリアルタイムでUstream配信
    4. できあがった曲をMP3ファイルで無料配布し、視聴者から歌詞を公募
    5. リアルタイムで歌詞を修正。視聴者からのアイデアがそのまま生かされる。向谷氏いわく「見ている人全員がプロデューサー」
    6. ネット経由の同時演奏ソフト「NETDUETTO」(開発中)を使い、ギタリストの斉藤英夫氏がギターパートに参加
    7. 作成したデモテープをMP3ファイルとして無料配布
    8. アーティストが参加する本格的なスタジオ収録を実施
    9. セッティングからトラックダウンまで、スタジオ収録の3日間を丸ごとUstream配信
    10. パートごとにUstream配信。8つのチャンネルで同時中継するマルチUstreamストリームを実施
    11. Ustreamに詳しいゆすとら氏がマルチストリーム視聴のための専用Webサイトを開設
    12. 完成した楽曲はiTunesなどで直接販売され、シングルチャートの上位にランクイン
    13. JASRACなどの著作権管理団体を通さず自主配信。DRMをかけずに配信する
    14. ボーカルやギターなどが独立したトラックを別ファイルにしたパッケージを販売

このことに関して向谷さんがネット放送で詳細に述べています。詳細はAppleclipをご覧下さい。podcastingもできます。

http://campaign.otsuka-shokai.co.jp/appleclip/ac/no80.html

さて以前奥田民生がレコーデイング(宅録)を「公開する」コンサートを開くという記事を書いたが向谷さんはそれをUstreamで公開するということらしい。また随時twitterで進行状況もアップするらしい。

まあ前の記事でも書いたが、我々はレコーデイングの現場の人間なのでいうがレコーデイング作業というのはものすごく地味な作業である。知らない人が見れば時々「訳のわからない」作業に見えるだろうと思う。

ただこういうことで音楽制作の現場というものが一般の人に理解してもらえる、というのはいいことだと思う。これによって音楽というものは簡単にできるもんではない、ということが一般の人にわかってもらえればいい。
それでアーチストの権利というものを大事にしたい、という風に考えてもらうきっかけになれば、と思う。

さて、実は来月この件も踏まえて上記のネットラジオAppleclipの主宰者である佐藤さん主催の勉強会があるが、4年前に私が参加した「マーケテイング庵」というコミュニテイのイベントである。来月末になると思うがこれに関してまた報告しようと考えています。

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2010年9月11日 (土)

訃報 谷啓さん

クレージーキャッツのメンバーでミュージシャン、俳優、コメデイアンとして活躍してきた谷啓さんが脳挫傷のため死去 78歳

訃報:谷啓さん死去78歳「クレージーキャッツ」メンバー

http://mainichi.jp/select/today/news/20100912k0000m040004000c.html?link_id=RAD01

「ガチョーン」というギャグのイメージが強いために意外に知られていないが少なくとも戦後のジャズシーンでは金管(トロンボーン、トランペット、コルネット)を吹かせたらおそらく日本で第一人者といっていい存在だった。

最近でも日本のトッププレーヤーに引けを取らない腕前だったと思う。

俳優としてもいい味出していたが、影で日本の金管奏者のレベルアップに多大に貢献してきた方である。

心からご冥福をお祈りいたします。

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2010年8月23日 (月)

HMV渋谷閉店

■CD不況…HMV渋谷惜しまれながら閉店

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20100823-669383.html

業務その他いろいろなことに忙殺され結局閉店当日に行くことができなかった。

既にこのブログの記事で8月閉店について述べているが別の記事でこの渋谷閉店のきっかけとなった(はず)のTSUTAYAの買収の話がお流れになっても結局HMV渋谷閉店の方針は変わらなかったようだ。予想されていたことではあるけど、音楽業界の繁栄の象徴のような店だっただけに昨今の風潮を反映している。

だがこのブログの定期的な読者の方は私はCDが売れなくなったのは音楽配信の台頭のせいだ、というのは必ずしも違うのではないか、という見解を持っていることはご存じだと思う。欧米、とりわけアメリカにおいてはその傾向が顕著なのは確かだが日本の市場状況は明らかに違う。ITジャーナリストや起業家は「これだから日本は遅れている」かのようにいうが、私は必ずしもそれは当たっていないと思っている。それについては当ブログの次の記事をご覧下さい。

音楽業界衰退の原因は「音楽の消耗品化」が主原因

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/04/post-8706.htm

残念ながらHMV渋谷閉店はある意味象徴的なできごとですが、前にもいいましたがこれはまだまだ序の口、もっともっとショッキングなことが起きるでしょうね。

私はこのブログで音楽業界の現状を憂い、さまざまな問題点を指摘してきましたが実はもう音楽業界の衰退を止めるのはほぼ不可能といっていいでしょう。これは違法コピーがどうのこうのという理由だけではありません。(それもないわけではないですが、)この後に及んでも体質の改善をしようとしない音楽業界の体質の方が大きいと考えています。

それを睨んで、仮に業界が完全崩壊しても生き残れるようなさまざまな試行錯誤、新規事業開拓とかをやってきましたが、残念ながら昨今のリーマンショック以降の流れもあり、結果は思わしくなく現在悪戦苦闘しています。しかし諦めるわけにはいかないので我々は我々で生き残る策を必死に捜すしかないですね。もうタイタニックのように沈没は避けられない世界なので...


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2010年8月 8日 (日)

ステイービーワンダー

すでに報道されていますように、千葉マリンスタジアムで行なわれているサマーソニック出演のためステイービーワンダーが息子のムンタズを伴って来日しています。

S・ワンダー、息子と来日!サマソニ出演

http://www.sanspo.com/geino/news/100806/gnj1008060503008-n1.htm

このサマソニ 当ブログをよく読んでいただいている方はご存じのとおり弊社の「奥津恵」をMY Space 経由で投票で出演できるように皆さんにお願いした経緯がありますが、やはり組織票を膨大に持っているバンドが圧倒的に強く今年も「玉砕」してしまいました。(涙) 個人的には音楽の質よりも組織票が優先するというのは何か納得できないんですが、まあそれだけまだ力がない、ということでしょう。もしかしたらステイービーワンダーと同じステージに立っていたかもしれないのに..

それはさておき、ステイービーワンダーのような音楽のスーパースターが日本に来るというのはすばらしいことですし、音楽の体験がない若い人たちにも是非聞いて欲しいとは思いますが、来日の本当の目的はベストアルバム「ラヴ、ハーモニー&エタニティ」(Love and Harmony and Eternity) のプロモーションだそうです。

実はステイービー自身はこういうと嫌がるかもしれませんが、私はいまだにステイービーワンダーの最高傑作は「迷信」(Superstitious) だと思っています。

まだシーケンサーというものが珍しい時代に書かれた1972年の作、クラビネットシンセをシーケンサーで動かしたという当時の技術では最高水準のレコーデイング技術が駆使されています。そのせいか今聴いても全然古く感じません。寧ろ新鮮な感じすらします。

とかく「今風の音」とか流行り廃りの音作りにいきがちなんですが、40年近く前に作られた曲が今も古く感じない、というのはすごいことだと思います。いまでもあのキーボードのリフを聞いただけでノリますね。こういうのを本当に名曲といいます。

願わくはステイービーの曲をもっと若い人たちに聞いてその価値を理解して欲しいと思います。特に音楽なんてタダでしょう、なんていう人たちに



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2010年8月 3日 (火)

音楽業界を去った人からのコメントをいただきました。

もう4年前に書いた記事なんですがいまだに当ブログの記事で一番のアクセスを稼いでいる記事

コラム「音楽業界の現状と将来、そしてある取るに足りない者からの業界への提言」(長文注意)
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2006/07/post_1324.html

この記事に関して元音楽業界人だった方からコメントをいただきました。コメントはご本人の了解の上、上記の記事に公開いたしました。実は当ブログは幸いなことに炎上はしていませんが、コメント覧で執拗なスパム攻撃にさらされたことが何回かあり、そのため現在多くの記事でコメントを書くことができないようになっています。しかし今回のように直接メールをいただければ内容のあるものであれば公開したいと思っております。

さて上記の記事は大変コメントが多いので、見てもわかりにくいでしょうからこの記事で改めて公開します。ハンドル名「コロン」さんとして公開しております。長文ですが全文公開しています。

初めまして。コラム「音楽業界の現状と将来・・」を読ませて頂きメッセージをお送ることに致しました。多少長いのですが何卒ご容赦下さい。

コラムは面白い視点で書かれていたと存じます。

私も20年間程音楽業界におり、2002年に業界を去り、現在は衛星放送関係で韓国ドラマを扱う仕事をしております。

ここ15年のCD市場の低迷は元業界人として憂いの現象でございます。それ故現役の業界人がどのように考えているのかは非常に興味深い所でした。

特に大野さんが指摘していいた「アーチストも含め全員がスタッフである」という提議はその通りだと思います。

音楽ビジネスの様態が様変わりし、嘗てのようにアーチストが自身のビジョンだけを全面に押し出してやって行ける時代ではなくなったのだということだと解釈致しました。つまりアーチストは以前よりも周囲との連携性に格段の配慮がないと、自滅するだけでなく、チームの存亡を危うくしかねないという意味です。

アーチストの中には“そういうのはアーチストのやることじゃない!”という人もいるかもしれませんが、そうであれば彼らは他人を巻き込まず、趣味で音楽をやるべきだとも言えます。

音楽ビジネスをする上で、アーチストは、ビジネスチームの一員としての自覚を持ち、もはや上位概念に君臨する訳ではないということだとも言えます。

現代の音楽ビジネスは、音楽制作、宣伝、販促、興行においてチームによる緻密な連携体制を求められる時代なのでしょう。

アーチスト、スタッフ双方の連携と自覚が嘗て無いほど重要であるとも言えます。私の時代、アーチストは神であり、彼らのクリエイティブに触れる事は一部の人間を除いて論外でしたが、もはやそうも言っていられない時代のようです。本当にそれが良いかは議論が分かれる所でしょうが・・。

さて、昨今のレコード業界はテレビ業界と似ていて、市場のない所にモノを(テレビ局なら見ない番組を作って)投下しているように思えます。

こうした行為の累積で次世代の市場を育てるために必要な文化的積み上げを蔑ろにしていたため、ユーザーからそっぽを向かれているのが現在なのだと思います。

特にレコード会社の方々は、相変わらず夜な夜なアーチストたちと無駄な飲み食い行為を続けているようで、それを仕事の1つだとうそぶいております。実際嘗ての私もそうした経験がある訳ですが、冷静に考えてみると、飲ませて食わせる事でアーチストを多少管理しやすくするため以外に役立った事はほとんどありませんでした。酔っ払った席で出くるアイデアは、翌日になって考えると殆どが使えませんでしたし・・。

結局こうした無駄も必要経費なんだと見なされた古い体質が、現在のレコード業界低迷の遠因になのかもしれません。アーチストたちも、その飲み食いの経費を結局は自分達の活動等で償却しなければならない義務を負っているという現実にそろそろ気がつくべきでしょう。

いずれにしても「タダ」というものはないという当たり前の事実は普遍なのですから。余分な飲み食いに使うならクリエイティブに予算を割くべきなのは言うまでもありません。現在ではアーチストの不確実なクリエイティブに大量な資金投資出来る時代でもありません。

アーチストはクリエイティブのためなら何でも犠牲に出来ると考えているフシがありますが、それを可能にするためには実績が伴わなくてはなりません。

鶏と卵の世界で難しいですが、当初においてある程度の制約がつくのは致し方ないでしょう。

大野さんのコラムに「昨今のメーカーには、ディレクターが音楽を知らなくても良い風潮がある」ということですが、こうした音楽産業内の「劣化」が累積して現在のユーザーに悪影響を与えているのだと思います。

昨今のユーザーは、昔よりもかなり情報をもっており、メーカーの販売戦略を見ぬいているため、小賢しいやり方は通用しなくなっておりますし、音楽面についても同様です。

また経産省の音楽ビジネスに関するレポートを読んでも、レコード会社は現状のビジネスモデルの延長線上にしか未来を見ていないようでもあります。

昨今のK-POPアーチストの台頭を見ても、既に日本のアーチストはこうしたアジア勢との競争を余儀なくされており、既にそうした面においても体制を整えないとならない時代が来ている事にどの位のJ-POP関係者が気づいているのかは疑問であります。

音楽が無くなる事はないですし、音楽ビジネスも無くなる事はないと思っておりますが、未来に向かって音楽ビジネスを継続させるためには、過去の経験則を捨てる位の覚悟が業界各位に求められそうです。

しかしその要点はシンプルで「お代を頂戴するためにはそれだけの芸が必要」ということでしょう。
勝手な事ばかり書き申し訳ございませんでした。それでは失礼致します。

あとでこのコメントの書かれた方とコンタクトを取りましたが、かつては超有名アーチストの関係の仕事をされており、業界の第一線で活躍された方であることがわかりました。このようにかつてはプロデユーサーとして、デイレクターとして極めて優秀な方が今は殆どが業界の外に出て行ってしまった。従って業界のノウハウや音楽業界人としての心得といった部分を伝える人材が殆ど残っておらず、それが業界の衰退にますます拍車をかけているという実態があります。

この記事を書いた4年前での音楽業界関係の反応は私の周囲を除いては殆どが否定的な反応でなかには脅迫めいたメールも何通かもらいました。結局業界の主だった面々から殆ど聞く耳をもたれることなく進み、必然的にこの記事を書いた4年前よりかなりひどい状態になりました。それはわざわざ私がここで述べる必要などもはやないと思います。

このコメントを書いた「コロン」さんは「体質的に改善が難しい業界なので沈没するまで(何の改革も)実行出来ないと思われます。と諦めムードにおっしゃっていましたが、残念ながら私も同感せざるを得ません。もうここまで来たらもう業界は崩壊するでしょうし、その方がかえっていいかもしれないとすら思っています。

最後に「コロン」さんは私の意見に同意された上で以下のようなことをおっしゃっておられました。

私もある意味で音楽業界は一度整理された方が良いと思ってます。現場の方々には大変な事態なのでしょうが、旧来のやり方を見直す良いチャンスでしょう。これはアーティスト、スタッフ双方に言える事です。それによる副作用で多様性や突然変異の才能を失う可能性も高いですが、それでも出てくる人は出てくるでしょう。売れないからダメな音楽はないのですが、生業にするなら売るためも施策を徹底して行う必要があるというシンプルな原理をもう一度考えるべき時期なのでしょう。

私は業界で「優秀だ」と思っていた音楽プロデユーサーの殆どが今は業界を去っています。この「コロン」さんのような方が業界を去った、去らざるを得なかったのは音楽業界にとって損失であり、結果的に業界が自分で自分の首を絞めることになってしまったでしょう。

今年はまだまだカタストロフィックなことが起きるでしょう。とにかくもう腹はくくったほうがいいと思います。

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2010年7月11日 (日)

武満徹は現代音楽の作曲家というよりは本質的には映像音楽の作曲家ではないだろうか

さて、今地上波の番組はどの局も参議院選挙の選挙結果、勿論これはそれなりに大事ですが、全ての局が同じ番組だとさすがにげんなりしますね。
まあどうやら衆議院、参議院のねじれ現象は寧ろ拡大する見通しのようですね。個人的には庄野真代さんにはがんばっていただきたいですが....

さて、さすがにずーっと選挙番組ばかり見ていると飽きてきましたので珍しくN響アワーで武満徹の特集をやっていたので見てしまいました。

私は以前「現代音楽」に関わっていた時代が少しあったのですが、そのきっかけを作ったのはこの武満徹さんの音楽でした。はじめて武満の音楽を聴いたのはNHKスペシャルの「未来への遺産」という番組で武満さんが音楽を担当していたんですが、その音楽が今まで聴いたことのない音楽に感じました。響きが古代の雅楽のようでもあり、中近東の音楽のようでもあり、西洋音楽のようでもある。本当に「どこの国の音楽かわからない、今まで聴いたこともない音楽」だったのです。それをきっかけにノベンバーステップスカトレーンといった作品だけでなく、「怪談」(小林正樹監督)や「心中天網島」(篠田正浩監督)などの映画音楽にも惹かれていきました。

この「未来への遺産」は武満さんの作品ではマイナーな作品というか、あまり語られることがないんですが、この作品のおかげで現代音楽からミニマリズムジョンケージブライアンイーノという方向に「道をはずした」わけです。(笑)

まあプロになってから、商業音楽とかやっていてからあまりこうした種類の音楽の影響が影を潜めていましたが、決してこの方向から足を洗ったわけではありません。そんなわけでいつのまにか聞き入ってしまいました。

僕はポピュラー肌の人間だけど武満の音楽は映像や映画音楽から入っていきましたので、結構影響は受けました。映画音楽もやっているので武満の音楽にはかなり参考になります。武満さんの音楽の最大の特徴は弦楽器独特の包み込みようなハーモニー(これをテクスチュアと呼びます)で、これがなんともいえない雰囲気を作りあげます。

武満徹というのは作曲家でありながら殆ど演奏技術を持ち合わせていない人でした。音楽教育自体も殆どまともに受けていません。なのにこれほど複雑でアトナールでありながらどこか調性を感じさせる音のテクスチュア、これは何なんだろう?、と思います。

作品は殆ど基本的にはクラシックベースの「現代音楽」なんですけど、ジャズやポップスもそれなりに研究していたようです。 それが他の「現代音楽」 の作曲家と違うところ。だから音楽は決して親しみやすいとはいえませんが、どこか心地よい響きに聞こえるから不思議ですね。

武満さんの映画音楽、劇伴音楽は単なるBGMに終わっていることは殆どありません。音楽も映像の中で「登場人物」のような役割を果たしています。武満さんの音楽がないとその映画、映像が生きません。しかし決して出しゃばっているわけではありません。

要は武満徹という人は結果的に「現代音楽」の作曲家といわれるけど基本的には映像音楽の作曲家ではないかと思います。僕もVPのような商業音楽からCM,劇伴とやっていた関係でどこか自分でも入って行きやすい部分があるのかもしれません。他の「現代音楽」の作曲家にはなかなかこういうのを感じません。

日本人が世界に誇れる数少ない作曲家の1人ということができます。特に映画音楽では伊福部昭先生とならぶ存在といっていいです。確かに中にはちょっと古い感じのする曲もありますが、映像音楽という観点ではやはり私にとっての「教科書」になりますね。


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2010年6月 7日 (月)

渋谷系(!?)の終焉ーHMV渋谷店8月閉店

“渋谷系”の聖地、「HMV渋谷」が8月中旬で閉店

http://life.oricon.co.jp/76976/

「タイトル」ではこう書いたが(!?)の文字がついているのは、そもそも「渋谷系」なんて言葉もレコード会社が勝手にキャッチフレーズとして出していただけであって、その定義は非常に曖昧なためである。一応ヒップホップベース系だという人もいるが、小山田さんの「フリッパーズギター」などはアコーステ イックだったりもするので、それは正しくない。結論からいって別に特定の音楽スタイルをさしていたわけではない。何となくイメージ(一応「おしゃれ」?)のみでそういっていたに 過ぎない。

そしてそもそもその「渋谷系」というものもここ数年は殆ど「死に体」である。

なぜみんなCDショップに行かなくなったか?

答えは簡単だ。行っても楽しくないからである。HMV渋谷J-WAVEのサテライトスタジオもあったので、まだアーチストとかに出会えるという 意味では他のCDショップよりはマシかもしれないが、品揃えをよく見ると近くのTowerとか、あるいは他のCDショップと殆ど変わらない。
コーナーに展示されているアーチストのCDも他のCDショップがコーナーに置いてある物と同じ。行っても何の新鮮味もない。捜しているCDを問い合わせても店員の応対もつっけんどん、ロクに調べもせず「わかりません」「ありません」なんていう答えが返ってくることが多い。
時々「てめえ、やる気あんのかよ」といいたくなる時も少なくない。

こんなことをいうと「昔がよかった論者」とか「オヤジのぼやき」とかいう人がいるだろうが、昔「レコード店」というのは新しい音楽を「発見する」 場所だった。新宿の「デイスクユニオン」では店長おススメのレコードを自らかけてくれて新たな音楽の発見にワクワクする経験があった。しかしいつの頃からか、こういう経験をする場所は殆どなくなってしまった。

音楽に関する新鮮な体験を提供できない、どこにいっても同じ品そろえ、店内で流れている音楽も同じようなもの、店員も何かやる気がない、-こんな 感じだからどこのCDショップも今閑古鳥が鳴いている。こんな店に行って楽しいはずなんかない。

何度もいうが今年は音楽業界が壊滅的な状況になるだろう、と予測している。レコードメーカーとCDショップという「運命共同体」が崩壊、さらにすでに頼みの綱であった配信ですら成熟すらしないで衰退し始めている。こんな中でのサバイバルが起きるだろう。

HMVはTSUTAYAに既に買収されたが、はっきりいってTSUTAYAとて安泰ではない。何といっても利益の元であるメーカーの販促費がもう 出ないのだから...

CDショップが今まで通りの営業方針にこだわる限りこの傾向は続く。どうせこのまま何もしなくても滅亡するのなら、いっそのこと一か八かで思い切って発想を変えた戦略を打ち出してみてはどうだろうか? このまま何もしないで沈没するのを待つか。それとも起死回生を狙った「何か」をするか? 私なら後者を選ぶ

そういう前向きの発想ができる人間は業界にもういないのだろうか?

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2010年5月17日 (月)

20代の男女における「歌詞」の意識の差

私の友人で大学の准教授をしている方がとても興味深いアンケートを集計しましたのでこちらでお知らせします。テーマは「歌詞について」で以下の2つの質問に関してのアンケートを20代の男女に対して行なったものです。

『問1』 歌詞を意識的に聞くことはありますか?

『問2』 選曲の際に歌詞の内容を基準にすることはありますか?

結果は以下のとおりです。

Lyriconquestion_4

データの発表ページ
http://itolab.ito.is.ocha.ac.jp/~itot/log.html

以前から女性は男性よりも歌詞を重要視するということは前々からいわれていたけどそれを実証するデータが出たように思いますね。 私などはクラシック、やジャズ、プログレッシヴロックなどを中心に聴いてきた世代なのでやはり、歌詞よりはサウンドそのものを重視する傾向があります。決して歌詞を重視していないわけではないんですが、やはり音楽を選ぶときにはまず音創り、サウンドやメロデイー(フレーズ or リフ)で選びますね。

ちなみに私も時々作詞をすることがありますが、いわゆる女性が女性の気持ちを歌った歌詞とか、そういう「体験を同化」させるタイプの詞というのは苦手で、どちらかというと「言葉遊び的」な歌詞が好きですね。作詞家でいうと森雪之承さんみたいなタイプですかね。究極の形だと谷川俊太郎さんの「ことばあそびうた」が好きです。

まあこのアンケートは「博士前期2年の学生の研究で、 歌詞の内容を考慮して楽曲を可視化する というテーマの一環で実施したアンケート」で本研究にする前段階ですが、伊藤准教授もここで書いているようにデータが20代と偏っているために30代以降を入れるとどうなるのか、というのも興味がありますし、私的にはもっと掘り下げて「なぜ男女で歌詞に対しての意識にこれだけの差が出てくるのか」という面まで研究していただけるととても面白いと思います。

いずれにせよ我々音楽で仕事をしている人間にとっては非常に興味ある研究データといっていいと思います。この研究の続きの発表があることに期待します。

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2010年4月19日 (月)

新星堂もついに大幅リストラー社員4割の退職募集、給与3割カット 

社員4割の退職募集、給与3割カット CD販売の新星堂
http://www.asahi.com/business/update/0416/TKY201004160537.html

もう土曜日の記事だが、先日のHMVのTsutayaの買収のニュースは記憶に新しいが、ついに国内で最も多くの店舗数を展開している新星堂も大幅リストラを発表。全社員の4割に当たる185人の希望退職を募集すると発表した。残る社員についても月額基本給の平均3割カット。経営責任を明確にするため砂田浩孝社長の月額報酬を65%カットするなど、役員報酬も減額する。

昨今のデータから見て音楽配信が出たからCDが売れなくなった、というのはどうも違う可能性がある。昨年までのデータを見ると一見そのように見えるが実態はどうも違う。だからここではあえてそういう話にしない。なぜならCDも販売減だが同時に音楽配信も頭打ち。詳しくはこちらをご覧下さい。

もはや「音楽配信」がCD等のメデイアに取って代わるというのは幻想に過ぎないhttp://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/03/cd-5fdf.html

おそらく今年はこういうニュースが増えると思うが、だが一方ではAmazonの 売上が伸びていることを考えると必ずしも「音楽」の需要が落ちているとは決して思わない。

やはり昨日の記事でも書いたように「売れセン」のものだけを置いてどこのCD店も「同じような」商品しかそろえていない、CDショップに行っても楽しくないということが大きいのではないだろうか? 

それにCDショップ側も今まだメジャーメーカーの販促費でかなりの利益を出してきたという体質もある。しかしもうメジャーメーカー、販促費すら満足に出せなくなっている状況である。それをあてにしていたレコード店には壊滅的な打撃を与えるだろう。

今年の音楽業界のカタストロフィ、まだまだ始まったばかりである。

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2010年4月18日 (日)

サウンドコンテンツ業者として生き残るための心得

さて何度も書いていますように今年は私にとっても大事な年であると同時に、おそらく音楽業界自体が激動すると思います。私が以前の記事で「音楽業界の現状と将来、そしてある取るに足りない者からの業界への提言」という記事を四年前に書いたときは業界からの私に対する反応は脅迫めいた圧力、嘲笑、罵倒だったのですが、ここまでひどい状況になっても彼らの考え方は変わっていないのでしょうかね? まさかまだ音楽業界は繁栄している、とこの段階でも思っている人はいるんでしょうか? ちょっと聞いて見たい気がします。

音楽業界の衰退は実は数字上は1998年から始まっており、それがほぼインターネットが普及し始めた時期とほぼ一致するため、音楽業界の衰退はネットの影響などということがよく言われてきました。

確かに違法コピーYou tube経由のmp3違法ダウンロード等は目に余るレベルにはなっているのは事実ですが、どうも私は衰退の原因は本当にそれだけなんだろうか? という疑問がぬぐいきれません。それに音楽配信が出てきたからCDが売れなくなった(あるいはパッケージ自体がもはや無用の長物である)、というのも昨今の音楽配信の頭打ちから減少の傾向を見るとどうもそれも違うぞ、という気がしています。

問題はCDのパッケージが高い、とか音楽配信がどうか、とかいうのは単に表面的な問題に過ぎずそれはコンテンツに魅力があるかどうか、ということが先決なのではないか? という気がしています。つまり今メジャーレコードが本当にユーザーにとって魅力的であるというコンテンツを供給していない、ということの方が大きいのではないか、という気がしています。

メジャーレコードではだいたい90年代の中頃からいわゆる「売れセン」などという言葉が出現し、ラップが流行れば他社もラップのアーチストを出す、ユーロビートが流行れば他社もユーロビートを出すという、まあ日本人特有の「横並び」的なマーケテイングを行ない始めてきました。その結果どういうことが起こったか? どこのCD店も「同じような」商品しかそろえていないし、テレビもラジオも「同じような」音楽しか鳴らなくなってしまいました。

つまりあるメーカーであるジャンル、スタイルの音楽がヒットするとその「売れセン」二番煎じ、三番煎じが出る、ということを繰り返してきた。そしてそれがマーケテイングだなどという大勘違いを業界全体で行ってきたのが現在の状況を作っているとはいえないでしょうか?

実際どこにでもあるようなCDならわざわざCDショップまで行かなくてもアマゾンや配信で事足りるし、それだったらわけのわからない新人よりは少しは名前のあるアーチストに流れるのはごく自然な流れでしょう。

ちなみに音楽業界がこの世の春を歌っていた1990年代初頭は、ある傾向の音楽が受けてもそれと全く別の傾向の音楽も流れていました。そういう傾向がいつのまにか忘れられてしまったという気がします。

要は業界全体が頭を使わない、思考停止の状態で現在になってもそれがまだ続いている、ということができます。

これは作る方の問題、あともう1つ問題があるとすればそれは「音楽ジャーナリズム」崩壊が揚げられるでしょう。昔は渋谷陽一さん、中村とうようさん、山岸伸一さんといった骨のある音楽ジャーナリストが、時には同意できない見解を見ることがあっても、彼らの音楽コラムはそれなりに健全な「音楽ジャーナリズム」を支えていました。しかし最近の音楽評論家、芸能記者は殆どメーカーやプロダクションのお抱え的な存在となり「批評」が衰退させられていったという現状があります

つまり市場の拡大とともに、音楽の消費財化が進んで、 メーカーが、メディアの言説のコントロールを強化。 「俺たちのいうことだけ書けばいいんだよ」と。 短絡的な「似非マーケティング」「似非ブランディング」が行なわれました。当然のことながらこういう記事ばかりですと雑誌の言説がつまらなくなり、それが音楽雑誌の衰退そのものに繋がっていったように思います。

それによって消費者もどの音楽を選んでいいかの選択をすることが難しくなり、自ら音楽を選ぶという労もしなくなったように思います。こういうと「昔は良かった論者」に思われるかもしれませんが、我々の世代はレコード店でそういう音楽を探すという行動をしていました。そしてそれが結構楽しかったんですね。

よって「売れセン」の横並び化と、消費者が音楽雑誌等からの「確かな」情報を選ぶことの難しさ、それらによる各アーチストの「差別化」の難しさ等も原因の1つになっているように思います。

とにかくそういった点からサウンドコンテンツ業者として生き残るためには次のことを心がけようと考えています。

1.まず「売れセン」という概念を捨てること

2.制作するコンテンツ、アーチストをいかに「差別化」させるかということ。

3.そしてそのコンテンツにいかに付加価値をつけるか、ということ

今インデイースのアーチストを見ると以前のインデイースと比べても非常にレベルは高いです。ある分野では少なくとも音楽のクオリテイではメジャーと完全に逆転しています。しかし「歌がうまい」「曲がいい」アーチストはいっぱいいます。その中から頭一つ飛び出すにはそれプラスアルファの「何か」が必要です。

とにかく日本人特有の何でも「横並び」的な体質も音楽業界の衰退の一因になっているような気がしてしょうがないんですね。

そもそも「売れセン」などは業界の連中が勝手に思い込んだものに過ぎない、ということにいい加減気がつくべきではないか、と思うのですが...

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2010年4月 6日 (火)

とんでもない昔の仕事で私の名前がwikiに載っていた。

実は最近気づいたんだけど私の昔の仕事で私の名前がwikipedia.に載っていることがわかった。年がわかっちゃうけどもう四半世紀の前の仕事。当時 はある制作会社のサウンドクリエーターとして働いていた。

その仕事は「富士急ハイランド」のホラー館である"ショック119" そして一年後には"スリラー館”の仕事も行なった。

当時はまだペーペーといってよく、ちょうど当時の東芝EMIからあるバンドのキーボードとしてメジャーデビューするかどうかの矢先だった。メチャクチャ忙しかったのだが、そんな中での仕事。どうせやるのならとにかく「メチャクチャ恐い音を創ろう」ということでさまざまな実験的なサウンドに取り組んだ。「癒し系」というイメージが強い私だが実はこういうホラー系のサウンドを作るのも結構得意だったりしている。(実はかなりこういう音創るのが好きだったりする(^^))
別に不思議なことではない。要はホラーは癒しの逆をやればいいだけのことである。だから「癒しサウンド」が得意な私がホラーサウンドが得意というのは寧ろ自然なことだろうと思う。

実は富士急ハイランドは割りと縁がある。10年前に行なった「戦慄の閉鎖病棟」のショートフィルムと館内の展示映像の音楽も富士急ハイランドの仕事だった。しかし"ショック119"は今でもファンの方の中では「メチャクチャ恐かった」お化け屋敷として記憶されているらしい。結構スプラッター系で救急隊員が電気のこぎりで襲いかかる、といった内容だったように記憶している。

詳しくは富士急ハイランドの「過去の施設」の中のショック119の項をご覧下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E6%80%A5%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89

   

* 恐怖のスリラー館(1986年 - 1995年?月)

    2人乗りの車椅子を模った乗り物で館内を巡るスリラーハウス。ショック110とショック119の二種類がある。外観は宝箱に剣が突き刺さった形であった。 ショック119では交通事故の恐怖を、ショック119では恐怖の人体実験の様子を体験できた。ショック119のBGMは作曲家の大野恭史氏が作成した。


それにしても私ごときの四半世紀も前の仕事を一体誰が覚えていてくれたんだろう?

http://www.hybridmusic.jp/sounddesign.htm

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2010年2月27日 (土)

地元のコミュニテイFM(FM多摩G-wind)が3月末日で閉局

私の住んでいる多摩市にはコミュニテイFMであるFM多摩G-Windがあります。
http://www.fmtama.co.jp/

東京都下では最初にできたコミュニテイFMで私の記憶が確かなら首都圏でもFM湘南に続いて二番目にできたコミュニテイFM 、まあコミュニテイFMの中では老舗といっていいでしょう。(といっても開局は平成七年ですから十五年弱ですけどね) 先日そのFM多摩G-Windが2010年3月末日を持って閉局することが発表されました。

このFM多摩G-Windは多摩市だけでなく、日野市、稲城市、国立市、府中市の全域をカバーし八王子市の市街地部分もカバーする等コミュニテイFMとしてはかなり電波受診域も広く(潜在視聴者は100万人を超えます)、3つの自治体と防災協定も結んでいました。もともとコミュニテイFMは阪神大震災の折に地元密着のラジオが大きな役割を果たしたことと、FM放送電波に関する規制緩和から全国に次々と誕生したのですが、殆どが第三セクターです。

しかし昨今の不況による広告費の売上減、さらに自治体の財政事情の悪化などが背景にあるようです。FM多摩G-Windの場合放送設備の老朽化によるトラブルも発生しており、設備の更新を自治体の申請しても自治体の支援が得られなかった、ということが大きな背景にあります。

FM多摩の解散理由書
http://www.fmtama.co.jp/look/info/riyusho.htm

実はもっと裏事情をいいますと、多摩市の市議会も民主党が多数をとっていますがそれに伴い市の財政支出に関する「仕分け(この言葉一時流行りましたが覚えてますか?)」が行なわれそれに伴いFM多摩G-Windに対する支援が大幅に減額された背景があります。防災協定の予算が精一杯のようでとても機材入れ替えの予算の支援など頼める状況ではなかったんですね。

それにもまして最も大きな問題はコミュニテイFM聴取率です。何度もこのデータを引用しますが2008年の10月度のビデオリサーチによるラジオ聴取率を見ると殆どのコミュニテイFMの聴取率0.1%に過ぎないのです実際いまだに地元に住んでいる人でFM多摩G-WindというコミュニテイFMがあったことを知らない人がまだかなりの数いると思います。
私もコミュニテイFMの番組を制作した経験がありますが、実際聴いている人がどれだけいるのか疑問でした。なぜなら全く視聴者からの反応を感じなかったからです。それに引き換え今運営しているネットラジオ「癒しの音楽チャンネル」の方がまだ多くはないですがリアクションを感じますね。今日現在4万6千人podcast登録者ネットラジオですがプロモーション能力は充分ではないにせよ、少なくとも大半のコミュニテイFMよりは多くの人に聞かれているのではないか、と感じます。

まあそれでも音楽業界人の大半はネットラジオというと馬鹿にしますけどね。ネットラジオよりコミュニテイFMの方が有効なプロモーションだと本気で思っている人が殆どです。無知というのは恐ろしいです。

FM多摩G-WindコミュニテイFMの中では大きい方だといっていいと思います。それが3月末日をもって閉局に追い込まれました。残念ながら今後こういうケースは増えてくると思っています。全国235局にコミュニテイFMが今ありますがここ数年以内に半分以下になるという予測もあります。リーマンショック以来の広告収入の落ち込み、自治体の支援力の低下がコミュニテイFMの経営を脅かしているといっていいようです。


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2010年2月16日 (火)

アビイ・ロード・スタジオ売却ー海外音楽業界も苦しい

アビイ・ロード・スタジオ売却へ=ビートルズゆかり-英紙

http://www.jiji.co.jp/jc/c?g=int_30&k=2010021600744

Abbey Roadビートルズの数々の名曲のレコーデイングしたところで有名だし、それ以外にも多くの歴史を作ったバンドがここでレコーデイングを行なった。かつての名プロデューサーのステイーブマーチンの本拠地だったところである。

その数々の歴史を作ったスタジオ、音楽史の中では「史跡」といってもいいところを売却しなければならないほどEMIの経営状態は悪い。実は日本のレコード産業よりも欧米のレコード産業の方が深刻な状況である。日本もひどい状態といわれている割には会社組織は一応まだ残っているが、欧米はEMIもワーナーも会社の存続が危ぶまれるほどひどい状態だ。さらに仮にAbbey Road売却による利益を得てもはっきりいって一時しのぎに過ぎない。

日本も着うた等の不正コピーが有料配信数を大きく上まっているが、海外はパソコン環境上での不正コピーがすさまじい。はっきりいって日本などまだいいほうである。

これは笑えないジョークだが

 グローバリズムで全世界が「アメリカ化」したが、権利や著作権に限って云えば全世界が「中国化」している。

デジタルは誰でも簡単にコピーができる。だからこそコンプライアンスが重要なのだが、勝手にコピー、不正にコピーをするのを当然の権利であるかのように考える風潮が権利ビジネスを蝕んでいるのは間違いない。

それによって音楽の「史跡」がどんどんなくなってしまうとしたら、これは音楽文化にとって非常に不幸なことである。

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2010年2月12日 (金)

奥田民生がレコーデイング(宅録)を「公開する」コンサート(!?)を開催

奥田民生が宅録風景を公開!異例ツアー開催決定
http://fmvs.jp/news/music/log/eid3219.html

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0207&f=entertainment_0207_004.shtml

奥田民生さん(44)が3月からスタートする全国ツアーで、新曲の制作、演奏、録音をライブ会場で行い、出来上がった楽曲を即販売するという異例のレコーディングライブを行うことを発表した。奥田さんの日ごろの自宅レコーディング風景が見られる濃厚な3時間となりそうだ。

 ツアーは、3月15日・DUO MUSIC EXCHANGE(東京)から始まり、全国9公演を行う予定。所属レーベルから寄せられたツアー日程を記した発表文では「開催日」を「録音日」、「ライブ会場」を「録音場所」と改めているところもユニークだ。


 ライブでは、通常のコンサートと異なり、奥田さんが普段レコーディングを行っているという自宅スタジオの雰囲気に包まれそうだ。演奏演目は1日1曲となるが、その場で新曲を制作し、ドラム、ベース、ギターから歌・コーラスに至るまで全てのパートを手掛ける。ゼロからスタートして1曲が完成するまで、全ての工程を現在進行形でオーディエンスに提供するというわけだ。当日出来上がった楽曲は、準備が整い次第、デジタル配信限定で発売される。

<後略>  

奥田民生が自分でレコーデイングする風景を「公開する」というツアーをやるという

断っておくが「レコーデイング」「コンサート」は一見同じに思う人もいるかもしれないが全く違う行為である。宅録、DTMによる作業は特にそうだ。

我々はレコーデイングというものがどういう作業かわかっているのでいうが、本当に両者は根本的に違う作業である。はっきりいってレコーデイング作業というのはものすごく地味な作業である。

だから知らない人もいるだろうからいうけど、これをツアーにするからといってコンサートのような盛り上がりを期待したら全く拍子抜けになるだろう。特に宅録でリズムセクションだけを録音している場合はタイコ等のリズムセクションしか聞こえないから、一般の人には「訳のわからない」作業に見えるかもしれない。

だが、それでもこれによって音楽というものは簡単にできるもんではない、ということが一般の人にわかってもらえればいい。
それでアーチストの権利というものを大事にしたい、という風に考えてもらうきっかけになれば、と思う。

何かアーチストの権利、著作権の権利を守れ、というのをあたかも既得権益を守るかのように勘違いする人間が後を絶たない。音楽や映像は「簡単にできるもの」と考えているとしか思えない人も多い。

そういう人に見て欲しいツアーかもしれない。

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2010年2月 8日 (月)

The Who @ Super Bowl XLIV

今年のスーパーボールのハーフタイムショー

久々にダルトリータウンゼントを映像で見ることができたのはよかったけど
現地からの中継がなぜか映像と音楽がずれていて頭に来た。
音楽より映像の方が遅れていて、せっかく派手なステージ演出だったのに見ていてだんだん気持ち悪くなった。
何これ?

ゲーム中は普通に放送しているのに、

このスーパーボールはイギリスにも放送されているが、たぶん苦情が殺到しているだろう。

音楽の伝送過程の遅延はそれほどでもなく、映像の方がすごいのだろうがちょっとひどい
(逆ならわかるのだが...)

最後のWon't get fooled again の時はもうメチャクチャ  あークソー

あと、これは予想だが会場の音響、かなり音が回ってメチャクチャだっただろうな、という予想がある。だいたい出だしのところはドラムのビートが減 衰しないデイレイを聴いているようで気持ち悪かった、

タウンゼントの老けぶりが目立っただけのハーフタイムショー
散々だった(涙) pout

ちなみに試合自体はいい試合をしている。第三クオーター終了時点でコルツが17-16でリード。まだまだわからない。

続きを読む "The Who @ Super Bowl XLIV"

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2010年2月 1日 (月)

第五十二回グラミー賞(2010年)について

たとえ仕事が忙しくてもこれだけは可能な限り見ることにしている。別にグローバリズムを持ち出すつもりはないけど(ていうか安易にグローバリズムとか持ち出す連中は嫌いだが)、インターネットで世界じゅう繋がっているというのに日本国内だけのマーケットしか見ようとしない日本の音楽業界も問題だと思うので.. 

第五十二回グラミーの主な受賞者は以下の通り。グラミー自体の部門の数はとんでもなくあるので詳細はこちらをご覧下さい。
http://www.grammy.com/nominees

最優秀アルバム   :  Taylor Swift   :  Fearless

最優秀レコード     :    Kings of Leon  : Use Somebody

最優秀ソング     :  Single Ladies (Put A Ring On It) :ビヨンセ

最優秀新人アーチスト:  Zac Brown Band

最優秀女性ボーカル :  ビヨンセ

最優秀男性ボーカル :  Jason Mraz

グラミーはご存じの通り音楽のアカデミーメンバー(業界関係者)の投票によって決まるが比較的公正に投票が決まっていると感じるのは投票結果が必ずしもアルバムセールス(あるいは配信セールス)と関係しているわけではないからだ。
音楽業界が不審なのは日本だけでなく全世界的な現象だ。はっきりいって日本の違法ダウンロード状況は欧米のそれに比べればまだいいほうで、日本は着うたの違法ダウンロードが深刻だが(有料配信の数を上回る)、欧米はPCwebの違法ダウンロードが圧倒的にに多い。(これは欧米は日本と比べモバイル環境がBlackberry等で殆どPC環境に近いいう理由もある。) グローバリズムは全世界を「アメリカ化」するという観点があるがこと著作権、版権に関しては全世界が「中国化」しているかもしれないwww。
グラミーのCEOのニールポルトノウ氏はミュージシャンが協力しあって、音楽業界の復活再生を担おうと呼び掛けた。 
http://www.grammy.com/news/neil-portnows-52nd-grammy-telecast-remarks

グラミーはLady Gagaとエルトンジョンの競演から始まり、例によって見事な演出だったがやはり昨年急逝したマイケルジャクソンへのトリビュートは一見の価値がある。またエレキギターのレスポールへのトリビュートではジェフベックが演奏した。ちなみにジェフベックのパフォーマンスのあとにプレゼンターでサンタナが出たのだが、どうせならジェフベックといっしょに演奏してくれればいいのに、と思ったのは私だけだろうか? それにしてもアメリカでも最近ジェフベックを知らない若い子が増えているらしい sweat01

例のポストモダン論者は「共同体」というものが全世界的に崩壊し、本物の音楽を始めとする文化の価値がなくなっていくと主張している。アメリカでも都市部分ではそういった傾向があるが、しかし日本と決定的な違いがあるのは、アメリカの白人層、黒人層ともに生活に音楽が密接に関わっている点である。

日本は沖縄地方を除き明治以来、「日本古来の伝統」というものを実質捨て去っているため生活の中に根ざした文化というものの実態がない。そのため「本物」という概念が元々希薄であるが、アメリカの白人層はカントリー 黒人層はゴスペルというベーシックな文化ファンダメンタルズ、ー私はこれをエッセンスと読んでいるがーがあるため少なくとも日本などと比べれば本物の音楽を始めとする文化の価値は落ちていないという印象がある

グラミーのトリビュートや数々の功労賞(今年はニールヤングももらった)を見ても音楽を単なる消費財ではなく「文化」として尊重しようという姿勢が見られる。日本のレコ大賞関係者を始め日本人全体が忘れてしまっている姿勢だ。

このまま音楽を単なる消費財であるかのようにマスコミも音楽業界も扱い続けているとアメリカの音楽文化は存続していても日本の音楽文化は消滅してしまうかもしれない。 勿論私はそうならないよう誰よりも願っている人間だが...


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2010年1月22日 (金)

音楽業界の改革の予感?ーCDショップ大賞

昨日は自分のイベントとかがあったのでコメントが遅れてしまいましたが、昨日全国のCDショップの投票によってアーチストを選ぶCDショップ大賞の発表が行なわれました。

http://www.cdshop-kumiai.jp/cdshop-taisho/

詳しい受賞者は上記のリンクを見ていただくとして、今まで既存の「日本レコード大賞」を始めとする賞自体はそれを受賞することによってCDの売上に貢献する、ということはなく逆にある意味で音楽事務所の政治力もからみ「音楽ユーザー」から離れている部分があるのは否めませんでした。このCDショップ大賞は投票の集計結果によって決まるという意味で公正な審査をモットーとしている画期的なもので、それによってCD売上にもよい影響を与える等の期待がもたれています。

まあCDの販売不振の時代になぜCDショップ大賞なのか?という疑問の声や「音楽配信」の時代にパッケージはもはや時代遅れである。といういわゆるIT系の人たちからの声も出ていたようです。しかし私が以前このブログでも書きましたように「配信があれば全てのモノの商品は無用の長物である」という配信を絶対視する人たちはエンタテインメントの現場や産業の本質をあまりにも理解していない見解であると思います。なぜならエンタテインメントはファンあってのビジネスであり、ファンというものは「モノ必ずしもCDとは限りません、Tシャツやその他のノベルテイもあります)を欲しがるものなのです」

実はこのCDショップ大賞の仕掛け人は私がよく知っている音楽制作会社の社長のS氏で、音楽業界をよく変えたいという強い情熱を持っている方です。時々その情熱が強すぎて、なおかつ少々ざっくばらん過ぎる(?)発言の仕方からmixi等のコミュニテイで「バカと暇人」にからまれて炎上状態になることもあるんですが(苦笑) 、その熱意と実行力、勇気には心から敬意を表したいと思います。

ただ残念なのは今回のCDショップ大賞ーこれだけ盛り上がっているにもかかわらず、それによって一番恩恵を受けるはずのCDショップチェーンで広告の面で協賛した会社がただの一社もなかった、というのは気になります。

もうかりそうなものはただ乗っかるだけ、しかし自分からは何もしないしたいした協力もしない、というのはちょっといかがなものでしょうか。S氏が最近機嫌が悪くなる理由はわかりますね。まあ死に体の業界なんてそんなもんかもしれませんが...

それにしてもちょっと前までは業界の惨状を語ることすら業界内ではタブーでした。私などはいまだにこのブログで圧倒的なPVがある「コラム「音楽業界の現状と将来、そしてある取るに足りない者からの業界への提言」(長文注意)」

http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2006/07/post_1324.html

を書いたときなんか複数の脅迫めいたメールが私の所に来ました。「お前二度と業界で仕事できないぞ!!」 「お前なんかつぶすの訳ねえぞ!1」 etc etc (笑)  この人たちは業界が今のような状態になっても考え方は変わらないでしょうか?

そういえば先日ネット雑誌「サイゾー」からこんな記事がアップされました。

作詞も作曲も......実は自分で作ってない? Jポップ界の"偽装表示"疑惑

http://www.cyzo.com/2010/01/post_3654.html

ちょっと前だったら間違いなく音楽事務所につぶされた記事です。こういうことを大っぴらに記事にできるようになっただけでも少しはマシな世の中になってきたのかな、という期待もありますね。はい。実は音楽業界の中ではもう半ば常識です。これについては別の機会に書きます。

もはや死に体の音楽業界、今日のCDショップ大賞を始め少しはよい方向に動いてくれるような気がします。

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