2012年2月13日 (月)
グラミー2012年 Whitney Houston永遠に、ビーチボーイズ、マッカートニー
既にご存じのようにグラミーの前日にホイットニーヒューストンの訃報という非常に悲しいニュースが飛び込んできました。
ホイットニー・ヒューストン、死亡当時の状況が報じられる
http://www.mtvjapan.com/news/music/20514
そうした追悼モードの中、第五十四回グラミーが開催され、ミュージシャンたちの楽しいパフォーマンスもたくさんありました。とくに二十数年ぶりに結成された伝説のバンド、ビーチボーイズ、やポールマッカートニー(今年70歳!!)のパフォーマンス、そしてポールを紹介した時のステイービーワンダーがポケットからハーモニカ取り出して、ビートルズのラブ・ミー・ドゥーの一節を吹いた等話題が多かったですね。(しかし正直いってポールの声、私はかなり衰えを感じてしまいました。声がもうお爺さん声になり始めている)
あとトニーベネットがキャリー・アンダーウッドと「デユエッツ」のナンバーを披露していましたが、本来ならエミーワインハウスとの共演を見たかったですね。今年一年、音楽関係者の訃報が多すぎました。
そして今年一年でなくなった人たちー墓銘碑コーナーにステイーブジョブズが入っていました。itunesやipodによる変革で大迷惑を被った人もいる筈なのにちゃんと称える姿勢はさすがですね。たぶんオスカーでもちゃんとリスペクトすると思います。ITの世界の人間で芸術の世界でここまで尊敬されるのは彼ぐらいのものでしょうね。ただ、気がかりなのは最近のi-cloudは音楽の権利を阻害する可能性も出てきている点。この辺りをAppleはどう展開させるんでしょうか?
2012年2月 9日 (木)
ピアノ音源ーソフトシンセとハード音源に関して
私は一応基本はピアニストなのでピアノの音に対するこだわりは強いつもりだ。
以前私は制作にあたりソフトシンセはハードの音源モジュールより音がどこか細いと書いた。しかしそうはいっても手軽な面から現在音楽制作に関しては完全にソフトシンセがメインになりつつある。その中で私が頻繁に使うピアノでもpro toolsのMini Grandもあるが、Vienna Instrumentsの中にあるベーゼンドルファーのピアノ音源がある。
私はピアノの音としてはスタインウエイよりはベーゼンドルファー派なので一時この音源があることに喜んだ。確かにベーゼンドルファーならではのあの柔らかい暖かい音源が再現されてはいる。
しかし、 だ。
やはり何か違うのだ。どこか音がこもっているというか何か本物のベーゼンドルファーを弾いた時のようなあの音の広がりが今一つ感じられない。
かつて楽器フェアで最高級のピアノの弾いた時の感触と比べるとやはり違う。500万のベーゼンドルファーを試弾した時は正直ずーっと弾いていたいと思うくらい気持ちがよかった。同じく600万のベヒシュタイン、800万のザウターを弾いた時も音源の温かみ、広がり、音質全てがいうことなしだった。
結局ソフトシンセの限界はそれなんだろう。Vienna Instrumentsは各楽器を44.1KHZの16bitでサンプリングしているが、そのレベルのサンプリングだとやはり本物と比べると落ちてしまうのはやむをえないのかもしれない。Vienna Instrumentsを使ってオーケストラのサウンドを作ってはいるが、結局どんなに本物らしく聴こえるものでも所詮ソフトシンセはフェイク(贋物)以上のものではないということだ。
だから本物のオーケストラで録音する機会は決してなくならない。但し予算が膨大にかかる。少なくとも数百万の予算、ジョンウイリアムス級の大オーケストラだと1000万は見ないといけない。そこがネックだ。日本国内でそんな予算が出る仕事など一年でも片手に数える程度の数しかないだろう。従って現実は殆どの案件ではソフトシンセを使わざるを得ない。
ただピアノに関しては私は結局昔から愛用のKurzweil K-1200の音源を使っている。
Kurzweilはスタインウエイの音をベースにしているが私の予想では単にサンプリングしただけではない、何かプラスアルファの要素を音源に加えていると思う。だからサンプリングやソフトシンセにありがちな「音の篭り」が感じられないのだ。だから結局このKurzweilを多用することになる。今でも私の自宅レコーデイングの殆どのピアノ音源はKurzweilである。一応この音なら私自身の一定のこだわりの許容範囲に納まる音質だからである。
しかし可能であればいつかベーゼンドルファーベヒシュタインやザウターといったピアノでレコーデイングする機会を持ちたいものだ。
2012年2月 7日 (火)
平清盛の中のELP「タルカス」について
私のもう1つのブログ「Kyojiのよろずひとりごと」(主に社会ネタ)において毎回のように今年の大河ドラマ「平清盛」について述べています。ドラマとしては昨年の「お江」と違ってものすごくクオリテイが高く、もう既にかなりはまっています。しかしその中で前々から気になっていたことがあります。それは「挿入歌(!?)」にあのELPの「タルカス」が使われているというのでどんな場面で使われているんだろう、と気をつけてみていたんですがわかりませんでした。
そして今日そのわからない理由がわかりました。
「タルカス」といえばキースエマーソンのあのメチャ弾きが印象に残ってい
まあ私もロックの名曲をオーケストラとバンドのアレンジをした経験があるんですが、正直いって...
うーんクラシック系の人がロッ
というのが率直な印象ですね。何というかノリが
特に私の世界のミュージシャンはいわゆる「プログレッシブロック」の影響が強い世代なのでELP を始めイエス、とかクリムソン、ピンクフロイドという固有名詞を聞いただけで結構血が騒いでしまったりします。まあ私自身の青春の音楽といってもいいですね。
ですからそういう私のような人間だとこれじゃ物足
カクテルに例えて言えば私のアレンジはロックをベースにクラシックというお酒を交ぜるアレンジになると思いますが、吉松氏はクラシックをベースにロック風のエッセンスを少し交ぜたようなアレンジ。という言い方の方がわかりやすいでしょうか?
予告編とか平清盛公式サイトのみとはいえ今まで気がつかなかったのは不覚ではあります。あの子守唄的な「今様」のメロデイの方が寧ろ印象に残っているんで... まあこれは私個人の感想なのでたぶん私とは正反対の印象を持っている人もいるでしょうが..
2012年2月 1日 (水)
シャキーン来年度の企画サンプル準備中
さて、入院でスタートが遅れてしまいましたが幸いにして「シャキーン」新企画の方は殆ど影響がなく進んでいます。昨年はこの時期を逃してしまったため大幅な新企画の展開ができなかったんですが今年はチャンスです。
「耳を澄まそう!!」のコーナーはおかげさまで好評ではありますがオンエアの頻度その他の関係でまだまだ私自身が意図したインパクトのレベルまでは行っていません。来年度はそういうことのないようにこのコーナー以外のさまざまなものを企画として提出する予定です、全部通るとは思いませんが出すだけ出してみようと思います。そのことによって自分がこの一連の「シャキーン」のコーナーで一体何をしようとしているのか以前よりはわかりやすくなるのではないか、と思います。
そして今は「シャキーン」の新企画を通すという目標がありますが「シャキーン」は私にとって手段でしかありません。究極の目標はこの「シャキーン」企画をベースに全く新たな作品、アルバムを作るのが目標ですが、それはまだまだ先の話。とにかく「シャキーン」によってまずは社会的認知を広めることが重要です。
企画会議は今月下旬、それまでは勝負です。まずはこれに全神経を集中します。
退院一週間で自分の生活革命中
突然の緊急入院から退院、今日でちょうど1週間になる。加えて月も改まりこれから反転攻勢に出るべく動こうと思う。体調は100%とまではいかないが、普通に打ち合わせしたり動いたりすることはできるようになった。とにかく1月分の空白を何とか埋めようと努力している。
今回の入院をきっかけに特に食生活で劇的な変化を余儀なくなれた。というのも今回の入院の原因である腸閉塞というのは再発性の高い病気である。別の医師からのセカンドオピニオンだと開腹手術をするとどんな手術でも腸の癒着のリスクは生じるという。そのリスクを最小限にする方法はただ1つ、ー 減量することである。
恥ずかしながら今までは食に関しては殆ど自制心のないくらい、美食や量をむさぼっていたが今回の入院をきっかけにそれをパタッとやめた。食事に可能な限り時間をかけるようにし量も可能な限り少なくしている。実際にどこまで減量できるかわからないが腸閉塞再発のリスクを最小限にする意味でもこれをやらなくてはならない。
このブログでも私は現在人生の勝負の時期に来ていると書いた。そしてその勝負の年に動こうとした矢先に今回の緊急入院ーもし神様というのがいるとすれば私はこれは神様よりの警告ではないか、と思っている。自分の人生をかけることをこれからやるのであればまず生活習慣から改めて体調の面からもそれに備えよーということかもしれない。実際現在の映画、劇伴関係の作家としての活動や「シャキーン」をベースに発展していこうと思うプロジェクト、そしてもう1つ時間がかかるかもしれないが音楽の新たなビジネスモデル構築の仕事ー最終的な結果はわからないが、いずれもこれをやりとげないと自分の人生に終止符を打つことはできない、と考えている。
さらにこの3つとは別に1曲だけ、ポップカルチャー、ジャズ、クラシック等の要素を取り入れたオーケストラによる芸術作品の構想がある。これも完成させてからでないと死ねないと思っている。なぜなら作曲家として生涯に一曲くらいは大作といわれる芸術作品を残したいと思っているからだ。
少なくともこれをやりとげるまでは入院などできない。だから苦しくとも自分の生活習慣を革命的に変えるしかないのだ。あることをやりとげるためには自分から代償を差し出さなくてはいけない。自分にとってはそれが代償かもしれない。
ちなみに私が成年後見人をしている伯母も腸閉塞の手術を一昨年行なっている。伯母の場合は私以上に深刻だ。小腸を切ったのだから。伯母の方が再発する可能性が高い。ここのところ毎年入院しているが今年はそういうことがないのを祈る。しかしアルツハイマーでもある。こちらも心配だ。
いずれにせよこんな状況なので、緊急入院という事態を二度と引き起こさない意味でも生活革命を実施するしかあるまい。










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